ラナークエスト 作:テンパランス
次の日の早朝、
普段は付き添いとしてメイドが一緒だが、今回は白髪で黒いスーツに身を包む老齢の執事だった。
「何年ぶりだ? 姿が違うと聞いていたが……」
「七年ちょっとかな。今はシズ・デルタ型で勘弁して」
執事は黙って二人の為に椅子を持ち寄る。
用意された椅子に座る頃に一般メイド達が訪れた。
「たっちお兄ちゃんは姿がまったく変わらないね」
「こういう外装だから仕方が無い。成長しないのはお互い様だ」
白銀の
ヘルムを取れば
種族は『
掛け値なしの最強の男だ。
普通に戦えばオメガデルタに勝機なし。
というよりも何故勝てないのかと聞かれれば『器用貧乏』である事と決定打に欠けるステータスだからだ。
もちろん勝ちに行くにはクラス構成と戦略を専用に組みなおす必要がある。そこまでしないと勝負にならない。
仮に卑怯な方法で勝っても勝負事としては面白いとは言えない。
「……呪いがあるんだったな……。……異世界を堪能している我々をよそにお前は……、色んな計画を立てて驚かせてくれる。月の方はまだしばらくかかるのか?」
「かかるよ、そりゃあ。数十年は見積もってるもん。施設を作るだけで何年もかかるって」
材料を持ち込めば一年以内に出来る、なんてことは絶対にない。
大気を満たすだけでも手間だ。その上で更に重力の問題があり、衣食住の確保は小さな部分くらいなら問題は無いが、大勢ともなると話しが変わる。
現地の人間が滞在する場合は適切な訓練を必要とする。
更に天体型の方はまだ人間どころか生物を野放しにできない。オメガデルタ一人分しかまだ確保できていない状況だ。
もちろん、呼吸を必要としない異形種ならば平気かもしれないけれど。
向こうに置いてきた
それほど宇宙空間での生活は本当に難しい。
† ● †
たっち・みーとはお隣さんの付き合いがあるオメガデルタだが、異世界で知り合いに合えるのは素直に嬉しい事だ。
たとえそれが
憎しみあっているわけではないから戦う理由は無いし、勝ちたいとも思っていない。
身体をバラバラにしたいか、と聞かれれば
というより至高の四十一人全て対象になってしまうけれど。
「……枯れ木のような身体は欲しいとは思わないが……」
「そんな能力を残す世界が悪いのか、お前の性格なのか……。ゲーム時代のお前は……、もっと変な奴だったな。むしろ今が真人間に見えるくらいだ」
「……む~。ゲーム時代は隠し要素の探求で
口を尖らせるオメガデルタにたっち・みーはククっと苦笑する。
顔が見えないが、もし仮に見えても表情はきっと伝わらない。
「もし仮にナザリックの第十階層を自由に扱えていれば……、
「いえい」
人差し指と中指だけ伸ばしてたっち・みーに突きつけると頭を叩いてきた。
「……ゲームとして楽しむ分にはいいが……。正式なものであれば抹消ものだ。……それを分かってやっているところは正しく『勇者』だ。……悪い意味でも」
「魔王ロールとかいうつまらんゲームスタイルを否定しているだけだよ。それに折角使える能力は十全使わないと勿体ない。そもそもRPGに特化した能力のみを実装するべきだ。それをしなかった運営の責任は極大だ」
ばっさりと切り捨てる発現に対し、たっち・みーはまたも苦笑する。
少なからずオメガデルタの言い分が理解出来たからだ。
一から生み出した能力ではない。悪用を防ぐような仕様を実装するのは確かに難しい問題かもしれない。けれどもそれを言い訳にしてしまうとオメガデルタのような輩が生み出されないとも限らないし、実際に目の前に座っている。
ゲームを壊す気は無いとしても転移先の世界は少なからず、戦々恐々とする存在を内包した。支配欲が無い事が唯一の救いとも思える。
オメガデルタを一概に責める事は出来ない。それは彼らが元の世界に戻れない事態に陥っているからだ。
どんな手を使っても戻りたいと願う気持ちがある者はオメガデルタに賛同する。それ以外は諦めに匹敵する。
たっち・みーとしては正義を振りかざし、断罪する立場ではある。けれども
誰もが思うが自分が彼らの立場に建てば素直に滅びを教授するのか、と問われればきっと否と答える。
たっち・みーとて帰りを待つ家族が居る。だからこそ足掻く、と。
たとえ居なくても、自分はきっと人間としての欲に忠実になるはずだ。
「自暴自棄にならないだけ……、お前は私の剣に切り伏せられる権利を有しない」
「それは残念だ。物語を終わらせる存在が居るとすれば……、きっとたっち・みーだけだ。もちろん私にとっては……」
なんでもない事のようにオメガデルタは言った。
自分の凶行を止められるのは物語の主人公だけだ。そして、その主人公そのものが悪ならばピカレスクとして続けられてしまう。
それを良しとするのかはまた議論が必要になるけれど。
「正義は多数の為にあるものではない。……その逆も然り……。私の正義感だけでは結局のところ……、お前をどうこうすることはできない、ときている」
それはつまりオメガデルタの行動は良い所も悪い所も内在している。どちらか一方に傾けられないもの。
たっち・みーはそう理解する。
方法論を突き詰めれば結局のところ倫理観という壁との戦いだ。
自分は恐らく壁の前に立てはするが突破は難しい。オメガデルタは容赦なく突破してから立ち止まって振り返る。
悩むのが先か後かの違いだ。
たっち・みーが度々、唸って会話を中断する事にメイド達は心配しながら見つめていた。
会話的には特に気になるところが無い筈なのに、どうして至高のトップであり、創世神でもある彼が悩むのか理解出来なかった。
一体何を討論しているのか、と様々な憶測が飛び交う。
「……まあ、こんな部屋を作り上げる人間が正義なわけないよな」
オメガデルタは自分達が居る現場を軽く見回した。
膨大な数の容器が整然と並べられている。その中に入っているのは現地の人間が殆どだ。その中で正義のたっち・みーはオメガデルタと対面している。
さすがにバラバラの肉片状態はざっと見渡した中には無い。
「だけど、これらは解放できないよ。……意味が無いから」
「承知している」
というより何度も確認して唸ってきた。
何なんだ、これは、と。
最初に見た時は異形種でありながら寒気を覚えたものだ、とたっち・みーは述懐する。
† ● †
正義を重んじる自分だけが嫌悪感を抱くのか、というとカルマが極悪であるメンバー達も同様に悪寒を感じていた。
それほどにシズ・オメガデルタが今まで
『アインズ・ウール・ゴウン』というギルド長である前は『モモンガ』と名乗っていた魔導王は異世界でオメガデルタとの付き合いも長いのだが、その彼であっても驚いたと言っていた。
単なる蹂躙程度ならよくある事件の一つだ。だが、これは全くの未知。
ここまでの規模を作り上げる創作物などたっち・みーの記憶には無いし、ゲームにのめり込んでいたメンバーすら驚きを覚えるほど。
「そもそもで言えば……、この世界に転移したのが間違いだ」
間違いというか、持ち込んではいけないゲームシステムが原因だ。
そうでなければ良かったのか、と言えば今より悪い結果が待っている、筈だ。
何も出来ずに朽ちればいい、なんて言うつもりはない。
自分であれば正義をかなぐり捨てている場合も充分に考えられる。
理想だけで生きられるほど甘くは無い。特に命がかかった戦いともなれば。
「自力で帰る方法が無ければ……、自力で帰る方法を作り出すしかない」
そうだとしても現場にたくさん設置されている容器はこれほどまでに必要なのか。
研究目的ならば多少は目をつぶる、なんて綺麗ごとを言いそうだが、多少どころではない規模にただただあ然というか脱帽だ。
「それでもあえて聞きたい事がある」
声を潜めてたっち・みーはオメガデルタに問いかける。
「お前は今でも正気を保っているのか?」
出来れば保っていてほしい。それと同じくらい狂っていてもほしいと思っている正義の
人間として正気を保つ事がとても難しい生活を送ってきたのは想像に難くない。けれども、ここまで狂った現場を作り上げる人間を友人だとは思いたくない。
けれども自分も時と共に異形種の肉体に馴染み、慣れていく運命かも知れない。
そうなればオメガデルタを責める理由は無くなる。
「二割方は保っている、というところだよ」
「二割?」
「人間としての心という曖昧な部分はアバターに吸収され続け、いずれは自我が完全に挿げ替えられるかもしれない。自分が設定したアバターそのものとして……。でも、結局のところ本体を取り戻さないことにはゲームの魔法をいくら使ったところで意味が無い」
「………」
ゲームのシステムに支配された機能やアバターがあるかぎりにおいては理解出来る。
「意外な事実として……。我々がどんなに足掻こうと本体からすれば何の意味も無い」
「?」
「ここで我々が議論することも正義感を語ることも……。それはあくまでこの世界においての心配事でしかない」
「……そうなるか……。だが……」
世界が違うからとて何をしてもいい理由にはならない。少なくとも人間としての気持ちを多く持つたっち・みーとしては看過できない問題が多く存在している。
アバターだとしても感じる気持ちは人間だ。
倫理観に引きずられているところは否定できないけれど、それでも否定したい気持ちがある。
お前は悪党だ。
そう断じなければならない。
オメガデルタの存在は正義において抹殺対象だ。
「……普通の殺人ならば引導を渡すところだ」
だが、現場の惨状には恐るべき事実が存在している。
現地のモンスター以外の人間や生活している者達全て、殺害していない。絶対ではないとしても、殆どは
悪党を討伐する事はゲームでは然程珍しい光景ではないし、たっち・みーとて他の敵対プレイヤーをゲームの中とはいえ殺す事がある。
ゲーム的な意味では正義の代行者だと言えるけれど、オメガデルタの行為は全くの未知である。だからこそ何とも言えないのが頭痛の種となっている。
誰一人として、とは言わないが、殆ど全てに近い人数の人間を殺していない。いや、正確に言うならば
「運命に足掻けば……、私もお前と同類になるのかな」
「戦士職の人は普通に生きて普通に死ぬと思うよ」
「……不死の異形種は永遠にさまよう事になる」
あまり先の事は考えたくないのだが、オメガデルタは既に一万年くらい先の事を考えている気がしてならない。
百年程度は誰もが考える。老人になって死ぬまでに何をするのか、と。
けれども異形種が蔓延る世界で、自分がその異形種としてのプレイヤーだ。
それとアンデッドの者も居る。
彼らの未来を無視してはならない。
だからこそ、オメガデルタが
形は違うが救いの方法を模索しているのだから。
方法を見つけない自分達が何もしないまま他人を罰する権利など有する筈が無いではないか、とたっち・みーは自分の膝に拳を落とす。
それを見たメイド達がびっくりして小さい悲鳴を上げる。
彼らはどんな戦いをしているのか、全く分からないけれど見守らなければならない気がした。
「色んな考えがあって結構な事だ。……もし私一人ならばお前はきっと今頃墓の下だ」
しかも早いうちから討伐している気がする。
初期に構成していたオメガデルタの
「でも、ウルベルトさんでもここまでの事は……。あの人の
では、
「アインズは六人のハイブリットと言ってた」
「……まあ、足せば……、そうなるか。一人物凄く邪魔なものが居るな」
特に
たっち・みーは苦笑する。
「……いや、あの人が居るからこその発想という部分もあるか……。変な役の立ち方してるな、全く……」
「今は宇宙での活動が多いから、地上の方は特に干渉する気は無いよ」
「そうらしいな。……改めてお前の事を考えると……、物凄く罪悪感に襲われる」
どうしてこんなに捻じ曲がった変態になってしまったのか、と。
そう思っても自分と一緒に転移した場合は堅実な冒険に終始し、後々少しずつ精神を病みそうな展開が浮かぶ。
なにせ、この世界は勇者になったら終わり、というルールは存在しない。ましてラスボスを討伐して終わり、という運営の仕様も存在しない。
延々とゲームを続ける『ローグライク』系だ。下手をすれば数万年も滞在する羽目になる。
何処かで抜け出さないと本当の意味で気が狂う。