ラナークエスト   作:テンパランス

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#056

 act 30 

 

 天羽の付き添いに風鳴がつくことになり、残りは村に入り情報収集する事にした。

 極端な出血量ではないのですぐに貧血になる恐れは無さそうだが、早い応急措置は必要だ。だが、この村に医療設備は無く、都市部までは数日かかると言われた。

 村の名前は『カルネ村』といい、大農園の製作の為に多くの村人が出払っていた。

 現在、残っているのは小さな子供と年寄り連中くらいだった。

 

「聞いた事ないな」

「ここしばらく様々なお客さんが来ますが……。皆さん、一様にそうおっしゃいます」

「ということは頻繁に異邦人が来るって事か?」

「……この村だけなのかは分かりませんが……。都市に移動しようにも馬車は全て出払っておりますので。……あ、そうじゃありませんね。えっと……」

 

 似たような質問が多かったのか、惰性で喋ってしまった事に村人が混乱し始めた。

 異邦人といっても数百人規模の団体ではなく、大抵が都市部に向かったり、冒険者ギルドに用があるものが多かったためだ。

 村の人口は二百人近くなのだが、今日は朝から若者が出払い五十人にも満たない状況になっていた。

 

「いや、村のことはどうでもいいんだけど……」

 

 現在位置の把握とこれからどうすればいいのかの確認だ。

 食事も大切ではあるけれど。

 

「そうですね……。まずは風呂の準備でしょうか。宿泊なさるならば……。どうしましょうか」

「我々はどこでも構いません。急な来訪をお許し下さい」

 

 と、犬耳の女性が丁寧に対応した。

 腕を組んで仁王立ちするような者が二人ほど居たが。

 

          

 

 残っている村人により、天羽の簡単な処置が行われた。

 傷口が見えないように覆ったり、千切れた腕を布に包んだりする程度だが。

 そして、問題の彼女(天羽奏)の移動だがゆっくりと大勢で持ち上げれば特に問題は起きないことが分かり、時間をかけて移動させた。

 足の震えで思うように動かせられなかったようだが、触れられる感覚はいつもと変わらなかった。

 

「そんなケガで平気というのも凄いね」

「痛いことは痛いんだけど……。つねられている程度の痛みなんだ。麻痺しているのか、不思議だよ」

「高位の信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)が居れば治せるかもしれないんだが……。村には居ないからね」

「村長に頼みたくてもバハルス帝国に行っちまったからな……」

 

 聞いた事のない国名に風鳴は首を傾げる。

 少なくとも自分たちが住んでいた世界において帝国というものは聞いた覚えがない。

 あるとしても歴史の教科書などにあるオスマン帝国とかだ。

 カルネ村という名前から外国であるのは分かってきたが聞き覚えのない地域に風鳴のほかにも首を傾げていた。

 

「異世界ということか!?」

 

 と、マリアが驚愕する。

 

「なんと荒唐無稽な!?」

「あ、いや、先輩。うちらも随分と荒唐無稽だと思うぜ。こんなことの一つや二つは平気だと思ってたけど……」

マンガで読んだ事ある」

アニメでも」

マンガアニメとは違うと思うのだけれど……。もし、それが事実だとすれば……。どうなるのかしら?」

「元の世界に戻るには大ボスを倒す必要があったと思うデス」

「大抵は何者かが私達を召喚するから、その人を探すといいはず」

 

 その肝心の召喚主に心当たりがある者が誰も居ない。

 

「くっ、打つ手なしか!」

 

 早速諦める風鳴。

 

「それより眠くなってきたから、みんなは別の部屋で相談してくれないか?」

 

 しかも、ただでさえ狭い部屋に押し込まれているのだから、と。

 風鳴を付き添いに残してマリア達は部屋から出る。

 荒唐無稽な出来事に対して自分達にできることは原因の究明だ。

 

          

 

 村人が用意してくれた風呂場に身体を洗う為に順番待ちする事になったが後から来た異邦人と合流する事になった。

 カルネ村には冒険者の宿泊施設が設置され、大勢の客人対応が出来るように色々と用意されていた。

 本来なら使用料を徴収するのだが、異邦人に対しては助け合いの精神が適応される。だが、それでも大勢の来客には驚いた。

 たとえ百人の異邦人でも受け入れ可能ではあるけれど慣れない対応に村人は苦慮していた。

 

「都市部に比べれば狭いかもしれませんが、どうぞごゆっくり」

「ありがとうございます」

 

 立派な温泉施設ではないけれど二十人規模が入れるほどには広い。

 基本的に集団行動する冒険者が多いので。

 

「あんまりはしゃぐなよ」

「もちろんデス」

「タオルとか無いのかしら?」

「村だぞ。冷水じゃなかっただけマシだろう。石鹸くらいは……あってほしいところだ」

 

 シャンプーリンスは無かったが備え付けの石鹸はあった。

 蛇口らしいものは無く、湯船から持ってくるタイプのようで、それぞれ顔を青くしていた。

 

「なんと原始的な!?」

異世界の風習は基本的に中世ヨーロッパと相場が決まってマス。これくらいは当たり前」

 

 実際に中世ヨーロッパの風呂事情は誰も知らないけれど。

 必要な湯を桶に入れて身体を洗い始める。

 不便なことが多いけれど、髪の毛に詰まった泥は真っ先に取りたかった。

 背中を流し始める頃に、新たな入浴者が入ってきた。

 

「全員すっぱだかじゃな。あっはっは」

 

 豪快な笑い声を響かせるのは白銀の猫耳女。娘というには歳が上のような気がした。

 

「尻尾がくっついているデス」

「わしの自慢の尻尾が珍しいか?」

 

 身体は人間。尻尾と耳だけ獣というのはおかしなものだと雪音は思う。そして、最近のコスプレはレベルが高いなと。

 栗鼠の子供も入ってきたのだが、ボリュームのある尻尾をつけたまま湯船に入ろうとした。

 

「おいおい、さすがにコスプレしたまま入るのはマナー違反じゃねーか。それ取れよ」

「なにを言っとる。これはうちの尻尾なのじゃから取れるわけがない」

「立花さんに声がそっくりね」

「何やら似た声の連中と出会うのが多いようじゃな」

「ささ、クローシェ様。足元に気をつけて」

「さすがに一人でちゃんとお風呂に入れますよ。しかし、タオルが無いのは不安ね」

 

 桃色の空間が増えていき、賑やかになってきた。

 

「尻尾が取れないってどういう事だ」

「じゃから、これはうちの尻尾なのじゃ。お主は何を訳の分からんことを言っているのじゃ」

 

 聞けば聞くほど似ている声。

 ついつい頭を叩きたくなる。

 ついでにマリアは桃色の髪の女性の声に物凄く親近感を抱いていた。

 

「ご先祖様、こやつを退治して下され」

 

 瞳に星を宿す胸の大きな大人の女性は満面の笑みを浮かべていた。

 見知らぬ人間達と裸の園の風景を見て。

 

「それよりも『こすぷれ』とは何なのです? 私が居た時代には無かった概念なのですが……」

「コスプレっていうのは……。変装の(たぐい)だ」

「人間が動物の真似をして楽しむものです」

「……コスチュームプレイってやつデス」

「ああ、衣装替えの事ね」

「……つまりうちは動物の衣装を来た人間だから脱げと?」

「それ以外に何があんだよ」

「……我々は動物なので脱げないんですよ。耳も尻尾も自前です」

 

 苦笑しながら犬耳の女性は言った。

 銀髪の猫耳が耳や尻尾を引っ張るように命令してきた。

 

「接着剤という線もあるので、斬った方が早いデス」

「……なんと恐ろしい事を……。わしの自慢の尻尾は切らせはせんぞ」

 

 全身に悪寒を走らせて尻尾を守る猫耳の女性。

 

異世界ファンタジーに獣耳は普通か?」

「耳の長いエルフが居るし、獣人という線も……。でも、獣っていうよりコスプレと言われても仕方がない」

 

 冷静な月読に対して獣人達は苦笑した。

 どんな言い訳でも通用しなさそうな気配を感じたので。

 もっと詳しい人間が居ればいいのだけれど、お互いに疑心暗鬼になって身動きが取れなくなっていた。

 

「それはいいから、早く温まりましょう」

「……ま、まあ今回は諦めるが……」

「世界が違うというのは難儀するものじゃな」

「……そういえば、皆さんも他の世界から飛ばされた、みたいな人達なのですか?」

 

 自分達とは違う人種なのは確かだが、そういう偶然が頻繁に起こるものなのか、と。

 

「飛ばされた、という点では正しくその通りじゃ。……お主らもか」

異世界召喚の儀でもない召喚というのは……。この世界そのものに呼ばれたという線ではいかがでしょう?」

「会議は後にしようぜ。湯冷めするからさ。まあ、とにかく、温まろうぜ」

「動物の皆さんは身体を洗ってからデス」

「はい」

「……今、物凄い偏見に聞こえたんじゃが……」

「そういう事もありますよ」

 

 女性陣の話しが一段落したところで身体を洗ったり、湯船に深く浸かったり、双方ケンカする事無く過ごした。

 猫耳は本来人間の耳があるべきところには何もない事が判明し、一同が驚愕した。

 産毛に覆われているが触っても何も出てこなかった。

 ただ、猫なのに肉球が無いのが不満だったようだ。もちろん、足の裏にも無し。

 


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