ラナークエスト   作:テンパランス

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#061

 act 35 

 

 それから数時間後には辺りに(おびただ)しいモンスターの肉片が転がる光景が広がる。

 それらの一部をメイド達は回収し、また別の場所では海に投げ捨てていた。

 神崎は未だに戦闘中。

 想像以上の硬度を持つモンスターなので時間がかかっていた。

 

「……新たな敵影は無し」

「では、我々は神崎様を援護しましょう」

「了解」

 

 三人のメイドが手に武器を持ち、黒い仔山羊(ダーク・ヤング)の一体に肉薄する。それを横目で確認した神崎は黙っていた。

 自分の役目はあくまで火雅李の安全を守ること。モンスター退治は二の次だ。だからこそ別にメイド達がモンスターを倒そうとしても止める気は無かった。

 

「推定レベル90を突破」

「問題ありません」

 

 冷淡な言葉の後には切り裂かれる触手と太い足が転がる。

 

「メエエェェ! メエエエェェェ!」

 

 メイド達にかかれば黒い仔山羊(ダーク・ヤング)もただの雑魚モンスターと変わらない。

 一体を撃滅するのに三分もかかっていないのではないか、と。

 神崎の方は大まかな傷を付けるので手一杯だった。それだけ硬くて手が痺れる結果になっていたので。

 もっと数が多ければ後退しながら時間をもっとかけて倒すしかなくなる。

 時間がかかれば火雅李の安全度は低くなり、新たなモンスターに対処し難くなる。

 とはいえ、倒せないわけではないことは確認した。

 

 ただ時間がとてもかかるだけだ。

 

 確実に触手を切り飛ばした後は丸い身体を徹底的に攻撃するだけだ。

 いくら早かろうが単純な攻撃しかしてこないので動きが予想できれば何も問題は無い。

 毒液とか出すような相手でなくて良かった、と。

 

「こちらは後三十分はかかります」

「了解しました。神崎様でもそのモンスターは難儀するのですね」

「いい練習相手になりそうです」

 

 もちろんそれは本音だ。

 自分の攻撃をここまで受け切るモンスターは他に類を見ない。

 再生しないところが残念だと思うところだ。

 単純な物理攻撃を当てると手に伝わる重い衝撃は自分が()()()()()であると錯覚しそうになるほどの安心感があった。

 だからこそ、残念に思う。

 この黒くて丸い巨大なモンスターを倒さなければならない事が。

 本当に残念だ、と神崎はがっかりしつつ最後の攻撃の為に武神の武器を変化させる。

 無骨で長い斬撃特化というよりは叩き潰す為の刃の無い大剣のようなもの。刀身の長さだけで五十メートルは超えているかもしれない。

 それ(大剣)に決まった(めい)は無いけれど、正しく全てを破壊する武器だ。

 ただ単に目の前のモンスターを叩き潰す為だけに奮われる。

 

「まだ立ち向かってくるモンスターならばお相手願おうか。次はもう少しマシな戦闘をしてあげよう」

 

 横薙ぎに奮われた武器は硬い身体を持つ黒い仔山羊(ダーク・ヤング)の形を本当に歪めた。

 ボールを指で強く押したように。

 質量の大きい武器ほど与える影響力は人知を超える結果を見せる。

 これが人間台の武器であったならば見た目には変わらない。

 

「……メ、メエェっ!」

 

 横方向に吹き飛ぶ前に逆方向から再度、武器が叩きつけられる。

 ぶつかった瞬間に高熱が発生し、黒い仔山羊(ダーク・ヤング)を焼く。

 それだけの熱量が瞬間的に発生する攻撃だ。自然と神崎の持つ武器が赤熱してくる。それでも発火しないのはまだ耐熱限界に達していないからだ。

 何度も同じ攻撃をするたびに白熱し、煙りが立ち上っていく。

 

 ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン。

 ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン。

 ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン。

 

 長大な武器特有の遠心力に振り回されること無く、奮われる大剣が怒涛の如く叩きつけられる。それを可能とするのは人智を超えた腕力を持つ神崎だからこそ出来る芸当といえる。

 なすすべも無く武器を叩きつけられる黒い仔山羊(ダーク・ヤング)の身体は歪曲から次第に破断へと至り、体液が飛び散り始める。

 通常の冒険者では決して出せない打撃音。

 というよりは人間に出せない領域だ。

 どういう力を加えれば黒い仔山羊(ダーク・ヤング)の身体をデコボコに出来るのか。

 既に金平糖(こんぺいとう)のような突起が無数にある姿になってきた。

 ひび割れに武器を刺し込み、強引に跳ね上げる。それもまた尋常ならざる御技だ。

 超重量を誇るモンスターを人間がロボットのような臥龍を使っているとはいえ、跳ね飛ばせるものなのか。

 だが、現実としてモンスターの身体は地面から浮きつつある。

 そして、そのような事でも折れない武器の強度は七色鉱で作られた武器に匹敵するのではないか、と。

 細かい部分に神崎は当然、頓着していないので質問されても答えられないけれど。

 とにかく、宙に浮かぶ黒い仔山羊(ダーク・ヤング)の真下に素早く移動し、少し巨大化させた拳で更に打ち上げる。

 それを十度ほど繰り返す。

 超重量のモンスターを拳のみで打ち上げる胆力はもはや常識では測れない。

 いかにロボットモドキだとしてもそれを可能とする存在は何者なのか。

 もはや息も絶え絶えの黒い仔山羊(ダーク・ヤング)

 自然界に存在し得ないモンスターの筈だが、それでも得体の知れないモンスターとしてバハルス帝国リ・エスティーゼ王国では悪夢の象徴と言われている。

 そんなモンスターが更に得体の知れない()()()()()になすすべなくやられている。

 いや、数分で撃滅したメイド達の方が非常識極まりないのだが。

 

「……()()()()になった。ありがとう」

 

 神崎の言葉は本心である。

 久しぶりに()()()()()()()()()()()()のだから。それは正しく彼の感謝の気持ちだ。

 落下してくる黒い仔山羊(ダーク・ヤング)を神崎はただ拳で迎撃する。

 

          

 

 それはいかなる打撃音でも例えられないもの。

 めり込む拳は一気に白熱化する。

 辺りに地響きと衝撃波が広がるが火雅李の小屋はメイド達がしっかりと防衛していたので無事だった。

 震度3以上は起きたかもしれない。

 この世界は本来存在すべき()()()()()()()が無効化されている。例えば熱力学第二法則など。

 それゆえに衝撃波や圧縮により発生する熱エネルギー位置エネルギーなども魔法武技(ぶぎ)に代替されているせいで起き難くなっている。

 神崎達が起こしているのは単に世界の法則から逸脱しているから起きている、と見るのが自然かもしれない。

 そもそも自然法則に統一規格など存在しない。時間の法則すら一致していないし、一般常識が通じない事など()()()()()()()ほど多いのが異世界というものだ。

 地上で戦闘してはいけないレベルの攻撃に対し、モンスターはその身が砕けて地面に付く前に消滅する。

 邪神系モンスターは大抵、死ぬと消滅する傾向にある。

 何らかのエネルギーを得て物質界に顕現するというのが通説になっている。

 それは悪魔系や女神系でも同様に。

 天然の生物ではない、とも言える。

 

「お見事ですが……。時間をかけ過ぎです」

「すみません。なかなか丈夫な相手だったので」

 

 冷静に批評するメイドにロボット形態から小さな棒状に戻る形態変化する幻龍斬戟

 

「まだ規定数に達しておりません」

「残り125」

「……頑張ります」

 

 黒い仔山羊(ダーク・ヤング)の消滅から十分後に新たなモンスターが現れる。

 どんどん強くなるのかと思われたが、そういうわけではないようだ。

 見慣れない女性が出てきたが、感心する前にメイド達がさっさと倒してしまった。どうやらモンスターだったようだ。

 その後で赤い竜が十体ほど現れて、一斉に火炎を吐いてきたがメイド達が全て弾き飛ばしてしまった。

 解説なしで倒す姿は一流の職人のようだ。

 そうして規定数が20に差し掛かったころ、メイド達は神崎のそばに集まる。

 

「残りのモンスターはランクアップする予定でございます。お一人で倒せるレベルは居ないと思われますが、遠距離攻撃をお願いします」

「接近戦は困難かと思われます」

「了解しました」

 

 メイド達が警戒するのだから尋常ではない相手だ。

 それはつまり、どの程度のモンスターなのか。

 

「この島に人は誰も住んでいないのですか?」

 

 ふと思い出した事を尋ねてみた。

 

「この島そのものがモンスターなので原住民は誰も()りませんよ」

「……それは正確ではありません。アムリマンユー

「私の現在の名称は『蒼蟻吏(あおぎり)アンラマユ』ですよ、アウルゲルミル

「それは失礼しました」

「……それは……元々の原住民は避難したか、死んでいると? あと、この島そのものが最後の相手になる、という意味ですか?」

 

 平坦な喋り方をするメイド達をよそに改めて尋ねる神崎。

 

「元々の原住民の存在は前から無かった模様でございます。島がモンスターというのは言葉の(あや)ですので、混乱を招いてしまい申し訳ありません。正確にはこの世界にモンスターが蔓延っている()()でございます」

「特定の地域で規定数を倒すと現れるモンスターがおりまして……。そのモンスターを倒せば次の再生成まで数十年間は大人しくなります。なので、その最後に現れるモンスターを討伐するまでが今回の仕事となっております」

「この地域に現れるモンスター達から『ドロップアイテム』なるものの入手の為には最後のモンスターまで倒す必要がございます。途中で仕事を放棄すると他の地域に迷惑がかかるので……」

「我らの(マスター)からも最後のモンスターまで討伐するように厳命されております」

 

 メイド達の言葉を聞いて、神崎にはうかがい知れない世界や事情があるのだなと感心はしたのだが殆どの話しはよく理解出来なかった。

 半分以上は脳から抜け出たかもしれない。いや、異世界だという事は理解した。それ以外は全く何のことやら、と。

 向かってくるモンスターを討伐しているだけだが、この世界は日常的に慌しいのか疑問だった。

 疑問はあるけれど弓を引き絞る女神系のモンスターの腹を殴る。

 耳の長い森妖精(エルフ)に似たモンスターを蹴り飛ばす。

 遠距離攻撃をお願いされたが近接攻撃が出来ないわけではなかった。一足飛びに近づけたので攻撃したまでだ。特に問題は無いようなので気をつけつつ戦闘を続ける。

 こんな場面を自分の弟達に見せられるとは思えないが、お兄ちゃんはよく分からない世界でモンスターを倒しているよ、と苦笑気味に家族へ伝える。

 何も分からなければただの虐待なのだが。

 

「ギリシア神話。スラヴ神話。インド神話」

 

 淡々と告げつつ人型モンスターを撃滅するメイド達。

 腕がたくさんある女神とか、個々の名前はもはや分からない。

 人間である神崎はともかくとしてメイド達は平然としたままモンスターを引き裂いていく。

 本当はとても手強いのではないか、と思われるのだが強さの基準はメイド達には意味を成していないように見える。

 馬に乗った騎士王(たぶんアーサー王)らしき存在も騎乗したまま真っ二つにされていたし、名乗りを上げる余裕すら与えない。

 空から巨大な六枚羽の天使(たぶんミカエルとかの熾天使)が現れたが、出てきて一分後にはズタズタに引き裂かれて地に倒れ伏している。

 そして、最後の一体になるのに数分もかかっていない。

 

          

 

 倒されたモンスターの後片付けが終わり、静かな時が場を支配する。

 残り一体の姿は見えない。というよりは東方の島そのものがモンスターだったか。

 それはどのような神話体系のモンスターなのか、ファンタジーにそれ程詳しくない神崎には全く見当がつかなかった。

 大地が神だというのならばギリシア神話か、と漠然と思った。

 それとも世界を支える象型のモンスターか。

 はたまた神そのものか。

 確かに唯一神というモンスターは現れていない。

 

「まだモンスターが居るんですよね?」

「出現まで一時間ほどかかるようです。それまで少し移動しましょう」

 

 淡々と無表情に告げる金髪のメイド。

 怒涛の戦いの後にぱったりと襲撃が止むのは不安を覚える。

 尋常ではないほどの巨大なモンスターが現れそうな気配だ。

 さすがに星そのものであれば倒すと現地に住む全ての生物が困る。

 

「対象はあらゆるモンスターを生み出す事の出来る特殊技術(スキル)を持つ『創造主の化身(エロヒム)』でございます」

 

 名前を聞かされても神崎にはどう対処していいのか分からない。

 とにかく巨大なモンスターっぽい印象を受けた。ただ、実際には三十センチメートルほどの小型モンスターだったら声に出して笑うかもしれない。

 姿は小さくともとても強力な相手かもしれないけれど。

 


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