ラナークエスト   作:テンパランス

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#112

 act 50 

 

 最初は驚いたが敵である人物が先制攻撃をしないと言ってくれただけで随分と気持ち的に安心した。

 カズマとしては元の世界に戻りたいし、無理に地球までは望まないが平凡な暮らしがしたかった。

 既に命は失っている。それを覆す気はない。

 アクセルの街はそれなりに楽しいところだから。

 ゲームが無いのが不満だが。

 

「物理だけで倒せる相手か? 我々の戦力をもう少し増強しなければならない気がする」

「兄ちゃんを打倒するのは本気で難しいぞ。生前、勝てたのは俺が知る限り一人か二人だけだ。それも随分と運が絡む筈だ」

 

 幸運ならカズマは誰にも負けない自信がある。けれどもジャンケンで勝負を着けられそうにない。

 単なる物理では勝てない。それははっきりと言い切れる。

 いや、あんな化け物に勝てる人間が一人でも居るのか、と驚く。

 

「うちの姉ちゃんと知り合いに一人居るが……。知り合いの方はこの世界には来ていない」

あの人(ベアトリーチェ)じゃなくて本当の姉の方ね」

 

 ベアトリーチェはあくまで龍緋の妻であり、実の姉ではない。

 そんな事を話している間、周りを気にせず龍緋と立花は拳を使った戦闘を続けていた。

 それ以外の戦力外は一旦、宿に引き上げる事にして気持ちを落ち着けた方がいいというダクネスの提案を受け入れる。

 めぐみんを寝かせる必要もあるので。

 パシ、パシと小気味良い音が聞こえる。既に立花は鍛錬に集中していた。

 それぞれ残る者と宿に移動する者とに別れて事態は沈静化する。

 つい数分前まで爆裂魔法が放たれたことなど夢幻(ゆめまぼろし)だったかのように。

 

「さっき叩かれた手は痛くないんですか?」

 

 立花は興味があったので尋ねてみた。

 今なら何でも聞けそうな雰囲気に落ち着いていたので。

 

「まだ少し痛いな。自然治癒力というものが強いから、自然と治ると思うよ。……なにせ、死人だ。生者とは身体の作りが違うんだろう」

 

 実際にどういう風に治癒されるのかは龍緋本人はよく理解していない。

 切断にあたるケガをした事が無いので、それくらいの重症時でも治るのかは分からない。

 

「……でも、痛みはあるんですよね?」

「そのようだね。敵を心配してくれるのかい?」

 

 立花は龍緋から見れば龍美並みの女の子だ。

 元気で明るく、活発そうな印象を受ける。そんな子供と戦う大人である自分は大人気ない。

 だが、手加減して負けたとすると神様である兎伽桜は不満を表す。そうすると彼らが元の世界に戻れる確証がなくなってしまうので実にもどかしい。

 

          

 

 質問を受けつつ立花と手合わせしているとカズマを除く大半の見物人などの姿が消えていた。

 魔力が枯渇しためぐみんは仕方が無いとして残っているのはカズマ達と神崎一家。

 

「変身出来るなら見てみたいな」

「あっ、そうでした。では、失礼して……。バ~ルウィ~シャル、ネスケル、ガングニール、トロ~ン……

 

 軽く呼吸を整えてから聖詠を唱え、アームドギアガングニール』をまとう。

 目の前で身体が発光し、重厚な鎧をみにまとう姿に龍緋は感嘆の声を上げる。

 本来ならば服が吹き飛んで細かい機械的なパーツが身体に張り付く演出があるのだが、傍から見れば変身シーンはほんの一瞬の事だ。

 動体視力がとても優れていても変身の際に発光するので詳しい様子は()の龍緋でも視認は困難だった。

 

「すごいすごい」

 

 折角、シンフォギアをまとっても右腕部分は塞がっていた。

 都合よく義手のようなギミックは現れないようで立花は少し残念に思った。だが、想いを歌にしてしまえば摩訶不思議な現象をアームドギアは引き起こせる。

 

「……今回はいきなり無茶な事はしないで普通に鍛錬したいと思います。このままでお相手をよろしくお願いいたします」

 

 丁寧に一礼する立花に対し、龍緋は快く承諾する。

 変身しても龍緋相手に簡単に転がされる。感触としてはやはり師匠である風鳴司令と戦っている雰囲気に似ていた。

 

「……戦車の砲弾すら打ち返せるのに……」

 

 片腕が無い事で重心が狂い、本来の力が出せないとしても蹴り技の威力はさすがに落ちていない筈だ。なのに普通に防御してくる。

 特殊合金製バットの攻撃に耐えたのは幻ではないようだと今更ながら理解した。

 魔法を無効化する相手なので拳を打ち込むと変身が解除されたり、アームドギアが崩壊するような事は今のところ起きていない。

 これが実戦ならどうなっているのか、とても興味があるのだが今は鍛錬のみに集中する。

 

「やあっ!」

 

 蹴り技主体で攻めるが龍緋は簡単に()なしてくる。

 当ててはいる。だが、力を上手く逃がされて体勢を崩される。

 

「……あうっ」

 

 攻め込みすぎて右腕を使おうとし、激痛が走る。

 いつもの感覚で無い腕を使おうとした事により、塞がったばかりの肩口の筋肉や血管が刺激されてしまったようだ。

 

「……そういえばアクアって治癒魔法は使えなかったか?」

 

 蘇生魔法を使える事は知っている。()()()立花に一度死んでくれ、という話しになった事をカズマは思い出す。

 それとアクアは宴会芸にスキルの大半をつぎ込んでいることも。

 ダクネスが立花に近づき、右肩をさする。

 

「痛むなら今日はもう終わりにした方がいい」

「は、はい……」

 

 一度龍緋に顔を向けるが彼は戦闘の続行は望んでいなかったようで何も言わなかった。

 激しく殴りあったわけではないので一晩休めば大丈夫だと思うが、早めの治癒魔法をかけなければ苦しみ続けるだけだとタグネスは立花の事がとても心配になった。

 

「治癒魔法? もちろん出来るわよ」

 

 何でもないことのようにのたまうアクア。

 アクアを除く多くの者が絶句する。

 時間差があり、咄嗟に反論できなかったカズマは唸りつつアクアの頭を力いっぱい殴りつける。

 

「いった~い!」

「治せるんならさっさと治せよ、バカっ!」

 

 至極当然の事をカズマは言うがアクアは納得できなかったのか、口を尖らせる。

 

「だだ、だって~。冒険者はお金を貰わない回復はしちゃいけないって~」

「……ああ、そういう規則があったな……」

「仲間内なら別に構わないのでは?」

 

 ターニャが納得し、キャロルが言葉をかける。

 確かに見ず知らずのケガ人を癒す行為は冒険者として規則で禁止されている。それは各街に存在する神殿の関係者の収入源であるからだ。

 彼らの仕事を取る事は冒険者組合として感化できない。だから規則に盛り込まれている。

 そのせいで身体に傷跡が残る冒険者が結構、存在していた。

 

「それに腕の喪失ほどの大ケガに治癒魔法をかけても傷口が塞がるだけで終わるかもしれないじゃない……。ここまでのケガを治した事ないもん」

「……確かに言い分としては納得できますけど……」

 

 と、立花は苦笑した。

 今更なのでアクアを責める気持ちは湧かないが、魔法にも色々と事情がある事は学んだ。

 蘇生魔法も損壊次第では効果が発揮出来ないと言われている。

 

「普通に考えて魔法で腕が復活するなんてありえる方が凄いですし。出来なくても構いませんよ。……自業自得ですから……」

「ほ、ほら。ヒビキもそう言っているし。私は何も悪くないわ」

「お前……。自分が同じ目に遭ったらどうする気なんだ?」

「防御は完璧にするわね」

 

 お気楽な性格のようで立花のような大怪我はしない事を自負しているようだ。

 前の世界(アクセルの街)では余程の事がない限り大きな怪我を負う事はない。せいぜい首がちょんぱされた程度だ。

 

「………」

 

 すぐに蘇生魔法が働いたから治ったのか、それとも女神エリスの加護か。

 何度か死を体験しているとはいえカズマは自分の境遇に驚きを感じていた。

 女神と魔法は偉大だな、と。

 

          

 

 カズマ達のやりとりを黙って見ていた龍緋は微笑ましい風景として口は挟まなかった。

 かといってこのまま見逃す気は無いし、猶予があるからといって戦闘を避ける方法は選ばせない。

 

「……でもまあ、今日は出会いだけで終わるのも悪くはないか……」

 

 カズマ以外にも標的が居る。だからこそ彼らに固執する必要は無い。

 それらの判断は龍緋自身がして良い事になっている。しかし、気まぐれな神様がへそを曲げないとも限らないから心配になる。

 一旦、妻の下に向かおうとしていた龍緋の後を立花が追いすがる。

 

「ま、まだ戦えます」

 

 ここで(神崎龍緋)を逃すのは得策ではない。もっと色んな情報を出来る限り引き出したい。そういう気持ちが強かったので。

 今回はどうあっても勝てそうにない。明日もまた手合わせしてくれることを強く望んだ。けれども、それは自分の都合なので龍緋が居なくなる可能性もある。

 

「無理は良くないよ」

「……分かってはいるんですが……。鍛錬ならまだ出来ますよ」

「じゃあ……、君を貰っていこう」

「? もら……、貰うっ!?」

 

 突然の言葉に立花の脳内が混乱する。

 意外な一言に本当に驚いてしまった。

 変身美少女だから、という理由だと嫌だなと思いつつも龍緋に軽々と抱っこされる形となる。それもいとも簡単に。

 

「ええっ!?」

 

 しかも妻が見ている前で。

 立花は手足をばたつかせるが振り払えない。

 がっしりと掴まれて分かる龍緋の腕力。それは変身している立花の力でも動じない程強かった。

 見た目は普通の大人の人間なのに。

 完全に石にはまり込んだように動けなくなっていた。

 

「兄ちゃん得意の人攫いかい? 姉ちゃんの前でやるのは子供の情操教育上、よくないと思うんだけどね」

「この人、人攫いが得意技なの!?」

「語弊があるけど……。よく人を連れてくるよ。うちの日奈森(ひなもり)もその一人だけど……」

「日奈森君も来ているのか?」

「来てないよ。運が良い事に……」

「代わりに鈴怜(れいれん)は居るよ」

 

 立花を抱えたまま話しだけが進んでいく。

 そうこうしている内に立花は顔を黒い布で覆い隠した女性のそばに下ろされる。そして、黒い姿の女性ベアトリーチェに頭を撫でられた。

 

「……ようこそ。……人攫いと言っても監禁はしないわよ。……それより宿は何処かしら? ちゃんと帰すけれど……、もう少しだけ付き合ってあげて」

 

 側で聞くベアトリーチェの声にうっとりしながら素直に自分達の宿の場所を話す。それはまるで魅了されたような状態だった。

 彼女に質問されて答えない人間は居ない、とでも言うくらい素敵な声だった。

 

          

 

 ベアトリーチェはターニャ達に向かって手招きし、側に来るように合図を送る。

 別に仲間を分断する気は無く、アクア達も招いた。

 

「……その変身って時間制限とかあるの?」

「歌を長く止めていると解除されます」

 

 なので適度に歌っていないといけない。

 

「……今日はもうあの人は戦わないと思うけれど……。……無理しちゃ駄目よ」

「はい」

「うちの姉ちゃんと合流させたら驚くだろうな」

「仲間は多い方がお兄ちゃんを倒すのに都合がいいと思うけど……。君達は独自で撃破するつもり?」

「対策はこれから考えるところです」

「負けず嫌いの兄ちゃんがラスボスとなると本気で大変だよ。生前なら病気によるステータスダウンが見込めたけれど……。今は健康体のようだから、ほぼ無敵キャラとなっていると思う」

「……無敵。この化け物を私達は倒さなければならないんですよね」

 

 しかも爆裂魔法を打ち破った。

 そんな化け物をどう倒せばいいのか、カズマとしては考えたくない問題に頭を痛めていた。

 魔法が通用しない。それが一番の問題だ。

 カズマとてアクセルの街で初級ながらも魔法を体得している。他にもスキルをいくつか持っている程度だ。

 体力バカ相手では通用しそうにないスキルがあるのだが、それが通用するとしても倒せるかは未知数だ。

 ここは討伐を休止し、素直に鍛錬に付き合って仲間の実力の底上げをラスボスにしてもらう方が得策ではないかと思った。

 

「うおっ。本当に重いな、この武器……」

「50キログラム以上はあるんじゃないか」

 

 ダクネスは赤龍達が使っていたバットを持ってみた。

 相当な重量があり、持ち上げるのがやっと。振り回して武器にするには少し時間がかかりそうだと思った。

 こんな武器を思い切り振り回して龍緋にぶち当てた彼らの実力に改めて驚く。

 それとこの武器でも平然と立っている龍緋という存在はもっと化け物だと認識する。いや、もう何度も驚かされて回数を数えるのもバカらしくなる。

 

武神様には負けてほしくないのだが……。お主らにも事情があると思うから。妾は今回ばかりはお主らを応援しよう」

 

 扇子を振りつつ愛想笑いを向ける謎の女性。

 

「では、恒例の自己紹介でもしようか? それとも互いに名乗るのは控えておくか?」

「恒例行事なので名乗らせていただきます」

「うむ。了解したぞ」

「……龍さんは宿はどうするのですか?」

「決めてないよ。一緒の宿で良いならお邪魔するけど」

 

 赤龍からすれば夫婦なのだから一緒でも構わない。けれどもカズマ達の敵という立場でいるので素直に招くのは不味いのかも、と少し迷った。

 もちろん兎伽桜(とがおう)娑羽羅(しゃうら)が素直な性格なら気にしないのだけれど。

 


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