ラナークエスト   作:テンパランス

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#069

 act 7 

 

 散発的な戦闘はあったが大きなケガも無く、昼食の時間まで生き延びた。

 ほぼ骸骨(スケルトン)しか出てこなかった。

 多くの冒険者がモンスター退治に勤しんでいるのでターニャ達のところだけ特別なモンスターが出る事は無い。

 かなりの強敵が出た場合は周りから危険を知らせる声が上がるという。

 手柄より命が大切だ、という事だ。

 

「今回は目ぼしいアイテムを持ったモンスターは見当たらないようだ」

「このまま戦闘する事にどんな意味があるんですか?」

 

 至極当然の疑問を立花は口にする。

 それに対して冒険者達は苦笑する。それは別に立花を嘲笑するものではない。

 

「……経験する事かな。世の中にはもっとおぞましいモンスターがたくさん居ると言われている。腐りかけの死体とか。巨大な竜とか」

「戦闘経験を積んで次に備えるのさ」

「中には猛毒を持ったモンスターも居る。時には酷いケガで日常生活に支障が出るかもしれない。それでもなお心が折れずに居られればアダマンタイト級になれるかもよ」

 

 とはいえ自分達はまだ鉄級だ、と小声で呟く冒険者達。

 別に伝説に名を残したいわけではない。

 無謀に命を散らしたいわけでもない。

 稼ぎがいいし、安全度が高い。ただ、それだけだ。

 他に仕事が出来れば、それがいいに決まっている。

 経験を積めば様々な発見があるかもしれない。

 冒険者とはつまり可能性の拡大だ、と。

 

「普通に暮らしていても才能は中々伸びないと言われている。冒険者はその中で様々な経験を積めば色んな事が出来る一番近道でもある。そういう風に言われているのを聞いただけだけどね」

 

 ただ学ぶだけでは何十年もかかる。

 実践に優る教科書は無い。

 

「……経験を積むことは大事だ」

 

 ターニャも今の意見に同意する。

 机上の空論だけでは分からない事は確かにたくさんあるからだ。

 

「周りを警戒した後は大きな怪我をしない内に帰ろうか」

「そうですね」

 

 一時間ほどの猶予を持って警戒任務に付き、合間に食事などを済ませておく。

 カッツェ平野には多くの冒険者が入れ違いに戦闘をする。

 それはいつもの日常の如く、多くの冒険者にとっては珍しく無い光景だった。

 その間隙を破るのは一本の赤い槍

 カッと静かに大地に突き立てられる細い武器。

 上空から投げ込まれたその槍は一度の投擲にもかかわらず、周りの霧を吹き飛ばす。

 

「なに!?」

「霧が……」

 

 最初の異変に気付いたのは誰だったのか。

 周りからどよめきが漏れる。そして、すぐ後には周りに居る冒険者達にも届く笑い声。

 

「あっははは! ははは!」

 

 豪快な響きを持つ、その笑い声は戦場全てを黙らせるほど高かった。

 

「……ヤバイ。赤い槍を見たら逃げろって言われてたっけ」

 

 素早く仲間に合図を送る鉄級冒険者達。

 戸惑う立花をよそに異常事態に対して行動を取っていく。

 

「槍使いのモンスターが現れたぞっ! 逃げろ~!」

「マジかよっ!」

「ヤベェ!」

 

 と、声が届いたところから同じく大きな声が返ってきた。

 それは他の面々にも聞こえるように危機を知らせているという事だ。

 パニックを起こしているように見えるだけで、実際は冷静な動きを取っている冒険者達にターニャは驚き、そして感心する。

 

「槍使いのモンスター?」

「間違いない。赤い槍といえば影の国の女王(スカアハ)だ。あの()声には聞き覚えがある」

 

 ターニャは脳裏で敵の名前を検索する。

 確かに聞き覚えのある名前だ。それも何かの伝説に出てくるような。

 

「……ふむ。この我から逃げるだと? 腰抜け共め。雑魚を追い立てるような無粋なことはせん。逃げるなら勝手にしろ」

 

 声だけ聞かせる謎の影の国の女王(スカアハ)と思われる存在。

 ターニャは索敵を始める。

 

「我に挑戦する強者は居ないのか? 折角、来てやったのに……。つまらんな~」

うるせぇ! お前は強すぎるんだよ。帰れ、邪魔だから」

 

 と、勇気ある冒険者の一人が叫んだ。

 

「……バカ。火に油を注ぐな」

「……相当我は嫌われたようだな。誰ぞ挑戦者は居ないのか? ここしばらく相手が居なくて寂しい限りだ」

 

 いじける姿無き影の国の女王(スカアハ)

 声だけ聞いているけれど悪い人ではないような気が立花にはした。綺麗な声だし、とてもモンスターとは思えない。

 

「……わ、私が挑戦してもいいですか?」

 

 と、念のために冒険者に許可を求めてみた。

 立花の格好からはとても許可できそうにないのだが、まさか挑戦したいと言うとは思わず、大層驚いた。

 どう見ても一瞬で蹴散らされる結果しか見えない。というより、何で戦う気なのか、と。

 

「この立花は変身して戦うそうです」

 

 と、ターニャが補足する。だが、それでも全く想像できないので、一応やめた方がいい、となんとか言った鉄級冒険者達。

 自分達の仲間が勇気を出して言うならまだ理解出来る。鉄級だけど。まさか初めて組まされた()()得体の知れない銅級冒険者で、しかもどう見ても()()()()()()が言うとは思ってもみなかった。

 だが、現場に居た多くの冒険者が我先にと逃げ出している状況はとてもではないが正常とは言いがたい。

 明らかに影の国の女王(スカアハ)を警戒している。それだけの存在だという事だ。

 

「君の(しかばね)は拾えない。俺達は君を見捨てるが悪く思わないでくれ」

「だ、大丈夫です。私だってみすみすやられたくないので」

「我々は退避の準備を整える。立花は無理な戦闘はしないこと。いいな?」

 

 ターニャの言葉に立花は頷いた。

 どういう戦闘になるのか、それはそれで興味があったけれど、まずは安全確保が出来てからだ。

 今のところ他の冒険者が襲われる事態には陥っていない。それは影の国の女王(スカアハ)は無闇に人を襲う存在ではない、という事かも知れない。

 

          

 

 しばしの静寂の後、大地に何者かが静かに降り立った。

 黒い軽装の衣服に浅黒い健康そうな肌を持ち、腰にかかるほどの長さの黒いストーレートヘア。

 豊満な胸を強調し、凛々しい顔立ちの美貌は世の男性陣を虜にするほど。

 

「……人間?」

「……いや」

 

 立花の疑問の呟きに対し、冒険者は即座に否定する。

 モンスターの中には人間の姿を持つ者が居る。分類上は人間種ではなく異形種だ。

 初めて出会う者には分からないが、影の国の女王(スカアハ)は唯一の存在ではない。同じ顔が次から次に現れる事もある。

 過去に何体か討伐された事は冒険者ギルドも承知している。

 出会っても戦ってはいけない危険なモンスターに位置している。それゆえに討伐リストに載る事が殆ど無い。

 あと、影の国の女王(スカアハ)は無闇に人を襲わないと言われている大人しい部類のモンスターとしても有名だ。

 ただ、変身する場合があるので、その時は見境が無くなる。だからこそ皆逃げていく。

 

「変身するモンスターの一体だ。今のうちは大人しいが……。無理ならすぐ逃げろ。あいつは諦めた者は襲わないと言われているからな」

「分かりました」

 

 蜘蛛(くも)の子を散らすように冒険者達が退避する中、立花は勇気を持って敵に近付く。

 逃げる事は簡単だ。だが、黙って逃げては何も解決しない。

 もちろん、話しが通じれば仲良くなれるかもしれない。少なくとも可能性に駆ける事は無駄ではない筈だ、と信じる。

 

「……ほう? 勇敢なる挑戦者か。小さき戦士もまた一興……」

 

 赤い槍を器用に振り回す影の国の女王(スカアハ)

 

「貴女は本当にモンスターなんですか?」

「ん? まあ、世間一般ではそうなっている。ははは、我は影の国を治める女王……。という役割を担っている、ことになっている。実際には……、そう思い込んでいる()()、だ」

 

 不敵な笑みを見せつつ綺麗な声で答える影の国の女王(スカアハ)

 とてもモンスターとは思えない。

 背は高く、手足の筋肉がしっかりと引き締まっているのは何となく分かった。

 様々な格闘技の映像を見せてもらったので、大体の事しか分からないけれど。

 肌に張り付くような異国の服が妖艶な肢体を包んでいる。

 

「言葉だけでは信用できまい」

 

 そう言いながら何度か手を叩く。するとあちこちから姿を見せる影の国の女王(スカアハ)達。

 今まで何処に隠れていたのか、と思うほどに同じ顔が十人から百人以上へと増えていく。

 

あっははは! 我ら全てが影の国の女王(スカアハ)姉さんだ」

 

 同時に(しゃべ)(おびただ)しい数の影の国の女王(スカアハ)達。

 立花は戦慄する。

 なんだこれは、と。

 

「この数を相手にするのは骨が折れよう。目の前の一体だけで構わん。他は邪魔だな」

 

 同じく手を叩き合図を送ると一斉に姿を消す影の国の女王(スカアハ)達。

 

「安心したか、小さき挑戦者」

「……大変、驚きました」

「そうかそうか。別に驚かせる気は無かったがな」

 

 話している分にはモンスターとは思えない優しい印象を受ける。けれども、やはり彼女はモンスターなのかもしれない。

 

「……それで小さき戦士は……何で戦う気だ? 武器は無さそうだが? 勇気だけでこの影の国の女王(スカアハ)を屈服させようとか思っているのか?」

 

 勇気だけが取り得の様な立花とて無謀な戦いはしない。

 ただ、自分はこの敵と戦いたい。そう思っている自分が居ることを感じていた。

 単なる興味ではない。いや、そうかもしれないけれど。

 誰もが恐れるモンスターの()()()を知りたい。ただそれだけかもしれない。

 なにせ()()()()()()()()モンスターだ。かなり興味が湧いている。

 ターニャは冒険者達と共に避難の用意は整えた。後は共に逃げるか、助太刀をするか、だ。

 

「……出来れば殺し合いではなく、お互いを理解したい。……それでは駄目ですか?」

「んっ? モンスターと殺し合うのがこの世界の摂理だ。それを変えようというのか貴様は」

「……そこまでは考えていません」

 

 そもそもモンスターに近付いて何を言っているんだろう、と疑問に思うくらい自分でもびっくりしている立花。

 もし、仲間が居れば叱られる事は絶対で確実だ。

 呆れる仲間の声も幻聴として聞こえるほど。

 

「……お前は世界を(けが)す者では無さそうだな。不思議と殺意は湧いてこない……。なかなかそういう者と対峙する機会が無かったが……。せっかく来て何もせずに帰るのは勿体ない。少しばかり相手をしろ」

「は、はい。よろしくお願いします」

 

 と、言いながら拳に力を込め、中国拳法の映像で勉強した構えを取る。

 様々な映画が基本になっているので正式な型とは言いがたいが、それでも見よう見まねで鍛錬は続けていた。

 


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