ラナークエスト 作:テンパランス
外に出た面々は当面の拠点として地上施設で生活する事にした。
殆ど利用者が居ないし、備蓄も充分にある。その上でリイジーが許可を出すことにした。
取り立てて滞在に関する制限は自分に任されていた気がしたので問題はない筈だと思っての事だ。
それから三日ほど過ぎると助っ人であるリイジーの孫という『ンフィーレア・バレアレ』と冒険者『イビルアイ』という仮面を被った怪しい人物が訪れた。
イビルアイは小柄な体型で、背中に青い薔薇が刺繍された純白のローブを頭から被っていた。
白い仮面にも青い薔薇が描かれている。そして、ローブの隙間からこぼれる金色の髪の毛を除けば肌の露出が殆ど無いいでたちとなっていた。
ローブ以外の服装は白とは真逆の黒。手袋も靴も黒。
普段は赤黒いローブを身につけている。
ンフィーレアは男性で薄汚れた外套と村人風の服装だった。
髪の毛は金髪。後ろで一つにまとめられている簡素な髪型。
「こいつが孫!?」
と、紹介が始まってすぐに雪音が驚いた。
どう見ても大人だったからだ。
「初めまして。見た目は若いんですが、一応僕のお婆ちゃんです」
聞けばリイジーは魔法で若返っているので知らない人は大抵が驚くという。
「そんな便利な魔法があるのか!?」
「あるようですよ。簡単に使えるほどではないので誰でもってわけにはいきません」
と、丁寧に喋るンフィーレア。
外見年齢は三十代後半といったところで一人息子が居るそうだ。
「施設の中はもう見ましたか?」
「……一応。とてもバカデカイ規模なのは分かった」
「観光で見せられるようなものはありませんが……。そういえば……、お連れ様がケガをしているそうですね」
「ええまあ……。肉体崩壊みたいなものらしいんですが……。治るものでしょうか?」
腕がもげて足腰が震えて立てない以外は悪化しているようには見えない。
食事も普通に食べているし、排泄なども出来ている。
「治癒担当は
と、イビルアイはレオンミシェリ達に向かって言った。
黙っているのが苦手なレオンミシェリは気分転換程度に運動がしたいと申し出た。
不安を払拭するには身体を動かすに限ると。
問題はボロボロの鎧を何とかしなければならない点だ。
「装備品の修復を頼んでみよう。それと……、お前たちの服も新調せねばな」
ほぼ全員がみすぼらしい格好だった。特に鎧を身にまとう者達は。
† ● †
改めて『マグヌム・オプス』に入り、何処からか持ってきた服装にそれぞれ着替えていく。
汚れてもいい村人の服だが、装備品の修復が完了するまでの間、借りる事になった。
「この階層は誰でも利用できる事になってはいるが……。既に見たなら説明は不要かもしれないが……、勝手に他の部屋には行くなよ。私でも命の保障は出来ないからな」
ノイズがかった音声でイビルアイは言った。
声では性別は判別できそうに無いが女性だと普通に答えてきた。
「仮面だから声が変なだけだ」
「そうですか」
「
一度案内されたのでレオンミシェリ達は迷うことなく屠殺場である
三日前と変わらず薄暗く、広大な部屋だった。
今回は部屋の壁付近に大きな箱があり、武器が見えていた。
数分後にイビルアイが現れて各々に武器を持たせる。
「最初は無抵抗のモンスターが出てくる。それを好き放題殺せばいい」
「こ、殺す?」
「殺害に抵抗があるなら……、もっと強固な奴を用意しよう。ここは命の尊厳など無に等しい。そして、我々は死なないためにモンスターを殺す。慣れろとは言わないが自分の命は粗末にするなよ」
いやに重みのある言葉にレオンミシェリ達は何も言い返せない。
この世界では命のやりとりは普通で、生きる為に他者を殺す。頭では理解出来ても自分達は果たしてモンスターを殺せるのか、という不安が大きくなる。
出来ようが出来まいがモンスターと戦う時に色々と学んでいけばいいと思うことにした。
戦闘に参加しない見学組みは風呂とトイレの近くに用意された椅子に座る。
それから数十分後に別の出入り口から様々な物体が姿を見せる。
小柄な怪物から少し大きめの動物のようなものが二足歩行していた。
レオンミシェリ達よりもはっきりと分かる動物的な外見を持っている。
「
空を飛びつつ現れたイビルアイがモンスターの説明を始めた。
それぞれ亜人種だが、12巻で発表された為に初お披露目される事になった。
「……じゅうに?」
「気にするな。それぞれ毒などは持っていないから普通に倒して構わない」
「い、いや。どう考えても倒しちゃ不味いだろう。これでもこの土地に住む原生生物って奴じゃないのか?」
と、興味本位でついてきた雪音が言った。風鳴は天羽の看病の為に不在だ。
「問題は無い。こいつらは複製という奴だ。もちろん、肉体的にはオリジナルの生物と変わらないが自我を持たない。この部屋は屠殺場だ。モンスターを殺す部屋。だからこそ、こういう事が出来る」
「……言葉では聞いていたが……、何とも恐ろしいところだな」
レオンミシェリは斧で近くに居た亜人の一体を軽く叩く。それだけで何故だが自分の心が攻撃されたように痛む。
フロニャルドでは決して殺し合いなどしない。
安全な戦争。
昔は本当の意味で戦争があった歴史は知っている。だが自分達の世代では血生臭い戦闘行為は禁じられているといってもいい。
だからこそ言い知れない恐れを感じる。
自分の大切なものが死にそうになれば確かにレオンミシェリとて武器を奮う。
「……彼らを殺す事に意味があるのか?」
「ある。強さを得るには殺すのが早道だ。私も最初は疑問だったがな。強者を倒してこそ本当の強さを得る事が出来る。それがこの世界の
意味も無くモンスターを殺す部屋など作らない。
意味があるからこそイビルアイはこの施設を使っている。
「技術を磨く事とは違う。綺麗ごとだけでは本当の危機に対処出来ないものだ。無理ならやめてもらっても構わない。強制はしない」
領主として民を守る為に武器を奮う。それはレオンミシェリとて分かっている。
「この施設を使うには覚悟が居る。楽して安全に強くなるなど夢物語だ。そしてそんな方法では真の恐怖の前では何も役に立たない、こともある」
イビルアイは魔法で
「!?」
「この国を守れるなら私は手を血で染めることも
黙って立ち尽くすレオンミシェリにイビルアイは優しく言葉を投げかけた。
それからイビルアイは立ち去り、新手のモンスターを複数体用意して戻ってきた。
「命の尊厳など無価値にする部屋だが……。慰霊碑はちゃんと設置してある。信仰厚い者はそこで
様々な葛藤があるかもしれない。
イビルアイの目から見て嬉しそうにしている不届き者は居ないようで少し安心する。せっかくまともな事を言ったのに変な邪魔が入れば苛立ちを覚えてしまう。
正常な人間なら戦えなくなっても不思議ではないけれど、自分にできることはこんなことくらいだ、と。
† ● †
数分から数十分ほど沈黙があった。
戦闘行為は無いが色々と悩んでいると思われる。それもまた経験なのでイビルアイは催促しなかった。
「綺麗ごとだけで全部解決するなら誰も苦労はしない」
苛立ちを覚えたのか、雪音がモンスターに向かっていく。
「動かないなら丁度いい
雪音は首にかけていたペンダント取り出す。
「キリター、イチイ~バール、トローン」
アニメ的な変身シーンがあるのがお約束だが、現実はほんの一瞬で完了する事が多い。
全身が一瞬光り、そして完成と。
イビルアイは初めて見る光景に驚いた。これは魔法なのかと早速、雪音に近付いて調査を始める。
「肉体変化ではないのか。硬質的な武具は何処から……」
「あー、あたしらの装備は機密ってことになってるんで。あんまり教えられねーんだ」
「そ、そうか。それは残念だ。ちなみに誰でも使えるものか?」
「いいや。これはあたし専用だ」
身にまとった
両腕に装着したガトリング銃を大人台のモンスターに打ち込む。
「おうおう、よく当たるぜ」
肉体に埋まる銃弾。そのすぐ後に爆ぜる。
レオンミシェリは酷い事を、と小さくつぶやきつつ現場から離れる。
文句を言っても何も出来ないのであれば邪魔者でしかない。
「あっさり倒れたけど……。死んだか?」
胸は確実に大穴が空いている。ここから驚異的な再生をすれば厄介だが一分ほど待ってみたがモンスターの身体に変化は無かった。
本来ならばノイズのようなモンスターを討伐するのが雪音の仕事だが、無抵抗の相手倒すのはやはり少し抵抗を感じた。
最初の一体を倒した後、次にとはいかなかった。
未知の世界でモンスターとはいえ無抵抗の相手を倒した事で気分が一気に減少した。
色々と体勢を変えてみるが雪音は弾を発射する事が出来ず、少し経って変身が解けた。
「……ノイズなら遠慮なくぶっ放せるのに……」
無抵抗という事が原因なのは分かっている。
敵意でもあれば戦う理由になったかもしれない。けれども、単なる強さを求めるだけでモンスターを倒していいものか、と。
「ここは訓練所だ。実際の彼らは人間を食料として襲ってくる。それでも戦えないか?」
「理屈は分からねーけど、敵を倒してパワーアップするのは分かる。……たぶん気分とかの問題だ」
ならばと、イビルアイはモンスターに動きを与える。もちろん、その方法は部外者には見せないが。
ただ立っていたモンスターが全て雪音達を威嚇し始める。
「おおっ」
二足歩行する山羊のモンスターがレオンミシェリに襲い掛かり、蹴りを放つ。
戦意を喪失していた彼女はまともに攻撃を食らい、壁際まで吹き飛ばされた。
「……戦う理由が出来ただろう? 抵抗しないと死ぬのはお前たちだぞ?」
イビルアイの言葉を受けて雪音は再度シンフォギアをまとう。しかし、思うように攻撃が出来ない。
弾は出しにくいがガトリング銃そのもので応戦する。
クーベルも指輪から銃を出してレオンミシェリを援護する。ただ、クローシェ達は抵抗する武器を持っていないのでモンスターから逃げ惑う形となっていた。
そんなクローシェ達をアデライドが守る。
「ケガ人は後で治癒魔法をかけてやる。安心してズタボロになれ」
「……鬼だな、お前」
言いえて妙だったのでイビルアイは軽く苦笑する。
客人とはいえ体験するからには少しは本気になってもらわないと世間の厳しさに負けてしまう。
死なせはしないが何か色々と得ていってもらいたい、というのは嘘ではない。