ラナークエスト 作:テンパランス
カズマが餡ころもっちもちの居る『ナザリック地下大墳墓』に連れてこられてすぐに無数の身体検査が
様々な感知魔法を駆使して徹底的とも言えるほどに。
それで得た答えは敵性プレイヤーとしては未熟というものだった。
装備品からしてゴミ。
敵対プレイヤーの疑いは簡単には晴れないけれど、せっかく会えた異邦人だ。色々な話が聞きたい。
それは素直な気持ちだった。
行き違いは想定内だが、それは時間が解決してくれる。
「君を拘束して様々な人体実験にする案があるけれど、受けてみる?」
「いえ。勘弁してください。というか、俺は一度死んでいるんで。あまり死にたくありません」
と、平坦な言葉でカズマは言った。
それは何もかも諦めた絶望感から出た言葉なのか。
その喋り方が少しイラつかせるものだったのか、笑顔が絶えなかった餡ころもっちもちの獣の顔が怒りの気配を滲ませる。
「君は……、自分さえ良ければいいタイプの人間かい?」
「俺は平凡な暮らしがしたいだけです。美女に囲まれてお金持ちにもなりたいですけど」
どうしようもないクズだな、と言いそうになった。
餡ころもっちもちの知識にあるニートは思っていた以上に駄目な存在のようだ。
確かに夢のある単語ではないけれど、カズマは酷すぎるのではないか、と。
特に仲間がどうでもいい、というのは少し許せない。
主人公特性とか補正を持つなら仲間の事を第一にしてほしい。
なんだこいつ。なりたくてなったんじゃない、と言い訳する
「……へ、ヘロヘロさ~ん。重症患者が現れました~」
「だいたい何の役にも立たない駄女神の為になんで俺が苦労しなきゃならないんですかね。こっちがいい迷惑ですよ」
と、ブツブツと文句を言い出すカズマに対し、餡ころもっちもちは太古のサブカルチャーはかなり荒んだ代物であると認識した。
相手を苛々させるのが主流だったのかと思うと頭痛を覚える。
もう少し機転の利く相手だと期待した自分がバカだったのかもしれない。そう思わせるほどの駄目っぷり。
見た目には可愛い男の子なのに残念度が凄い高い。
こうして黙っているだけで勝手に垂れ流される文句は段々と強さを増していく。
「君はアレか? 僕は自分の力でずっと努力してきたのに誰にも誉められた事が無いから妬んでます。世界なんか滅びちゃえって
「ニートは働かなくても生きていける上級職って知らないのか、この狐野郎!」
カズマの言葉にメイド達とナーベラルから物凄い殺気が吹き荒れた。
至高の御方に向かって何たる口の聞き方、とか色々と喋りだした。
「あんたこそ至高とか言われて調子に乗るタイプだろ。そういうのに限って何の能力も無くて威張るしか能が無いっていうのはお約束なんだよ」
「……お約束。君から見ると私は雑魚モンスターというわけか」
ただでさえ鋭い狐の瞳が更に細くなる。
「次なる君の手はあれだな。女だと思って私の下着を奪い取り、油断させようと算段するに違いない」
「……はっ?」
「そういえば、君はゲームで遊んだ事はあるのかな?」
「伊達にニート生活が長いわけじゃありませんよ」
と、言いながらカズマは相手が自分の思い通りに動いているような気がした。しかし、相手もこちらの動きを察知する鋭さがあるので中々侮れない。
下着と聞いて興奮した感情が一気に冷めてきて冷静さが戻ってきてしまうくらいに驚いた。そして、冷や汗が流れ出る。
自分は今、何と戦っているのか、と。
「ニートの君にはこんな言い方が好まれるんだろう? 私と勝負して勝ったら見逃してやろう。負けたら全てをよこせ」
「……むっ」
「君は自分の能力に絶対の自身があるはずだ。例えば……、基本ステータスは平均以下だが、幸運の値が飛びぬけて高い。ゆえに相手は油断する……、とか」
こちらの手段を見透かしたような言動に対し、カズマは言葉を失う。
正しく、餡ころもっちもちの言う通り、幸運が高いからこそ様々な困難を今まで切り抜けてこられた事がたくさんあったからだ。そして、勝手に勝負を挑んでくる相手に負けたことはない。言葉の通じない冬将軍には負けた気がするけれど。
「こっちが不利だから勝負方法を選ばせろ。……と、こんなところだろう。相手は何せ、カズマ君如きに負けるとは思っていない。そして、カズマ君は負けないだけの理由を持っている」
「……そ、そうだとして、どうするんだよ」
こちらの手の内がバレてしまうとどうしようもなくなる。
何か妙案は浮かばないものかと必死に頭を働かせる。
「打つ手が無いから知ったかぶりか? それとも負けるのが怖いのかよ」
「……典型的な
餡ころもっちもちは腕を組んで何度も頷く。
カズマは知らないけれど、餡ころもっちもちの世界ではニートなどの冴えない主人公の文化は古典文学として伝わっている。
神話体系をモチーフにしたオンラインゲームが未だに
† ● †
身勝手な部分は苛々するのだが、それでも今では貴重な文化遺産となっている過去のサブカルチャーは簡単には消し去れない。
相手をするのは徒労だと何度も言われたはずなのに、とため息を漏らす餡ころもっちもち。
興味本位で話しかけた自分が悪いのは自覚している。
それでも興味はある。
主人公補正とか主人公特性とかに。
この絶体絶命の状況を
単なる想像の産物ではなく、現実の現象として。
その為にはまだまだ追い詰めないといけないのだが、これは意外と嫌な役回りかもしれない。
見た目は違えど中身は共に日本人のはずだから。
それも時代背景の異なる過去と未来の
そういう平行世界やタイムトラベル的な作品の知識が無いわけではない。
実物にはいつだって期待してしまう。そして、大抵は夢が破れるものだ。
現実はこんなものだ、と。
「あまり抵抗しないところを見ると……、意気地なし君か」
抵抗しないというよりは相手の自爆を誘う戦略だと言いたかった。
大抵の強者は自分の力を自慢したがるものだ。そして、その間にカズマは弱点を探す。
今まで様々な強者と出会い、苦難を乗り越えたのだから、今回も必死になって頭を働かせている。
今度の相手は日本のサブカルチャーに精通している。ゆえに色々と対策を練られている可能性が高そうだと思った。
現に挑発はしてきたが手の内を見せてこない。
つまり怖がっている、という事か。それとも演技か。
人間の顔ではないので表情が読めない。
相手の下着を奪う方法は見抜かれているのか、それとも
狐の化け物は妖術使いというのが相場だ。接近戦に弱いかも、と色んな事を考える。
「そういえば、君は一回死んだんだっけ?」
ふと、思い出したのでカズマに尋ねた。それは本当に気まぐれだった。
「ま、まあ、そうですけど」
「死んで異世界に転生?」
「えっと……、話せば長く……。教えてほしければそれなりの対価っていうものを払ってくださいよ」
と、途中から尊大な態度でカズマは言った。
自分ができることは物理的ではなく精神的な攻撃くらいだ。
カードはこっちにある、と。
「勝手にこんなところに連れて来て脅されて、脅迫罪で訴えますよ」
そう言った後で餡ころもっちもちの狐の顔が笑ったように歪んだ。
自分は間違った選択を選んでしまったのではないのか、と背筋に冷たいものが落ちる。
もしかして、相手の術中にはまったかもしれない。
「脅迫罪か……。それは困るわね。拉致監禁……。まあでも……」
と、口角を上げる狐人間。
「我々の敵なら殺してしまえばいいだけだ」
「……えっ……。ちょっとタンマ……。えっ、なに?」
優勢に立てたはずなのにまた劣勢に追い落とされている、と驚愕するカズマ。
それ以前に自分は何者と戦っているのかを忘れてしまったのか。
人間ではなく化け物だ。
前の世界なら魔族と呼ばれる者達と変わらない。
「君の武器はその口先三寸のはったりか。伝統に
餡ころもっちもちが手を挙げるとメイド達は一礼して少しだけ引き下がった。
「あっ、この画面は消していいよ」
「畏まりました」
ナーベラルが手を振る仕草を見せるとアクア達を映していた画面が掻き消えた。
「あの仲間は事情説明がちゃんと出来れば解放される。……また暴れそうだけど、その時は拘束されるかもしれないけれど……。さて、カズマ君。相手は実は雑魚モンスターかもしれない。ちょっと奮闘すれば勝てるかもしれないよ。君が持つ奇跡とやらを使えば……」
座った状態の餡ころもっちもちはかかってこいと挑発する。
武器が無いし、魔法も低位のものしか使えない状態で勝てるか、と聞かれれば無理と即答する自信がある。
しかもズボンが無いパンツ姿。これで現状を打破すれば奇跡としか言いようが無い。
† ● †
プレイヤーとしての餡ころもっちもちは高位の
もちろんそれなりの物理攻撃も出来るけれど。
冴えないニートに負けることは無いが、多少は奮闘するふりでもしないと引っ込みがつかない。
それに殺す事が目的ではないとしても相手の実力の程はどうしても知りたかった。
それが例え何の力も無い駄目人間でも、と。
舌戦をそもそもする必要が無いのに
話しかけているこっちにも原因があるけれど。
「……無抵抗だと裸にされてもいい覚悟があると見なされると思うけれど……。何か抵抗の意志を見せてくれたりしないのかな?」
狐の身体は
餡ころもっちもちは年齢的には大人であり、元々は社会人でカズマと同じく人間であり、性別は
同種の居ない生活はすぐに慣れると思っていたのだが、身体はそうもいかないようだ。
動物的欲求はゲーム時代では起きないはずだった。それが世界の最適化とやらの影響か、食事に睡眠、排泄まで出来る。
普通ならば不可能だ。
空腹を覚え、味覚も嗅覚もある。
仮の姿に過ぎない
ペロロンチーノ達が更に色々な実験をしているらしいけれど、きっとそれは
生物としての本能が刺激されているせいか、目の前の得物を食べてしまいたくなる。
もちろん、性的な意味で。
さすがに人肉食には抵抗があるのだが、ナザリック大墳墓の第九階層にある食堂はとても万能だ。
適切な食事にありつける。それゆえに自制が利く。ただ、それはあくまで食欲の方だが。
餡ころもっちもちはカズマを眺めつつ口を開けたり閉じたりを繰り返す。
「……獣としての本能に支配されそうね。早くズボンが来ないととんでもないことになるかもしれないわよ」
「とんでもないことって?」
素で聞き返したカズマに対し、餡ころもっちもちはただ微笑む。
「おっと、うっかり〈
という言葉と共にうねる電撃が餡ころもっちもちに放たれた。
全身の毛が逆立ち、物凄い閃光と火花が飛び散る。
「アバババ!」
「あ、餡ころもっちもち様!? ご無事ですか!?」
身体のあちこちから黒い煙りをあげる狐。
口からも煙りが出て来た。
「……あ、し、舌がしびび、痺れるわね。今のは誰かしら? ケホっ」
天井付近から床に静かに降り立つのは光り輝く鎧をまとう背中に羽根が生えた生物だった。
「
人型ではあるのだが顔や手足は動物に近い。
姿は見えなかったが自分の味方をしてくれた声の持ち主だ。
「ペロロンチーノ様。なぜ至高の御方同士で……」
メイド達とナーベラルが平伏しながら尋ねた。
ただ、カズマはまた変な名前だなと思っていた。
「イジメ反対。ただそれだけ。ここはいつから弱い者イジメをするギルドになったんだい? 普通の世間話しをするって約束したじゃないか」
「いや~、古典芸能はついつい興味が湧いて……。突っ込んだところまで知りたくなるじゃない」
「人間はすぐ死ぬから扱いは慎重にしないと駄目なんだよ。それより、たっちさんが剣を抜くところまで怒ってたよ」
「別に暴力は使ってませんよ」
助け舟が来てくれたのはありがたいが、共に化け物では何の解決にもならない気がした。
ズボンが来るまで言葉攻めを受け続けるのか、と心配になってくる。
相手を精神に追い詰めるのは好きだが、逆は嫌だった。
早く宿に戻りたい、と願った。