ラナークエスト 作:テンパランス
レオンミシェリは組み手のような訓練を。
雪音は迂闊に弾が出せないので物理攻撃でダメージを与える。
ラナー達は各々武器を持って、自分達にとっての強敵を倒していく。
彼女たちよりも実力が上の聖騎士団達には予め能力を底上げしたモンスターを差し向けていた。
これらは従来のモンスターよりも強い、事になっている。
倒し慣れている者には驚く事態となる。それと家畜用の牛だ。どう見てもただの牛にしか見えない。
イビルアイは前々から存在は知っていたが、この牛は
聖騎士達の攻撃にも一切動じない。軽く突進すれば簡単に武装した大人を吹き飛ばしていく強さもある。実際にバハルス帝国の騎士団を吹き飛ばした事があるとか。
「……なんだ、この牛……」
「剣が体表で止められてしまいますっ!」
「……魔法にもびくともしていない……」
パワーレベリングを使えばバカなことも可能になる、という証明かもしれない。
誰も彼も強くなれば強大な力が世界に溢れ、次第に地表を削ってしまう。
そんな危険性があると説明書には書かれていた。
極限まで強くなるのは
そんな予測が書いてあった。そして、イビルアイはそれが真理の一つであると感じた。
ある程度の強さは必要だ。それは否定しない。
施設を作った
何とか使えていると言ったイビルアイは彼らの強さを見届ける使命を帯びているような気がする。
だからこそ自分の強さは止めて、不死性も甘んじて受け入れている。
国の為に強くなる事は否定しない。強くなろうと考えても不思議ではないとイビルアイも思う。けれども世界を壊すほどの強さを求めてしまえば本末転倒だ。
世界平和の為に自分に出来る事を今も模索している。そして、それは魔導国の王アインズ・ウール・ゴウンも理解してくれた。
そうでなければ彼らはここを占拠し、あらゆるものを独占している。
それをしなかった理由は残念ながらイビルアイは分からない。けれども、何となく原因は
月を開拓しようと
その者の事を確実に覚えているのはイビルアイと『ナザリック地下大墳墓』の面々くらいかもしれない。
戦闘が始まってすぐにラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ達が思うように成果が上がらない事に気づくイビルアイ。
倒せないようなモンスターを差し向けてはいない筈だが、それぞれの
ひ弱な女性という事ならば仕方が無い、といえるかもしれない。
バハルス帝国の騎士レイナース・ロックブルズを以ってしても武装した
レベルは12ほど。難度で言えば36。
倍近い差が厳しさを伝えている。
もう少しランクダウンしたモンスターを送ってみようと思い、部屋を移動する。
現在のところイビルアイが入れる部屋に制限は無い事になっている。
一部はいちいち現れるメイドの許可が必要だが、進入禁止にはなっていない。
後をつけてくる者が仮に居たとしてもメイドが決して侵入を許さない。それは例え不可視化や不可知可した者であっても。
圧倒的な強さを持つ護衛のメイドの能力によるもののようだが、これらを処分できる存在はイビルアイが知る限り、施設の
それくらい強固であり、強大な強さを有している。
自我を持っていないので勝手に世界を滅ぼしに向かう事は無いと思うが、悠久の存在というものは虚しさを与える。
「………」
地下世界とは思えない高い天井を有する。
二階層とはいえ数百メートルの高さがある。城の通路も天井までそれなりに高いのだが、それでも十メートルも無い。
壁はどの部屋も共通で飾り気の無いものになっている。無理に絵画を設置することも出来なくはないが、一般人が観賞に来る事は無いので無駄な行為とも思える。
この部屋は広くて高い空間になっているが、今は
単純な積み重ねではなく、一つ一つ魔法による浮遊効果を与えられた金属板に乗せられている。
増減が激しい倉庫となっているので正確な数は知らないけれど、相当な数の容器が並べられているのは間違いない。
容器一つが人間一人分という単位となっている。それが移動の為の隙間が空いているとはいえ異様な雰囲気を醸し出している。
「イビルアイ様。ご機嫌麗しゅう……」
と、挨拶してきたのはこの階層を点検している魔導国の一般メイドの一人だ。
挨拶は大事と教えられているので声かけは
不意に激突しないように、という意味合いもあるので顔は少し不満がにじむがアインズ・ウール・ゴウンの命令なので従っている。
「三人体制だったか?」
「現在は五人でございます」
「了解した」
本気で施設内を点検するには相当な時間と労力が必要だ。それに対して毎日ように点検するのは不意に動き出す献体が出るかもしれない、という危惧からだ。
少なくとも点検するメイドが居るおかげで不測の事態は起きていない。いや、起きたとしてもすぐに対処できるようになっている。
† ● †
容器の中身は人間が入っていたり、モンスターが入っていたりと様々だ。
種類別に並べられていないのは入手時期が影響している。
後で整理整頓しようと思ったけれど数が増えて移動できなくなった、みたいな感じに見える有様となっている。
無理に移動させようと思えば出来なくはない。
ただ、どう並べれば綺麗に収まるのかなかなか結論が出せない。
それは色々と小難しい理屈があるのでイビルアイは長く魔導国と議論を交わしていた。
種類別は基本だとして、出身別。性別や容姿。かかっている魔法の質の違いに個体の大きさ。
取り出しやすさに強さ別、と。
本気でやると大々的な大工事になり兼ねない。とてもイビルアイ一人では難しい事態となっている事は理解した。
ある程度は整頓されているとはいえ強さ別ではないので目的の容器を探すのは意外と大変だ。
第三位階である『
落下防止の為の安全器具も付けられているという親切設計。
「地図があっても……、ここはやはり広いな」
平面の広さではなく立体的に広い。
容器一つ取り出すのも意外と疲れを感じる。もちろん精神的にだが。
魔法による加護で移動する事自体はメイドのような非力な者でも出来る。
「……ご主人はこれらをどうやって月に運ぶつもりだったんだろうか……」
「転移魔法では?」
イビルアイの独り言に応えるメイド。単に聞こえたからだと思われるが返答があった事に驚く。
「転移魔法だとしても……。同規模の広さを用意しないと……」
方法は簡単かもしれない。しかし、それを可能とするには様々な問題がある。
だからこそ転移先の施設の建造が必須であり、膨大な時間がかかっている。
安易な方法の裏には人知れずの努力がある事をイビルアイは
感心ばかりしてはいられない。
簡易的に作成した地図を見ながら目的の容器を探す。
ちなみに全て寝台型。人間型のようなものが多いので。
大型モンスターは地下一階にいくつかある。
「そろそろ取り替え時期にさしかかったものもあるな」
特によく使用する献体は定期的に入れ替え作業をする。絶対に入れ替えなければならない、という事は無い。気分的な問題だ。
同じ献体を使い続けるデメリットとして身体の構造が少しずつ崩れのでは、と考えられている。だが、今のところ問題は発生していない。
発生していないからとて安心は出来ない。
そうして容器類の確認をしているとメイド達の驚く声が聞こえてきた。
普段は大人しい彼女たちが驚くのは不測の事態とアインズの訪問。階層守護者などの地位の高い存在の出現。それともう一つはアインズに匹敵する存在が現れる時だ。
百メートル以上も離れているところからの音声なので正確な言葉は聞き取れないが、悲鳴ではないようだ。少し似ていたけれど、慌しく動く音は今も聞こえている。
本当に危機的状況の場合はもっと大きな声で『退避』などと叫ぶらしい。
上へと続く階段から何者かが降りてきた。それを数人のメイド達が急いで整列して出迎える。
イビルアイはメイド達に
† ● †
姿を見せたのは死体のような色白の色合いで生者とは到底思えない質感を持つ身体。
頭から飛び出ている触手のようなものが何本か見えた。そして、軟体生物のような身体を拘束具のような黒い皮ベルトで締め上げていた。
顔は人間ではなく、大きな目はあるけれど、それがどのような生物なのかイビルアイは表現に苦慮する存在だった。
カツン、カツンと硬質的な音を鳴らしつつゆっくりと降りてきたのは魔導国に籍を置く『至高の四十一人』と呼ばれる者の一人『タブラ・スマラグディナ』だ。
種族は『
「いらっしゃいませ」
社交辞令としてイビルアイは現れたタブラに声をかける。するとメイド達が一斉に睨むような顔を向けてくる。
至高の存在に勝手に声をかけるとは不敬な、と言わんばかりだ。
またはお前のような下等な存在が声をかけてもいい御方ではない、かもしれない。
イビルアイとしては毎度のやり取りなので平然としている。というか、ここは自分達の
「お邪魔しますよ。メイド達も彼女を睨むのはやめなさい」
穏やかな男性的な声が聞こえてくる。
声質は少し渋めで耳障りがいい。
博識で様々な事柄に精通しているので、研究者として色々とタブラに助言を貰っている。とても人当たりが良く、姿を除けば好感の持てる存在だとイビルアイは認識している。
「今日はいくつか献体を調べようと思いまして」
「そうですか。何か入用であれば、こちらのメイドを呼びますが?」
「いえ、それには及びません。自前で運びますので」
タブラ達、魔導国の者は今日が初めて、というわけではない。
既に勝手知ったる他人の家のように行き来している。それに関してイビルアイは文句はあまり言わない。
一般の研究者が使う
説明書と大して違いは無いが、運営方法のいくつかが書かれたものは今も大事に仕舞っている。
「私は所用がございますので……」
「場を荒らさないように致します」
イビルアイの言葉に丁寧に対応するタブラ。
言葉は優しいが見た目に変化が無いので感情が読みにくい。他の至高の存在も似たようなものだが、声の感じで読み取るしかない。