ラナークエスト 作:テンパランス
念のために適切な治療を受けてから再度、戦闘を開始する。
クライムは止めようとは思ったけれど頑張ろうとする意思を尊重したかったので口には出さなかった。
またモンスターと戦うのもいいのだが、せっかくの野外なので戦士と模擬戦をしてもらうことにした。
相手は王国屈指の実力者。
『ガゼフ・ストロノーフ』
戦士長であり、父であるランポッサ三世の信頼が厚い男性だ。
平民から実力のみでのし上がってきた精鋭の一人。数々の武技の使い手だ。
出世欲は無いけれど部下の処遇改善には
厳つい形相にはち切れんばかりの鍛え上げた筋肉で覆われた身体は鋼のごとく。
主武装は剣のみだが他にも武器は扱える。
「姫と戦う事になろうとは……」
「鍛錬ですので。お手柔らかにお願いいたしますわ」
軽い武技を使っただけでラナーの身体が木っ端微塵になるのではないかとガゼフは思った。それほどラナーはまだひ弱だからだ。
そんなか弱い女性がなぜ、危険な冒険者になろうとしたのか理解は出来ない。だが、王家の者が決めた事に容易く口出しなど出来るはずが無い。
「剣の技は伝授できませんが……。軽い打ち合わせから始めましょうか」
「よろしくお願いします」
まずは剣を構えさせる。
一日で飛躍的に上達するわけが無いので最初は頼りなくて当たり前だ。
今のラナーの実力ではガゼフに1ポイント以上のダメージは与えられそうにない。ただ、二百回くらい当てれば倒せるかもしれないけれど。
ガゼフ・ストロノーフのステータス。
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HP242
MP0
物理攻撃41 物理防御26 素早さ31
魔法攻撃0 魔法防御14 総合耐性25 特殊31
クライムのステータス。
『
『
HP129
MP0
物理攻撃28 物理防御30 素早さ26
魔法攻撃0 魔法防御25 総合耐性27 特殊25
黙ってやられたりはしない筈だ、とラナーは苦笑する。
「まず基本の斬撃から。……盾はお使いになられないのですか?」
「盾ですか……。やはり盾は必要でしょうか? 攻守両方より攻撃をまず学ぼうかと思いまして」
「防御も大事です。俺……私は戦場では両手武器の大剣を用います。武技の関係上、盾が邪魔になるおそれがあるので」
最大の攻撃を発揮するには両手で強く握り締めた攻撃の方が高い。もちろん、防御を捨てるわけだから攻撃を食らえば大ダメージは必至だ。
ラナーに剣の握り方。身体の向き。足腰の調整に立ち位置を指導していく。
武器による打ち合いよりまず基本動作の確認から始める。
それらを終えて打ち合い。
金属と金属がぶつかると手から身体全体に振動が伝わってくる。
最初はそれに慣れる必要がある。
「鍛えていないラナー様の御手ならば弱い
モンスターは戦いなれているところがある。
「……そういえば、お一人で戦われるのですか?」
「最終的には一人である程度はモンスター退治がしたいですわ」
「一人で活動なさるには相当な熟練者でなければ無理です。一朝一夕には行きますまい」
「そのようですわね。そこまで行けるかは未知ですが……」
基本的な攻め方を教わりつつラナーは息が上がってきた。額から玉のような汗をかく。
言葉では聞いた事があるのだが本当に大粒の汗にビックリした。
それらが鎧の中に入り込めば
いつも清潔にしている自分はなんて恵まれていたのか、と実感する。
「……汗臭い王女……。あまり誉められたものではありませんわね」
それでも武器を握る手は緩めない。
実際の戦闘で諦めは死に繋がるからだ。
† ● †
基礎の次は実戦なのだが本気で戦うわけにはいかない。
こういう訓練を長く続けてこそ意味がある。
腕力の無い王女の為に篭手の改良を打診。
一般の冒険者ではないので装備を充実させないと筋骨隆々の王女が出来上がってしまうかもしれない。
アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』のリーダー『ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ』のように強く美しい女性ならば何も問題は無い。
「ラキュース殿でなくて良かったのですか?」
「あまり為になりそうな気がしなかったので。ついつい世間話しをしそうですし」
女性の会話は少ないが得意という訳ではないガゼフはただ唸った。
歳のころは自分の娘と言われても違和感が無いかもしれない。
「私は……手加減とか苦手な方ですが……。ラナー王女とて容赦は出来ませんよ」
「お遊びで冒険者になるわけには行きませんものね」
剣を強く握るラナー。それでもガゼフの一撃を受ければ簡単に取りこぼしてしまう。
弱いからとて軟弱と斬り捨てたりはしない。
戦いの道は長くて険しいのだから。
ある程度の打ち合わせの後に素振り百回。屈伸運動もさせた。
あまり手にマメを作るような事は避けた方がいいけれど、ラナーが拒否すればいつでも中断する予定ではあった。
「……はぁ、はぁ……。剣が……」
握っているだけで辛くなってきた。何も無いところを斬っているだけでも辛い。
汗まみれになっていくラナー。
それでも特訓をやめない理由は何なのか、とガゼフはクライムに尋ねた。だが、彼もラナーの目的は知らない。
ただ単に暇つぶしなのだとしても、ここまで熱心に出来るものなのか。
本心を見せないラナーの心中。それは王女としての処世術なのかもしれないけれど。