ラナークエスト   作:テンパランス

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#042

 act 16 

 

 現場に到着するとたくさんの醜悪なモンスターが餌場を荒らしていた。

 もちろん、誘き寄せる為に置いた家畜類なのだが数が多い。

 目算では十五匹。大きな個体は確認出来ない。

 

「ここでやめるも良し。続けるも良し、だ」

「もちろん……。殲滅だ」

 

 ターニャは口角を吊り上げて狂気の笑顔を作る。

 持ってきた小石は充分な数があるが、どう戦えばいいのか。簡単なシミュレーションを脳裏に浮かべる。

 初めて見るモンスターとはいえ、実はゲームで散々倒した事があるメジャーな奴らだ。それが現実に存在している状況だとしてもやることは変わらない。

 対する立花は自分が戦ってきた敵とは違う存在に驚いていた。

 人間を殺すためだけの生物兵器ともいえる『ノイズ』とは明らかに違う。

 ちゃんとした生物だ。それを殺すとなると足が動かない。

 理由があれば殺せるのか、と言われれば出来ないし、やりたくないと答える。

 文化が違うというだけで自分は呆気なく無力化することに悔しさを感じていた。

 

「誰かが死んでから戦うのか、お前は。その方が理由ができて戦いやすくなるだろうな」

 

 大義名分というものは実に都合のいい言葉だ。

 理由があれば誰でも人殺しが出来るのだから。

 人間以外も殺すのが人の(ごう)だともいえる。

 割り切りの出来ない人間はただの足手まといの(まと)だ。

 魔導部隊の現役軍人がモンスターごときに負けては部下に示しが付かない。

 魔力を小石に流し込む。今回は爆裂式の魔法術式を封入する。世界は違えど能力は感覚的に通用している事が確認出来た。通常運転程度では祝詞は必要ない。砲兵並みの攻撃をする場合に限り行使する。いわば示威(じい)行為だ。

 術式を封入し終わった後は、遠投するだけ。それが転移後の世界ではどの程度の威力になっているのか、確認しなければならない。

 ただの小石は物騒な破壊兵器と化す。

 

「……しまった、爆裂式では派手すぎるか……」

 

 投げてから気付いても後の祭り。

 小鬼(ゴブリン)の集団の中心地で大きな爆発が起こった。

 ターニャは襲い来る煙に巻かれて酷く後悔した。普段から遠距離攻撃していた為に被害状況を考慮するのを怠ったことに。

 ここが戦場ならば敵一団を(ほうむ)る上では問題ないのだが、練習用施設を爆散させるのはさすがに不味い。

 それでも九五式祝詞(のりと)、いや、呪詛(じゅそ)は用いていないとはいえ、効果が絶大なのとやり過ぎた結果なってしまったのは反省せねばなるまい。

 

          

 

 煙が晴れると大きなクレーターが現れ、周りには爆散した肉片が散らばっていた。おそらく生きている小鬼(ゴブリン)は一匹も居ない。少なくとも爆風に煽られたのだから。あと、強固な外皮でも持っていない限りは。

 

「……ごめんなさい」

 

 子供っぽくターニャは役員に頭を下げた。

 

「あ、ああ……。あははは。これは凄い」

「ケホッ、ケホッ」

 

 立花達は(すす)を浴びて服が汚れてしまった。もちろん、それはターニャも同様だ。

 部位を探すのは無理そうだと役員は判断した。

 

「……魔法詠唱者(マジック・キャスター)ならもう少し周りに配慮した方がいい。これはさすがにやりすぎだ。でもまあ、モンスター討伐においては合格点だ」

 

 見慣れているのか、それとも魔法詠唱者(マジック・キャスター)の魔法の威力としてはごく普通の事なのか、役員は大して驚いた顔はしていなかった。

 

「ありがとうございます」

 

 部位の回収は出来ない。下手をすれば修繕費の方が高くつくかもしれない。

 仕事を終えた後、ギルドから報酬を貰うのが申し訳ない気持ちにならないでもない。

 練習場の修復には三日ほどかかるらしい。だが、この手の練習場は他にもあるので続ける分には問題ない。

 さすがに大規模破壊は自重するように、と釘を刺された。

 役員に連続でもう一度、続けるかと問われたターニャは二つ返事で了承した。今は資金稼ぎが急務だと判断した。少しでも良い生活環境を整える為にも。

 二回目の練習場には小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)が居た。

 初めて見る大型モンスターに感動した。

 醜悪な面構えはいかにも強そうだが、知能が低いという部分がとても残念だ。

 もちろん、モンスターの中にはとても賢いものも居る。悪魔とか。悪の魔法使いとか。

 いきなり強敵と戦うよりは身体を慣らす事はとても大事だ。

 今度は加減して投擲しなければ。

 それにしても爆裂式は派手で目立つし、うるさい。刃物を手に入れて近接戦闘に移行しないと今後の戦闘に支障が出る。

 立花は役に立ちそうに無いし、今は我慢しかないけれど。

 小石の投擲で爆散する人食い大鬼(オーガ)。その様子に役員は驚いていた。

 小さな子供がいとも簡単にモンスターを倒している様子に。

 高位の魔法詠唱者(マジック・キャスター)なのか、と疑問に思った。

 次々と的確にモンスターを倒していく姿は熟練の冒険者のようだった。

 ものの三分で全滅。

 今度は部位を採取できそうだった。

 

「な、ナイフを貸そう。これで耳を切り取るんだ」

「了解しました」

 

 なんでもないことのようにナイフを受け取り、当たり前のようにモンスターの耳を切り落としていく。

 立花はその様子がとても気持ち悪く感じ、目を逸らす。

 生き物を殺すのは慣れない。特にさっきまで生きていた生物となればなおのこと。

 仲良くなれないかもしれないけれど、可哀相だ、という気持ちが湧いて来る。

 

「立花は牛の肉を食べたことはないのか?」

「あ、あります」

「人間に食べられる為に育てられる牛だと思えば楽だ。全ての生物を平等に扱うことなど、たとえ神でもしない」

 

 正論をいくら並べようと人間は生きる為に何者でも殺せる生物だ。

 可哀相という言葉が虚しいのは歴史が証明している。

 そこに敵が居れば殺すものだ。殺されれば相手に憎しみを抱き、銃を撃つ。

 平和な世界の裏側は決して綺麗なものではない。

 

「……急には無理だよ……」

 

 人類の敵と言われるノイズが生物であれば自分は大量に虐殺したといえる。

 立花は守りたいものの為にアームドギアを使う。その結果が人殺しだと言われたら、悲しいけれど。

 

「亜人種は人間を食料にするという。それでも戦えないか?」

「……答えはすぐには出せない……」

「そうか。後悔しないようにたくさん考えろ」

「……うん」

 

 ターニャは立花を困らせたいわけではない。

 放っておけないわけでもない。

 足手まといになるなら斬り捨てるだけだ。

 それでも少女の決断を待ってから判断しても遅くはない。

 使える駒か、使えない役立たずか、が分かればいい。

 折角の力を使わずに腐らせるほどもったいない事は無い。そして、大抵は何かの目的の為に使うものだ。

 それがモンスター討伐だろうと、監視だろうと。

 いざという時に動作不良を起こす欠陥品では困る。今の内に慣れなければならないのは立花も同じだ。

 前世が大人だから少女に甘いのか。

 聞き訳が良い分、つい気にかけてしまうのかもしれない。それに自分の部下でも軍属でもない。命令に従う義務も無い。その点で言えば立花は運がいい方だ。

 自分の祖国なら強制送還。悪くて軍法会議の後に銃殺刑か前線のど真ん中に放置だ。

 依頼を終えて得た収入は銀貨二枚と銅貨数十枚。初日の稼ぎとしては充分かもしれない。問題はカズマ達だが同じ宿に戻ってくるのか。戻ってきても自分の荷物の回収だけ、ということもありえる。

 何もしていない立花に小言を言う気は無いけれど何か声でもかけようかな、と思わなくもない。

 とりあえず、服を洗うなり、風呂に入るなりしてくるように言いつけると元気が無いまま無言で部屋から立ち去った。

 現実のモンスターを倒すのは現代社会の女の子には荷が重いのか。それは単に覚悟の足りない甘えん坊ではないのか。

 国家防衛はいつだって死と隣り合わせだ。

 


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