ラナークエスト   作:テンパランス

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#045

 act 19 

 

 宿屋に戻り、自室に向かうと完全にアクアは布団を被ってブルブル震えていた。

 神すらも怯えさせる存在ならば自分の味方につければ存在Xを攻略できるかもしれない。

 

「脅威は去ったぞ、女神様」

「そ、そうお?」

「帝国内では迂闊な行動はしない方がいいな。完全に悪者になっている」

 

 それはそれとして神を怯えさせるのは何故だか気分がいい。

 この調子で次回も頼む、と言いたいところだった。

 あの手の化け物がまだいくつか存在するようだが、人類に対して敵対しているのか、今度招待されるようなことがあれば聞きたいところだ。

 とはいえ、やまいこが言っていた言葉は気になる。

 嘘ではないとすると元の世界に戻る手段は持ち合わせていない、ということは残念極まりない。

 やはり、というか。他にも転移者が居たのは驚きだ。

 他の地域にも自分達と同じような境遇の存在が居るような気がする。

 ターニャとしては敵国の人間でもない限り、敵対する理由が無い。

 意見交換が出来るなら願ってもない事だ。

 

「あのモモンという黒騎士……。只者ではないな」

 

 と、場が落ち着いたのを見計らってダクネスは言った。

 黒一色の全身鎧(フルプレート)で身を固めた謎の戦士モモン。確かに見た目には只者ではないけれど。

 

「それよりどうすんだよ。アクアのせいでみんなに白い目で見られて、明日から仕事が出来るか心配になってきたぞ」

「ご、ごめんなさ~い」

魔導国の幹部の一人を半殺しにしたようですし。しかも、帝国と同盟を結んでいる、というのが信じられません」

 

 短絡的な奴らだな、とターニャは呆れていた。

 無謀な行動による責任問題というのを全く考慮していない。

 何事にも情報収集は大事だ。それを怠った彼らの責任はとても大きい。

 

          

 

 日銭稼ぎは当分続けるしかないのだが、元の世界に戻る算段を見つけるのは無理そうだ。そもそも情報が得られにくい。

 肝心の存在Xもなりを潜めている。別に無理して会いたいわけではないけれど。

 祖国に愛着でも感じているという事か。折角、キャリアを積んで出世コースをひた走っていた矢先に頓挫させられているのだから腹が立たないわけではない。

 情報集めの為に帝国の関連施設に行ってみるしかないか。

 まるで違う世界の人間をすんなりと通すとは思えないけれど。

 人生設計をやり直すのは簡単ではない。困ったものだと呆れてしまう。

 そもそも西洋ファンタジーの出世コースはどんなものなのか。兵士に志願して成果を上げる事か。それとも(ドラゴン)でも倒して知名度を上げる事か。

 先の見えない世界というのは存在X好みの世界と合致するかもしれない。

 正しく自分(ターニャ)は苦境に立たされている。

 

「それよりカズマ。そろそろ爆裂魔法を使いたいのですが、良い仕事はありませんかね」

 

 思考に割って入るカズマ達を切り捨てるのも時間の問題かもしれない。

 しばらくはそれぞれ散って情報収集に努めればいい。

 こいつらは勝手に騒動を巻き起こし、意外な情報を手に入れてくるかもしれない。

 特に魔導国とやらの情報などを。

 立花もカズマ達に任せればいいか。無理に連れて歩く必要は無いわけだし。

 元の世界も気になるが現状の生活も無視できない。

 銅プレートの冒険者はとにかく報酬が安い。荷物運びに警備にゴミ拾い。

 何でも屋のような気がしてきた。

 翌日も文字の解読をしつつ依頼内容や冒険者達の噂話に耳を傾けるが良い報酬の話しは入ってこない。

 カズマ達は安全な仕事が多いと思って安心しているようだが。

 立花も自分の生活費を稼ぐ為に色々と探そうとはしていた。だが、やはり言語の壁が立ちふさがる。

 依頼は基本的に冒険者組合の営業時間内であれば何度でも請け負える。もちろん、それだけ多くの依頼があればいい。

 つい先日までは少なかった依頼も今は全盛期に匹敵するくらい戻って来ていると言っていた。

 魔導国が台頭してから治安が良くなり、モンスター討伐が激減してしまったのが原因だ。だが、今は以前のようにまた村などの近くにモンスターが現れるようになって、仕事の活気が戻りつつあった。

 地味な仕事とはいえ早速問題が発生した。

 ターニャは重い荷物運びが出来ない。高いところにある物を取れない。

 所詮は背丈の低い幼女だ。出来ない事が色々とある。

 転生してから随分と日が経つのだが成長期がとても遅い気がする。

 不味い物を食べ過ぎて栄養が足りていないのかもしれない。

 経済発展と引き換えに食文化を犠牲にしたような国だ。子供の成長に悪影響が出ても不思議ではない。

 兵士は所詮、消耗品だ。

 上層部は机上の空論で戦争をする無能共。現場を知らない奴らにとって命の価値はとても低い。

 命令一つで死地に送られるのだから。

 それでも出世して部下を自由に使えさえすれば理想の戦略を立てることが出来る。

 それもまあ、今は頓挫しているわけだが。

 

「小さいのに頑張るね~」

 

 警備の仕事をしていて市民に声をかけられる事が多い。

 首から提げた冒険者のプレートに気付いて可哀想な子供を見るような顔とも見えるが、ただの被害妄想かもしれない。

 今回は立花も同伴させてみた。解読に手間取っていたので連れて来ただけだが。

 警備なら立花でも出来る筈だ。

 折角の力を腐らせるバカ女にはお似合いの仕事だ。

 それでもいざという時は彼女とて戦う気がする。時折見せる力強い視線は本物だとターニャは確信している。意味無く武装するわけがない。

 肉体的、武装ポテンシャルはかなり高いはずだ。おそらく人食い大鬼(オーガ)を一撃で倒せるほどに。

 問題は『優しい』という点だ。

 それは人間としては正しいかもしれない。けれども弱肉強食の世界では通用しない概念だ。

 生きる為に他者を殺すのが生物界の常識だ。その法則を捻じ曲げているのが人間社会。

 自分達が死なないために都合のいい約束事を決めて防りに入っている。

 そして、それが正しいと教育を受けたのが立花達だ。

 だが、同じ教育を受けたターニャは違う。

 生きる為に他者を殺す事を()としている。

 悪い言葉で言えば『愛国無罪』だ。

 残念ながらターニャは殺されたくないし、理不尽には抗う主義だ。だから、敵に銃が撃てる。撃てる環境だから出来る、とも言える。

 ご大層な理想主義を振り撒くのは自由だ。それで殺されてはたまったものではないと思っているだけだ。

 

 現実は常に不平等である。

 

 それは強い者が弱い者を殺して食らう。

 殺されたくなければ生き延びる事だ。だから、ターニャは戦える。敵を殺せる。

 それを是とする国の命令があれば、という条件が付くが。

 もちろん、殺人罪のある国で殺人は犯さない。法律くらいは守れる。少なくとも軍規違反を犯すヘマはない。

 

「倒していいモンスターと倒してはいけないモンスターが居るとは思っていなかったが……。なかなか興味深い世界だ」

 

 あれからすぐに帝国が兵士を動員してアクアを捕縛するのかと思っていたが、特に何も起きていない。せいぜいアクアを見る市民の目が冷たくなったくらいだ。

 

「清掃作業くらいなら立花でも出来るだろう。だが、これからどうするんだ? 屈強なモンスターと相対した時、お前はまた生き物だから殺せないと(うそぶ)くのか?」

「……みんなが困っていたら……、私は戦う。でも……、お金の為に生き物を殺すのは……」

「ああ、あの小鬼(ゴブリン)達を野放しにすると村を襲うそうだ。だから適度に間引く必要がある。なにせ繁殖力が高いモンスターで絶滅させるのは帝国兵士を総動員でもしなければ無理らしい」

 

 もちろん、小鬼(ゴブリン)が帝国の領内にしか居ない場合での事だ。

 亜人は世界中に居て、人間の人口を本当は凌駕しているのではないかと噂されている。

 つまりはこの世界に居る人間の人口は実はとても少ない、という仮説が立てられるわけだ。

 それが事実ならば事態はとても深刻になる。

 南方のスレイン法国はそれを危惧していて、適度に亜人狩りをしていると聞いた。

 一概に生き物だから大切にしましょう、などと言えるものではない、かもしれない。

 人間しか居ない国であれば多少は理解できなくもない。だが、この世界はまだ知らないことが多すぎるほどに多い。

 

「お前が守りたいものは元の世界とは違うかもしれない。向こうとこっちの常識は等しいわけではない。それは忘れてはいけない」

「……うん」

「兵士に志願にして人間同士で殺し合いをするよりかはマシだ」

 

 一人で歩くのは退屈なので話に付き合っているのだが、浮き沈みの激しい立花との接し方は少し難儀している。

 知り合いも転移していればいいのに。そうすれば押し付けられる。

 というより幼女が女子高生に説教を垂れる状況は何なのだ。

 前世の記憶をある程度は保持しているとはいえ、だ。

 普通は逆だ。論破して来いよ、負けずにさ。と、ターニャはこめかみに青筋を立てつつ思った。

 『ニート』だの『ゆとり』だの言われて悔しくないのか、この年代の少年少女は。

 確実にカズマは悔しいと思うが反論するほどの度胸は無い筈だ。

 煮え切らない現代の若者というのは口だけ立派な役立たずばかりだ。

 

          

 

 午前の仕事を終えて小休止がてら依頼書を眺める。

 階級は少しずつ理解してきた。

 (アイアン)(シルバー)の仕事がとても多い。

 主に野外勤務とモンスター討伐。(ゴールド)辺りは商人の護衛が増えてくる。

 白金(プラチナ)は更に高位の要人警護。

 それほどモンスター討伐は多い方ではないようだ。戦争する国家が頻繁にモンスターに苦しめられるというのは理解に苦しむ。

 村を襲うのであれば銀級冒険者でも対処できるはずだ。それとも対処できないような凶悪なモンスターでも出るのか。

 

「今まで凶悪なモンスターとして依頼に出された中では『巨大石化の魔眼の毒蜥蜴(ギガント・バジリスク)』かな。石化の魔眼を持ってて体液は猛毒。図体も大きい」

 

 難度は83もある強敵だ、と冒険者達の話しで聞いた。

 ただ、ターニャには難度の数値についてよく分からなかった。そもそも誰が決めたのか。

 小鬼(ゴブリン)骸骨(スケルトン)が難度1から3だと言われている。

 人食い大鬼(オーガ)は難度27。カッツェ平野にたまに現れるという凶悪なアンデッド『骨の竜(スケリトル・ドラゴン)』の難度は48。

 戦ったことのないモンスターの難度を聞いても首を傾げるばかりだ。

 アダマンタイト級の冒険者の難度は平均で90と言われている。

 冒険者にとって最高位に近い存在と肩を並べるようなモンスターが巨大石化の魔眼の毒蜥蜴(ギガント・バジリスク)だ。

 長く冒険者を務めていればいずれは理解出来ると教えられた。

 それ以前に幼女が凶悪なモンスターと戦う事に対して一家言は無いものか。あったとしても収入の為に戦うけれど。

 

カッツェ平野に行けばアンデッドモンスターに会える確率は高いけれど……。この辺りに生息しているモンスターはそれ程多くはない」

 

 帝国お抱えの騎士が治安維持に赴いているので国自体が危機にさらされる機会は無いに等しい。

 それでも低位モンスターは出てくる。

 冒険者の育成も大事な仕事なのでジレンマと化していた。

 モンスターは世界に人間以上の数が生息している。普通に考えれば当たり前なのだが。

 野生動物という概念は無く、危険だと判断すれば討伐対象になる。それは文明がまだ発達していない証拠だ。

 ワシントン条約のようなものが作られたと仮定する。小鬼(ゴブリン)レッドリストに入れられた場合は保護対象として守る気がする。そんな異世界ファンタジーになれば世の冒険者は大量に失業しそうだ。

 東方の山や森の奥にはまだまだ未知のモンスターが居て、小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)を遥かに凌駕するという噂がある。

 遥か南方には人馬(セントール)の部族があったり、更に南東の奥深くの森林地帯は毒の沼と化していて視界不良の闇の中に忍者(ニンジャ)系が現れたという報告があるとか。

 安全なようで自分たちはまだ世界のすべてを知らない、という事かも知れない。

 


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