新世紀エヴァンゲリオン 連生   作:ちゃちゃ2580

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6.She doesn't know the pain of others.

 

 セピア色に加工された記憶の世界。

 シンジくんの記憶よりもずっと現実味があって、だけどこれは間違いなく夢だと言える既視感に満ちた世界。

 

 それは例えるならデジャヴのようで。

 漠然とした未来を知っていて、そこにあるだろう悲劇を記憶していて、なのにそれを回避する為の思考は無くて。与えられる未来という()()を、ただただ享受する為だけのものでした。

 

 そこにある今のわたしの感性等、ただの感想に過ぎません。

 まるで途中退席が出来ず、頭を前に固定されて観ている映画みたい。拒絶しても、嘆いても、瞼を閉じても、スクリーンを消すことは叶いません。わたしの想いは、画面の向こうに映る役者に、決して届かないのです。

 

「あんたなんかだいきらい! はなしかけないでよ!」

 

 そしてその役者は、やはりわたしの望まぬ言葉を、後のとても大切な人へ吐き捨てました。

 その言葉の意味や、相手が自分にとってどういう存在か等、考える事もしていないようです。彼女はきっと、自分が酷い事を言っているという自覚さえ、持ち合わせていないことでしょう。わたしはそう記憶しています。

 

「ひどい! ひどいよぉ!」

 

 もう一人映る役者……いえ、違います。

 先程の役者は主観者である為、目の前で涙を目一杯に溜めている少女が、わたしの見る事が出来る唯一の役者でした。

 だけど間違いの無い二人目の役者である彼女は、一人目の役者が言った事を、額面通りに受け取っているようです。

 

 その言葉の裏に隠された本当の想いに気が付くには、きっと幼すぎるのです。

 

 一人目の少女も、二人目の少女も、この時はまだ一〇に満たない幼子でした。

 

「もういい! れんちゃんなんてだいっきらい!」

「うっさい。なれなれしくよぶなぶす!」

 

 怒りを抑えられないと言った様子で、踵を返す二人目の少女。

 その背中へ投げかけた言葉は、きっと誰に向かって言っても酷い言葉です。

 

 端的に言って、暴言。

 意味の無い、暴言。

 

 ほんと、酷い事を言う奴です。

 ()()()は……。

 

 言葉を聞いた少女は、()()()に背中を向けたまま、肩をびくりと震わせました。

 一度跳ねた小さな身体は、次いで二度、三度と震え、やがて嗚咽まで混じるのです。

 

「はん! なくならさいしょからはなしかけないでよ!」

 

 そしてその背中に、更なる暴言を吐き捨てるわたし。

 震える少女は、背中越しでも分かるぐらいに俯いて、小さな嗚咽と共に腕を顔の前で何度も動かしていました。溢れかえった涙は、それ程に多かったのでしょう。

 

 ああ、本当に酷い。

 何で優しい優しい()()()に、こんな酷い事を言えるのか、わたしは。

 

 

 この時の事を、今でも覚えています。

 

 新年度早々に大喧嘩して、そのほとぼりも冷めた頃。あれは確か五月の半ばでした。

 親睦会宜しくと言わんばかりの遠足で、少しばかり遠出した時。

 

 昼食の時間になって、クラスメイトの輪を外れたわたし。

 その理由は様々にあったのですが、今から思い起こせば些事ばかりでした。

 

 そして彼女は、そんなわたしを追いかけて来てくれたのです。

 

『おべんとういっしょにたべよう?』

 

 と、誘ってくれたのです。

 

 それはきっと、喧嘩をした間柄ながらも、ずっと気に掛けてくれていたからでしょう。彼女はわたしがずっと一人ぼっちだと、知っていたのです。そしてその原因の一端になってしまったのではないかと、そんな事も考えていたのではないでしょうか。

 優しげな笑顔で話し掛けてくれた姿は、それまでのわたしが見た事のない慈愛染みたものでした。

 

 だけど、その優しさは同時に、わたしが知らないものでもありました。

 無償の愛というものを、誰からも与えられていなかったのです。唐突に見た笑顔の裏に、きっと何かが潜んでいるんだと、本能的にそう考えて――。

 

『しね』

 

 そんな暴言を吐き捨てたのです。

 

 あまりに惨い。

 あまりに酷い。

 

 少女はたっぷり一〇秒は唖然として、それから堰を切ったように怒りを顕にしたものです。

 

 何でそんな事を言われなくちゃいけないのか――と、慈愛を無下にされた怒りは相当なものだったんだと思います。

 顔を真っ赤にして怒っていました。

 そりゃそうです。彼女からすれば善意以外の何ものでも無かったのですから。

 

 だけどそれを理解出来ないわたしは、結局彼女が大泣きして、その場に先生という第三者が現れても、終ぞ謝罪の言葉を口にする事はありませんでした。

 

 

 ただ、この時、この瞬間。

 

 わたしの心に何かが落ちてきたのです。

 

 罵倒し続けたわたしの周りに、誰も味方がいない事。

 罵倒された彼女の周りに、沢山の味方がいた事。

 

 漠然と感じたその感情は――。

 

 

「…………」

 

 言葉に出さない解答を脳裏に浮べ、わたしはまだ僅かに重たい瞼をゆっくりと開きます。そうすればすぐに理解出来ます――今しがた見ていた夢の事を。

 懐かしい夢です。

 此処に来てから半月程の時間が過ぎましたが、その中で二回目の『自分の記憶』。とても尊い、懐かしい記憶。

 

 はて……。

 もしかするとこの場所に来て、シンジくんの夢を現実だと実感したから、彼の記憶を見る必要性が減っているのでしょうか? こんな短期間で夢らしい夢を二度も見るなんて、何時以来なのか……。いや、まあ、過去の記憶が夢らしい夢かと言えば、多分そうではないんでしょうけども。

 

 そうしてゆっくりと身体を起こします。

 今日はミサトさんが当直の日なので、この葛城家にはわたしとペンペンだけです。

 

「ふぁーぁ……」

 

 そう思えば気も緩むというもの。

 女の子らしさとして自戒している筈の欠伸を、これ以上無いくらいおおっぴらにやってしまいます。

 両手を天井に向けて、口を覆うことも無く……我ながら、凄く間抜けな顔をしていることでしょう。近くに人が居ないという事は、わたしから女の子らしさが欠如するその瞬間みたいなものです。だってこっちが素ですし。

 

――着替えは……いっか、木崎さんが来るまでにすれば。

 

 そんな事を考えながら、はだけたパジャマすら直さずに、自室を後にします。

 

 監督者不在の状況で、わたしから離れちゃダメな筈の木崎さんは、お隣の仮住まいで待機している筈。

 わたしの右腕に巻かれたちょっと重たい黒のリストバンドがその理由です。昨日のカウンセリングの時、リツコさんが渡してくれた代物で、わたしがこれを着けていれば健康状態を遠隔で確認出来るそうです。つまりこれを外したりしてアラートが鳴ったりしない限りは、約束の時間までは干渉してこないでしょう。

 まあわたしとしては気が休まる反面、構ってちゃんである自覚はあるので、これはこれで少しばかり寂しいものですが、木崎さんの気も休まるのであればそれ幸い。流石に我儘で彼の仕事を増やすのはよくないでしょう。

 

 肩を回して慢性的な肩凝りを解しつつ、わたしはリビングへ。

 気を張らない状態のわたしといえば、本当に自堕落というか、何と言うか……欠伸までして、目尻の涙さえ拭うのも億劫になりながら、洗面所へ向かいます。だって面倒なんだもん。仕方無いよね。

 

 可愛らしい女の子をやるのは、女の子の嗜みみたいなもの。

 だけどわたしのそれは、過去の親友を傷つけてきた事に対する自戒で、他人への配慮といったところなのです。つまり他人様が居なけりゃ、取り繕う必要なんて無くて良いんです。……ペンペンが居るけど、彼はまあ、人間じゃないですし。別に優しさや思い遣りのスイッチまでオフにするってんじゃないんですから、良いじゃないですか。

 ていうか、誰に言い訳をしているんだわたしは。

 

「クアッ」

「おふぁよー……」

「……ク、クァ?」

 

 洗面所にて、わたしより早く起床した末に朝風呂をしていたらしいペンペンと邂逅。欠伸をしながら挨拶。

 思わずと言った様子で二度見されましたけど、気にしないでと左手を振って誤魔化しておきました。

 

「新聞ちょっと待ってねぇ……ふあぁ」

 

 欠伸が止まりません。

 それを大して気にもせず、あろうことか洗面所でパジャマを脱いで、パンツ一丁になるわたし。

 脱いだパジャマはそのまま洗濯機に投入して、洗剤を入れてから蓋を閉めて、スイッチオン。

 

 そして重たい肉の塊を二つ、放り出したまま、顔を洗います。

 

「ぷはぁ……」

 

 堕落、此処に、極まれり。

 

「ク、クァァ……」

 

 もうペンペンも呆れ顔でした。

 顔を拭いているので、表情は見えないけど、多分。

 

 半裸のまま朝刊を取りに行って、何処かもの悲しげなペンペンにそれを渡し、肩を落とす彼に世の中の女の子みんなこんなもんだよと告げて、自室へ。

 漸くカーテンを開けて、着替えを開始します。

 

 ああ、気を張らなくて良いって素晴らしい。

 

 世の中には彼氏や旦那さんが居ても気を張らない方がいるそうですが、わたしは多分そうではありません。本心から家族と認める人が居たとしても、大抵取り繕った女の子らしさを心掛けている事でしょう。実際ミサトさんに対してもそうですし。

 だからまあ、一人の時くらいはこれ以上ないくらい緩めたいんだい。文句あっか。

 

 ペンペンは一羽だから、わたし一人だもん。

 間違ってない。間違ってない。

 

 そうして着替えを済ませ、愚鈍な動作で台所へ。

 今日の魚の焼き加減を窺っていなかったので、冷蔵庫の前で問い掛けてみれば、力の無い鳴き声で何でも良いって言われた気がします。んじゃあ、今日はレアで。

 

 さくっと調理を済ませ、お弁当四つと二人分の朝食を仕立てます。魚も焼いて、ペンペンのものも完了。

 洗濯物も干して、カフェオレも淹れて、あとは木崎さんを待つだけです。

 

 いやぁ、ミサトさんが居ないと捗るのなんのって。

 起こすのに時間が掛かるし、一々気に掛かるし……自堕落化してる方が支度早いってどうなのよ。

 

「……ふぅ」

 

 甘々のカフェオレを飲んで、一息。

 目の前には伏せた茶碗と汁碗、目玉焼きとウィンナーの乗ったお皿。お漬物の小皿。……もう少し凝ったメニューでも良かったかも。と、そんなことを考えます。

 

 さて。

 糖分を摂ったら少し頭が回ってきた。

 

 今日は鈴原くんが登校してくる日。

 何か考えないと……。

 

 鈴原くんの妹さんが怪我をしたのは、間違いなくわたしの所為じゃありません。

 それをわたしの所為ではないかと教えるのは、多分相田くんでしょう。彼は鈴原くんの親友ですし、彼程ネルフの事情に興味を持っている人間は、第壱中学校において他にいませんから。鈴原くんからしても、彼に聞く筈です。

 

 なら、わたしが第三新東京市へ来た時間を、彼の耳に入るように吹聴するのが手っ取り早い気はしますが……うーん、これは今日やって今日効果が出るものではないですね。気付くのが遅すぎました。

 それに、詳しく話すとネルフの規約に違反しちゃうかもしれませんし。

 

 やっぱり、鈴原くんを面と向かって論破する方が確実でしょうか?

 はたまたもういっそ、先にボコっちゃうとか……って、これは幾らなんでも酷すぎる。流石のわたしでも、これを彷彿した事自体に我ながらドン引きだ。

 

 うーん……。

 

 ああでもない。

 こうでもない。

 

 結局、答えは出ぬまま、インターホンが鳴りました。

 

 残念。

 もう出たとこ勝負になりそうです。

 

 とりあえず、話しても殴られた時は、容赦なく殴り返す。

 それだけは決めました。

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