ラナークエスト 作:テンパランス
彼らの兄である龍緋は大火傷が回復するまで妻のベアトリーチェと子供達と共に宿舎にて待機する事にしたので施設には入ってきていない。
先客の立花の友人達も交えて賑やかなメンバーが集まった。
ほぼ赤の他人。それが大量に入ってきているのに警報や警備兵の一人も見当たらない。*1
「他の部屋もこれくらい広いんでしょうか?」
この疑問に先ほど別の部屋から現われた金髪碧眼の女性が軽く咳払いをしてから答えてくれた。
王国では名の知れた人物だが、カズマ達にとっては全く知らない人。見た目の印象では王女様。だが、都合よく居るとは彼自身思っていなかった。*2
「ここと同程度の部屋は三つ。四分の一の部屋が四つ。図で表すとほぼ正方形に設計されています」
「……やっぱり正方形……」
「分かり易い部屋という注文だったそうですわ」
カズマは説明してくれた女性に頭を下げる。
武装している集団で身なりはダクネスと同じ。騎士か戦士の一団に見えた。*3
「他の……部屋に行ってもいいんですか?」
誰とはなしに呟いてみるとご自由に、という答えが返ってきた。
それにしてもだだっ広い部屋だと呆れつつ、あたりを一望する一同。
カズマの感覚では大型モンスターが出そうな雰囲気があった。ただ、床が綺麗なので実際には現われないと予想している。それと空中に浮かんでいる物体がとても邪魔になるはずなので。
「あっ、そういえばここの主の……オメガさん。姿が変わったんでした」
そう立花が言うとついてきた風鳴と雪音が頷いた。
それ以外の殆どのメンバーは小首を傾げる。
聞きなれない言葉にカズマも訝しむが異世界のことなので大概のことには慣れたと自負していた。しかし、それでもやはり不思議だなと思う気持ちはある。
深く追求する気にはなれなかったカズマは話し半分で歩き続ける。無視したいわけではないけれど、言葉が見つからなかった。
「言葉どおり……。声は一緒なんですけど……」
「……とすれば……肉体を乗り換えたんですね。……確かに候補となる肉体はたくさんありますし」
金髪の女性が向いた方向は
冒険者になる前に何度か見学した事があるので大体のことは把握している。
それでも実際に見せられる奇跡の数々はやはり驚くべきものがあった。
† ● †
次の部屋や地下への入り口になっている場所に近付くがメイドは現れなかった。
試しに扉に手を当て、開いてみたりする。それでも現われないのは主が警戒を解いているのか、それとも金髪碧眼の女性『ラナー』の為だからか。
「ねえねえ、カズマ、カズマ~! 金色の海よ! 金貨よ~。金色の海よ~」
「ほう」
「あっ、その金貨は見るだけって言われてます。持ち帰ったりしないようにと……」
立花が説明していく。
あまり部屋のものを移動させると物騒な事が起きると聞いていたので。
ただでさえ腕を治すような者が相手なのだから、穏便に事を進めたい。そしてそれは風鳴達も同じ気持ちだった。
「え~! なんでよ。こんなにたくさんあるのに」
大きな声で文句を言うのは水色の長い髪の女神アクアだ。
ラナーは姿勢を正し、軽く咳払いして皆の注目を集める。
「こちらの部屋に貯蔵されている金貨は魔法の触媒に使われます。それゆえにここから持ち出して換金しようとかしないように願います」
「換金もダメ?」
「ダメです。そもそも金貨がここにある理由を考えてみてください。これほどの量を無造作に人目につくように見せているので罠と考えるのが一般的です。それに今は無用心ですが、監視の目はきっとあると思います」
そもそもどうやって金貨が生まれているのか。それをカズマ達が知れば手に取ろうとは思わない、かもしれない。
それを説明すべきかどうかラナーは小首を傾げて悩んだ。
慌てふためく部外者の行動も退屈しのぎにはなるけれど、あまり大騒動に発展しては面白くない。というよりも外部に知られてはラナーとて困る事態が起きると予想している。
† ● †
一同が謎の部屋に降り立ってから出会った見知らぬ者と自己紹介を始めようかとそれぞれ思案する。
金髪碧眼のラナー以外にカズマ達は明らかに異質な白い
顔を金髪で半分隠す女性も槍を持ったまま佇んでいて黙っている。色々と気になる点が湧いていた。
「何も無い部屋ってわけじゃないみたいだね。仕切り壁があるし」
「ここは研究室ですわ。今は……誰も居ないようですが、特定分野の研究者が何人か利用しています」
その仕切り壁は厳重な封印は施されていないけれど勝手に覗き見しないように、とラナーは言った。
元々、一般人が利用するような気軽な施設ではない。それなのに彼らはどうしてここに居るのかラナーの方が疑問でいっぱいだった。
「訓練に来たのでないならば長居は危険だぞ」
と、槍を持った女性が言うとカズマは驚き、アクアも驚いた。
彼女の声に聞き覚えがあったからだ。
似た声が多数居る事は分かっているが実際に耳で聞くと改めて驚いてしまう。
顔を隠している女性『レイナース・ロックブルズ』の声はカズマ達の世界では『天使』*4と良く似ている。反対に白い
カズマ達も改めて聞いて驚いた。
「アクアがこの世界ではトカゲか……」
「声が似ていると不思議な感覚ですね」
クルシュは人間が大勢居るのに平然と過ごしている。それはそれで彼ら
カズマ達の世界では基本的に異形は敵だ。といっても殺し合いに発展するほど憎しみあっているのかは実は知らない。
「ここは長居するような場所ではありませんので、見学は控えて地上に戻ることをお勧めいたします。それでも進まれる場合は人体を解体されても文句を言われませんように」
と、にこやかに告げる王女ラナー。それに対してレイナース達も頷いていた。
既に実態を経験した立花達は脂汗を流して、事態を見守っている。
「そ、そうですね。深く関わりたくない人は上に戻った方がいいです。主さんも無理に追ってきたりはしないと思います」
「そうかい? 単なる見学だとヤベーってか」
と、言いながら赤龍は自分の家族に顔を向ける。
自分ひとりであれば問題は無い。けれども姉は少なくとも戻さないと不味い気がした。
家族を大事にする兄に知られれば地面を砕いてでも助けに来てしまうおそれがある。
神様である兎伽桜がどうなろうと関知しないかもしれないが、事が家族だと話しが変わってしまう。
† ● †
色々と相談を始めて地上に戻る者と見学を継続する者とに別れる事にした。
ラナー達が平気なのは利用者だから、という理解だがカズマ達はどうすべきか判断が付かない。立花達は説明役として残ってもいいと主張した。
「向こうの部屋に膨大な容器があります。その中に入れられると思いますよ」
「それは誘拐ってこと?」
「人体をバラバラにして保管するのです。そちらのタチバナさんという方がおっしゃっていた腕の再生のようなものです」
レイナースは黙って壁際に移動し、真っ白い壁の一部に手を入れて引っ張った。すると扉が開くように機能し、備品が現れる。それをカズマ達のために運んできた。
気付いた立花も手伝いに動く。
「他の部屋も利用者の為に色々と用意されている。……ただ、無闇に扉に向かわないように。あと、下の階への入り口が向こうにあるが……。行かないように」
レイナースが指差す場所は真っ白くて入り口かどうかが分からない壁しか見えなかった。
それほど明るい白ではないけれど統一された色調だと視認が難しい。
椅子に座って改めてラナーから簡単な説明を受ける。
「入った時から不穏な気配だったけれど……。貴女達は平気そうね」
「利用者ですから」
「確実な増強によって自分の実力の程が確かめられる施設ですから。多少の事に目を瞑ればとても魅力的です。……それに耐えられるかは……個人差がありますが」
大人しくしていたアルシェが言った。
自身の
保有する
気の毒な面もあるけれど監禁されるわけではない。そこが説明し難いところでアルシェは苦笑を滲ませる。
「そういえば、この施設の地上部分で戦闘行為は禁じられております。立て看板の文字が読めなかったのでしたら次からはお気をつけ下さいませ」
ラナー達が訓練している間、異音が上から響いていた。
この施設は防音について完璧ではない。深い穴になっている分、地上には伝わりにくいが逆の場合は話しが変わってくる。
規模の大きい爆発音でも出さない限り、施設内の音は外には漏れない。