ラナークエスト 作:テンパランス
モンスターとして現界しているので自分の自我は持ち合わせておらず、自動的な思考に支配されている。それでも生物的にこの戦いをとても嬉しそうに感じている、と周りから見た限りでは彼女の表情は笑顔に変化していた。
槍を器用に振り回し、立花を
獲物をどうやって仕留めようかと思案しているようだ。
「
立花の目の前で尋常ではない足捌きで一気に地面を滑るように後退していく。
その動きを見た立花は『速い』と驚いた。
ただ足が速いのとは違う。
明らかに人間離れした速度だ。その証拠に地面を軽く
相当の脚力か、特殊な技なのか。
「軽くお前の強さを見てやろう」
立花を中心に半径十メートルの円を描くように駆け始める
このまま行けば分身するのではないかと立花は思った程だ。
「!?」
綺麗な円だけではなくジグザグにも動き始める。
「
「……いやー、素直に動きが速くてビックリしました」
本当に素早く動くさまは変身していない状態で見ると非常識だな、と。
飛んでくる弾丸を拳で撃ち落したりした自分も大概だとは思うけれど。
遠くから見ているターニャも
明らかに人間が出せる速度ではない、ように見える。
特殊な歩法というのは聞いた覚えがあるが、実際に目にすると驚愕ものだ。
もし自分なら絶対に接近戦は挑まない。元より遠距離戦を得意としているから当たり前だが、と思わないでもない。
「目を瞑って動きを読む、とか思っているわけではあるまい? この
「……あらら」
大抵は
それには確かに自分の動きを制御できない、という条件が必要だ。
そうでなければ相手の拳にわざわざ当たってくれるわけが無い。
「おっと……、忘れておったわ。一応、戦闘開始だ」
「はい」
立花の周りを回る事をやめた
「我はモンスターゆえ疲労とは……、
強者の
長い槍で攻撃しようと思えば、いつでも出来る筈なのに武器は未だに使ってこない。
モンスター的には既に攻撃していてもおかしくない。なのでターニャは不思議だなと思った。
「広い戦闘空間が手に入った。では、本格的に始めようか」
霧が晴れたカッツェ平野。
冒険者達も驚く見晴らしのいい空間に息を呑む。
霧が晴れるのは一年でほんの数回。その時期にめぐり合うのは地元の人間でもなかなか無い。常駐している兵士でもない限りは。
「一般的な殺し合いでも構わんが……。そちらは手合わせ程度に捉えるが良い。
振り回した槍は一瞬で消え、無手の状態になる
それでも無謀に突っ込めば手痛い反撃が予想される。
相手は戦いなれたモンスターの筈だ。
† ● †
立花は今の状態のまま戦おうとは思っていない。
さすがに怒涛の行動に驚いたけれど。
首から提げたペンダントを取り出して、目を瞑る。
「バ~ルウィ~シャル、ネスケル、ガングニール、トロ~ン……」
聖詠を唱え、アームドギア『ガングニール』をまとう。
相手が無手になってこちらがシンフォギアをまとう形になってしまい、少し申し訳ない気持ちになったけれど、軽い戦闘だと思って雑念を振り払う。
おそらく只者ではない。走法を見てもかなりの実力者である事を認める。
「よろしく、お願いしますっ!」
ドン、と地面を砕くように一歩踏み出し、二歩目で一気に相手に肉薄する立花。
「存分にかかって来い」
立花の最初の一撃を
柔軟な身体から繰り出される体術は歴戦の戦士である証し。
映像を見た程度の
急な変身に冒険者達は驚きで言葉を失ったが、ターニャも改めて立花の変化に感心する意味で驚く。
「はっ! てやっ!」
二撃目。三撃目と拳を繰り出すが当たらない。
撃ち出される拳から衝撃波のようなものが発生しているが
「……ぐっ」
攻撃が読まれている、というよりは見えているのかもしれない。
少なくとも常人には視認が困難な速度になっている攻撃だ。それを苦も無く
「そんな大振りな攻撃ばかりではすぐにバテるぞ」
苦笑気味に言う
確かに彼女の言う通りだ。だが、攻撃が当たりさえすれば、と思ってしまう自分が居る。
可能性の話しでは中々前に進まないものだ。
腕のギアを変化させつつ突進力を上げる。
装着しているシンフォギアはある程度は自分の意思によって変化を付ける事が出来る。
意志の強さで巨大な拳にすることも可能だ。
あくまで感覚的に
「ファイっ!」
気合を入れつつ歌う立花。
小技を絡めつつ接敵戦闘を繰り出す。それでもなかなか当たらない。
対格差があるとはいえ、簡単に躱されると不安になる。
いや、これが強者の実力かもしれない。
「
不敵な笑みを浮かべつつ柔軟な身体から高速の蹴りが飛んでくる。それを咄嗟に防御する立花。
ビシィっ。
軽い一撃に思えたはずなのにギアを通じて伝わる衝撃に身体全体が痺れる。
巨石をぶつけられたものに似ていた。
地面を削るように吹き飛ばされるも態勢はなんとか維持した。
「うわっは……。強烈……」
「あっははは! その程度で驚いている場合では無いぞ」
ターニャから見ても今の一撃は腕が折れていてもおかしくない、ように見えた。
自分であれば防御術式に意識を集中しなければ複雑骨折は確実だ。
速さで言えばまだ全力では無い気がする。
一対一で戦うような相手ではないかもしれない。
ガン。ゴン。など肉体が奏でるような音というよりは鈍器で殴りあうような感じだ。
圧倒的に立花が押されている。
気弱な姿ばかり見ていたので本来の彼女の強さが分からないが、攻撃を
確実に一撃一撃を当ててくる体術を駆使している。
変身しても防御が精一杯なら
「……あれ……。うっ、ぐっ……。武装しているように見えないのに……」
戦車の砲弾すら弾く立花の拳が引き締まった程度の女性の脚に押し留められている。
生身の身体にしか見えないのに。
「肉体強化はモンスターの基本ステータスだ。別に不思議なことは無い」
「……えー……」
「あまり手加減しては
反撃したいけれど攻撃が重くて中々攻勢に転じられない。
こちらの拳を膝で普通に防御したりするし、どういう肉体をしているのか。
口だけではなく、本当に強い。
この調子では『絶唱』でも使わないと反撃の糸口が見えないのでは無いかと思うほどだ。
短期決戦で勝てる気はしないけれど、更なる強さは必要だと感じた。
それゆえに
弱音を吐くには早いけれど、こちらの攻撃が殆ど通じない。
これで手加減ならどうしようもない。
「……ふむ。やはり槍が無いと調子が出んな」
ニメートルほどの長さの細身の槍。
「それ」
と軽い調子の言葉の後で鋭い突きが襲ってきた。
素早く手甲部分で弾こうとしたが素手で鉄を殴ったような硬さを感じた。
「!?」
ただの突きなのに重い。
砲弾以上の強さがあるという事か、と。
いや、それよりもシンフォギアをまとっているのに防御があまり通用していない、気がする。
「……立花。そいつに勝てそうか?」
ターニャはあえて尋ねてみた。
どう見ても立花では勝てない気がする。いや、一人では、無理かもしれない。
連携して油断を誘うべきか。それともたくさんの
様々な事が脳裏を過ぎり、戦闘に参加できない。
少なくとも手助けできるような状況ではない。
「……いやあ、正直に言いますと……。無理かな~と」
今のままでは勝てる気がしない。それが分かった。
本物の武術の達人を相手にしているような気分だ。
立花が諦めの声を上げると
「諦めるのか、挑戦者」
「諦めたくはありませんが……。貴女は強い。それがよく分かりました」
「当たり前だ。私は強い。だが、そんな私を倒せなくては情けないことこの上ない」
武人らしい言葉に立花は呻く。
確かにそうなんですけど、と現代っ子のように呟く。
自分の師匠である『風鳴弦十郎』といい勝負が出来るのではないか、と思う。少なくともノイズ以外の敵に対しては無敵ではないかという実力者だ。