ラナークエスト 作:テンパランス
仕事を終えて冒険者ギルドへ報告の為に向かうとたむろしている冒険者達の表情が険しくなっていた。それはまるで
受付嬢に報告し、報酬を受け取る。
「……なにやら険悪な雰囲気ですね」
「あまり公に言えませんが魔導国の人間に手を出すのはとても恐ろしいことなんです。確かに魔導国は異形種が治める国でバハルス帝国とは友好関係にあります。多くのモンスターが居る国ではありますが、人間も亜人も住まわせている平和を体現した国を目指しておられるんですっ! 特に魔導王様は部下を大変愛していらっしゃいます。人を襲うモンスターは魔導王様とて排除なさりますが、それはあくまで勝手に行動するモンスターです。今まで魔導王様の部下が帝国のみならず王国にすら迷惑をかけたことはありませんっ!」
怒りを込めて受付嬢は言い放つ。
それほど魔導国というのは信頼厚い国になっている。だが、逆に国民全てが洗脳されている予感がして疑わしいのだが。それに王国に迷惑をかけていない、という言葉に違和感を覚える。
帝国と王国は戦争していたのではなかったのか。
「ユリ・アルファ様は子供たちにも人気が高く教育にも熱心でお優しい方なんです。確かに彼女はアンデッドと聞いておりますが礼節を重んじるアルファ様が何の理由も無く暴れられるのは考えられません。それに低脳な野良モンスターとは違うんです、彼らは!」
力強い意見にターニャは少したじろいだ。
昨日今日の問題ではないのは理解した。
その信頼厚い魔導国のモンスターをアクアが退治した事により、どんな恐ろしい報復があるか、それぞれ戦々恐々としているのは恐怖からなのか。もし、そうであれば信頼厚いのではない気がする。
恐怖政治でもしていなければおかしいと思うほどだ。
ただ問題は魔導国という国として存在している以上、攻め滅ぼすのは簡単ではない。
どの程度の規模にせよ、多くの人員が必要だ。もちろん、敵として戦う場合だが。
アクアの実力は分からないが、彼女に倒される程度なら恐れるに足りないのではないか。
とはいえ、情報が全く無い相手だ。油断は出来ない。
「街の中での戦闘は禁止だと言ったのにっ!」
憤慨する受付嬢の怒りがターニャに向けられないうちに退散する事にした。
とにかく、帝国市民を敵に回すのは不味い、というのは理解した。
宿に戻ると部屋でアクアは針の
「どどど、どしようカズマ~! みんなが私の事、睨んでくる」
住民全てを敵に回した女神は外に出るのが恐ろしくなったようだ。だが、それよりも更に恐ろしい事態が宿の外で起きた。
「ボクのユリを半殺しにした愚か者はどこだ~!」
それは城の奥に潜んでいても届くほどの声量による怒号。
どこから声を出しているのか把握できないほどだ。
「……ひ~……」
声の感じでは女性だ。それも聞き覚えの無いもの。
人間に出せるものなのかと首を傾げたくなるほどの大声だった。
ターニャは無関係なので確認の為に様子を見る為に外に出てみた。すると帝国市民全てが顔を青くする事態になっていた。
「どこだ~! 出て来い~!」
あまりにも大きな声なので鼓膜が破れるのではないかというほどだ。
一体何者が声を出しているのか。
耳を塞ぎつつ声の主を探し始める。そして、その声の主はすぐに見つかった。
「出て来いっ!」
それは人間と呼べない異形の存在。
人間の大人の胴体程の太さがありそうな腕。いや、ガントレットを装備していた。それも両手に。
図体も大きく
地面を砕きかねないほどの強い足音を響かせていた。
黄色い服装で顔は帽子などで隠れていて確認できないが、人型であることは分かった。
迂闊に近づくと殺されるのではないかと思うほど、言い知れない力の波動を感じた。もし、それがモンスターのものなら攻撃するのは命取りかもしれない。
並みの存在ではない。
「や、やまいこ様……。どうかお怒りを静めてください」
「市民が怯えております」
怒れる化け物に勇猛果敢に立ち向かうのはウエイトレスのような格好の女性達だった。
いや、正確にはメイドという存在だ。
「邪魔するな」
「し、しかし、アインズ様のご命令でもあります。穏便に済ませよ、と……」
「穏便に!? 温厚なボクだって怒る事があるんだよっ! ユリは帝国で教師をしているんだぞ。子供たちにも人気の高い、あの子が襲われる理由がわかんねーよ!」
「何らかの行き違いがあったのではないかと愚考いたします」
ターニャが見ている間にメイドの人数が増えて十人がかりで化け物の足止めに入っていた。
明らかに化け物相手には非力なメイド達に止められるような存在には見えない。だが、それでも懸命な説得が届いたのか、着実に歩みは遅くなっていった。
「どうか、お怒りを鎮めてくださいませ」
「鎮められるようなことか。自分の子供を丸焼きにされたんだぞ。デミ坊じゃあるまいし」
「で、でみぼう……」
「何をどうしたら学校帰りに丸焼きになるんだ?」
「とにかく、アインズ様が原因究明の為に動いておられます」
顔は女の命、とか呟きつつ化け物は歩みを止めた。
数分ほど唸りつつ怒りは鎮静化に向かったようだ。
† ● †
謎の化け物も驚いたが怯まないメイド達も凄いなと思った。
「覗き見しているネズミさん。今なら怒らないから出ておいで」
声は全方位に向けられているのか、ターニャからは背中しか見えないのに面と向かって言われているような気配を感じさせた。
鈍重そうな化け物だが、どんな特殊能力を持っているともしれないし、街を人質にして何をしでかすかわからないので素直に出て行く事にした。
メイド達はターニャの存在に気付いて驚いていた。
「声が凄くて……」
「それにしては冷静に状況を分析していたようだけど? 丁度、怒りが治まった所だ。運がいいね、君は。見たところ……、随分と可愛い子だけど女の子? 男の子?」
「生物学的には女性となっている」
ターニャに向き直る化け物。その顔はやはり
だが、全体的な体型から人間とは言いがたい。
知恵をつけた
「見慣れない格好ね。……軍服という事は……転移者かしら」
「……さあ、どうだか……」
相手に返答はしてみたが表情がうかがい知れない。ただ、取り巻きのメイド達が敵意を向けているのに気が付いた。
「あれは人間でございますね。至高の御方に対して無礼な輩かと」
「いいよいいよ。だいぶ頭が冷えてきた。……それで君は何か事情を知っていそうだね。犯人に心当たりでもあるのかな」
「あるというか……。それより教えてほしい事がある。情報には対価が必要だ。それが分からない化け物ならば相対するしかないのだが……」
勝てるかと聞かれればターニャとて無謀な手段に訴える事は控えて撤退を選ぶ。もちろん、それは自己判断での選択だが。
命令ならば最善を尽くすまでだ。
「あ、ちょっと待って」
と、巨大な
「……ちょっと事情を説明してくんない? えっ? ああ、ユリは無事なのね。うん、破壊活動はしてないわ。ついキレちゃったけれど、誰も殺してないって。うんうん」
と、独り言を呟きだす。ただ、ターニャはそれが何者かと連絡を取っている姿だと理解した。自分も無線を使う事があるので、それに似たものがあるのかも、と。
「帝国民が関係ないのは理解したわ。ジル君の城に押しかけなくて良かった……。すぐ帰るって」
連絡を終えたらしい化け物は大きく息を吐いた。
それにしても大きな身体だ。
自分が小さいからそう思うのか。少なくとも近くに居るメイド達より一メートルは高いのではないかと思う。
「対価……だっけ。魔導国の事とか?」
「街にアンデッドが居るのに市民たちが平然としているのが気になって」
「アンデッドと言っても数人程度よ。それ以外は排除されてもいいシモベ達。言葉が通じるか通じないかの違いだけ。これでいいかしら?」
随分と簡単に説明されてしまったが、それを信じるかは直接確かめるしかない。
機密事項ではないのか、少し拍子抜けした。
† ● †
化け物の名は『やまいこ』という。いかにも日本人っぽい名前だ。
ある程度の伝説の生物名は知っているが、その手の名前に化け物の名は当てはまらない。
「小さな身体のようだけど……。あなたは『ユグドラシル』の『プレイヤー』?」
「北欧神話の大樹のことか? プレイヤー……という呼称で呼ばれたのは初めてだな」
そう言うとやまいこは『ふ~ん』と言う程度だった。
答えに満足していないという印象を受けた。
「転移者にも色々とあるのかもね」
「逆に聞きたい。『存在X』を知っているか?」
「はっ? 聞いた事は無いわね」
そう答えられた後でターニャは気付いた。その呼称は自分で名付けたことに。だから、やまいこが知らなくて当たり前だ。
理不尽な性格の『神』と称するものに幼女へと転生させられた旨を伝える。
「あらら、そんな珍しい現象があるのね。……残念、我々はきっとそんな神様は知らないと思うわ。へ~、それはそれとして興味深いわね。う~ん。もっと話しを聞きたいところだけど……。今日は止めておくわ。もし貴女さえ良ければ魔導国に招待してあげるわ。そこで転移とかじっくり話しましょう。……かく言う我々も転移者なんだけどね」
「んっ……」
「そうそう。冒険者ギルドが討伐するモンスターは倒しても問題は無いから。ちゃんと我々と交渉して仕事を決めてあるから。
と、ドスドスと豪快な音を立ててメイド達と共に立ち去るやまいこと名乗る化け物。
世の中にはまだまだ不思議なことがあるものだと思い知った。そして、彼女だと思うがやまいこも予想では元の世界に戻るすべは持ち合わせていない、そんな気がした。
それよりもかなり知能の高い化け物のようだ。安易に敵対するのは無謀だ。
それにしても女神アクアは確実に敵を作ってしまったようだ。せいぜい巻き込んでこない事を神以外に祈ろうと思った。