ラナークエスト   作:テンパランス

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#025

 act 25 

 

 気がついた時は床にうつ伏せで眠っていた。

 脳内で何かが回転するような気持ち悪さが襲ってくる。

 

「気がついたか?」

 

 聞き覚えのある声。

 孤独な戦いは終わったのか、と思った。

 

「気が狂う王女が現れたようですわね」

「言葉が通じるなら問題は無いな。だが、まあ……、結構倒したようだし、今日は終了だ」

「……お世話をお掛けしました」

「本来、自分が身につけていない(クラス)で『ぱわーれべりんぐ』を(おこな)うのは危険だと言われている。だから、最低限、無理の無い戦闘が必要になるわけだ」

 

 もちろん、危険だと分かった上での行動だ。だからこそイビルアイはラナーを止めたのだから。

 いくら狂気に囚われたといっても低レベルのラナーを止められないわけが無い。

 

「一日の限界数に達した。残りは次だ」

 

 レベル帯によって連続で討伐できるモンスターの数が決まっており、その上限を無理に突破すると身体に異常が出始める。

 ただし、自分より低レベル帯のモンスターは差が開けば開くほど無尽蔵に近い数を討伐できる。

 イビルアイなら弱い小鬼(ゴブリン)をおよそ五兆体ほど。ただし、理論上の数値だ。

 

意識出来る数意識できない数があって、今回は意識出来る数が小娘を襲った。そんな認識でいい」

「はい」

「一般的に冒険者が相手にする数は少ないものだ。その上限を意図的に突破できるのはマグヌム・オプスくらいかもしれない」

 

 チームで討伐する場合は複数人で一体を仕留める。または多数対多数だ。

 一人に割り当てられる数を自然界で調節する事はとても難しい。

 それを無理矢理捻じ曲げているのだから。

 

「戦闘に必要な(クラス)を得れば同じ数のモンスターをおそらく無理も無く倒せるようになる。身につけていない技術のままだと精神に齟齬が生まれるのは割り合い、事実らしいからな」

 

 料理人(コック)(クラス)を持たないものは決して料理を作ることはできない。

 人間は生まれた時に既に何らかの(クラス)を得ているので、その関係でいろんなことができる。もちろん、できない場合もある。

 

「倒せと言った私にも責任はある。なにせ、ここの利用者は久しぶりだからな」

「でも、随分と落ち着いてきましたわ」

「そうか? だがまあ、しばらく動くな。今、信仰系のメイドが来るのを待っている」

 

 その言葉の後でラナーは思い知る。

 目の前に転がる肉塊は自分の手足だという事に。

 痛みすら忘れるほど精神が狂ってしまったのか、と。

 

          

 

 ここは正しく地獄。

 実体験して初めて知る事実がいくつも出てくる。

 造れそうで造れない施設。

 誰にも成し遂げられない常識外れの施設を作り上げ、見事に運営する存在は超越者(オーバーロード)支配者(クエスター)くらいだ。

 

「経験値としては充分に溜まった筈だ。すぐに5になれると思うが……。(クラス)構成は後で持って来い」

「そうですわね。紙に書くにしてもお手々がなければ書けませんもの」

「……明日はもう少し手加減しよう。正直、あまり加減が分からない。今更だが……、申し訳なかったな」

「失敗から学ぶ事はたくさんありましょう。……でも、結構ひどいですわね」

 

 痛みが少しずつ強くなってきた。

 残っている手足に止血用の布が強く巻かれているようだけれど、早く治癒魔法か強力な治癒アイテムがほしい、と願った。

 メイドに命令するにも簡単なものと複雑なものとがあり、急な対応についてイビルアイはまだまだ不得手な部分があった。

 五分ほど経ってからメイド達がラナーに治癒魔法を施していく。

 斬り飛ばされた手足はたちどころに消滅していく。

 何故、消えるのか。目の前で起こった現象ではあるけれど不可解だった。

 

「そういえば希望の(クラス)はリストで選ぶように。私の采配では不都合もあるかもしれないが……」

「……そんなことはありませんが……。ちなみに(クラス)を意図的に消す事は可能なのですか?」

「聞いた話しでは……、無理だ。死亡時のレベルダウンとやらでもないかぎりは」

 

 必要な部分だけの修正は出来ない、ということだとラナーは思った。

 そして、手足が戻った後で風呂に入り、服を着る。

 今日の分の討伐は一応は終了した。明日は少しだけモンスターと戦ったら仲間達の下に戻る。そもそもこの施設に三日以上()もるのは危険だという事を思い出す。

 イビルアイのようにただの研究所として使うのであれば問題は無いのだが、モンスター討伐となると話しが変わってくる。

 

「……服を着ると安心するな」

「いえいえ、お手数をお掛けしました」

 

 ラナーは丁寧にお辞儀した。

 ついさっきまで死闘を演じていた冒険者ラナーと誰が思うのか。

 地上に戻り、クライムに無事な姿を見せると大層、喜ばれた。

 使用した人間でなければ分からないマグヌム・オプスの恐ろしさ。

 作った当人が言うには人間的感情が抜け落ちそうになるという。

 それゆえに帝国では兵士の育成どころか殺し合いや共食いに発展する危険性が示唆(しさ)された。だからこそ造るに造れない。

 ただの一兵士が共食いするのはありえないことのように思われるが、狂気に囚われた人間は獣に変わって、人とモンスターの区別がつかなくなる。

 ラナーでさえも小鬼(ゴブリン)を食べそうになるのだから信じられない事だ。

 誰かの監視がないと恐ろしくて使えない。

 閉鎖空間に閉じ込められた人間の精神状態は想像を絶する。

 タイルが白かったり、外の光を取り入れているのにも理由がある。だが、最初は誰もが無駄だと言っていた。そして、今は誰も無駄だと口にはしない。それが必要だと理解したからだ。

 


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