ラナークエスト   作:テンパランス

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#071

 act 9 

 

 最初こそ受けきれた影の国の女王(スカアハ)の攻撃が少しずつ更なる重みを持って襲ってくる。

 短い打撃音から振動を加え、そのまま押し切ってくるようになる。

 シンフォギアをまとってさえ感じる痛み。

 肉体強化は立花も同じ。

 モンスターというだけでこうも差が現れるのか、と驚きの連続だ。

 

「……こんな所で立ち止まるわけには行かないよね……」

 

 いつも苦境に立たされて来た。

 だからこそ負けられない戦いがある。奇跡は何度でも起こしてみせる。

 今は仲間が居ないけれど、と言葉無き思いを胸に秘める。

 

「まだお手合わせ……、お願いしますっ!

「奇跡の一手か……。そればかりに頼っていては戦乱は生き残れない。お前に強くなれ、と言うのは酷かもしれないが……。嫌いじゃないぞっ!

 

 赤い槍を突き出す影の国の女王(スカアハ)に対し、拳で打ち返す立花。そして、そのまま奇跡への一手を使用する。

 胸に提げられた集音マイクへと変化したペンダントをスイッチのように押す。

 

「イグナイトモジュール、抜剣(ばっけん)っ!」

『ダインスレイブ』

 

 機械的な音声がペンダントから流れ、空中に浮いたそれ(ペンダント)は形状を変化させる。

 それはまるで蜂のように。

 鋭く長い針が出現し、立花の胸の中心に突き刺さる。

 そこから黒いエネルギーが湧き出して身体を覆っていく。

 シンフォギアの『暴走』を意図的に引き起こし、理性で制御する為のシステム。

 それが新たな力『イグナイトモジュール』だ。

 ただし、タイムリミットが存在し、長くは戦えない。

 破壊衝動という心の闇を具現化し、シンフォギア全体を黒く染めていく。

 全ての能力が底上げされる。

 一度暴走状態になると手がつけられなかったが今はタイムリミットが過ぎると能力が消えるだけとなっている。

 爆発的な能力向上に伴い連続使用はシンフォギア装者の身体に多大な負荷をかける。よって変身が維持できなくなるデメリットが存在する。

 

「ははっ。これは期待できそうだ」

 

 変身した立花に対し、影の国の女王(スカアハ)は臆する事無く槍を繰り出す。

 拳で打ち返す立花。先ほどよりも重くは感じない。

 力で負けていない、という事かもしれない。

 

「たあぁ~!」

 

 一気に詰め寄り拳を繰り出す。しかし、次の槍が襲ってくる。それを弾く。またすぐに槍が目の前に来る。

 

 カン! コン! ガン!

 

 金属同士の衝突音。それが少しずつ間断なく聞こえ始めていく。

 カンカンカン。またはガンガンガン、と。

 立花の速度が上がっても影の国の女王(スカアハ)の攻撃は更に上回る。それはつまり(スカアハ)はまだまだ実力が上がるという事だ。

 未知数の敵の攻撃に何とか追いつこうとする立花。

 

「あははは! やるじゃないか。もう少し遊ぼうか。全て打ち返してみろ」

 

 一気に速度が上がるが、見えないほどではない。

 迫り来る無数の槍を弾き飛ばす。

 普通ならそれだけだ。

 だが、影の国の女王(スカアハ)は只者ではない。

 (はた)から見ていたターニャは何とか見えていた。

 槍一本だったものが二本になっている事に。

 残像かと思ったが、そうではない。

 その内に三本になる。

 影の国の女王(スカアハ)は虚空から新たな槍を次々と取り出している。

 弾かれた槍は空中に投げ出されるが片方の腕には新たな槍が握られる。

 飛ばされる速度と出現させる速度がどんどん速くなり、いつしか数え切れない本数となって立花を襲っていく。そして、それらに気付いているのか、全て弾き返す立花。

 目で追う事が難しいくらいの攻防だった。

 

 ドガガガ!

 

 もはや助太刀も出来ないほどに滅茶苦茶な状況となっている。

 普通なら一本の槍で無数の突きを繰り出すものだ。それなのに影の国の女王(スカアハ)は数で圧倒しようとしている。それはある意味では卑怯だ。

 だが、それでも口出しできない凄さを感じる。

 百本以上の赤い槍が空中に乱舞しているにもかかわらず、感覚だけで新たに出現させたり、近くにある槍を掴んで繰り出したりしているのだから。

 そして更に驚愕なのはそれだけの本数にもかからず、未だに一本たりとも地面に落ちていない。

 つまり全て使用している。と、思ったがそんな筈は無い、という思いもある。

 出せる槍ならば消せもする筈だ。

 どれくらいの数があり、どれくらいの槍が消えたのか、全く分からないけれど。

 とにかく、凄いの一言に尽きる。

 そして、思う。

 こんな敵がまだ他にも居て、どう倒せばいいというのか。

 

「絆~に変えて~!」

 

 迫り来る無数の赤い棘それらを歌いながら迎撃する立花。

 一撃一撃が重いのは分からない。だが、問題なのはまだ自分の攻撃が相手に届いて居ない事だ。

 前進出来ないほどの物量。

 イグナイトモジュールを使ってもまだたどり着けない境地は驚嘆ものだ。

 月の欠片の落下を防いだ自分に不可能は無い、と言い聞かせる。

 

「これ以上の奇跡は……お前に負担を強いるか……。それはそれで残念だ」

「ま、まだ行けます!」

「ここまでの攻防でも見事だと思うぞ。だがまあ、そろそろやめにしようか。若い挑戦者を無闇に死なせては実に……、勿体ない」

 

 無数にあった槍が一斉に消失し、壁が無くなった事で立花の態勢が前のめりに傾く。

 

「だが、最後の一撃勝負と行こうか。これは単にお前の挑戦に敬意を表するものだ。受けるも良し。避けるも良し、だ」

 

 シンフォギアをまとってさえ息が上がるほどの攻防を繰り返した立花は相手の言葉にただ頷く。

 イグナイトモジュールのタイムリミットもそろそろ切れる頃合。

 短時間とはいえ、一時間ほどの攻防に思えた。それほど体感的に長く感じた、という事だ。

 

「我が槍は呪いの魔槍ゲイ・ボルグ。その一撃を受けてみよ」

 

 後方に宙返りし、立花から距離を取る影の国の女王(スカアハ)は言った。

 

「よ、よろしく、お願いします。私の拳はガングニール。貴女の槍を見事に撃破して見せますよ」

「……ケルト神話赤き槍……。相手に不治の傷を与えるという……」

 

 ターニャは赤い槍(ゲイ・ボルグ)の名前で相手の正体にようやく合点が言った。

 伝説の存在にして()()()英雄の師匠でもある影の国の女王(スカアハ)は正しく強敵だ。

 

「本来は投擲(とうてき)するのだが……。さて困ったぞ。お前に合う技が思いつかん」

 

 腕を組んで首を傾げる影の国の女王(スカアハ)

 うんうん唸りながらその場をグルグルと回ること五回。

 

「……よし、()()()投擲(とうてき)にしよう。挑戦者よ。見事この槍を弾き飛ばしてみよっ!

 

 新たに出現させた槍が複数混ざり合い、太くて長い得物に変化する。

 

「はい!」

「傷のことは気にするな。そんな無粋な真似はしない。……では、行くぞ?」

 

 更に数歩後退する影の国の女王(スカアハ)

 最終的に変形したゲイ・ボルグは全長十メートルほど。直径五十センチメートルは超えただろうか。

 極太の赤き魔槍ゲイ・ボルグを平然と片手で掴む影の国の女王(スカアハ)は不敵に微笑んだ。

 それを迎え撃つのは小さな身体のガングニール装者立花響という少女。

 右腕のガントレット状のギアから渾身の一撃を叩き出す為に弓を引き絞るような形状に変化。後方に棒状のものが伸び、腕内では歯車を形成し、それが激しく回転する。

 

          

 

 頭上で軽く数回転させるだけで周りの者に畏怖を与える魔の槍。

 

「穿ち……、突き抜けろ……。我が魔槍……」

 

 影の国の女王(スカアハ)から表情が消える。そして、放たれる一射。

 

「ゲイ・ボルグっ!」

「ぶっ飛べ~っ! ガングニールっ!」

 

 双方の一撃必殺がぶつかり合い、一瞬だけ閃光が走る。

 軋む音が両者から響き渡る。

 立花は力を込め、懸命に押し戻そうとした。だが、太い槍はびくともしない。

 拳を巨大化させ、後方にエネルギーを噴射する。

 

「アー!」

 

 両足からも推進力を発揮する為の変形が(おこな)われていく。だが、それでも押し戻せない。

 離れた位置で見守っていたターニャは自然と手に力を込めていた。

 久しく忘れていた感動というものかもしれない。

 熱い戦いは見ている限りにおいて心躍るものだ。そして、それは避難作業していた冒険者たちも一緒で、更には現場に居る他の冒険者達にも伝播していたようだ。

 誰もが激闘を見守っていた。

 この真っ向勝負の行方を。

 かたやモンスター影の国の女王(スカアハ)を。

 かたや名も無き冒険者の少女を。

 

「負けるんじゃねー!」

影の国の女王(スカアハ)っ! 槍投げただけで終わりか!」

 

 応援する者。罵倒する者。

 たくさんの声が木霊(こだま)する。

 

「……押し返せない……」

 

 推進力は上がっているはずなのにびくともしない影の国の女王(スカアハ)の槍。

 むしろ後ろに押されている。

 勢いが全く殺せない。

 

「世界が違うから? フォニックゲインが足りないから? そんな理由で……、負けたら……笑われちゃうよね」

 

 歌がある限り自分はまだ戦える。

 だが、この世界には歌が足りない。

 周りの応援は聞こえているし、ありがたいのだが。

 圧倒的に数が足りていない。

 

「それでも無理を通さなければならない戦いがっ! あるっ!」

 

 言葉では強がってもイグナイトモジュールの限界時間が迫っていた。

 槍一本で苦戦しては次の戦いに備えられない。

 

「弱い事を悪だと思うな、挑戦者。強くなる可能性があるならば、それはお前の祝福だ。我らは強さに限界がある。……モンスターだからな。下積みの無い強さは実に……、滑稽ではないか」

 

 回転する槍を撫でる影の国の女王(スカアハ)

 

「この戦いに勝ち負けは不要だ。どちらであれ、影の国の女王(スカアハ)姉さんはお前の健闘を讃えよう」

「……あ、ありがとうございます」

 

 褐色肌の槍兵(ランサー)は心底嬉しそうに微笑んだように立花には見えた。

 では、期待に応えなければ申し訳ない。

 

 イグナイトモジュール、抜剣。

 

 三段階のセーフティの二番目までを解放。

 更に勢いを増すが槍は押し戻せない。というより最初に止めた時点で奇跡、という事かも知れない。

 そう思わせるほど相手の攻撃は強烈だと知った。

 

「……希望の歌っ!」

 

 それでも後には引けない。

 その時、繰り出した右腕の無手のアームドギアがひび割れていく。

 

「なっ!?」

「立花っ! もうやめろ! 今回は敗北で構わん! これは殺し合いではない!」

 

 ターニャは危険を察知して叫ぶ。

 彼女の声を聞き、手を引き戻す選択が浮かんだ。だが、それでいいのか、という疑問もある。

 逃げるのは簡単だ。

 

「……最後まで抗って見ますよ。……大丈夫。まだまだ私は強くなりたいですからね」

 

 ギリギリまで好きにさせてもらう。

 立花が決意を胸に秘めた時と同じ頃、新たな音が響き渡る。

 

「愛、など見えないっ! 愛、などわからぬ! 愛、など終わらせる~!」

 

 戦場に響き渡る歌声。

 

!? この歌は……」

 

 上空から光り輝く螺旋の衝撃が数条、猛回転するゲイ・ボルグに巻きつく。

 

まさか! キャロルちゃん!?

「ふんっ。誰だか知らんが……。それがオレの名か?」

 

 空から降りてきたのは紫の意匠の戦闘服。

 背中から翼のように生えているのは数本の紫色の板同士の間に複数の弦が張られた楽器のようなもの。

 ツバの広い帽子は魔女が被りそうなもの。その帽子の前面部には赤、水色、黄色、緑の四色の菱形宝石が乗っている。

 

「なんだか分からんが……。すこぶる腹が立つ」

 

 背の弦をそれぞれ爪弾き、極細ワイヤーとして手から放つ。

 それらは回転する槍に巻きつき、火花を生じさせる。

 

七十億の絶唱でも止められんか」

「だ、駄目だよキャロルちゃん! 想い出を焼却するようなことはっ!」

 

 叫ぶ立花。新たな登場人物に驚くその他の面々。

 ターニャも『誰だ?』と首を傾げる。

 新たな助っ人であればありがたいが、よく分からない戦いになってきたなと苦笑する。

 

「心配するな、シンフォギア装者。今のところ能力の行使に支障は無い。……だが、無尽蔵というわけではないかもな……。折角の力だ。適度に使いこなして見せようぞ!

 

 自分の知らない()()()の意思の介在か、と()()()()という女性が呟く。

 

「……しかし、絶唱に匹敵する筈のエネルギーですら通じないとは……。()()は何なんだ?」

 

 ワイヤーも途中で切れてしまう。

 新しい世界に身体や力が慣れていないのか、それとも通じない概念でもあるのか、と。

 

「焼き消して~!」

 

 キャロルが新たにエネルギーの本流を打ち出した。そしてそれを待っていた、とばかりに立花が吼える。

 

「S2CAツインブレイクっ!」

 

 あらん限りに叫び、キャロルの力を上乗せしたエネルギーで対抗する。

 腕は壊れるかもしれない。けれどももはや止められない。

 ならば、押し通るまでだ、と。

 

 瞬間、世界は真っ白く輝いた。

 

 それから少し経って音が無い事に気づいたのはターニャだった。

 膨大なエネルギーが爆発したように輝いた後、衝撃波のようなもので吹き飛ばされたのは覚えている。

 炎のような熱さは無かったので他の冒険者達も無事だとは思うのだが、盲目状態なのか周りがよく見えない。

 それから数分後に視界が戻ると腕を押さえている立花の姿があり、勝負が決したようだと思った。

 

「……槍は……攻略できたのか……」

「……たぶん。でも私達の完敗かも……。……痛て……」

 

 打ち出した右腕が()()()()()()()()()()()()()()

 それだけではなく右耳の喪失と口が裂けていた。辛うじて右目は無事だが、酷い顔になっていた。

 対面に居る筈の影の国の女王(スカアハ)は健在。よって立花の敗北が決定した。

 もとより勝てるわけが無かった、のかもしれない。

 それでも誰も嘲笑の声は上がらない。

 戦士の健闘を侮辱出来るのはきっと敵だけだ。

 

「見事なり、小さな挑戦者。だが、残念だ。あの程度の攻撃に苦戦とは……。もっと私には奥の手があるというのに……。だが、いい勝負だったぞ」

「ううっ」

 

 話し半分で立花としては顔や腕が痛くてたまらない。

 前にも腕がもげるようなケガをした事があるから意識はある程度、平静だがどうしよう、という危機感はある。

 前は確か暴走して何故か再生していた気がする、など色々と頭を働かせてみた。

 止血の為か、キャロルがワイヤーの何本かを立花の腕に巻きつかせていた。

 

「またいずれあい(まみ)えよう。……運が良ければな」

 

 影の国の女王(スカアハ)は自分の胸に手を突き入れ、心臓のようなものを取り出す。そして、血が滴り落ちる塊を平然と潰した。

 

「これは戦士への褒美だ。()()()()()はくれてやろう。あっははは

 

 笑いながら黒い塵となって霧散する影の国の女王(スカアハ)

 後には何も残らない。

 


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