ラナークエスト 作:テンパランス
亜人の国が
手には三十センチメートルほどの黒い棒を持つ。
「……死者の国で言うところの
死人が蔓延る世界にしては空が綺麗だと思った。
引き締まった身体に大人ほどの背丈。歳の頃は三十代ほど。
少し幼さが見え隠れする男性は苦笑する。そして、その彼の側には周りの異質な存在に怯える女性が一人。
歳の頃は二十歳に差し掛かっている彼女の頭髪は複数の色が縦縞となった金髪。
「……こ、ここは、何でしょうか?」
怯える彼女を優しく抱き寄せる男性。
「んー、死者の国というよりは……。異世界でしょうか。化け物がたくさん居るようだし」
「……ということは、あの牛さんは私達を食べようと狙って?」
「平和的な雰囲気は感じませんね。ここは暴力に訴えますか?」
と、微笑で尋ねる男性。
「お、お任せします。も、もう何処までも着いて行きます」
「仰せのままに、姫」
手に持つ棒をへし折り、男性は臨戦態勢を整える。
そして、姫を残して駆け出し、無骨な武器を持つ
尋常ならざる攻撃に対し、耐えられると踏んでいた
「……まあ、なんとかなりそうですね」
軽い調子で答える男性。
「し、しかし、数が……、多いと思います」
「空気が吸える事が分かった……だけで
軽く飛び跳ね、次の得物に飛び掛る男性。
その遠心力を利用した一撃は
「こ、こいつ!? 『漆黒聖典』のものか!?」
「であれば『
たった一人で既に二十体もなすすべなく倒されているという事実。
人間であればとうに粉砕しきっていてもおかしくない一撃を軽く捌いてくる不可思議な妙技。
分厚い腹筋はそうそうへし折れないと自負している強靭な肉体を老木か枯れ枝のように簡単に砕いてくる。
とても人間とは思えない。
噂に聞く『漆黒聖典』ではなくともアダマンタイト級の冒険者とも思えない。
それでも人間に屈したことの無い亜人種の中でも最強と信じて疑わない
数で押す近隣の
「あまり殺生は好まないのだが……。このままでは死人が出るぞ。それでも続けるか?」
「……ぐ」
確かに人間一人に対して大勢でかかって全滅ではいい笑いものだ。だが、それでも
損だと分かっていても逃げる事は出来ない。
「君達が選んだ
「かかれー!」
恥も外聞も無く多数で襲い掛かる方法を選択した
その手に持つへし折れた棒を振る前に両者の間に複数人の人物が転移してきた。
突然の事に驚いた
「……目標、牛。皆殺し」
「……駄目です、アクラシエル」
「殺害許可は下りてません」
と、無感動に喋るのは色とりどりの髪の毛を持つメイド服を着た女性。全員が違う色で九人居た。
「了解、ご主人様」
「牛の皆さん。黙って去らないと国ごと焼きますよ」
無表情で警告し、別のメイドが倒れて動けない
「特殊召喚の許可を」
「却下です、アクラシエル」
「……転移の影響で暴力的になったのかしら」
「ご主人様の降臨に際し……。何ですか、牛。邪魔です」
武器を奮ってきた
「品の無い生物は絶滅か養殖に回しますわよ」
「メイドの皆さん、あ、あまり暴力的なことは……」
と、男性の側に居た女性が言うと九人が一斉に振り返った。
「まあまあ、
「え、ええ、まあ、……無事、です」
九人は無表情のまま軽く一礼する。
「牛に囲まれるとは、難儀ですね。神崎様」
「不法入国ですから」
「……なるほど。でも、話しが通じない相手なら仕方がありません」
「面倒ごとを回避する為に飛んでいきましょうか」
言うが早いか、金髪と青髪のメイドが神崎という男性と火雅李という女性を抱えて飛び上がった。
茶髪のメイドは赤い髪のメイドを抱える。
その後は一足飛びに
† ● †
東へ逃走する白い髪の男性とその男性に抱えられる女性。そして、九人のメイド達がたどり着いたのは別の亜人の国だった。
この辺りは様々な亜人が国を形成しているようで人間はほぼ家畜扱い。
立場が違えば文化はいつも簡単に覆る。それを男性は冷静に見つめた。
人間を食べるからといって彼らを悪と断定は出来ない。
それは食べる者と食べられる者が逆転しているだけだ。そして、それを否定する事は地球育ちとはいえ出来はしない。
「……異世界とは夢のある世界と思っているのは人間だけかな」
男性が抱えている姫と呼ばれる『火雅李』は目下の光景にただただ恐怖していた。
それでも側に居る男性が黙っているので自分も目を逸らさず立ち向かう意志を持とうとした。
戦えるほどの力は無いけれど。
「この辺りは野蛮な獣しか居ないのでしょうか?」
「ほぼ獣の集落しか無いようです」
無表情で淡々と情報のやり取りをするメイド達。
迂闊な命令を下せば近隣の獣の国は簡単に灰にする筈だ。それをしないのは主の命令があるからだ。