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目の前の景色がゆっくりと流れていきます。
N2兵器の余波で吹っ飛ばされながらも、ルノーは何とか走行出来ていました。時折ガタガタと揺れますが……ミサトさんと同じでしぶといと言うか、何と言いますか……。
そんな車内で、わたしは先程の未来予知染みた過剰な知識に対する理由を求められ、事情をある程度要約して話しました。
今まで誰にも信じて貰えず、親友と認めた少女にさえ話す事が出来なくなっていたものなので、信じて貰えるかと言う不安はありましたが、逆にこの状況で信じて貰えない理由は無いでしょう。
事実N2兵器は使用されて、わたしが注意しなければルノーはひっくり返っていましたし。
加えてわたしが当然のように並べていく名前は、決して公になっているものばかりではありません。エヴァンゲリオンと言う名前の兵器だって、特務機関ネルフにおける最重要の機密事項の筈。
更に、シンジくんの物語のオチである『サードインパクト』の際、彼の意識が色んな人と混ざったおかげで、親しい人達の知識が少しばかりインプットされていたりもします。どれもが持て余してしまっている知識なので、使い方を知らない数学の公式のように、どういうものかは分かりませんが、話の種にはなりました。
例えば、先程見た使徒と言う生物は、アダムと言う生命体の派生で生まれた生物で、相対するわたし達人類はリリスと言う名前の生命体の派生で生まれた生物。違うのは『
意味は分かんないですけどね。
セイメイノミとか、チエノミって何でしょうか? 昔は犬や猫の身体にノミって生き物が引っ付いてたらしいですが、暑さで殆んど絶滅したって聞くしなぁ。
因みに使徒を最後まで倒しても終わりじゃなくて、そこからお父さん――だけじゃないみたいですが――の計画が始動。全ての生き物はLCLに溶け、
しかし、碇シンジの記憶上ではまさかの失敗。結局わたしの知る限りでは、永劫埋まる事の無い欠けた
そのあとは――よく分かりません。
もしかしたら自己を失ったシンジくんはそのままLCLとなって生き続けたのかもしれませんし、あの子が欠けた所為で生まれた不調和から崩壊したのかもしれません。ただ、まあ……普通に考えて液体化しちゃったんだから人類滅亡エンドですよね。
そんなものを言い並べていけば、はじめこそ「お父さんと連絡とってない筈よね?」と訝しんでいたミサトさんですが、わたしの言い分が知ろうとして知れる域ではないことを理解してくれたようです。
まあ、話の真偽は兎も角、わたし自身を信用して貰えるかについては、全く別な話でしょうけども。
「という夢を見たので……って言うとわたし変な子ですけど、何せわたしはお父さんの野望をぶっ壊しに来ました。お母さんにはわたしも会いたいけど、その為に全世界を巻き込むなんて頭可笑しいし。あ、でもでも、使徒を放っておくと当然人類滅亡なので、当面の目的は使徒の殲滅……ネルフの役割通りですよ?」
「そう……」
ルノーが第三新東京市の敷地にあるトンネルに入った頃、わたしは話を締めようとそう告げました。運転中のミサトさんはサングラスを掛けたままの双眸で、逐一横目でこちらを見てきていましたが、此処に至って溜め息混じりに呆れたような笑みを浮かべます。
「当然かもしれないけど、苦手? お父さんの事」
当然も当然。
わたしは薄暗いトンネルの先を見詰めながら、げんなりした風で答えます。
「苦手っつうか、気持ち悪い。さっきも言ったけど頭可笑しいのよ。あいつ。我が父ながら……」
「ちょいちょい話し方が乱暴になるわね。貴女」
シンジくんの記憶なら、『あたしと同じね』なんて続くのですが、わたしがあまりにきっぱりと断言してしまえば、父親に対する思いには相違があると思ったのでしょう。ミサトさんは言及せずにそんな風に言って、乾いたような笑い声を上げていました。
まあ、わたしの口調については、昔唯一無二の親友だった女の子に矯正されて今じゃ可笑しな丁寧口調ですが、それまでは同年代のオラオラ系の男子でさえ口だけで泣かしてましたし……うん。
「若気の至りです」
言い得て妙。
そんな返事で誤魔化しました。
「一四歳は十分子供よ?」
車をジオフロントへの昇降口まで運転し、そこで停車すれば、ミサトさんはふうと息を吐いてシートに掛け直します。此処からはカートレインによって降下するようです。
彼女はサングラスをおでこに上げて、肩を竦めながら改めてこちらを見てきます。
ミサトさんが落ち着いたのを見計らって、わたしは挑発的に微笑んで見せました。
「まあでも、夢の間の人生を勘定して良いなら、多分今の倍くらい生きてますよ。わたし」
わたしの記憶は無駄な知識が多い上に、何の必要性があるのかシンジくんの人生がサードインパクトまで行けば、彼が第三新東京市へ来たその日に戻ります。そうして繰り返し観た事によって、もう既に忘れられないようになっていれば、ある種の達観をし始めて観ている自分さえいたり……。
おまけに夢の中では時間の感覚が違っていて、何日も経過する事が度々ありましたし。
わたしがそんな風に思案に耽るのを他所に、ミサトさんは溜め息混じりにルノーの天井を仰いでいました。
「夢、ねえ……」
そしてぼやきます。
その言葉を聞けば、当然ながらまだ半信半疑なのは良く分かります。
わたしは肩を竦めて返しました。
「とりあえず、ルノーを
「あはは。そりゃあ助かるわー」
人間、本当に困り果てたら精神安定の為に笑うのだとか。
ミサトさんの呆れたような乾いた笑い声は、きっと
暫くしてガラスコップをスプーンで叩いたような音と共にルノーが目的のフロアへ到着。ミサトさんが気を取り直すような声を漏らして発進させましたが、N2兵器に吹っ飛ばされた時に地面を跳ねた所為でサスペンションが傷んだらしく、車内はやはりガタガタと揺れに揺れて進みます。
ひっくり返る事こそ無かったのですが、ルノーは修理に行くさだめだったようです。ミサトさんが泣きそうな顔で「これは高くつくわー」なんて零していました。
きっとアレですね。シンジくんの時みたいに中破までいっていれば諦めもついたんでしょうね。良い事をした筈なのに、何だか残念です。
やがてルノーは駐められ、一応の様式美として『ようこそネルフ江』を渡されました。
「要る?」と聞かれて、「一応」と受け取った理由は……まあ、わたしがこの記憶をお父さんやリツコさんに話すつもりは無いと言うこと。車内で説明した時にミサトさんにもそう伝えていて、『わたしの話を危険思想として口外するかどうか決めるのは、わたしを信用出来るか判断してからでも遅くないですよね?』と一応の釘もさしています。
つまるところ、わたしは『初めてネルフに来た女の子』を演じる訳です。
大丈夫。
芝居を打つのは大得意です。
三文芝居に成らぬように、必要とあらば涙さえ流して見せましょう。
うぇーん、パパー逢いたかったよぉー。
とか言って泣きついたらどんな反応するんですかね。あいつ。……いや、吐き気がするからやりませんが。
出来たらそれはそれはとても面白い映像が撮れそうですけどね。
やりませんが。
もう一度言いますけど、やりません。
そもそもわたしの事をシンジくんと同じくらい心の内で大切に思っているのでしょうか? 自らを非道外道と認めた上で、今わの際に詫びる程の愛情はあるのでしょうか? お母さんの次にでも大事に想っているのでしょうか?
――いや、無い。
だってわたしが何度自殺未遂で入院しても、あいつは見舞いのひとつにも来やしなかったのですから。
記憶の中では見慣れていた道を、シンジくんより少しばかり視点が低い所為か、何処か新鮮な心持ちで歩きます。ミサトさんの後ろを付いて行く形ですが、分岐路の前で振り向いてくる彼女に視線で正しい進路を伝えて進みました。
数分歩けば、わたしが格納庫へ続くと記憶しているエレベーターの前に人影を見つけます。
金色のショートボブに、白衣が特徴的な女性でした。
ミサトさんに負けず劣らずグラマラスな体型で、キリっとした目付きと泣きぼくろの所為か、何処か厳しい印象のある赤木リツコ博士です。
「お待たせ。リツコ」
リツコさんの姿が見えるやいなや、ミサトさんは片手を上げて声を掛けました。
閉鎖的な廊下で反響するその声に思わずと言った様子で彼女は肩を跳ねさせ、手元の資料に落としていた視線をこちらに向けてきます。そしてすぐに「あら予想外」と口にして、目をパチパチと瞬かせました。
「貴女の事だからてっきり迷ってるものだと思ったけど」
「失礼ねぇ。迷ってないわよ。ええ、迷ってないわ」
確かめるように言って、胸を張るミサトさん。
うん。確かに迷ってはいないですね。
何度振り返ってきたかは兎も角、迷ってはいないですね。
思わず笑いそうになりつつ、わたしは横目でちらりとミサトさんを見てみました。すると彼女は罰が悪そうにこちらを見ていて、更にその表情を誤魔化すようにわたしの背中を押してきます。
促されるままにリツコさんの前へ。
とりあえず礼儀正しくお辞儀しておきました。
「はじめまして。碇レンです」
「E計画責任者の赤木リツコよ。色々と話は聞いているわ。その上で良く来てくれたわね」
リツコさんはまるで哀れむかのように目を細め、わたしに微笑み掛けてきていました。
言わんとする事は……まあ、分かります。
わたしが自殺未遂を繰り返したり、虚言癖と妄想癖で苦しんでいるという世間的な情報は、当然のようにリツコさんの知るところでしょう。
わたしは何も言及せずに首を横に振って返しました。
わたしが錯乱した時に何を言っていたとかまではおそらく伝わっていないと思います。ていうかそう思いたい。
まあ、伝わっていたのならわたしはもっと早くリツコさんに呼びたてられて、その夢の内容について聞かれている事でしょう。幼くて物事の分別がつかなかった頃のわたしは、意図せずしてネルフの機密をぺらぺらと喋っていたのですから。
つまり何もアクションが無ければ、それは彼女がわたしについて上辺の事情しか知らないという事の筈。むしろ此処で生活を始めれば過去の経歴は全て抹消されるのですし、そこまでいけば過去の不安要素も無くなる事でしょう。
『総員第一種戦闘配置発令。対地迎撃戦用意』
まるで頃合を見計らったように鳴り響くアナウンスと警報音。
思わず天井を見上げてしまうのは何ででしょうね。スピーカーなんて見えないのに。
『繰り返す。総員第一種戦闘配置。対地迎撃戦用意』
わたしと同じように天井を見上げるミサトさん。
やがて呆れたと言わんばかりに肩を竦めて、溜め息混じりに唇を開きます。
「――ですって」
「これは一大事ね」
まるで良く出来た芝居のようでした。
「で、初号機はどうなの?」
「現在B型装備のまま、冷却中よ」
「本当に動くの? それ……オーナインなんとか」
「オーナインシステムね。ゼロではないわ」
ミサトさんが抱いたままの疑問をリツコさんへとぶつける様は、言葉に多少の誤差があれど、シンジくんが此処へ来た時と大差ありません。
わたしが記憶を伏せておきたいと思う心を汲んでくれているのか、はたまたわたしの話を殆んど信じていないのか、それについては分かりかねました。
「案内するわ。付いて来て頂戴」
「ええ」
「分かりました」
先導をリツコさんに譲り、ミサトさんはわたしの横に付きます。
如何にも作業用のような古めかしいエレベーターを待ち、格子状の扉が開くと、中へ。その間わたしは『ようこそネルフ江』へ視線を落とし、まるでさも初見な風を装います。それが功を奏してか、話し掛けられる事はありませんでした。
やがて格納庫だと記憶している場所へ案内されますが、当然のように電気が落ちていました。此処で開いていた冊子を閉じ、「真っ暗ですね」なんて零しながらリツコさんの後を追います。
鋼鉄の床、アンビリカルブリッジ。スニーカーで踏んでみれば硬い質感こそ感じますが、先を歩くリツコさんのヒールのようなカンカンといった乾いた音は鳴りません。
ほんの僅かな光を放つ誘導灯を頼りに、リツコさんの後へ続いてゆっくりと歩を進め、やがて止まった彼女の歩に合わせて静止。
そして――。
まるで舞台装置のカットインと言うような点灯によって、わたしの目が僅かに眩みます。こればっかりは予想していながらも唐突すぎて、本心から「キャッ」なんて、らしくない声を漏らしてしまいました。
数度の瞬き。
次第に慣れてくる視界。
思わずハッとして向き直ります。
「なに、これ」
事前に用意しておいた言葉を呟きます。
するとリツコさんが誇らしげに解説してくれました。
とはいえ、勿論説明不要です。わたしは知っています。
旧世代の鎧武者の兜のような頭部しか見えていませんが、それさえも人間の身の丈に対してはとてつもなく巨大。目に見えている通り塗装は紫が基調で、見えていない胴体にはところどころに黒や緑の部分もある筈です。
一二〇〇〇もの特殊装甲に覆われた汎用人型決戦兵器。
人類の叡智を惜しげ無く費やした最後の希望。
『エヴァンゲリオン初号機』
それがこの巨人の名前です。