ラナークエスト   作:テンパランス

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#147

 act 85 

 

 施設に引き上げようとすると様々な声が聞こえてきた。けれども客人たちの会話に聞き耳を立てる無粋な真似は控えた。

 地上での仕事を終えて地下に戻るオメガデルタ六の宝物庫(ユーノー)の書類棚を漁る。もちろん後でちゃんと片付ける。

 自分の書斎は地上施設にあるのだが、普段は地下を使っている。

 常に情報のやり取りをするには都合が良いので。

 地上は特別な事にしか使わない事が多い。

 必要な書類をまとめていると昼過ぎの時間になった。ラナー達は明日まで放置するので今はまだ様子は見に行かない。

 何かあればメイドが現れて報告する。

 そうして地上にまた戻ろうかなと思っていたら誰かが降りてきた。

 この宝物庫は一般人の入場を許可しているので珍しい事ではない。本当は一の宝物庫(ユピテル)七の宝物庫(ケレース)も地上との往来ができるように作っていたのだが、今は封印中だ。もちろんオメガデルタは自由に行き来出来る。

 金属板を仕込んだ階段をカンカンカンと音を鳴らして降りて来るのは雪音(ゆきね)クリス風鳴(かざなり)(つばさ)ともう一人居た。こちらは客人の一人のようで名前は知らない。

 

「主殿っ!」

「ちゃんと聞こえていますよ」

 

 広い空間なので小さな音は吸い込まれるかもしれない。けれどもオメガデルタの聴力は一般人より機能が高い。

 自動人形(オートマトン)特有の集音機能でもあるのかもしれない。

 階段は初めて来る人は滑りやすいので手すりを付けているが果たして無事に下まで降りられるか。特に急いでいる時は危険だ。

 水洗いし易いようにタイル張りを徹底的に(おこな)ったので。屠殺場は逆にザラザラとした質感で何度も使うと磨り減るのではないかと危惧している。

 

          

 

 見事に転ばずに下まで降りてきた事に安心しつつオメガデルタは彼女たちを出迎える。

 急ぐほどだから緊急事態なのは理解した。

 宿舎が放火された場合はメイドが先に来る。リイジーの店も同様だ。

 200メートル以上もある階段を急いで下りてまで何を慌てているのか。施設の危機ならばオメガデルタが把握する方が断然早い。

 

「……思ったより階段が長くて……、はぁ、はぁ……」

 

 途中途中に踊り場を設けているから転げ落ちる確率は意外と少ない。それでも当初は多くのメイドが滑り落ちた。

 下まで無事に降りた風鳴達は呼吸を整えてオメガデルタの側に駆け寄る。

 

「こ、この者は我々の連れなのだが……」

「……お前名前なんだっけ?」

立花(たちばな)(ひびき)だよ、クリスちゃん」

 

 いつもバカとしか呼んでいなかったので名前が出てこなかった、と雪音は舌を出して謝った。

 名前を大切にしない者は咄嗟の時に失態を犯すものだ。

 

「そうそう。この……立花の腕って治せるのか? 完全にもげているというか……。綺麗さっぱり無くなってるけど」

 

 オメガデルタの前に差し出された立花という少女。

 説明から風鳴達の仲間であることは理解した。だから深く詮索はしない。

 見たところ右腕が肩口から無くなっている。

 元から無いのかは知らないが、治せる事は治せる。ただし、神殿勢力に目を付けられては色々と面倒なので何でもかんでも癒せるところは見せたくない。本来ならば。

 建前的なもので簡単な説明をしておく。

 異世界人の彼女達がこれからもケガ人を呼んでこない事を約束させなければ余計な敵が生まれてしまう可能性がある。

 

「……安易に人を癒してはいけない?」

「怪我人は専用の場所でお金を払って癒す。それがこの世界の規則です」

 

 ケガはついさっき負ったものではないので立花の顔色は特に悪くなかった。一緒に興味深く話しを聞いているので、天羽(あもう)(かなで)のような緊急性は感じなかった。

 彼女達の為に椅子を運ばせて座らせる。

 何処からともなく現れるメイド達に驚いてはいたが、それは無視する。

 自分もすっかり異世界の住人なのだが、一つ問題がある。

 

 この世界の名称を知らない事だ。

 

 地球とかに正式なものや共通の呼び名は無く、大陸名は一部には存在していた。

 分かっているのは国と都市と村や特定地域の名前だ。

 それはつまり住民達は自分達の居る地域しか把握していない。もちろん、アーグランド評議国などは何らかの名称をつけている可能性はある。それが世界に普及していないだけ。

 

「……ああ、それは聞いています。傷口を塞ぐのに結構なお金がかかりました」

 

 立花という少女が喋ったのだが、どこかで聞いた声だと思った。

 オメガデルタの素体となっているシズ・デルタはとても耳がいい。

 

          

 

 理解が早い立花のお陰で説明がし易い。

 とにかく、規則をまず伝えないと次から次へと誰か彼かを連れてくる可能性が高くなる。

 残念ながらタダ働きするほどオメガデルタは安い存在ではない。

 

「冒険者の規則にもありましたね、そういえば」

 

 現在銀級プレートを持つ立花。

 大怪我をしたにも関わらず表情はとても穏やかだ。

 茶色の短髪。元気いっぱいの少女という雰囲気を持つ。

 風鳴達の仲間という事でシンフォギア装者でもあるらしい。

 

「ちなみに私の場合は物品です。命すらも。私に頼るという事はそれなりの覚悟が要りますよ」

 

 これは脅しではなく事実である。

 安易に頼って酷い目に遭う人間はたくさん居る。だから先に面倒ごとを解決する。

 オメガデルタは言い訳が苦手であり嫌いな部類だ。

 

「ぶ、物品!?」

「……この人の物品っていうのはあれだ。あたしらの武器とかだ。勝手に出てくる刀とか」

「立花の場合は拳のみだから。分解でもしない限りは何も取り出せないな」

「……翼さん達も何か渡したんですか?」

「保留になっている。このギアは渡さなくていい事になっている」

「本人を使った実験よりはマシだが……。決めるのは君だ」

 

 強引な手は簡単な反面、とても飽きやすい。

 魅力的な力であっても調査は欠かせない。そして、急いでいる人間を急かす事もまた苦手としている。

 自分の実験は今日明日結果を出すような短期決戦はやりたくない。一年二年と長い時間をかけたい。

 それにはまず適度に広い実験室が必要だ。

 この『マグヌム・オプス』とて最初に作った、言わば仮の実験室に過ぎない。

 と『太歳星君(プロメテウス)』はまだ未完成だ。

 


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