ラナークエスト   作:テンパランス

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#024

 act 24 

 

 小さい個体を確実に倒し続けて数時間が経過しただろうか、生き物を殺す単純作業の弊害はこれから始まる。

 倒しても倒しても減らないモンスター。

 増えているのはモンスターの死体。

 数えるのが億劫(おっくう)になってくると吐き気が襲ってくる。

 小型とはいえ死体の臭いが少しずつ強くなり、気になってくる。

 作業を続けて行くと慣れによって感覚が鋭敏になってくる。それゆえに自然と身体が震え始めてきたことも分かってくる。

 肌に触れる空気の流れすら感じ取れているような気さえする。

 ラナーは作業を止めてその場に座り込む。冷たい床が直に尻に触れる。

 

「……危ない危ない……。これ以上は危険ですわね」

 

 そう言いながらもその場で気持ち悪さで嘔吐する。そして、すぐに失禁したことも理解した。

 身体はとても正直に反応する。

 緊張感が一気に変化したのだから。あまりの急激の変化に慣れる事は今のラナーには出来ない。

 

「……あ、ああ……。これは慣れるものなのでしょうか……」

 

 場所移動しようとした途端に脱糞する。しかも自分の意思では止められない。

 モンスターを多く倒していると死臭によって身体の感覚が狂ってくる、とは聞いた事がある。

 どんな痴態に陥ろうとも掃除役が綺麗にしていく。

 マグヌム・オプスには無数のメイド隠し部屋に潜んでいると言われていた。

 今は限定的に三人ほどが屠殺場に控えている、とは聞いていたが無言で作業するメイド達は音も無く現れるのでビックリさせられる。

 こちらの呼びかけには応じず、淡々と仕事をこなした後は姿を消す。

 

「死体とか汚物がもうありませんわ」

メイドマグヌム・オプスの名物でもあるからな」

 

 空を飛ぶようにイビルアイが現れた。

 

「休憩しろ。少し無茶が過ぎたな」

「そのようです。……事前に所用は済ませたはずなのですが……」

宿便(しゅくべん)というやつだ。汚い話しはおいて、随分と倒したな。とりあえず、残りは後で倒せ」

「はい」

「意識がしっかりしていれば大丈夫だ」

「……そうですわね。これ以上は獣の交尾に発展しそうですわ」

 

 ラナーとて十代後半の年頃の娘。

 物を知らない小娘ではない。

 下腹部の違和感は今のところ起きていないが乳首(ちくび)に関しては鋭敏になっているのが分かる。

 

「男女問わず興奮状態に陥るものだと聞いている。生き物を殺す行為が原因ではないかと……」

「そうかもしれませんわね。王女が安易に殺生などしません。……殺す事に興奮を覚えるのであれば……、色々と納得しそうですわ」

「一番興奮するのは()()()()、かもな」

「かもしれませんわね」

 

 ある意味において究極的なモンスターとも言える。

 自分と同じ姿をしたモンスターを殺す。それはどちらが本物かなど色々な葛藤を生み、普通のモンスターを討伐する以上に精神的にも肉体的にも負荷をかけることかもしれない。

 イビルアイが器用に指を鳴らすとどこからともなくメイドが現れた。

 そのメイドにいくつかの命令を与えると背景に溶け込むように消えて行った。

 

「一時間は休憩しろ。無理せずじっくりとな」

「はい」

 

 数分後にメイドが毛布などを持ってきた。それをラナーの身体に巻いていく。

 

「後で食事を持ってくる。空腹時は一気に体力を奪う。ちゃんと食べるんだぞ」

 

 軽く仮眠させてからモンスターの位置をずらしておく。

 冒険者となってから日はまだ浅いが長くモンスターを倒し続けられた事に感心した。

 一日で二十体が限界だと思っていたが四十体は倒したはずだ。

 

「もう少し力があれば五十体に届くだろうな。先生が良いお陰だな」

 

 的確に攻撃する方法を教えた当人(クライム)が弁当を持参してやってきた。

 それを眠っているラナーの近くに置く。

 

「厄介な能力を持つモンスターもいずれは挑戦させなければならないんだろうな」

「そうかもしれません。それはラナー様がお決めになることですので」

「毒性の無いやつにしろ、と言っておけよ」

「はい」

「……ところで、小僧は一緒に討伐はしないのか?」

 

 そう言った後で裸の姫と一緒では都合が悪いか、と思った。

 相手がクライムならば別に気にしない、ということもあるかもしれない。

 

「今回はラナー様が自分で頑張る、とおっしゃったので……」

「縁の下の力持ちとして頑張ってくれ。私も応援するぞ」

「ありがとうごさいます。色々とご指導を賜りたいと存じます」

「私は知識。技はガゼフ。それぞれ適材適所で望ませてもらう」

 

 疲労により仮眠どころか熟睡状態に入ったラナーの寝顔をイビルアイの許可の下に眺める。

 『黄金』の二つ名を持つ王女は今はただの冒険者の一人と化していた。

 

「……襲うなよ?」

えっ!? い、いえ、そんな滅相も無いです」

「王女を手に入れるためには様々な障害を乗り越えなければならない。それには時間と人材が必要だ。私から言えることはあまり無いが……」

 

 と、言いつつクライムをラナーから引き離していくイビルアイ。

 今のラナーは毛布の下はスッポンポンなので。

 

          

 

 一時間後に目が覚めたラナーにイビルアイは風呂場に案内したり、準備運動の手伝いをした。

 監視以外にやることの無いクライムに外での見回りや鍛錬、宿舎の点検などを頼んでおいた。

 多少、裸の身体を触ることに対してラナーは気にしないのだが、真面目な従者が混乱するのは可哀相かも知れないと思って諦めた。

 

「意気地なしですわね」

「そう言うな。モンスターが並ぶ手前で卑猥な事をされても困るし、タグが増える」

 

 何をしでかすか分からない娘にイビルアイはため息をつく。

 平行世界では好き放題にくんずほぐれつの状態になったらしいが同じ状態になっては色々と困る。そもそもの目的はモンスターを倒すこと。正確には『モンスターを殺す』話しだが、タイトル(題名)ラナー●ッ●●と変える事になってしまう。

 

「口に出てますわ、イビルアイさん」

「わざと聞こえるように言ってやっただけだ。小娘はそれでいいのか?」

「いい気もしますが……。何の為にこの話しが作られたのか本末転倒になってしまいますわね。……確かにそれはそれで困りますわ」

 

 題名を変更すると今まで出て来たレイナース達は何の為に努力したのか分からなくなる。最初から空気だと言い張ればいいのかもしれないけれど。

 

「……一人で研究していると独り言が多くなるようだな。ついつい喋ってしまう」

「孤独な人間の特有の病気らしいですわ。魔導国の国王様も同じ病に罹患(りかん)されていると聞いた覚えが……」

「不健康なのは認めよう。……種族の事ではないぞ」

「何のことかしら?」

 

 イビルアイの言葉にラナーはとぼけてみせる。確かにたまたま笑いを取る言葉になってしまっただけだ。

 人付き合いが苦手というか、嫌いというイメージを持たれているが性格は一般的な乙女の少女と遜色(そんしょく)はない。ただ、人生経験がとても長いだけだ。

 

モノローグの言う通りだ。私は乙女だ。恋だってしたい。年頃の時期は常に停止中だから問題はない」

 

 と、力説しつつ話しが脱線してきた事に気づき、咳払いをする。

 こんなラナー王女と付き合える男子はイビルアイの知る限りにおいてクライム以外に居ない。とはいえ、卑猥なことは今すべき事ではない。

 理解者が居るのは良い事だが。クライムの将来に一抹の不安は覚えた。

 同じく友人である()のラキュースとはどうなのか。

 城の自室ではよく話しているはずだが、話題や内容が耳に入ってこない。

 毎度のことのように物騒な依頼を持ちかける癖に扱いが荒くはないか。

 

「王女としては安易に誰かに頼れないので……。その点、クライムは丁度いい位置に居るのです」

「貴族社会は色々あるのは理解しているのだが……」

「私とラキュースでは実力も段違いですし……。危険な依頼は申し訳ないと思っておりますわ。……ですが、王女としての私には難度の認識が今ひとつで……」

「それは理解出来る。毎度、歯ごたえのある依頼ばかりで充実している」

 

 普通に凶悪なモンスターを倒すより、複雑な事情の依頼が多い。

 割りと頭脳労働も課せられるので勉強が欠かせない。

 今のイビルアイはラキュース並みに社会の知識が豊富で、代わりに他の仲間は戦闘に専念してしまっている。

 

「いずれラキュースと共に……、というところまで行けるかは分かりませんが、彼女を失望させない程度にはなってみせますわ」

 

 二人仲良く『無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)』を装備して冒険の旅へ。

 

「見栄えはいいだろう。現実の冒険は厳しいぞ」

 

 (ドラゴン)とか暗くてジメジメした場所とか。毒ガスが充満するような危険地帯とか。

 変な病気になったり、傷だらけになったり。

 理想と現実は違うものだ。

 助けも来ないような場所に置き去りにされたりしないように様々な道具や魔法を用意するのは基本だが、それでも通用しないところはある。

 呪いを受けたりとか。

 

「笑っていられるのも今のうちだ」

「はい」

 

 気分が落ち着いてきたところで、討伐開始。と、その前に臭いを防ぐ仮面と最低限の防具として身体にタオルを巻いていく。

 あと、食事だ。

 嘔吐するかもしれないが栄養摂取は長期の戦闘には欠かせない。

 

「戦闘にかまけて空腹に陥る事は珍しくない。食べられる時はちゃんと食べろ。それも大事なことだ」

 

 本来なら、ここまで親切にされることは無い。

 王女だからという訳ではないが、鍛錬で命を落す間抜けになってほしくないからだ。

 手を貸しすぎるのは否めないが。

 

          

 

 少しの休息の後、モンスター討伐を再開する。

 無理に倒し過ぎないように適度に休息と身体の洗浄を繰り返す。

 今の段階で一気に全てを討伐すると精神に異常を来たすのではないか。

 変化の無い単純作業の戦闘は一般的にありえない。これが鍛錬ならば平気だと思われるかもしれない。けれども、実際は命を奪う行為の繰り返しだ。

 身体と精神の感じ方に差異が生まれ、開けば開くほどラナーの表情は崩れていく。

 普段、自制が効いている精神の安定を崩すような行為なのだから何が起きても不思議ではない。

 三体目から視界がぼやけ始める。つまり三体目を殺しました、という精神から身体へ報告が入る。

 一般の冒険者は何故、平気なのか。分析しつつラナーは作業を続ける。

 いや、この行為を『作業』と思っているから色々と齟齬が生まれているのではないか。

 レイナース達との冒険者の仕事では具合が悪くなる事など無かったのに。

 何なのか。

 気が付けば内股が失禁によって濡れている。温かいと感じて気が付くほど精神が磨耗しているような気分だ。

 さすがに脱糞はしなかった。というか出し尽くしたから出て来ないとも言える。

 さっき弁当を食べたばかりだし、消化して出てくるにはまだ五時間以上はかかるはず。

 

「………」

 

 武器を取り落とし、その場に座り込む。

 戦意喪失による脱力感。

 本来、王女はこんな事はしない。だからこそ様々な肉体的、精神的に異常を来たしている、のかもしれない。

 細かく自己分析するには色々と資料を読み(あさ)らないといけないけれど、自分の知らない世界は体験してこそ理解で出来る事もあるのだと知った。

 そもそも論で言えば本来の自然法則を捻じ曲げる行為だ。

 人の忠告というものはちゃんと聞かなければ後悔する。

 

「あははは! うははっ!」

 

 自分の意思に反して勝手に笑い出す肉体。それに対してラナーは(ひたい)を床に打ち付けて黙らせる。

 何度も叩きつけるうちに血が見えてきた。

 自然の摂理を捻じ曲げた結果ならば修正もまた起きるはず。

 平行世界の自分が()()居るなら同じ事をしようと思うのか。

 ありえべからざるマグヌム・オプスの深淵。それは決してこの世界に存在し得なかった新技術の宝庫。

 いや、正しくは世界に最適化()()()新しい概念。

 持ちうる技術は全てこの世界のもの。

 十全の使用による未開拓の境地。

 ゆえにここは誰でも作れるけれど誰にも管理できないほどの強大な存在感を匂わせている。

 帝国ですら匙を投げる。

 やろうと思えば誰でも作れると設計した本人(施設の主)が言っていったにも関わらず。

 どうして造れなかったのか。

 いや、施設そのもの()()ならばどの国でも作れる。

 造れないのではない。運用できないのだ。

 目の前に整列するモンスターをそもそもどうやって調達したのか。そして、殺されると分かってて従順に整列させる方法はどうやったのか。

 知りたいことはたくさんあるけれど、悪用したいわけではない。

 本来のモンスターは反撃してくる。それを忘れてはいけない。

 

「……ちょっと強く打ちすぎましたわね」

 

 ダラダラと血が顔を伝って胸に落ちていく。

 痛みがあり、血が流れ、死ぬかもしれない、と思う自我がある。

 生きているのだなと思った。

 当たり前なのだが、それゆえに目の前のモンスター達は疑問に思うことが無い。

 命令通りに歩いて立ち止まり、殺されることに。

 仲間が死んでいくのに何も思わない。

 次は自分の番となると分かっていないかのように。

 

 禁忌のモンスター相手であれば自分はどんな風になるのか。

 

 醜悪な亜人種モンスターと異形のモンスターなどを殺す事に抵抗が無いのであれば人間種はどうなのか。

 クライムを並べて同じ事が出来るのか。

 自分でないので出来るかもしれない。

 では、自分自身ならばどうなのか。

 裸の王女数百人を一人ずつ殺す作業は平気でいられるか。

 可能であれば試したい気持ちはある。

 

「心臓を突いて首を切断……」

 

 普通のモンスター数匹で精神的におかしくなるのだから、相手が自分ならばもっと早く、もっと酷い状態になる気がする。

 死ぬのは自分なのだから。

 この想定は()()()()()荒唐無稽だ。

 だが、このマグヌム・オプス不可能を可能にしうる。

 

「あははは!」

 

 自然と笑い声が出てしまう。

 自分の意思で制御できない。

 全然面白くないのに。

 ラナーは闇雲に武器を奮いモンスターを蹴散らしていく。

 致命傷にならず、ただぶつかっていくだけ。転んだモンスターは自主的に立ち上がる。それを更に殴打していく。

 ただただ半狂乱で暴れるラナー。

 普段はモンスター退治など経験せずに一生を終えるような清楚な王女でいられた筈だ。

 その通念を捻じ曲げてしまったばかりに身体が最適化されないまま無理を押してしまった。

 討伐というよりは虐殺や暴力といった結果になった。

 金色の長い髪の毛を振り乱し、碧眼に映るもの全てが殺すべき敵。

 奇声を上げるラナー。

 人間から美しき獣に変貌した。

 

「ひゃー!」

 

 形あるモンスターに襲い掛かり、何度も武器を叩きつける。

 知性の欠片も無い人の形をした生物。

 


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