ラナークエスト   作:テンパランス

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#178

 

 act 116 

 

 言うべき注意事項が済んだのでラナー達は地上にある宿舎に戻って休む事にした。

 部外者が今以上の詳細を告げるのも本末転倒というもの。そう判断した。

 ラナーとしては彼らとお話がしたいほどの気持ちよりも一刻も早い休息の方が(まさ)った。後は施設の主から色々と聞けばいい。そう結論を出した彼女は椅子を仕舞い、地上に戻る事にした。この物語の主人公なのに。

 疲労によって役柄を演じ続ける精神的余裕が無いとも言える。それだけラナーにとってもこの施設での特訓は精神と肉体の両面でかなりの負担になったようだ。

 

「では、皆様。ごきげんよう」

 

 手を振りつつ階段を登る女性陣。そのすぐ後に階段下に巨大な蜘蛛っぽい生物が出現した。

 隠し扉のような雰囲気ではなく、唐突に姿が現われた。

 それに驚いたのは初めて見るカズマ達だ。

 

「も、モンスター!?」

 

 慌てる一同に対し、ラナー達はかのモンスターを上から覗き見て微笑んだ。

 

「この方は施設を守護するメイドさんですわ。では……」

 

 いつもの事の様に現れたモンスターを気にせず階段を登るラナー。

 クルシュ達も気にしたそぶりを見せていない。

 言われて見れば、とカズマはモンスターを観察する。確かにメイド服っぽいものを着ている。だが、手には盾と槍を携えていた。

 ラナー達は気にしていない。けれどもカズマ達はどう対処すればいいのか分からない。それと自分達は施設の主の許可を得て進入したわけではない。

 モンスターメイドは大きな下半身を器用に動かしつつカズマ達の元に向かってきた。

 見た目からどういう生き物なのかカズマ以下誰も分からないようだった。

 

「彼女達が平然としているならば敵ではない筈だ」

 

 ダクネスは根拠の無い自信を見せつつモンスターの前に立ちはだかる。

 立花達は今まで出てこなかったモンスターメイドに戸惑っていた。施設の主から何の説明も受けていなかったので。

 確かにメイドが現れる事は聞いている。けれども、これほどモンスター然としたメイドは初めて見る。

 硬質的な音を鳴らして近付いてくるメイド。顔というか額には赤い目のような複眼がいくつかあった。

 上半身は人間の女性。けれども腕は何処となく下半身同様に硬質的な雰囲気があり、節のようなものが見える。

 互いの距離が十メートルほどにまで近付いてきた頃に遠くの扉が開いた。そこは『七の宝物庫(ケレース)』に向かう為の出入り口だ。

 開いた音でメイドが顔をそちらに向ける。そして、すぐさま駆け出して行った。

 カカカっと床を削るような不思議な音色を奏でたが何故か地面に穴は()かなかった。

 

「……は~い、ストップ」

「………」

 

 出入り口から現われた人物がそう言うとモンスターメイドはすぐさま立ち止まり、盾を持つ手を胸に当てて(こうべ)を垂れる。

 モンスターメイドを止めたのは短めの金髪は丸みを帯びて、軽装の格好に細身の長身。引き締まった肉体。大き目の胸を持つ女性。

 声は何故か男性的という不可思議な存在。

 立花は相手の姿を見て施設の主『シズ・オメガデルタ』だと確信して安心した。彼とも彼女ともつかない人物をカズマ達に紹介する。

 オメガデルタの合図を受けたメイドは一礼した後、七の宝物庫(ケレース)に向かった。

 

「新たな犠牲者かな? 興味本位で中に入るとは随分と余裕があるんだね」

「……やっぱり人体切断の刑ですか? 知らない人は怖がると思います」

 

 立花が代表してオメガデルタの下に向かう。

 知った仲で説明をしなければただただ混乱が広がると判断した。

 

          

 

 地上での戦闘にオメガデルタは眉根を寄せた。その事を立花は謝罪する。それから各人の紹介をすべきか悩んだ。

 余計な事を言えば確実にオメガデルタは彼らをバラバラにし兼ねない。しかし、自分はそれを止める事が出来るのか疑問に思う。

 絶対に肉体を差し出さなくてはならない、という条件があるわけではないけれど。そうだとしても珍しい人種を逃がすとも思えない。

 無償の奉仕を嫌ってもいたようだから。

 

「いちいち全員をバラバラにするわけではないけれど……。必要な人材は多いに超した事はない。先ほど()()()()()()()も気前良くくれたし。自分だけの宇宙創成の楽しみができたばかりだ」

 

 と、不穏な言葉が漏れ出る。

 自分達が地上で鍛錬している間に何が起きたのか。それを知るのが立花でなくても怖いと思った者が数人居た。

 『自分だけの宇宙』とはなんだ、と。

 

「方法は残酷だが自身の強化だと思えば人はとても欲深くなるものだ。私はその見返りを要求しているに過ぎない。……なんて悪党っぽいセリフだけど」

 

 オメガデルタは苦笑を見せる。

 人を不安に陥れる事は魔法の効果にも影響する。だからこそ無理強いは本来はしない。ただ、淡々とありのまま状況を説明しているだけだ。

 

「……それで今回のお客さんは単なる見学だけかい? 人に見せられない部屋があるけれど、ここは見学には適さない場所だよ」

「それよりあの金貨の海はなんなの? 貰えないの?」

 

 アクアが早速詰め寄って尋ねてきた。

 立花の心配を台無しにする行動に呆れたり感心したりと色々な反応を見せた。

 オメガデルタも顔を近づけてくる謎の人物に少しだけ驚いた。

 

「それよりその人の男声を聞くべきじゃあ……」

「同じ人間と区別する為さ。金貨は人にはあげられないものだよ。見るだけ。魔法の触媒として使われる金貨は自動的に移動する。だから持っているといつの間にか消えてしまったりする事がある。一般の金貨も触媒として……」

 

 と、言いながらオメガデルタはアクアを強引に動かして椅子に座らせた。

 これが男であれば胸に当たったとかで大騒ぎするところだ。特にカズマは確実に気にする。

 いくら(カズマ)が男女差別しないと豪語しても率先して女性の胸を揉む事は無い。

 

「………」

「……女の顔面でもドロップキックすると豪語するような男だ。胸などオマケ程度にしか……」

 

 腕を組んで感心するダクネスの言葉に抗議したいところだったがカズマは黙っていた。

 触れるものなら触りたいけれど自分はチキンだから無理だと。

 

「……はい、チキンです、ごめんなさい」

 

 それから現場に居るのが神崎一家を除けば女性ばかり。いや、赤龍を含めれば二人だけ。女性の人数がとても多いのも問題だ。

 一般の街中であれば荒くれものの男性の姿がわりと目立つのだが、この施設に居るのはほぼ女性。

 

「居ない事はないけれど……。男子禁制というわけではないから。……え~と、金貨の他は男声だったか?」

 

 この言葉にめぐみんが頷いた。

 先ほど爆裂魔法を行使して倒れた筈の彼女は普通に椅子に座っていた。それはある程度の魔力が回復したからなのか、単なる疲労程度で少し休めば歩けるくらいになれる、というものでもあるのか。

 

          

 

 地上での戦闘を簡単にだが立花が説明する。

 (くだん)のラスボスに皆が撃退されたところでオメガデルタは苦笑する。

 話しを聞いている限り、そのラスボスにオメガデルタが関わるのは良くない気がした。しかし、最後の手段としてならば協力してもいいかもしれないと思う事にした。

 自分達(オメガデルタ)とは違い、はっきりと元の世界に戻りたい意思を示している。妨害する理由は無いと判断した。

 この施設に入ってきた人物の一人のようだが、それ程のつわものならば自分の知り合いが挑戦しそうなものだ。先ほどやってきた神様を自称していた赤い髪の女性の(げん)によれば良き戦いには褒美を与える、とのこと。

 職業(クラス)構成がメチャクチャな自分は今は大いなる目的があるので参加は自粛したい。だが、興味はある。

 

「君たちが(かな)わない敵を私が倒すとなると対価がそれなりに必要だね」

「……やはり」

 

 と、風鳴は不安を滲ませる。

 タダで人助けはしないと豪語する主人だ。しかし、その実力は間違いなくある。

 仮定の話しだとしても戦闘自体は引き受けてくれそうな気配は感じた。

 

「……でも、君達に戦ってほしいという要求であるならば……、君たちを強化すればいい。それもまた対価が必要だけど……。怪しい選択肢が提示されたわけだ……が。どうするのかは君たちが決めればいい」

 

 煩悩にまみれた施設の主に頼みごとをするのだから対価は必然。

 それぞれ不安を感じているが強化という点で立花は特訓か何かかと期待した。それと自分達は既に対価を支払った後だ。試験的にどういうものか知っておけば他の人達の為にもなるのでは、と。

 早速、手を挙げる立花。

 

「はい、立花さん」

「強化とは特訓ですか? もしそうならどんなものなのか教えてください」

「似たようなものだ。だが、確実性が高い。……問題は君達が強くなったと実感するまでに時間が掛かる事だ。今日明日にでもラスボスを倒さないと駄目な条件でもあれば強引な手も考えるけれど……」

「期限は一年ほどです」

 

 と、風鳴が言った。

 施設の主に逆らう事がいかに危険か、装者達は理解している。だからこそ素直な対応を取っていた。

 今以上の悪化は他の者達にも悪影響なのでここは逆らわない選択を取らざるを得ない。

 

          

 

 興味本位でついてきた神崎弟妹(きょうだい)やアクア達にはいまいちピンとこない説明が続いている。

 見た目には露出度の高い服装の大人の女性が一人居るだけだ。それなのに立花達はいやに低姿勢である。腕を治した人物であれば当然かもしれないが素直すぎやしないかと。

 

「このバカ(立花)は……初めてだったな。ここの訓練は主にモンスター退治だ」

 

 風鳴は天羽の世話で手一杯だった。実質、雪音だけが経験者である。

 その雪音の印象では生き物を殺し続ける胸糞の悪いものだと簡単に言った。

 

「あの猫娘(レオンミシェリ)が嫌がるほどだ。ノイズ退治とは毛色が違うぜ」

「そ、そうなんですか……」

 

 鍛錬と聞いて風鳴達ならば強くなる事に否定的な意見は言わないと思っていたので意外だと思った。

 話しに出た猫娘達は宿舎に引きこもったまま。代理としてアデライドが様子を見に降りて来ている。

 

「モンスターという事は爆裂魔法を使ってもいいと?」

 

 目を輝かせるめぐみん。今日の分の爆裂魔法は使ってしまったので明日にでも挑戦しようかと息巻いた。

 カズマ達もモンスター退治の経験が無いわけではないが、痛い思いをするような事は遠慮したかった。

 

「無抵抗のモンスターをひたすら殺すだけ。実に簡単な作業だ」

 

 そうオメガデルタは言った。

 すでに何人にも言ったことを改めて説明しなければならないのかな、と首を傾げる。

 利用に関して急な事で戸惑っているのは事実だ。

 

「……無抵抗?」

「それで嫌がったのか、あのレオンなんとかって人が」

 

 アデライドはカズマの言葉に苦笑する。

 確かにモンスター達は無抵抗だ。ただそれだけなのだが、言葉で説明するのが実は難しいと思って中々伝えられなかった。

 単なる(まと)なのは間違いない。だが、それでも生き物だ。傷付けば血が出る。

 レオンミシェリが抵抗したのは命を奪う行為だったから。

 

 


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