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『シンクロ率七二・三パーセント……。MAGIはこちら側から出来る調整の限界を示しています』
『……そう』
女の子の日を思わせる生臭い匂いの中、わたしは意識を『何も考えない事』に集中させていました。
LCLが鼓膜を揺らして直接耳に届くその声は、マヤさんとリツコさんのもの。先程までは集中する為に回線が切断されていたのですが、今は最終調整という事で繋がれ、その状態から助言を受けつつシンクロしてみました。耳から入ってくる言葉に対して割かれる意識は、まあ……戦闘中を想定すればあって当然です。それでもわたしにはシンクロに対する才能があるのか、はたまたシンジくんの夢で学習した事を活かせているのか、あまり気にする事なくシンクロする事が出来ます。……ある程度。
人肌の温もりを感じるような、感じないような。
何かに包まれているような、そうでないような。
明確な温度ではない温かみを感じつつ、わたしは不確かな存在……お母さんの気配に包まれるのです。
しかし……。
『やっぱ第三使徒戦の時のような数値は出ないのねぇ』
つまらなさそうな声で、ミサトさん。
表情は見えないので明確には分かりませんが、きっとあひる口をしながら目を細くしている事でしょう。最近家でよく目にするものです。どうにかしないといけないどうしようもない事を考えている時の顔付き……だと思います。
閉じた瞼の裏に、そんな表情の彼女が椅子を逆向きに座って、背凭れを抱いている様子が浮かびました。わたしの単なる想像ですけども、あながち間違っていない気もします。
『そうね』
そして続く声はリツコさんのもの。
相変わらず無頓着にも聞こえる程の冷静な声で、表情は読めません。瞼の裏にだって様子は浮かびませんでした。
『でも凄いですよ。まだ二週間ですよ? レイやドイツのチルドレンのシンクロ率を鑑みると、少し信じ難い程です』
『そうね。でも出してしまった数値がある以上、それを求めるのがわたし達の仕事でしょう』
マヤさんがフォローに入って、リツコさんが台無しにします。わたしがシンクロ率に無頓着な事を踏まえての事だろうけど、上げてから落とすとはきっとこの事。二人掛かりでやってくれるなんて、モテる女は辛いですねー。
『シンクロ率低下、七〇パーセントを割りました』
っと……すみません。
意識が逸れました。
反射的にそう言おうとして、わたしは目を開きます。
視界はLCLの色であるオレンジ色に染まっていて、無機質な鋼鉄の板しか見えません。手元を見下ろせばわたし自身の
その壁に通信用のモニターがホログラフのような感じで展開されたのは、声を出そうとした正にその瞬間です。わたしは思わず小さな声を出して、朧になりかけていた意識もろともにハッとしました。
モニターには金髪と泣き黒子が特徴的なリツコさんが映っていました。わたしの驚いた姿に珍しいものを見るような表情をして見せ、しかし何やら察した風に言及する事は無く、『今日のテストは終了よ』と告げてきます。続くお疲れ様の言葉に、わたしは胸の中でドクンドクンと早鐘を打つような音を聞きながら、お礼を述べました。
初出撃から二週間。
それは同時に、訓練開始からも相応の時間が過ぎた事を意味します。
この間、二日目に提出した契約書通りの日程で訓練を行ってきました。初めはわたしの性格診断や、体力テストから始まり、それを以ってネルフが誇るスーパーコンピューター『MAGI』によるスケジュールが組まれて、ほぼほぼその予定通りにこなしてきました。
しかし、その予定を狂わせるものが一つ。
それがわたしのシンクロ率です。
初出撃でマークした数値は八七・二パーセントから九一・三パーセント。理論値では上限とされ、それ以上は精神汚染の危険性があると言われる九〇パーセントさえも超えていました。……が、しかし、あれ以降のわたしのシンクロ率は最大でも七三パーセント前後。長期間の訓練を受けずにして出す数値としては異常に高いものでしたが、数値そのものは有り得ないとされる程ではなかったのです。
当然ながら訓練プログラムの難度は若干の下方修正を施され、その分一日が無駄になったなんて事があったり……。
つまり、あの時のわたしのシンクロ率は『火事場の馬鹿力』的な何かだと解釈された訳です。とはいえ本来、エヴァのシンクロ率はそんな根性論で跳ね上がる仕様ではない――むしろ激情すると数値が下がる筈なんだとか――ので、事実上『わたしが出せても可笑しくない数値』という事なんだとか。今はその『出せても可笑しくない数値』を『何時でも出せる数値』にするような訓練と調整をしているそうです。
ともあれシンクロテストは終了。
わたしはプラグから出ると、小脇に第壱中学校のジャージを抱えた木崎さんに先導されながら更衣室へ向かう事に。用意の良い彼から渡されたバスタオルで髪を拭きつつ、白が基調の廊下をてくてくと歩き進めます。
時折すれ違う白いスーツの職員。
女性ならば目線で挨拶を交わし、男性ならばそれとなくバスタオルで身体を隠しながら挨拶。すれ違った後は、振り返ってきても見られないようにと、背中にバスタオルを回す徹底っぷりです。あくまでも自然体を装っていますが、故意だと分かれば『自意識過剰な女』なんて言われそうですね。でも、実際に被害があったので言われようと気にしません。更衣室まで自分の身体を隠し通します。
と、すれば……。
「なあ、おい……。サードって一四歳だろ? でかくね?」
すれ違った後、背後から聞こえてきた言葉。
二人組みの男性職員でしたが、どうやら片方の方からは見えていたようで……。何がでかいのかと追いかけて問い質してやりたいものの、相手は同じ職場の職員。反感を買うのは避けておきたいところです。
諦めてバスタオルを身体に巻きました。
しかし思わず溜め息をひとつ。
全ての原因――それは、わたし用に用意されたプラグスーツです。
正しく人目を引く理由の大半。何がどうしてそうなったのか、シンジくんのそれとは見るも明らかに違ったのです。
何のバタフライ効果なのかは分かりません。
ですが、色が真っ黒だったのです。
もうそれはそれは見事な真っ黒。
シンジくんが着ていたものでは群青色だったボディスーツが真っ黒なら、白色だった筈のボディアーマーだって真っ黒でした。とはいえ形状は女性用なので、例えるなら綾波ちゃんやアスカの着ていたボディスーツがイカ墨でも被ったようなもの。初めて見た時は思わず呆気にとられました。
しかしながら黒色ってだけなら別に何を嘆く事はありません。黒色好きですし。
問題はプラグスーツの材質でした。
例えば洋服でいう黒色であれば、殆んど影は目立たず、光を反射する事もないでしょう。しかし生憎プラグスーツはダイビングスーツのようなもので、簡単に例えるなら『水着』みたいなもの。陰影は目立つし、身体にこれ以上無いくらいにフィットするし……体型がモロバレです。
そして更に問題になるのがわたしの胸。
中学生としては不相応に育っているものの、ミサトさんやリツコさんには負けるサイズのこの胸。
すれ違う男性職員がちらりと二度見してくるのが当然の様子であれば、今のようにすれ違った後にひそひそ声で話題に挙げられる始末。ほんっと勘弁して下さい……。
って事で先日、リツコさんにプラグスーツの上にジャージを着用させてくれとお願いしました。
勿論エヴァの中までは着ていきませんが、道中でわたしのメンタルに甚大な被害が出ると言えば、二つ返事で許可をくれたものです。彼女自身は自らの胸をあまり気にした事が無いようですが、「良い気はしないわよね」と理解を示してくれた姿に、わたしは涙を浮かべて感謝しました。
相談する先って大事ですよね!
この話の前にミサトさんに相談して、胸を鷲掴みにされた挙句、「おお、張りが違う」なんて何の解決にもならない話どころか、セクハラされただけのわたしは今すぐに正座! 正座ぁぁああ!!
因みにプラグスーツの色は単なるイメージカラーらしいです。
つまりわたしのイメージは
そんでもって行きは着ていけるけど、帰りはLCLでびしょびしょなのでジャージを羽織れず、こうして結局体型を晒す羽目に……。踏んだり蹴ったりどころか、わたしの小鳥のようなハートはズッタボロですよ……あはは。
「では、此処でお待ちしています。三〇分後にカウンセリングです」
更衣室の扉の横でわたしを振り向き、そう告げてくる木崎さん。こくりと頷いて返し、恒例となりつつある休んで欲しいという言葉を投げ掛けてから中へ。
プラグスーツをさっさと脱いで、毎度誰かが何時の間にか用意してくれている新しいバスタオルを持ってシャワールームへ。
そういえばこのシャワールームって士官専用シャワールームって名称らしく、更衣室自体もパイロット専用ではないそうです。わたし自身が誰かとかち合った経験は無いのですが、シャワールームが仕切によって何人も同時に使える風な装いをしている事が気になって、お茶会の時にマヤさんに聞いてみたらそう教えてくれました。
まあそりゃあ、
そう考えたら……ちょっとドキってした。
言わずとしれたナイスバディなミサトさんやリツコさんは勿論だし、わたしの胸が羨ましいって呟いていたマヤさんだって女子力の塊みたいな人だし。綾波ちゃんや……そのうち『アスカ』だって来るとして。こんな美女軍団に囲まれていたのにある程度平然としていたシンジくんって、一体全体どういう神経していたんでしょうね。皆して女のわたしから見てもドキってするレベルの凄く綺麗な人達なんだけど……。
そんな事を考えながらシャワーを済ませます。
さっさと髪と身体を洗って、バスタオルを身体に巻いて更衣室へ。
時間的な理由なのか、誰にも出くわした事がないからって、最近は着替えを更衣室に置きっぱなしです。家でも木崎さんがいない時なら自分の部屋までバスタオル一枚で行っちゃうし……。
そういえばアスカもそうだったなぁ。でもあの子の場合は
学校帰りに直行してきたので第壱中学校の制服を着用。下着を着けて、ブラウスとジャンパースカートを着れば完了です。その際先日ミサトさんから渡されたスマートフォンを鞄から取り上げて点けてみれば、一件の通知がありました。時間的にはまだ余裕があるので確認してみます。
通知内容はメール。差出人はヒカリちゃんでした。用件は今度の日曜日にクラスメイト数人と、わたしの歓迎会をセッティングしようと思うけれど、その日は訓練があるのかという確認です。……残念、訓練です。
わたしは申し訳ないけれど訓練だから行けそうにないと丁寧な文章で返しました。
そこで少しばかり寂しく思う心を感じますが……しっかりしないと。
そう思って頬を両手で軽く張って、更衣室を後にしました。