ラナークエスト   作:テンパランス

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#074

 act 12 

 

 名残惜しいがあまり眺めていると精神的に良くないので、いくらリイジーとて(わきま)えている。

 続いて目的地に選ぶのは二の宝物庫プルートー』だが、すんなりと行けるのかは分からない。

 一つ一つの扉を確認しないと急にメイドが転移して現れるので。

 六の宝物庫ユーノー』から斜め方向の三の宝物庫ネプトゥヌス』に向かう。

 ここは上の階が培養室となっているところだが今はガランとした何も置かれていない空間になっている。

 そのすぐ下は大浴場であり死体洗いとも言われる場所だが、今は普通の浴場として使う事がある。

 湯気が立ち上っているが通る分には問題ない。進行方向にはいくつかの木の板が置かれているので。

 

「お風呂なのに通り道とは……」

一の宝物庫からも入れるのじゃが封印されておっての。ここからじゃなければ物騒な屠殺場に行かねばならんのでな」

「……名前からして物騒なのはわかりました」

「今のところ扉の封印は解かれているから、帰りもきっと大丈夫じゃ」

「……物凄く不安です」

「レオ姉、なんか奇妙な物体が浮いているぞ」

 

 と、クーベルが指し示す方向にレオンミシェリは顔を向ける。

 そこには小さな立方体のようなものがいくつか浮いていた。そこから水滴が垂れている。

 

「あれは鉢植えを置く足場のようなものじゃ。今は何も置いておらんが、前は花弁人(アルラウネ)があった」

「あるらうね?」

「人型をした植物モンスターじゃ。とても美人さんでの。今は『バレアレモンスター園』に移しておる」

 

 普通に話しているがミルヒ達にとっては全てが興味深い言葉だった。

 ここでどんな研究をしていたのか、今は何故放棄されているのか、など。

 聞いてみたい反面、聞くと恐ろしい予感もする。

 

「色んなモンスターがここには居たんですね」

「この裏では人には見せられないおぞましい実験とかしてたりな」

 

 あははは、と笑う雪音に対し、リイジーは否定しない。

 とはいえ、実際のところ自分で確認した事は少ない。それは地上で研究する事が多く、地下は(もっぱ)(まご)に任せていたからだ。

 この施設を作り上げた『アインドラ』の姓を持つ謎の貴族が全ての鍵を握っている。そして、自分は、というか自分達は『(アインドラ卿)』の姿が()()()()()()

 

          

 

 先行するリイジーに対し、雪音達は大人しく付き従っていたが勝手な行動をしない子供に対し、少し面白くない、と思わないでもない。

 こういう謎の施設にありがちな腕白(わんぱく)ぶりを久しく見ていない。

 孫も今は人の親。時代を感じると()()()は三十代のリイジーは残念に思いながら案内を続けていく。

 

「……(わし)の目を盗んで他の部屋に行かんとは……。お主ら随分と育ちがいいんじゃな」

 

 つい不満が口に出る。だが、それを悪いとリイジーは思わない。

 

「危ないことはしてはいけないと言われておりますので」

 

 と、丁寧に対応する月読(つくよみ)調(しらべ)。と、つい条件反射的にミルヒオーレはお辞儀した。

 言葉を発していないアデライド、クーベルにレオンミシェリも頭を下げていく。

 

「……一応、自己紹介の代わりデス……」

「……あははは」

 

 (あかつき)の言葉に苦笑するミルヒ。

 移動の際に誰が居るのか無言であれば確かに困る。

 雪音とマリアは当然居る。実はクローシェ達も居たりする。

 

「奏先輩と翼先輩以外は居るって書けば早ぇじゃねーか」

 

 それはごもっともな意見です。

 意外と賢い雪音。学校の成績も実はとても良い、設定があります。

 

「設定って言うな」

「知らない場所でわし達が話せる事など……、殆ど無いからのぅ……」

 

 猫耳で白い髪のレオンミシェリは言った。

 

「……おっと、一人称は『わし』じゃが女の子だ。……よろしくな」

 

 と、あらぬ方向に笑顔を向ける猫型獣人のレオンミシェリ閣下。ちなみに男は一人も居ない。

 獣人である自分達に恐れを抱かず受け入れた人間に無礼を働く気は無い。だからこそ大人しく付き従っている。

 クーベルはまだ十二歳の子供だから色々と興味津々で飛び出したい気持ちがあるのかもしれない。

 

「これでも領主見習いじゃからの。無謀なことはせんのじゃ」

 

 と、大きな栗鼠の尻尾を動かすクーベル。

 問題はずっと元気の無いクローシェだが、黙ってついて来て何も意見は無いものか。

 

「よく喋るモノローグじゃの。だが、都合のいい自己紹介はどうしても必要じゃて。そこの金髪娘。遠慮は要らんぞ」

「あ、いえ……。人気(ひとけ)が無くて少し……怖いという以外は……」

 

 特に閉鎖空間はクローシェの苦手とするものだ。

 それは幼少期に狭い空間に閉じ込められたトラウマがあるからだが、瑠珈が震える彼女の手をしっかりと握っているので叫びだす事態に陥っていない。

 

「この施設はそもそもモンスターを大量虐殺するような物騒な施設じゃ。今は見学できるように邪魔なものが無い、というわけじゃよ」

「はっ?」

「モンスターを本気で研究するにはこういう施設でも作らないと無理じゃ。そして、ここはその荒唐無稽を現実に再現した施設でもある。物騒な名称だからこそ誰にも作れない。もし、作れるものが居るならば、そやつは正しく超越者(オーバーロード)でもなければ無理な話しよの」

 

 よし、辻褄(つじつま)合わせが出来たぜ。

 

「……こらこら、モノローグがそんなこと言っちゃいけません」

「モノローグさんのお陰で説明がだいぶ省けるのですから、そこはありがたいと受け取っておきます」

 

 瑠珈の言葉にミルヒが続ける。

 

「言っておくが……。(わし)が作ったわけじゃないぞ。土地を借りたり、資材を借りたりしているだけじゃ」

 

 風呂場で長話しをしていると入浴していないのにのぼせそうなので次の部屋の扉に向かう。

 他の扉の確認は後でするとしてメイド達が現れないのが気になるところだった。

 

          

 

 大浴場から行ける二の宝物庫プルートー』の扉を開ける。

 ここは階層が吹き抜け構造になっていて天井が他の階層より高くなっている。

 元々、ここは金貨貯蔵庫だったが他のアイテムが取り難いという事で金貨だけ五の宝物庫に移す事になった。

 今は触媒アイテムと呼ばれる貴金属や宝石、マジックアイテムなどの製作に必要な物が壁に作られた無数の小部屋に納められている。

 触れるのが危険だと判断されている物はシーツで塞がれている、と聞いていた。

 そんな部屋の中心地に得体の知れない()()が居た。

 腕というよりは触手に近い形状の細い蔦。それは植物なのかどうかは不明。

 草や苔の集合体のような表現に困る姿のモンスターともいうべき存在だった。

 

「こんなところにモンスターが!?」

 

 と、リイジーは驚いた。

 普段は無人だったと聞いていたので。

 もちろん、たまに侵入する不届きなメイドが居る、というのは覚えていたが。

 どう見ても部屋に居るモンスターはメイドには見えない。

 

「この部屋の番人じゃねーのか?」

「番人は全てメイドの筈じゃ。後はうちの孫ともう一人の冒険者の者くらいじゃ」

「あんた。孫が居るのか?」

 

 居たとしても赤子じゃないのか、と少し疑問に思う一部の面々。

 問題のモンスターは壁に納められているアイテムを取り出そうとしていたのか、それとも元の場所に戻そうとしているのか。

 あるいは、自分の部屋として使っているか、だ。

 

「下水から来たわけじゃあるまいな」

 

 例えそうだとしても毎回点検するメイドが居る筈だし、報告が無いのはおかしい。

 人間嫌いのメイドとはいえ仕事はしっかりこなしているのは知っている。

 それを掻い潜るモンスターはとてつもない存在ではないか。

 少なくとも施設の守護を担う施設専用のメイドは尋常ではない実力者揃いだ。

 

「何者じゃ」

「初めまして」

 

 リイジーの問いに得体の知れない形状のモンスターが挨拶してきた。いや、そう聞こえるだけで別の何者かが潜んでいるかもしれない。

 

「ここを利用する許可を貰っている者です。メイド達も承知しているので私は襲われないんですよ」

「そ、そうか。どう見ても盗みに入った化け物にしか見えないのじゃが……」

「……まあ、人間から見ればそうでしょうね。改めて…、私は魔導国から来た『源次郎』という者です。毎回、物の整理の参考に利用させていただいております。……あと男です。……なんか……、ごめんなさい」

 

 女所帯に突如して現れた野郎。いや、男と言い張る化け物。

 

「……マジですいません」

 

 リイジーの知らない人間はたくさん居るけれど、モンスターと直接会話する事はあまり無い。

 だからこそ毎回緊張する。

 言葉を話すモンスターの全てが友好的とは限らない。だからこそ警戒するのは仕方が無い。それは魔導国も承知している筈だ。

 

          

 

 源次郎と名乗る奇怪なモンスター。

 リイジーにとっては初対面なので警戒態勢をすぐには取れなかった。

 確かに侵入者に対して厳重な施設に入るには()()が必要だ。後の可能性は天井を突き破る事だが、試しに上を見たが穴は見当たらない。

 

「……この施設の主は長年不在なのじゃが……」

「私がこうしてアイテムに触れても無事だというのが証拠です」

「……まあ、そうじゃな」

 

 封印されたシーツに手をかければメイドが現れる。それはごく最近でもしっかりと機能していた事は確認している。

 メイド達は現れてもすぐに行動には移さない。それは一定の条件があり、それを守る限りにおいて利用者に危害は加えない。

 例えば強引に押し通る真似をするとか。

 源次郎も条件を知る者ならばリイジーが指摘するまでもない。

 許可を得たものに対してマグヌム・オプスは寛大だ。だからこそ孫達がよく利用している。

 

「お主の様な化け物は初めてじゃが……。種族はなんじゃ? 毒とか撒き散らす奴か?」

「見た目は化け物ですけどね。偽装していた方が良かったですか?」

 

 (ほが)らかな声で喋る見た目は気色悪い源次郎。

 魔導国の一部のモンスターは確かに見た目は邪悪だが、会話は普通に出来る者がたくさん居る。

 特にリイジーから見た『アインズ・ウール・ゴウン』はとても腰の低い気さくな王様だった。

 そして、とても勉強熱心で研究にも多大に援助してもらっている。

 

「……他にも仲間がウロウロしていたりするのかの?」

「興味がある者は何人か」

 

 この施設の利用に関して絶対にリイジーの許可が必要なわけではない。

 外部の人間程度はリイジーが許可を出し、冒険者の中では()()()()()()()が自己判断で許可を出す事がある。

 

(わし)の関知出来ないことで何が起きるか責任は取らんからな」

「心得ております」

 

 丁寧な対応をするモンスターにリイジー以外の者が驚いていた。

 ここまでモンスターは流暢に対応するものなのか、と。

 

「……この辺りでは見かけんモンスターのようじゃが……」

 

 平原に居れば目立つ姿なのは確かだ。

 イメージ的には森の奥に生息していそうな感じだ。

 

「毒の沼地辺りには居るかもしれません。私の事は気にせずに」

「う、うむ」

 

 作業に戻るモンスターを横目にリイジーは客人を中に入れる。

 ここで慌てても対処出来るとは思えない。

 メイド達が現れないのだからモンスターの言葉は真実かもしれない。けれども素直に信じきれないのは初対面だから、だと思う。

 作業だけ見ると長い触手のような腕を器用に動かし、アイテム類を調査する研究者に見えなくはないけれど。

 野生のモンスターなら床面を濡らしたりするものだが、臭い等は無く清潔のようだ。

 

「……リイジー殿。出入り口は他にもあるのか?」

「いくつかある。上の階層とか、四方を部屋に囲まれておるから空が飛べれば何処からでも入ることは可能じゃな。封印されている扉は無理じゃが……」

 

 空を飛べない人間用に危ない扉は封印されている。

 元々金貨を貯蔵していた部屋でもあり、下の階層の扉は頑丈なもので出来ている。

 リイジーの案内で各人が部屋の中に入り、壁一面に作られた小部屋を覗き込む。

 梯子も設置されており、高い場所も昇れるようになっている。

 

「だからといって簡単に侵入できるわけではないぞ。一の宝物庫は今も入れない事になっておる」

 

 一の宝物庫ユピテル』は最重要施設となっており、地上と繋がっている施設も出入り口が封鎖されている。

 中身に関してはある程度公開されている。

 

魔導国の中ではゴウン殿でもないかぎり入れない事になっておる」

 伝え聞いた内容では人体標本があり、武具のアイテムも仕舞われている。

 七の宝物庫(ケレース)にも標本類があり、こちらもリイジーは入る事が出来ない。

 

「……人体標本……」

 

 聴いた瞬間に怖気が走る面々。

 

「モンスターもあるが……。人に見せられないから封印する。見世物にはできんわな」

「この施設を作った奴は何者なんだ?」

 

 物騒な単語ばかり聞かされている気がする。

 とはいえ、光り物が棚から出ると興味が移ってしまうけれど。

 

「意味も無く集めたわけではあるまい。単なるコレクターでこんな施設は作らん」

 

 物騒な施設ならまず国が摘発に乗り出す。

 宝があると分かっていれば盗掘目的の者も現れる。

 それが今まで何事も無いのはそもそもおかしい。その問題を解決したからこそ今もマグヌム・オプスは国のお墨付きで存在し続けられている。そして、隣国のバハルス帝国魔導国も承知している上で存在を黙認している。

 

          

 

 謎のモンスターが気になったクーベルは興味津々な子供らしく出来るだけ近付き、源次郎の様子を窺う。

 見れば見るほど気持ち悪いが悪臭は漂ってこなかった。

 粘体(スライム)というよりは水草の集合体のような身体で口は大きく、生物としては魔物に近い印象を受けた。

 

「……お主は宝石とか盗んでいくのかや?」

「一部のアイテムは借りていくだけですよ。貴金属は我々もたくさん持っていますから」

 

 床に並べられた宝石類は見慣れないものだが、触ると怒られそうなので見つめるだけにした。

 

栗鼠(リス)のお嬢さんは獣人(ビーストマン)とは違うのですか?」

「びーすとまん、とやらは存じ上げないが……。似た種族でもおるのかや?」

 

 源次郎から見てクーベルは栗鼠の耳と尻尾以外は人間の顔立ちをしていることに驚きを感じる。

 一般的な獣人(ビーストマン)は二足歩行する獣。まして毛深くない者はほぼ居ない。

 どう見ても人間が獣の振りをしているようにしか見えない。

 それはまるでマンガアニメで描かれるデフォルメされた存在のようだ。

 ミルヒオーレとレオンミシェリも同様に。

 可能性で言えば外装を与えられたNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)プレイヤーだ。

 プレイヤーでここまで可愛い存在は見た事が無い。単に知らないだけかもしれないが、源次郎の知識には無かった。

 彼女たちなら自分達の拠点に案内できるのではないか、と思うのだが()()()()()()()をしたのですんなりと事が運ぶとは思えなかった。

 いきなり招待するのも怪しいか、と今回は諦める事にした。

 

「……珍しい種族でごめんなさい」

「んふー、そんなことないぞ」

 

 小さな子供だと思うが可愛いな、と源次郎は思った。

 もちろん自分のNPCも可愛いけれど。

 本来のモンスターであれば臭いがきつい。無臭でよかったと思う。

 詳しく解説してやりたいところだが、敵の罠だと困るので秘密はちゃんと守らなければならない。

 

「……そこのリスっ子。あんまり近付くと食われちまうぞ」

「おお~、それもそうじゃ。じゃがまあ……、なんとなくこいつは人を襲うような暴れん坊には思えん」

 

 にこりと微笑むクーベル。

 レオンミシェリは変なものに興味を持って酷い目に遭わないことを祈った。

 


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