ラナークエスト   作:テンパランス

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#096

 act 34 

 

 冒険者ホームポイントを変更することにバハルス帝国側が何らかの罰則を課すような事は無く、移動は任意で自由だという話しだった。

 そもそも帝国の政治家とか貴族と知り合いになった事は無いので、何もイベントが発生しない。

 あと、野菜たちはずっと大人しかった。

 移動の為の馬車を手配し、いざリ・エスティーゼ王国へと舵を切るカズマ一行。

 普通なら途中で何らかのイベントが発生しそうだが、バカ正直に危険なカッツェ平野に向かうわけはない。というか、地図上で確認すれば分かるがカッツェ平野に行くルートは遠回りだ。

 トブの大森林を目指すのが基本。

 

竜王国スレイン法国は行かないんだな?」

 

 と、ダスティネス・フォード、こちらも面倒臭いな。

 ダクネスが一応はカズマに尋ねた。

 

「……面倒臭い。そんな事を言われる筋合いはにゃい!

「はいはい。そっちの国も情報が殆ど無いから行かないよ。というより帝国と同じく何も出来ないと思うよ」

 

 と、棒読み気味で喋るカズマ。

 意外と長い馬車移動なのでガタガタと揺れる車内では何もしたくなかった。それは酔いそうになるほど揺れているので。

 帝都周辺は比較的舗装されていたが田舎道に差し掛かった途端に凸凹道になってしまった。

 立花とキャロルも青い顔で横になっている。

 ターニャは演算宝珠とやらで体調管理しているらしく、今のところは変化なし。というか無駄を嫌っている節がある。

 それにしてもダクネスは何処でも元気だ。

 そういう世界で暮らしていたからだと思うけれど、それは素直に羨ましいと思った。

 

「ねえねえ、カズマ。後方にアンデッドが居るんだけど、倒していい?」

「はあ!?」

 

 アクアの言葉にカズマは後方に顔を向ける。まだ小さな影程度だが黒い(もや)をまとったような存在が迫っているのが見えた。

 それは骸骨が馬に乗っている、というよりは馬も骸骨のアンデッドモンスターだった。

 それが二騎、横並びになっていた。

 

「そのアンデッド、何か旗とか持ってないかい?」

 

 馬車を操る御者(ぎょしゃ)のおじさんが声をかけてきた。場慣れているのか、危機感が無い暢気な声に聞こえた。

 言われる通りに目を凝らしてアンデッドの様子を窺う。

 結構離れているので対象のアンデッドが小さく見える以外はどれが旗なのか、まだ分からない。

 

魔導国の旗があれば襲っちゃいけないよ。それは我々を守る為に遣わされたものだと思うから。それ以外だと武器とか掲げていそうだが……。武器はどうだい?」

「今のところ両手は手綱を握っているようです」

 

 馬車との距離から考えて、姿が大きくなるような速度を出しているようにも見えない。

 それならそのまま監視だけするように、と言われた。

 この辺りに馬に乗ったアンデッドモンスターが現れる、という情報は無い。だからこそ御者は魔導国の護衛かなと予想していた。

 普段なら帝国の騎士達がする仕事らしいが今は財政問題で色々と出せる兵力が限られているとか、なんとか。

 

          

 

 そうしてアンデッドモンスターが追ってくる形のまま日が暮れる。

 途中にある農村に立ち寄り、一泊していく。

 道中は一週間くらいかかる距離だという。そして、後を追っていたアンデッドモンスター達もカズマ達が見えるところで一休みに入ったようだ。

 普通のアンデッドの場合は生者を憎んでいる、という事なので躊躇(ためら)いなく襲ってくる。それが無いという事は魔導国の関係者かもしれない。

 迂闊に近付いて違ったら危ないので放っておく。

 

「アンデッドに見張られるのはなんか(しゃく)よね」

「あれ以外にどんなアンデッドが居るんですか? 味方の方で……」

「騎士風の奴と向こうに居るのと魔法詠唱者(マジック・キャスター)風かな……。骸骨(スケルトン)も居るらしいが、低位のモンスターは大体誰かが付いている」

「誰か?」

 

 低位のアンデッドは簡単な命令しか出来ないので命令を与える人間などが側に居る事が基本だという話しだった。なので単独で行動する低位のアンデッドはそもそも存在しない。

 騎士風というのは命令された道順を歩き、攻撃を加えるものには反撃する。という命令が与えられているので、何か(いさか)いが起きてもすぐには行動に移さない。それは自分で考える事が出来ず、ただ与えられた命令を完遂する事()()出来ないからだ。

 そして、カズマ達の後を追うアンデッドはある程度の知能を有しており、会話が成り立つ。

 護衛という任務に忠実で、それ以外のことには頓着しない所は他のアンデッドと大差は無い。

 

「ああいうタイプはより知恵が働くという事ですか?」

「それは分からないけれど……。武器を構えて襲ってくるようであれば逃げるしかないよ」

 

 御者にとっては逃げられそうなアンデッドではない。諦める以外に選択肢は無いと思われる。

 もちろん、事前情報は聞かされているので落ち着いていられる。

 それとこの界隈(かいわい)で馬に乗ったアンデッドに襲撃を受けた、という事件の噂は殆ど無いに等しいし、消えた仲間の報告もここしばらく無い。

 空を飛べるターニャが確認に行こうかな、暇だし、と。

 仲間に迷惑がかからない位置からなら大丈夫かもしれないが、攻撃の意志を見せれば撃破するだけだ。

 

「リーダー。確認に行ってやろうか? ああいう手合いなら私でもどうにか出来ると思うけれど……」

「か、確認だけならいいぞ。では、よろしくお願いします」

 

 威勢のいい言葉を言っている場合ではないと悟ったのか、素直に頭を下げてきたカズマ。

 長旅で疲れているところなのでお互いに余計な事はせず、黙って相槌を打つターニャ。

 

          

 

 確認と言っても近づいて確かめるだけだ。しかし、見慣れないモンスターには興味がある。

 現地の生物はどれも興味深く、死体が動くのは魔法文化が発達している国から来たターニャでも不思議なものだと思った。

 ゲームの世界が現実になった、と言えば楽なのだが。

 現物を目の当たりにするとまた違った気持ちが湧いて来る。

 航空術式を使い、(くだん)のアンデッドモンスターの攻撃が及ばない位置を探りつつ近付いていく。

 生者を感知するならすぐに相手方は感づく筈だ。

 

「………」

 

 二騎のアンデッドは馬に乗ったまま待機している。

 疲労しない。睡眠しないと言われているのでカズマ達が移動を再開しない限り、彼らはずっと寝ずの番をする事になる。

 ターニャが二十メートルほど近付いたところで反応があった。武器を構えず顔だけ向けてきた。

 

「お前たちは言葉が通じるのか?」

 

 と、最初にターニャが上空から声をかける。

 

「我らは魔導国の護衛である」

 

 およそ生者が出す声とは思えない何重にも人の声が重なったような不気味な音が聞こえた。

 だからすぐに悪だと断じる事は出来ないけれど。

 

「旗というのは持っているのか?」

「旗は持ちあせていないが国旗は我らの防具に描かれている」

 

 よくよく考えれば旗を持ったままの移動は大変だ。

 距離が離れているので防具の模様まで見える人間は特殊技術(スキル)でも使わないと無理だ。その点に関してターニャはやれやれと呆れつつも責める事は出来ないと理解した。ちなみにターニャは遠隔視(リモートビューイング)に似た術式が使える。だからといって防具の模様が国旗だとは決め付けない。単なる模様かもしれないので。

 それぞれに事情があって当たり前だ。こうして声かけに応えてくれただけでも安心できる材料になる。

 

「……私にその模様がどんな意味を持つのかは分からないが……」

 

 ここは相手を信用するしか無い。

 バハルス帝国アインズ・ウール・ゴウン魔導国の国旗について調べていないのは痛恨のミスだと思うことにする。

 政治に関わらない冒険者家業だから仕方が無い事もある。

 

「……国境まで我々を守ってくると?」

アインズ様より、そう命令を受けている」

 

 カズマはともかくアクアが随分と迷惑をかけた相手だと聞いているのだが、何の目的があるのか。

 詮索しても仕方が無いのかもしれない。特に彼らアンデッドを捕まえたところで情報はきっと得られない。

 肩をすくめつつ引き返そうと思ったターニャ。

 しかし、会話が成り立つアンデッドモンスターというものはやはり気になってしまう。

 

「……本当に護衛ならば……」

 

 ターニャはアンデッドモンスターの近くに移動してみる。それで武器を構えるようであれば護衛は嘘だ。

 距離にして十メートル。それでも相手はターニャを見据えたまま微動だにしない。

 近くで見る騎兵のアンデッドはやはり死体らしく気持ち悪い顔だった。

 死体でなく人工物でもいいのでは、と疑問に思うがこの世界の(ことわり)にケチをつけても仕方がない。

 

「……ふむ。馬ごとアンデッドか……。こちらは確認出来た。もう少し近くに……、あいや、駄目か……。厄介な女神様が居るから……」

 

 アクアはアンデッドを見ると見境無くターンアンデッドしようとするので。

 とにかくアンデッドを敵視している。それは話しぶりからも分かった。その影響がこんなに面倒くさい事を引き起こしている。

 つまり、魔導国はアクアに近付くとヤバイとアンデッド達に命じている。それならばこの距離間は理解出来なくは無い。

 

「………。……こちらの連れが申し訳ないな」

「なぜ、謝罪する? 我らは貴殿らの身の安全の為に働いている」

「あまり恐縮されてはこちらも立場が無い」

 

 いやに高度な知性を持っているアンデッドだな、と疑問に思いつつもターニャは苦笑する。

 本当のこの世界は不思議に満ち溢れていると。

 


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