ラナークエスト   作:テンパランス

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#066

 act 4 

 

 五日間の日程の最初の一日は現場まで馬車で移動する。徒歩で向かうには遠すぎるし、体力が持たない。

 帝都からカッツェ平野までは相当な距離がある。

 実質の戦闘期間は二日か三日程度となっている。

 最初の一日は荷物確認の後は軽い世間話し程度で消費され、現場は翌日の朝方にたどり着く。

 山岳地方に広がる荒野のような荒地。

 地面は異様な色合いで戦場後といった色合いで生物が住めるのか疑問に思わせるほど。

 そして、視界を遮るように霧が立ち込めている。

 

「毎年戦争が起きる頃には晴れるそうだが、普段は霧で覆われてあまり視界が利かない。

それゆえにアンデッドモンスターが倒し難くなっている」

 

 そんな物騒なところだが奥に行けば兵士達が駐留している訓練場があり、演習を続けている。

 鉄級冒険者は低位のアンデッドを倒し、強くなったり、珍しいアイテムを見つけるのが仕事だ。

 死体漁りも仕事の内。

 ここで死んだ冒険者の遺体から貴重品を得る事もある。

 

「ここを突っ切ると王国領に出る。こんな危険な所を使わなくても行けるんだけどな」

「あくまでここは戦場に使用する場所で行商人は使わないよ」

 

 利便性はほぼ無い。

 せいぜい獣人(ビーストマン)の国竜王国側に行くくらいではないかと言われている。

 無理に踏破するほどの価値は無い、と冒険者達は思っている。

 

「まずは寝泊りする拠点を探さなくてはな。他の冒険も居ると思うが骸骨(スケルトン)はほぼ敵だと思っていい。中には魔法を使ってくるものも居るので注意してくれ」

「はい」

 

 中心地まで行く予定は無いので、数キロメートルほど奥まった場所にテントを張る事にする。

 立花達も手伝って地面に杭などを打ち込んでいく。

 薄暗いけれど暗黒空間というわけではなく、陽の光りが届きにくい状態だった。

 

「………」

 

 あまりにも淡々とした作業が続いているので会話が少なくなってきた。

 それは別に悪い事では無いけれど立花としては何か言わなくては、と思う。

 声を出してモンスターを誘き寄せる結果になってはいけない、という鉄級冒険者の言葉もある。

 

「……楽しいハイキング、というわけにはいかないよね」

「仕事だぞ?」

 

 と、普通に返してくるターニャ。

 彼女はここまで本当に一言も喋らなかった。なので少し驚く立花。

 

「モンスターと殺し合いをする場所だ。浮かれている者はあっけなく殺されてしまう。それでもいいなら、別に止めはしないぞ」

「……ターニャちゃんの意地悪~……」

 

 同じ声で言われるとターニャとしては眉根を寄せる事態だ。

 なんだろう、自分がバカみたいになった気分だ、と。

 

          

 

 テントを張り終えた後は装備品の確認だ。

 立花は変身出来るとしてターニャは軽装だった。武器は落ちている小石を使う予定なのだが、いずれは剣でも手に入れようかと考えている。

 銅プレートの収入では立派な武器はまだ手に入りそうに無かったし、鉄級冒険者達もターニャ達を戦わせる気は無く、あくまで廃品回収程度に使う気でいるようだ。

 誰が一番モンスターを倒せるかを競うのが昇進の目的ではない。

 与えられた仕事をこなし、生きて帰って組合(ギルド)に報告するまでが仕事だ。

 

「あまり現場から離れないように。逃げる時は全部捨てるつもりで」

 

 と、ターニャ達に声をかけてきた鉄級冒険者。

 その後で仕事が本格的に始まる。

 捨ててもいいものだけテントに残し、無理の無い範囲で食料や回復アイテムを身体にくくりつけるのが一般的らしい。

 ターニャ達はそこまで重装備では無いけれど、各冒険者の身なりを参考にするように言われたのでしっかりと観察する。

 

「基本的な戦士(ファイター)野伏(レンジャー)はこんな格好だ。他の職業(クラス)も特徴的な装備があるけれど、それらは冒険者組合でも観察できる」

「はい」

 

 その手の質問は恐れずに声をかけるように、とアドバイスを受ける。

 自分たちが下級冒険者の面倒を見る時に同じように教える時があるかもしれないので。

 

「……そろそろアンデッドモンスターが来る頃です。……準備はいいですか?」

 

 ターニャは身構える程度だが、立花は深呼吸を何度もした。

 アルカ・ノイズなどの得体の知れないモンスターとは何度も戦ってきたので戦闘自体は慣れていると自負している。けれども未知の敵はいつだって驚かされてきた。

 自分はちゃんと戦えるのか、改めて自問する。

 伝え聞いた中ではモンスター以外に人間と戦うようなことは滅多に無い、と言われている。

 いわゆる盗賊に類する敵だ。

 

骸骨(スケルトン)だけに集中しているといい。ローブを着ていて魔法を撃つ奴もだ。それ以外は……警戒だけしていた方がいい」

「はい」

 

 人間と遜色ないモンスターと言えば動死体(ゾンビ)くらいだという。

 

「組合で調べられた範囲で人間そっくりというのは……、聞かないな。未発見のものは出てくるかもしれないけれど」

 

 あえて探せば吸血鬼(ヴァンパイア)だろうか、と呟いた。

 気をつけろと言った手前、立花たちの装備はとても貧相なものだ。

 ほぼ戦闘には適さない普段着と言ってもいい。

 無理に戦わせる気は無いけれど、収入を得て色々と買い揃えてほしいものだと冒険者は思った。

 それから霧が少し濃くなってきた頃に様々な音が周りから聞こえるようになってきた。

 それは金属同士がぶつかる音や何かを砕く音。

 決して大きく無いけれど戦闘の音だと推測する。

 

「アンデッド達はどこからともなく現れます。空から降ってくるとは思えませんが……、大抵は地上に居ます」

「了解した」

 

 装備を整えた冒険者達がテントから離れ始める。その後をターニャ達が追う。

 視界が悪い中を冒険者が移動できるのは視界阻害対策をしているからだ。

 彼らの目には鮮明に周りが映っている。

 

「このあたりで待機します。テントからあまり離れていないから、すぐ逃げられると思うけれど……」

「こちらも視界阻害対策は出来ている」

 

 立花は知らないがターニャは『エレニウム九五式』という演算宝珠のお陰で視界阻害対策が取れる。

 不可能を可能にする干渉式の一つを使う。

 首から提げている小さな丸い宝石に魔力を注げば大抵の事が出来るのだから、これを発明したものは確かに凄いと言える。性格的な問題は抱えているかもしれないけれど。

 

「槍を持った骸骨(スケルトン)が三体接近!」

 

 声を張り上げて仲間に通達する冒険者。いっせいに武器を持ち、警戒態勢に移行する。

 

          

 

 視界の悪い中で襲ってくるモンスターは骸骨(スケルトン)という。

 このモンスターは低ランクでも討伐できるものだが種類が豊富だ。中には手に負えない強敵も居る。

 特に魔法の武具を装備したものは鉄級冒険者では歯が立たなかったりする。

 難度は1から3と弱い部類だが、弓を装備したものに狙われることもあるので油断は出来ない。

 

「うわっ、本物のガイコツ!?」

「そういうモンスターなんだろう」

 

 と言いながら石をぶつけていくターニャ。

 

「逃げても敵は追いかけてくるぞ」

「う、うん」

 

 頭では分かっている。けれども実際に見るモンスターの気持ち悪さに身体が震えそうになる。

 前の世界ではたくさんのノイズアルカ・ノイズ達と戦ってきたのでモンスターに免疫があると思っていた。だか、やはり怖いものは怖かった。

 

「身体に鎖を巻いた狼っぽい奴も襲ってくるからな。気をつけろよ」

 

 と、言いながら手際よく骸骨(スケルトン)を打ち壊していく鉄級冒険者。

 ある程度破壊した骸骨(スケルトン)は身体が元に戻って襲って来る事は無く、残骸と化したままになる。

 とにかく、動かなくなるまで壊す事が大事だと教えられた。

 

「見えない位置から弓を飛ばしてくる奴が居る。気を抜くなよ」

「了解した」

 

 弓矢くらいなら身体を張って立花を守ってやればいいか、とターニャは思った。

 変身しないままおどおどしているけれど、現場に慣れようと必死に耐えている。無理に背中を押すより自主性にかけてもいいかな、と。

 モンスターが襲ってきたわりに数は少なく、十分も立てば静かになる。

 (おびただ)しい大群が攻めてきた場合はさすがに敗走する。

 逃げ切れなければ大規模術式を使うしかないけれど。

 

「目ぼしい装備は無さそうだ」

「アンデッドは放置すればまた復活するのでは?」

 

 至極当然の疑問をターニャは口にした。

 もちろん現場を清める信仰系の魔法があるけれど、このカッツェ平野においては無駄に等しい。

 そういう考えが本当に正しいなら何年も前から研究し尽くされている。

 現に帝国魔法省が様々なアンデッドを捕らえては研究しているのだから。

 

「清めても清めてもアンデッドが湧き出る。ここはほぼ無尽蔵にモンスターが出る地域だ。昔から……」

 

 破壊したモンスターは一箇所に集められて地面に埋められていく。

 撃破した数が少ない時は埋葬するようだが、多くは放置される。

 

「適度に倒しているから弱いアンデッドで済むが……。あまり放置したままだと強力なアンデッドが生まれると昔から言われている。だから、冒険者がこうして定期的に倒して行くわけだ」

 

 アンデッドが協力になる理由は良く分かっていない。けれども、放置するのはよくない、というのが通説となっていた。

 割りと迷信を信じるのは命を大切にしているからだと思われる。

 

「無闇に突っ込んではいけないが……。身を守る事に集中してくれ」

「はい」

「馬に乗ったアンデッドが居たら、近付くな。そいつは多分、俺たちでも歯が立たない奴の可能性が高い」

「襲う奴は大抵、言葉は喋らない。叫ぶのが精々だ」

 

 そんな事を話しながら定期的に襲ってくる骸骨(スケルトン)を倒していく。

 バラバラにならずに人型を保ったまま走るモンスターはターニャからすれば不可思議の塊だ。どういう原理になっているのか、興味がある。

 頭を破壊したり、胸の辺りを破壊すると活動が停止する。それ以外は気にした素振りを見せずに動き続ける。

 これがゲームの世界ならば普通のことかもしれない。けれども、ここは現実だ。

 いくら死体でも繋ぎ留める()()が無ければ走った瞬間に自壊するものだ。

 

「おっと」

 

 と、ターニャを突き飛ばし気味に冒険者が身体を割り込ませてくる。その後でカンと乾いた音がした。

 何かの投擲物が飛んできたらしい。

 

「……ヤバイな骸骨弓兵(スケルトン・アーチャー)が居るようだ」

 

 本来なら防殻術式などの常駐型で矢や小石などは自動的に防ぐものだが、冒険者達はターニャの能力を知らない。またそれを教える義務は無いので黙っている事にした。

 見られたからとて口封じする気は無いけれど。

 おそらく魔法による防御というものがあるはずなので、指摘されたら魔法で誤魔化すことにする。

 ちなみに、と前置きし骸骨弓兵(スケルトン・アーチャー)について冒険者は語る。

 難度は6程度。骸骨(スケルトン)よりちょっとだけ強い程度。

 アンデッドモンスターは視界が悪い地域でも平然と活動するので、不意打ちされ易い。

 武器は大した事が無いけれど余計なケガを負うと血の臭いで更なる厄介なモンスターを引き寄せてしまうかもしれない。特に獣系などを。

 

「数匹程度なら問題は無いけれど、怒涛の攻撃が来たら退散する」

「了解した」

「密集隊形を維持していれば、骸骨(スケルトン)程度はどうとでもなる。君達は生物系の動死体(ゾンビ)などは平気な方か?」

 

 ターニャは平気と答えそうだが、女の子らしく怖がってみるのもありかもしれない、と思わないでもない。

 銅プレートとはいえ、命を粗末にするような無謀さは求められていない。

 

「……ぞ、ゾンビとか出るんですか?」

 

 声を震わせながら立花が言った。だが、声が似ているのでターニャが怖がっているようにも聞こえてしまう。

 そこはどう違いを付ければいいのか、考えなければならないかもしれない、と。

 

「アンデッドは骸骨(スケルトン)だけじゃないからね。当然、動死体(ゾンビ)食屍鬼(グール)とか出るよ。あと、非実体の幽霊(ゴースト)とか」

 

 日本では存在が疑われていた化け物も異世界では普通に出てくる。その事を今の今までターニャ達は失念していた。

 よく考えれば歩く骸骨(スケルトン)などが実在すれば現代社会ではけっこう驚かれる筈だ。

 

「……持ち帰ったら有名になれるだろうな……」

「いや~、それはちょっと……」

「モンスターをそのまま街に持ち帰ったら騒ぎになるから駄目だぞ。そういうのは専門機関が(おこな)う事になっている。それ以外の例えば……。召喚で出せるものとかは自由だが……」

 

 冒険者組合として他人に危害を加えるような危険なモンスターの持ち込みには役所に申請しなければならない。

 細かい規則については冒険者ギルドで改めて説明を受ける事にして仕事に専念する。

 


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