新世紀エヴァンゲリオン 連生   作:ちゃちゃ2580

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6.Another self alone.

 暫くして落ち着いたわたしは、その日の内に退院しました。

 情緒不安定なのは誰の目にも明らかでしたが、身体検査で異常無しと出れば、後は簡単な問診をしただけで、『家に帰りたい』というわたしの主張が優先されました。勿論、後日リツコさんのカウンセリングを受けるまで、健康状態を確認するリストバンドの着用は当然として、それを着けていても、上官が居ない時は木崎さんから離れない事。という条件がありましたが……。しかしながら、寝覚めに木崎さんに抱きついた事は兎も角として、ああした夢を見る事自体は、少し前まで日常茶飯事でした。

 心の復旧というか、立ち直りというか……そういった面においては、鍛えられている訳です。一、二時間も休めば、体調も普段通り。

 

 わたしが目を覚ましたのは、第四使徒戦の二日後でした。きっとリツコさんも忙しいのでしょう。木崎さんという監督役がいる以上、無為にわたしの希望を却下する理由も無いようです。……いや、まあ、挙げ出したらあるにはあるんでしょうけど。裏のわたしは『二重人格』だと言ったらしいですが、傍目には使徒による精神汚染の可能性も捨てきれない訳ですし。それをおして帰宅が許可されたのは、『病院』がわたしのストレスの原因になると思われたのでしょうか……一、二分、木崎さんの電話で指示を仰いだ限りですが、リツコさんは『そこに居るより、ミサトの家の方が気も休まるわね』と言っていましたし。

 

 何にせよ、有り難い限りです。

 とりあえず家に帰ってシャワーを浴びたい。エヴァから出された際に、女性の職員が身体を拭いてくれたらしいですが、LCLの匂いが取れてません。血の匂いで鼻がどうかしちゃいそうです。

 

 そういえば、使徒戦の前にロッカーに置いてきた着替えや荷物は、既に木崎さんが回収してくれていたようです。身支度を整えている際に、着替えと一緒に手渡されました。紙袋に纏められた中には、当然ながら下着も混じっていましたが、有事で女性職員を呼べなかったそうです。まあ、仕方ありません。

 恥ずべきと言えば、先程思いっきり泣きついてしまったのですから、今更下着の一枚や二枚……って気分です。むしろ入院着の下は当然のようにノーブラで、そのまま彼に抱きついていたのですから。孫と言われても可笑しくない年齢差である事が、せめてもの救いでしょう。

 

 その日の夕方。

 木崎さんが運転する車に乗って、ミサトさんの家に帰宅すれば、ほっと安堵の息が漏れます。

 やっぱり自分の家というものは、気が安らぐものです。厳密に言えば居候の身ですが、シンジくんの記憶を思い起こしても、わたしの記憶を辿っても、安堵出来る『我が家』はこの家以外ありません。わたしにとって『自分の家』とは、ミサトさんの家に他ならないのです。……って言うと、ほんと悲しくなってくる。わたしには『実家』と呼べるものがありませんでした。いやはや、ダメな父親を持つと、本当、苦労が絶えませんね。

 

「クワ、クワァ」

「ただいま」

 

 帰宅を待っていたかのように、声を掛けてくれるペンペン。

 家の中を改めれば、机の上にコンビニ弁当の残骸が残っていました。きっとミサトさんが彼のご飯を用意しに、短い帰宅をしたのでしょう。ゴミをそのままにしているのは……まあ、しゃあない。ご飯を食べるのに合わせて帰って来たのでしょうし、時間が無かったのだと思います。

 わたしは一言、ペンペンに不在を詫びると、そのまま自室へ向かいました。

 わたしに配慮して、部屋にまでは入ってこない木崎さんに、わたしも部屋の扉は開けっぱなしにして、配慮しておきます。荷物を置いて、箪笥から着替えを取り出しました。

 

 と、そうだ……。

 

 ふと思い至って、木崎さんが渡してくれた荷物の中から、学校の鞄を取り上げます。その中からスマートフォンを取り出してみると……ものの見事に電源が落ちていました。充電をしたのは三日前ですし、仕方ありません。

 ミサトさんに帰宅の報告をしようと思ったのですが、まあ、後で良いでしょう。むしろ報告自体は木崎さんから上がっているでしょうし、急ぐ必要もありません。

 溜め息混じりにスマートフォンに充電器を装着し、着替えを持って部屋を出ます。待ってくれていた木崎さんに「お風呂入ってきます」と報告。すると彼はこくりと頷いて、手を差し出してきました。

 

「すみませんが……一応、服の中に刃物が無いかを確認させて下さい」

 

 少しばかり何時もより低い声で零す木崎さん。彼からしても、無粋な事は不本意なのでしょう。ですが、わたしの身の安全には代えられない。そう言わんばかりです。

 胸の内で心臓がどきりと音を立てますが、已むを得ません。

 

「あまりまじまじ見ないでくれると嬉しいです……」

 

 そう言いつつ、何処か居心地が悪くなる気分で、顔を背けて、着替えを渡しました。

 荷物を回収した際に、既に見られているとはいえ、随分と恥ずかしい。

 そんなわたしの心境を察してか、木崎さんは手早く改めて、着替えを返してくれました。続いて「すみませんが、風呂場も改めさせて頂きます」とのことなので、そちらもチェック。当然ながら、ミサトさんがお手入れ用に使っている剃刀は回収されました。

 

 じゃあ……と、お風呂に入ろうとする訳ですが、尚も木崎さんはわたしを引き止めます。

 振り向いてみると、何とも言い難い表情の彼。思わず訝しげに見直していると、「すみません」と、一言。そして小さな溜め息をついて、彼は改まりました。

 

「申し訳ないのですが、風呂から上がった際、着替えの際にも何かしら仕込めてしまうので……見張るようにと」

「は?」

 

 木崎さんは形容し難い程、唇をひん曲げていました。

 その顔を間抜けな表情で見返すわたし。

 

 いや、ちょっと待って、理解出来ない。

 思わずわたしは唖然とする心地で、「えっと、どういう意味です?」問い返しました。

 すると、もうそろそろ気心知れたかという木崎さんですが、此処に至って、わたしが初めて見るような顔付きをしていました。有り体に言うと、『げんなり』した風でした。

 

「司令からの指示で……徹底するようにと」

「……はあ?」

 

 わたしは表情を凍らせました。

 木崎さんは珍しくも動揺しているようで、「すみません」と何度も口にしていました。

 

 暫く硬直して、漸く理解。

 彼に指示を出した司令とやらは、今尚育児放棄をしているわたしのダメな父親でした。

 

 あ……あんの、クソ親父ぃぃいいいっ!!

 なんつう事を命令していやがるっ!

 いや、そりゃあわたしの身の安全が第一なのは分かるし、わたしの過去やってきた事がやってきた事な以上、仕方無い面はあるけれど……だからって、だからって、実の娘の裸を、赤の他人の見せるような指示を出すか!? 普通出さないよね! っていうか、あいつが常人なら、わたしも苦労してないよ。知ってたよ!!

 

 とはいえ、言っても仕方の無い話。

 わたしからすればお風呂に入らないという選択肢は有り得ない訳で。木崎さんからすれば上官命令なので、徹底しなくてはいけない訳で。木崎さんの代わりを務められそうなミサトさんは、今日帰って来るかすら怪しいもので……。

 

 泣きそう……。

 かつてシンジくんに裸を見られて、不可抗力ながらも、問答無用で蹴り飛ばしたアスカの気持ちが、よーく分かる。シンジくん視点だと、理不尽極まりないと思ったけれど、当事者になってみたら、ほんとよーく分かる。

 今のわたしなら、きっと初号機でお父さんの頭をがぶりといける。間違いない。戸惑いも躊躇もなく、思いっきりかぶりつける。っていうか相手がお父さんならば、カヲルくんにやったみたいな事も出来る。むしろ、端的に言うなら……。

 

「死ね。クソ親父……」

 

 わたしはもろに口に出して小さく悪態をつきます。

 木崎さんは何とも言えない顔をしていました。

 

 まあ、そんな事を言っていても、状況は変わりません。熟考の末、顔から火が出そうな心地で、わたしは頷きました。ですが、蚊の羽音にも負けない程の小さな声で、ぽつり「見たら全部忘れて下さい」と、お願いしておきます。そんな事が出来る筈もないだろうに、木崎さんは「神に誓って」と、返してくれました。

 本当、木崎さんが誰にべらべらと喋るような人でない事が、数少ない救いです。

 とりあえずお父さんは今度何処かで出くわした時、思いっきり蹴り飛ばす。罪に問われようと、知ったこっちゃない。思いっきり蹴り飛ばす。それかエヴァでもぐもぐする。

 

 

 お風呂から上がったわたしは、羞恥心を誤魔化すように、晩御飯の支度に取り掛かりました。

 木崎さんは何も言わず、顔色さえ変えなかったものですが、もうほぼほぼ見られました。流石に恥ずかしくて、タオルを巻いた状態から、下だけは何とか見られないように穿いたものの……きっと何処かしらから見えていたでしょうね。あはは……。っていうか、下は兎も角、胸に関してはどうしようもありません。どうしたかって? 聞かないで下さい。

 

 ああ、もう本当、消えてなくなりたい。

 あれが世に言う視姦ってやつですか。そうですか。わたしはまだ男の子と手すら繋いだことありませんよ! シンジくんの自慰行為なら何度となく見たけどね。でもだからって、何でそんなマニアックなプレイをしなくちゃいけないんですか。ほんと、ほんっと、有り得ない! もっかい言うけど、死ね。クソ親父。

 思い出したらイライラしてきた。絶対、絶対、次会ったら蹴り飛ばしてやる。それでも我慢出来なかったら、サングラス叩き割ってやる。スーツも全部剥いで、パンツ一丁にして、同じ目に合わせてやる。

 

「ぐぬぬぬぬ……」

 

 怒り心頭の心地で、わたしは味噌汁をかき混ぜます。

 味噌を溶かすのが、丁度良い憂さ晴らしでした。

 

 とすれば、背後からふっと笑ったような音を聞きます。

 不意にその音が耳について、わたしは何と無しに振り返りました。とすれば、わたしが半ば無理矢理座らせた椅子の上で、木崎さんが口元を片手で押さえ、俯いているではありませんか。

 もしかして、笑ってた?

 鉄仮面な印象ばかりを持っていたので、あまり見ない彼の仕草に、思わずきょとんとした顔付きになってしまいます。

 すると彼はすぐにハッとして、何でもないように改まります。ふとすれば、先程見たものは目の錯覚ではないのかと思ってしまう程、毅然として、行儀の良くテーブルに向かっていました。

 

 わたしは目をぱちぱちとさせて、小首を傾げます。

 未だ彼に対して、恥ずかしい気持ちはありましたが、純粋な好奇心とは何にも増して優先される衝動です。

 

「あの……今、笑ってました?」

 

 木崎さんはちらりとこちらを一瞥すると、腕を組んで、そっぽを向いてしまいます。

 下唇を上唇に押し付けるような、微妙な顔付きをしていて、何処か罰が悪そうです。少しばかり信じ難いことですが、どうやら図星なようで……。思わずわたしはくすりと笑いました。

 

「人間なんですから、笑っても良いじゃないですか……むしろわたしの方が恥ずかしかったんですよ?」

 

 決して悪い印象ではないものの、無視をする彼を、わたしはからかいます。

 すると漸く、小さな溜め息をついて、彼は首を横に。「すみません」と短い謝罪の後、改まった様子で、再度唇を開きました。

 

「わたしも……似たような経験がありまして」

「へ?」

 

 笑顔の理由を話してくれようと言うのは分かりますが、少しばかり突拍子の無い発言です。

 木崎さんも視姦されてしまうような状況があった……とは、流石に思えず、わたしは「どういう意味ですか?」と、再度尋ねます。すると彼は、小さく息をつくような仕草の後、口火を切りました。

 

「娘が、わたしに対して、レンさんのような表情をしていたという事です。自分で言うのも可笑しな話ですが、仕事一辺倒の人間でしたから……随分と寂しい思いをさせてしまい、気がつけば司令と貴女のような関係になっていました」

 

 唐突なカミングアウトに、思わずわたしは「えっ?」と言って、硬直します。

 普段の木崎さんは、先ず公私混同をしない人です。自分の事は殆んど語らず、『任務ですから』と、何でも毅然とした様子で淡々とこなします。そんな彼が、自らの身の上話をするなんて、驚かない訳がありません。

 っていうか。

 

「娘!? 子供いるんですか!?」

 

 わたしは仰天しました。

 エンゲージリングを着けているので、結婚している事は承知の上だったのですが、まさか子供がいるとは思いませんでした。が、しかし、木崎さんは首を横に振ります。「いいえ」と、言葉でも否定されました。その意が分からず、わたしが小首を傾げれば、彼はふうと息をついて、天井を見上げます。

 

「死にました。家内と一緒に」

「え……」

 

 ぴしり。そんな音が聞こえた気がします。

 あまり自分の事を語らない人が、自分の事を教えてくれている。その事に、何処かから湧き上がってきていた温かい何かが、一瞬にして凍り付いたようでした。

 ですが、わたしのそんな気を知った様子もなく、木崎さんは再度首を横に。「失礼、話が過ぎました」と、話を止めてしまいます。「それより」と、指を差された先で、お味噌汁が煮えたぎっていて、慌ててわたしは調理に戻ります。

 

 そんなわたしの背中に、今一度謝罪がやって来て。

 暫くして、ふうと溜め息の音が続きます。

 

「だから……まあ、娘の裸を見たようなものです。わたしが言う立場ではありませんが、あまり気に病まないで下さい」

 

 そして、饒舌である事の種明かしがされました。

 どうやら木崎さんからしても、随分と気まずかったようで。わたしが言いつけた『忘れて欲しい』という主張こそ、違えてはいるものの、これまであまり感じなかった人間味に、何故だか安心する心地です。こう言うと失礼極まり無いのは承知ですが、『木崎さんも人の子か』なんて、思っちゃう訳です。

 

 ただ、ふと気になる言葉がありました。

 

――司令と貴女のような関係になっていました。

 

 わたしと……お父さんの関係。

 つまり、子供からした父の存在は、疎ましいという事です。ですが、その逆――仮に木崎さんが、普通の家庭の、普通のお父さんであったとするなら、『わたしとお父さんの関係と同じ』というには、些か語弊があるような気がします。だけど、木崎さんはわたしの護衛に就く前、お父さんの護衛をしていたと言います。だとするなら、腑に落ちない点があるような、無いような……。

 

 まあ、言葉のあやかもしれませんし、あまり気にしても仕方無いですね。

 言葉の節々を気にして、藪を突くのは、政治家だけで十分です。

 わたしは出来上がった料理を、出来る限りの笑顔で、テーブルに並べました。先程聞いた話でどうこうする訳ではありませんが、木崎さんの優しさの理由を知れた気になって、より一層、わたしも彼に好感を持つばかりです。勿論、親愛の情という意味ですが。

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