ラナークエスト 作:テンパランス
広い王都の一区画とはいえ清掃作業はそれなりに重労働だ。
下ばかり見ていると腰が痛くなる。
建物の雑巾掛けをするわけではないが、汚い建物は長い歴史を感じさせる。
人間の都市は二百年前に形作られたという。それ以前にも都市はあったが『魔神』と呼ばれる者達との争いで滅びたり、自滅したりを繰り返してきた。
五百年前、『八欲王』と呼ばれる凶悪無比な者達と『
バハルス帝国の南には
世界は広く、ラナーも自由に旅が出来ればもっとはっきりした情報が得られるかもしれないと思った。
「……王女は旅などしませんか……」
城で一生を送るというのも面白くない。
国を治める者は外交という手段で飛び回れるけれど、自分はどこまで行けるのか。
敵の多い国に魅力も未練もおそらく自分には無いかもしれない。
クライムさえ居れば、と言うのは簡単だ。だが、生活する上で様々事を学ばなければならない事に変わりは無い。
どこかの都市で隠居するとしても一生を家の中で過ごすのでは意味がない。
「ラナー。改めて聞くが……。どうして冒険者になろうと思ったんだ?」
掃除をしながらレイナースは尋ねる。
何の不自由も無い贅沢三昧の王宮暮らしの方が安全なのに、と。
「城の中が退屈だからですわ」
モンスター退治は二の次だったけれど、避けては通れない。だから、剣を持つ。
そんな単純な理由だ。あと、モンスターとの戦闘は不得手ではあるけれど色々と興味深いことがあり、それほど嫌いではなかった。
「命をかけたお仕事というのは分かりましたが……。私、これでも真面目に考えているんですよ」
「……確かに取り組みは真面目なのでしょう」
非力な王女がそもそもモンスター退治をするのは前代未聞ではないのか。
日頃から武芸を嗜む人間であれば多少は理解出来る。
国を治める側の人間はいつ何時、誰に狙われるか分からないものだ。ラナーとて例外ではない。
存在を疎ましく思われている筈だ。それも身近な肉親とかに。
それでも危険を承知で外に出るのは何も考えていないバカか、それとも
「我々は金で雇われた傭兵ではないから……。チームとしてお付き合いさせていただきますよ」
下がったレベルを戻さないといけないし。
銅プレートはそれほど危険な仕事は出来ないようだから。
昇進するとまた話しが変わってくる。
冒険者は首から
一定の依頼をこなすごとに昇進試験用の依頼を受ける。それを見事にこなせれば昇進する。
特例も有り、飛び級する事が出来る。それはとんでもない事件でもない限り、普通は不可能だ。
† ● †
ゴミ拾いを終えたのは三時間後くらいになった。
それほど収入は無いけれど、えり好みしては昇進試験は受けられない。
いくつかの条件を満たして初めて昇進試験を受ける事が出来る、らしい。だが、その条件は冒険者には秘匿されている。
モンスター退治だけで上には登れない。
特にミスリルからは国を守る、という責任が付随してくる。
国家の危機に馳せ参じる命令が下される事がある。
アダマンタイト級のラキュースも特別な理由が無い限りは拒否できないと言っていた。
命を懸けるのだから収入は多い。同時に危険度も高い。
「……仕事を終えて経験値の割り振り。これを何度繰り返せば元のレベルになるのでしょう?」
クルシュの質問にレイナースは答えられない。
ナーベラルも休む事無く次の依頼を受けたい気持ちだった。
「単純に考えれば……。十年くらいかかりそうだ」
そもそも元の強さまで自分達は一日で強くなったわけではない。ナーベラルは特別だとしても。
ラナーも元々はもう少しレベルがあった。
本来のレベルはおそよ7。残念ながらレイナースが言っていた『カリスマ』は
「単純に数日で強くなる場合はどうすればいいでしょうか?」
「荒唐無稽でいいのなら。
それくらいならアルシェも劇的に強くなりそうだ。
大雑把な数だが確実に大量の経験値は手に入る。それも割り振りで分割されたとしても。
後は
厄介な能力を持つ
「後はまあ……」
ナーベラルの拠点であるナザリック地下大墳墓に居るレベル100のモンスターを何回か倒せばいいんじゃないか、という考えが浮かんだ。
つい、ナーベラルの方に顔を向ける。
経験値稼ぎの為に何度も死んでくれそうなレベル100は居ない。確か蘇生費用が莫大だと聞いた覚えがある。
金には余裕が無い。これはいくらラナーの財産でも簡単には賄えない。
「バカな事を聞くが……。お前のところの
本当にバカみたいな言葉にナーベラルは眉根を寄せた。そして、なんて不敬な事を言うんだ、この
「……なんと恐れ多い事を……」
「あくまで例えだ。バカな事は百も承知している」
ナーベラルにとっては上司に当たる階層守護者を侮辱されたような気持ちで怒りがわいて来ることだった。
虚空から金の棒を銀で覆ったような金属製の杖を出す。
今のナーベラルはレイナース達と同じくらいの強さしかない。魔法も第一位階止まり。
それでも譲れない事はある。
一触即発の雰囲気だがレイナースは慌てない。
レベル差のある敵ならまだしも今は同等の強さになっているのは理解している。
ナーベラルが不敬な事と受け止めるのを分かって言ったのだから自分が悪い。
だから、素直に頭を下げて謝罪する。
「あくまで例えなのだが……。すまなかった」
あっさりと頭を下げてきたレイナースに対し、敵対行動しか考えていなかったナーベラルは意表を突かれた気持ちになった。
仲間として共に戦うのだから安易に敵対しては色々と不都合な事がある。それを思い出した。だから、武器を収めた。
普段なら殺しているところだ。
「……謝罪は受け入れよう。だが、……いやいい。人間に言っても無駄だろう」
もとより敵だ。
率先して倒すべき相手、というわけではないが主の命令に逆らう事は出来ない。
それに強大な敵を倒さないと効率的なレベルアップが望めない事は事実だ。それは否定しない。
今の自分たちで倒せるのは残念ながら
それでは時間がかかっても仕方が無い。
「今は地道な戦闘しか出来ない。変に効率に走って全滅しては本末転倒だ」
平均値で割られるならば数人が低いままの方が得られる経験値も多少は増える。
「お前たちはレベルアップを控えて、まず私が強くなるのはどうだ?」
そうしてさっさと解散する。それがナーベラルの出した結論だ。
「結局はお前一人で戦うのと変わらないと思うのだが……」
「……む」
「平均値の事を言いたいのだろうが……。元々がバラバラの強さだ。全員がナーベラル・ガンマと同じ強さになれるわけじゃない。むしろ、ナーベラル・ガンマは弱いままの方が我々に割り振られる経験値が高くなると思う。ある程度の強さになったら脱退して一人でモンスター退治をすればいい。その方が効率的であるし、仲間との齟齬も生まれにくい。そもそも、お前『漆黒』のメンバーだろう?」
矢継ぎ早やに言われて反論できなくなるナーベラル。
眉根を寄せたまま唸り続けた。
「漆黒は『美姫ナーベ』だ。今の私は戦闘メイド『プレ……デス』のナーベラル・ガンマとしてここに居る」
『
時々、変更される名称なので忘れてしまった。