ラナークエスト   作:テンパランス

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#039

 act 13 

 

 カズマを部屋から追い出したとしても共同風呂は一階の奥の部屋。

 安い宿なので最低限のものしか置いていない。せいぜい汗を流す程度。

 改めてダクネス達が風呂の中を確認すると顔を青ざめさせた。

 一言で言えば汚い。

 

「浴槽の中の水は綺麗なようだが……。ここまで酷いとは」

「風呂代がかからない理由が分かった気がする」

 

 勝手に掃除するのは構わないが、他の冒険者も利用するので手早く頼む、と屈強な店主が言った。

 掃除しても手間賃はもらえない。

 

「これが現実か……」

 

 文句があるなら少しでも稼いで良い宿に行けばいいだけだ。

 独特の臭いが漂っているが悪臭というほどは匂わない。

 多少の掃除をしてから入るしかない。

 

「アクア……。なんとか浄化出来ないか?」

「水を浄化するくらいしか出来ないわよ」

 

 女性が使うには汚れすぎている。

 それでも一般の冒険者が利用している共同風呂だ。自分たちが文句を言っても仕方がない。

 掃除用具を借りて掃除すること三十分。案の定、他の冒険者がやってきて早くどけ、と言われてしまった。

 

「おいおい、お嬢ちゃん達。俺達の裸を見る為に待っててくれたのか?」

「それより貴方達はこんな汚い風呂で満足しているのか」

「汗さえ流せればいいんだよ」

「見た目は汚く見えるけれど、掃除は適度にされているんだよ」

 

 筋骨隆々の冒険者は大雑把だったが魔法詠唱者(マジック・キャスター)の青年は笑顔で答えてくれた。

 湯船に抜け毛がたくさん浮いていないのが証拠と言われた。

 

「戦士系ばかりだとすぐ汚れるかもしれないけれど魔力系が居るとすぐ綺麗になるよ」

「どういうことですか?」

第一位階の『清潔(クリーン)』という魔法を使えば大抵の汚れは消えるから」

「へー」

「……それで僕たちが先に入ってもいいかな?」

 

 そう言われてアクア達は引き下がる事にした。

 自分達の知らないことが多いのは理解出来た。

 冒険者達が引き上げた後はまた少し汚れていたが、混浴にしては色気が無いのが残念な点だった。

 それと早く入らないと後からまた別の冒険者が入ってくる可能性がある。それと夜間は使用禁止になる。それは電気が無いからだ。

 宿にも『永続光(コンティニュアル・ライト)』の明かりがあるにはあるが宿泊している部屋には基本的に設置していない。

 風呂は早い者勝ちということだ。

 

          

 

 冒険者パーティは基本的に性別による制限は無い。だが、偏りがあると仲間内で争いが起きる原因になるので男性のみか、半々の人数をそろえるのが一般的だ。

 と、宿に泊まる他の冒険者から風呂上りのアクア達は夜食を食べつつ話しを聞いていた。

 自分たちが居た駆け出し冒険者が集まる『アクセル』という街の冒険者ギルドと似ている部分と全く違う部分に驚いていた。

 意見交換はどこでも出来るが、基本的にギルド内で話し合うのは同じだった。

 スキルに関しては誰も知らない。知っていても人に教えたくらいですぐに使える保証は無く、魔法も簡単には覚えられないという。

 殆ど才能の問題で自分で覚える。それは一見すると当たり前のように聞こえるがカズマ達は冒険者カードを操作することで様々な能力を得られる。だが、この世界では証明書の役目しか持っていない。

 レベルも『難度』という単位になっている。もちろん、レベルという概念もあるにはあるらしい。

 先の見えない戦いがこの世界の現実という。

 

「……おいおいおい。……かなり過去なんじゃねーのか、この世界は」

「自然と魔法は身に付くものって……。とても信じられません」

メンバーカードを持っている俺達は意外と有利って事じゃないか」

 

 少なくとも自分の能力を意図的に操作できる点では間違っていない。

 アクアは自分の知らない世界に気付き始めて顔を青くしていた。

 

「ここ、駆け出し冒険者の町って言われなかったし……。レベルの高い場所だったらアウトじゃねーか」

「そういえば、この世界の野菜は襲ってこないらしい」

 

 それはカズマにとって当たり前ではないかと思った。

 確かにアクセルでは野菜類は空を飛び、襲い掛かってくる。かなり常識外れなところはあったが、この世界は逆に常識的な異世界ファンタジーではないのか。

 おふざけが無い分、より危険度が高いとも言える。

 それに女神の知らない世界だ。

 

「あれ、ターニャと立花って人は?」

「部屋で寝ている」

「そうか。ずっと情報収集して疲れたのかな」

 

 生意気な意見がない分、放って置こうと思った。

 

「それより今後のことを考えないと……」

 

 まず資金が心許ない。飲み食いしようにも冒険者の仕事を請け負ってから考えなければならない。

 冒険者の規定が多く、厳しいものばかり。

 ランク分けされているが昇進試験が存在するのはカズマにとって少し厄介かもしれない。それは楽して強くなれない可能性が高いということだ。

 なにより行動を監視されながら仕事をするのは生理的に受け付けない。

 あと、この世界のモンスターがどの程度の存在なのかもまだ知らない。

 

小鬼(ゴブリン)骸骨(スケルトン)が最弱モンスターらしいぞ」

「ならアクアのターンアンデッドなら楽勝か」

「私の出番のようね!」

「……あの……、そろそろ爆裂魔法を使いたいのですが……」

 

 と、もじもじしながらめぐみんは言った。

 一日一回、爆裂魔法を使わないと身体が火照る体質らしい。

 既に四日近く魔法を放っていない。

 

「……明日まで我慢しろ。この街中には魔法を放てるような場所は確か無かった筈だ」

 

 というより大規模魔法を使えば逮捕されるのではないか、とダクネスとカズマは思った。

 いくら魔法文化が発達しているとはいえ、帝国の首都。大きな騒ぎを起こせば間違いなく監獄送りにされるのではないか。

 はたまた凄い魔法使いとして歓迎されるのか。

 

「……ところでアクア様……」

 

 と、棒読み気味にカズマは言った。

 

「な~に?」

「ここで死んだらどうなりますか?」

「その時は私のリザレクションで生き返らせるわよ」

「いえ、ここは異世界だからエリス様とかに会えないんじゃないかと……」

 

 その言葉に一堂の血の気が引いていく。

 アクアもより顔を青くする。

 ここは自分達の知っている世界ではないし、女神の管理下に置かれていない可能性が高い。

 通常の蘇生が通用するとも思えない。もちろん、実際に死なないと分からない事だが。

 

          

 

 不安をにじませつつ晩御飯時になると安い宿に泊まる予定の冒険者達が一階の待合室兼食堂に集まっていた。

 数十人程度だが、意外と多く見えた。

 ウエイトレスのようなアルバイト店員は居らず、食事は屈強な店主自ら作っている。

 もちろん、出来た料理は冒険者が自分で取りに行かなければならない。

 オートミールというと干し肉と野菜。飲み物はアルコール度数の低いものと牛のミルクと水。

 栄養価と消化の良さはターニャも認めるところだが味はあまり期待できないものだった。

 料金に見合った内容なのは確かだ。

 立花を除けば一様に暗い顔になっていた。

 もちろん、食事の質の低さに驚いているわけだが。

 

「これで銅貨二枚……」

 

 一式揃っているのだから文句は言えない。

 それぞれの単価を考えれば決して悪い結果ではない。

 珈琲(コーヒー)というものは高級宿にはあるらしいが安宿には水と牛乳などが精一杯だ。

 細かい計算をすると店主が睨んでくるのではないかと考え、ターニャは黙って食事に口を付ける。

 軍から配給されるレーション(戦闘食)といい勝負が出来そうな味だった。

 ナポレオンも『軍隊は胃袋で動く』と言っている通り、食はとても大事だ。

 パンは更に銅貨一枚追加でもらえる事になっていた。

 他の冒険者も追加料金で色々と注文しているので不平不満の声は上がらない。これが彼らの日常なのだから。

 安いからといって質の悪い食事という事は無く、見た目からは想像できないが店主はまじめに調理していた。

 

          

 

 食事を終えて部屋に戻る頃には消灯の時間に入っていた。

 一部では明かりが灯っているのが確認出来たが夜間営業の店が遠くにあるせいか、人の声は僅かばかりだが聞こえてくる。

 そして、翌朝。

 身支度を整えたり、朝食を取ったり、装備や持ち物の確認を(おこな)う。

 冒険者プレートは昼過ぎに渡される事になっているので、それまでは街の探索をそれぞれすることになった。

 仕事が無ければ安宿に逆戻りだ。

 安い宿の利点としては節約だ。ただ眠るだけならばとても有効的だ。それを目当てにする冒険者も居る。

 別に強制したわけではないが、自然と六人で行動する事になってしまった。

 追い返す理由も無いのでターニャは黙っていた。

 朝方、向かったのは商店街。

 様々な物品の取り引きをしている場所だ。更に進めばマジックアイテムの売買をしている店もあるらしい。

 

「野菜たちが大人しくしている」

 

 と、ダクネスが驚きの声を上げつつ野菜売り場を視察する。

 

「いや、それが普通だから」

「銅貨一枚で買える範囲だと……、この辺りか……」

 

 配給券というものは無く、貨幣での取引をするのは理解した。

 他国の通貨は『交易共通金貨』に両替すれば問題なく使用できると聞いた。

 王国の他に南方にある三つ目の大国『スレイン法国』からも人が来る。三つの大国に存在する神殿関係者のことでもある。

 信仰系の魔法を資金源とする宗教国家でもあり、帝国とは友好関係にある。

 その法国には冒険者ギルドは存在しないと言われている。

 


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