ラナークエスト   作:テンパランス

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#055

 act 29 

 

 天羽(あもう)を救える方法があるとすれば『LiNKER(リンカー)』と呼ばれる薬品のみ。だが、それは激しい戦いの内で製作者を失い、手に入れることはほぼ絶望的。

 残っている在庫が確認出来たとしても多少の延命に過ぎない。

 だからこそ、手の施しようがないと認めざるを得ない。

 風鳴(かざなり)たちは敵を討つ(つるぎ)であっても人命を救う研究者ではない。

 

「もげたのは左腕か……。存外、意外と痛くないもんだね」

「ショックで痛みを感じにくくなっているだけかもしれないぞ」

「そうかな? 痛みは共通のようだけど……。確かにショックで脳が痛覚を遮断してるのかもな」

 

 血は今も流れている。残った手足は震えていたりするけれど麻痺状態ではない事は確認出来た。ただ、足の方は動くだけで力を込め難くなっている。

 肩口をつつくと多少は痛いのだが、激痛というほどでは無い。

 マリアは自らの服を破り、止血を試みる。だが、それで止められるとは思えないが多少は希望にすがりたかった。

 

「ありがと」

「……いいえ」

「もげた方は捨てていくわけにはいかないよね」

 

 しかも村の入り口だし。

 もう一度、変身して再生成を試みるのも悪くは無いかもしれない。けれども、更に身体が脆くなるかもしれない危険性もある。

 分の悪い賭けは嫌いではないが、友人の悲しい顔は見たくないと思った。

 それよりも今のままだと髪の毛や歯が抜けたり目玉が落ちるような気がして怖くなってきた。

 特に鏡で自分の顔を見て絶望するのは怖いなと。

 自分が死人であれば今更な話しだが、ちゃんと恐怖する気持ちがあるのは生きている人間という証しなのか、それとも生前の残滓なのか。

 

「おっと、屁が出た」

 

 それも可愛く『ぷう』という小気味良い音だった。

 

「ぷっぷふ……。こんな時にか」

「存外、死人というのは眉唾かもしれないぜ」

「……ぞんがいが口癖デスか?」

「……キリちゃん。個性は大事よ」

「さっき絶唱(ぜっしょう)を歌ったせいでは?」

絶唱って全部歌わないと駄目なんだろう? ならセーフじゃねーか」

「それは(かなで)の都合じゃない。本当に関係してたら笑い事じゃないんだけど」

「それはそれとして……。あたしはここから動けない気がするんだよね。足が震えたままだし。立とうとするとポッキリ行きそうで」

「試しに身体が(もろ)いか確認しようぜ」

 

 と、雪音(ゆきね)が言い、千切れた腕を指でつまんで引っ張ってみたり、髪の毛を引っ張ってみたりした。

 本当に脆い身体なら肉体そのものが千切れやすくなっている筈だ。それなのに身体の大部分は健在で天羽は吐血せずに喋り続けている。

 

「いてて……。髪は無事そうだね」

「腕の筋肉などもしっかりしてる。……やっぱり先輩のバカ力だったとか?」

 

 腕を地面に叩きつけても指が千切れることはなかった。

 間接部分はどうなのか、と確認する作業がとても残酷だった。

 

「ああ、あたしの腕を好き放題に……」

「いいじゃねーか。もうもげたし。たぶん接合は絶望的だ」

 

 保存する手段も無く、長時間放置した肉体は接合し難くなる。仮に出来たとしても体内に毒素が入りやすくなるので長期入院や投薬が必要になる。

 人間の肉体は切り離された時点で別物と判断されるようで、現代の医療技術を持ってしても接合手術の成功例はそれほど高くない。

 もちろん、迅速な対応であれば成功率は高くなるけれど。

 

「せっかく生き返ったのに……」

「たまたま腕だけだったのかもしれないわね。見た目の血色も特に変化は無いようだし」

 

 とはいえ、(あかつき)月読(つくよみ)には見せられないけれど。

 彼女たちは村に向かってもらい事情説明などを依頼しておく。いつまでも現場待機では居心地が悪い筈だ。

 

          

 

 二人が村に入る頃、追い抜いた人影が追いついてきた。

 それぞれ見たことも無い服装というか武装だったのでマリアは自然と身構える。

 相手は人間の他に猫耳や尻尾のある者が居た。

 

「……随分と変わった格好ね……」

「おいおいコスプレ会場かよ」

「そこのあなた」

 

 と、威厳のある言葉で言ってきたのは金髪碧眼で腰から白い翼を生やしたような胸の大きな女性だった。

 彼女の声に聞き覚えがあったのか、風鳴と雪音は更に警戒する。

 

「ふぃ、フィーネ!?

「……いや、声は似ているが……」

「貴女達は村人かしら? ここが何所なのか教えてほしいのだけど」

 

 腰に手を当てて臣民に問いかけるような態度に雪音は顔をしかめる。

 

「そんなのあたしらも知らねーよ。さっきついたばかりだからさ」

「じゃあ、村人では無いというのね」

「そうだけど。まあ、質問なら入っていけば? 奥に進まないと村人に会えないと思うぞ」

「分かりました。すみません。では、失礼します」

 

 と、後ろに居た青黒い髪の女性が何度も頭を下げてきた。

 

「その方……、物凄いケガをしているようですね」

「ケガというか腕がもげてるな」

「……セレナの声にソックリ……。まさか犬耳に転生したの!?」

 

 聞き違いでなければ桃色の髪の女の子の声は間違いなくセレナの声に似ている。

 やはりここは死者の世界なのか、とマリアは不安になってきた。

 

「犬耳って……。どうせコスプレだろ、こいつら」

 

 髪の色も派手だし、尻尾も付いているけれど顔はどう見ても人間だ。

 勝手に動いているようだけれど今時のコスプレでは不可能ではない、気がした。

 

「こすぷれ、とはなんじゃ?」

 

 背は低いが尻尾のボリュームが凄い栗鼠(リス)のような姿の人物に雪音は驚く。特に尻尾に。

 立ち話しをしていても仕方が無いので中には居る者はさっさと行け、と促す。

 けが人が気になる人だけ残るように言っておいた。

 


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