ラナークエスト   作:テンパランス

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#087

 act 25 

 

 タブラと別れ、必要な献体が入った容器を床に下ろしているとまたもメイド達が声を荒げた。また来客のようだ。

 今日は忙しいな、と思いつつ一応顔見せ程度の為にメイド達の下に向かう。

 今度は背中に鳥に似た大きな羽が生えた亜人のような存在で、種族としては異形種だと言われているが区別しにくい姿に混乱する。

 『鳥人(バードマン)』という種族の『ペロロンチーノ』だ。

 顔は仮面を被っているが素顔は猛禽類に似ていて(くちばし)があり、身体全体は羽毛に包まれていた。

 

「やっ、暇つぶしに来たよ」

 

 気さくな挨拶をするペロロンチーノ。

 イビルアイはどうも彼に気に入られたようだ。

 

「……私に(かま)けているとあの吸血鬼(シャルティア・ブラッドフォールン)が嫉妬の炎を燃やして面倒臭くなる」

「それはそれで可愛いんだよ、あの子は」

「……むぅ」

 

 タブラと入れ替わるように床に降り立つペロロンチーノ。

 彼の素足は鳥と同じだが魔法の靴を履いているのか、タイルの床でも滑らないようだ。

 先ほどのタブラも(かかと)の高いヒールのようなものを履いているのだが、滑りやすい筈の床をものともしない。

 

「向こうではたくさんの人間が鍛錬している。魔導国の者が顔を見せると混乱するのでは?」

「そのようだね。でも、帝国の人が居るし、大丈夫じゃないかな。魔導国は他国に圧力はかけていないから」

「……私に止められる気がしないのだが……。自己責任で願いたい」

 

 それと監視しているらしいが大浴場は覗かないと約束している。しかし、その約束は何処まで信憑性があるのか、イビルアイは分からない。

 こっそり覗いていた場合は女性陣たちの袋叩きは覚悟してもらおうと。

 

「……カ●●ムシャルティアと絶賛散歩中だし……」

「……私は聞こえなかった、という事にする」

「ありがとう」

 

 合間に聞こえるメタ発言。

 専門用語だと思えば気にならないが、分かってしまうと少しイラついてしまう。

 無知は幸せ、と誰かが言っていた気がするが、とイビルアイはため息をつく。

 

          

 

 容器を運ぶのをペロロンチーノが手伝うと言うとイビルアイよりもメイド達が先に慌て始めた。

 魔法的加護により非力なメイドでも動かす事自体は出来る、という親切設計だがペロロンチーノにやらせた方が安全度が高まる気がする。けれども、至高の存在を働かせたくないという思いがメイド達にはあるようだ。

 

「メイドがうるさいから結構だ。先に屠殺場に行ってはどうか?」

「えー。つれないこと言わないでよ。折角来たのに……」

 

 と、言いながらペロロンチーノはメイド達に顔を向ける。

 確かにイビルアイに構うとメイド達がうるさくなる。

 自分の立ち位置というものはとても面倒臭いな、とため息が出そうになる。

 もちろん、手伝う気はある。可愛いイビルアイの素顔を拝む為ならば多少の労力は惜しまない。

 

「……魔導国に肩入れしすぎると私の立場がよろしくない事になるのだが?」

「お、おう。その辺りはちゃんと考えるよ」

 

 イビルアイとしては変な(やから)に好かれてしまったな、と軽い頭痛を覚える。

 その点、アインズの場合はベタベタしてくることはないし、真面目な所は好感が持てる。

 ()()では小物的な振る舞いが多いけれど。

 

「せっかく来たんなら手伝ってもらおうか」

「もちろんだとも」

「……調子がいいな、全く……」

 

 イビルアイは肩をすくめつつ鍛錬に使う予定の容器を選別していき、一つずつ加工する為に六の宝物庫(ユーノー)の地下二階に運び込む。

 本来は羊皮紙製作羊毛を刈る時に使う部屋だが、誰も利用していないし、加工も停止状態なので解体作業を広くするには適した環境となっている。

 血などを浄化する作業台のようなものもあるので。

 次々とペロロンチーノ達によって運ばれる容器類。現場には専門のメイドが控えている。

 上に昇る階段には封印処理を施しているので一般人が降りて来る事はない。

 魔導国のメイドは人間の惨殺現場に恐怖を覚える事はなく、解体される肉の塊に対して調理して食べてみたいな、という欲求を覚える。

 我慢できずに食いつくようなはしたない事はしないが人造人間(ホムンクルス)の彼女達はとても食欲旺盛だ。

 

「何から何まで作業できる現場を作るとは……。ナザリックも見習わないといけないのかもしれない」

「……こういうのは見習ってほしくないな」

 

 明らかに現場は倫理観が欠如している。

 生命を冒涜(ぼうとく)している。

 様々な負の感情がイビルアイの中で生まれるが、それくらいのことをしなければ自然界で終わりなき殺戮を繰り返す羽目になる。

 むしろこの現場のみに責任の所在を集約した事こそ素晴らしいと思わなければならない。

 それでも最初の頃は葛藤した。

 罪人を殺してきたイビルアイとて命の尊厳を冒涜する行為には抵抗を感じた。今は感覚が麻痺したから平気になった、というわけではない。

 誰かがやらなければ無為な殺戮が繰り返されるだけだと思って受け入れただけだ。

 定期的に慰霊碑に祈りを捧げる事は忘れていない。

 例え自我が無いとはいえ命には変わらない。だからこそ(あるじ)の代わりに祈ると決めた。

 

          

 

 作業が始まると本来は人間が居れば追い出すところだがペロロンチーノは黙って見学していた。

 初期の頃は色々とうるさかったが今は黙って見つめるようになった。

 気持ち悪いと思うなら出て行けばいい。それをしないのはイビルアイが哀れだと思ったからなのか、自分も目を背けてはいけないと思ったのか。

 

「命令だけなら俺でもできると思うけれど……。イビルアイはどうしてこの仕事をする気になったんだい?」

「……覚悟を決めた、では不満か?」

 

 質問を質問で返す。

 あまり雑念が入ると作業を続ける自信が無くなる。だからこそ無駄な雑音は耳に入れたくない。

 

「何の覚悟を決めたのか、すっごい気になるな」

 

 ペロロンチーノは顔に似合わず、良い声をしている。

 歳若い男性だと思われるが実年齢が見た目では判断できない。それは他の至高のメンバーにも言えるが。

 

「この(ごう)を他人に背負わせたくないだけだ」

 

 イビルアイとて目を背けたくなる作業風景。

 それでもやらなければならないのはきっと愛国心からだと思っていた。

 国を思う若者が無駄に命を散らすことに嫌悪感を感じる。それと目の前の風景とどちらが凄惨なのか、と。

 もちろん、決意を固めるまでに長考と国王との会談が続いたわけだが。

 今ここに居るイビルアイは正しい選択をしたのか。その答えが出るのはもっと先の事かもしれない。

 

魔導国は独占する選択をする。ここは広く世界に公開する目的があった、ということもある」

「……確かに、うち(ナザリック)はなんでも独占しそうだ。だけど、世の中に知らしめる事は簡単ではないよね」

 

 世界各地に自分達は物騒な実験をしていると公言するのだから危惧されまくりだ。

 最初の頃はスレイン法国が真っ先に抗議して来た。

 続いてアーグランド評議国。こちらは(ドラゴン)の献体の存在があるので、至極当然だと思われる。

 そして、リ・エスティーゼ王国バハルス帝国と続いた。

 聖王国竜王国はそれぞれの事情から抗議は来なかったが施設の見学、使用、調査などは要請された。

 魔導国は逆に抗議は来なかった、と表向きでは言われている。しかし、一番危惧してきそうなのは魔導国というか国王であるアインズだ。

 施設の使用目的などを一番知っている人物であり、危険性もだいたい理解している。

 おそらくイビルアイよりも熟知しているのでは、と。

 その彼が今は使用を認めている。

 もちろん、すんなりとはいかない様々な葛藤などがあったようだけれど。

 

「それよりペロロンチーノはこんな解体風景を何とも思わないのか?」

「最初は気持ち悪いと思ったけれど……。内臓が飛び散るような汚らしい事がないから、わりと平気になってきた」

 

 特にぐちゃぐちゃに潰すような加工が無いので。

 手際の良い切断作業は精肉店で肉を切り売りする職人のように見えた。

 一番はやはり飛び散った血などを最終的には綺麗に拭き取っていく事だ。

 その為の掃除用具と洗浄方法がちゃんと確立されている。

 作業が終われば綺麗な床面しか見えなくなる。

 

「……それをいつまでも繰り返せる人間の国があれば脅威だけど……。正常な感覚で(おこな)える人間はきっと居ない」

 

 生命の冒涜を繰り返せるのは人殺しが好きな者か、精神異常者くらいでは、と言われている。

 イビルアイとて狂いそうになる事が多々あった。

 

「離れて見ていると本当にモンスター生産工場だよね」

「……それを言われると言葉は無いが……。自然界に居るモンスターとは違う」

 

 身体が出来上がったモンスターに淡々と命令を下すメイド。

 与えられた命令により自発的に部屋を移動するモンスター達。

 元々は実験の一環だった。それが今は条件付けでパワーレベリングに至っている。

 普通に考えれば冒険者や兵士にとっては魅力的なものであるはずだ。それが今まで普及しなかったのは様々な原因があった。

 一つ目は一人で多くを討伐すると気が変になる。正確な事は未だに不明だが一定数以上のモンスターを一日で討伐すると起き易い。

 二つ目として女性限定だと思われるが基本的に裸で討伐する事が推奨されていた。もちろん、服や身体が血まみれになるからだ。

 三つ目。他人に自分の強さが露呈してしまう。

 四つ目。三つ目の弊害で驚異的な強さを得難くなる。または恐れられる確率が高まる。

 五つ目は当然の如く悪用される事だ。

 そしてもう一つ。最初期の頃に(おこな)われていた過酷な条件だ。

 今は(あるじ)が居ないので、判断の殆どはイビルアイの裁量に任されている。

 


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