新世紀エヴァンゲリオン 連生   作:ちゃちゃ2580

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7.She vomited lie.

 

 一三時四〇分。

 それは綾波ちゃんの零号機再起動実験が順調に進み、エヴァ零号機の再起動が確認されてすぐの事でした。

 連動試験に移ろうとしていた職員達を、父の「テスト中断」の言葉が止めました。

 

「総員、第一種警戒態勢」

 

 シンジくんの記憶では、この時、わたしは此処に居ない筈でした。

 何をしていたかは印象に薄く、詳しく思い出せませんが、待機命令が出ていた覚えがあります。

 

 指示より先に、副司令が第五使徒襲来だと零した事もあって、職員達は指示に順応。父が初号機の状態を問えば、支度は三八〇秒で整うとの事でした。わたしが着替えてから乗り込むまでの時間を考慮すれば、搭乗後すぐに発進可能と言えるでしょう。

 父はこれを由として、わたしをちらりと一瞥。

 視線が合うなり、再度前方へ向き直ります。

 

「サードチルドレンはプラグスーツを着用。出撃だ」

「はーい」

 

 わたしは間延びしたやる気の無い返事をします。

 まあ、ミサトさんが威力偵察を進言してくれる筈なので、そうなるとすぐに出撃させられる事は無いでしょう。やる気が出る訳ありません。気だるげな返事をしたのは、父に嫌悪感を顕にしているように見える筈。事実そうですが。

 行きましょう。と言って、管制室の出口を促してくる木崎さん。素直に頷いて、更衣室へ向かいます。

 一応、着替えは急ぎましょうか……。

 あまりあからさまな態度を取っちゃうと、不審に思われかねないので。

 

 

 搭乗後、待てども待てども、発進の命令がある筈も無く。

 次にやって来た指示は、エヴァから降りて、シャワーを浴び、プラグスーツ着用のまま作戦司令室へ行く事でした。当然ながら、わたしはこれを了解。

 更衣室へ戻り、シャワーを浴びて、予備のスーツに着替えます。髪の毛をある程度乾かしたら、上から黒色のジャージを着込んで、作戦司令部へ向かいました。

 

 第五使徒はやはり碇シンジの記憶にある通り、正八面体のような姿でした。

 巨大スクリーンには、かの使徒が微動だにせず、極太の光線をぶっ放す様子が映し出されています。

 

「敵、荷粒子砲、命中! ダミー蒸発」

 

 青葉さんの声が上がります。

 普段、オペレーターを務めているマヤさんは、分析の為、キーボードを叩いていました。日向さんはそのフォローをしているのか、彼女へ紙束を手渡している様子が見られます。そのすぐ後ろでデータを眺めるリツコさんは、険しい表情を浮かべていました。

 巨大スクリーンを眺めるミサトさんは、目を細めながら、事態を確認。「次!」と、厳しい声を上げました。しかし、了解した青葉さんは、すぐに「一二式自走臼砲消滅!」と、無念の報告をするのです。それを受けたミサトさんは忌々しげな表情で得心いった様子でした。

 

「作戦中断」

 

 そこで頭上からの声。

 振り向いてみれば、父が何時ものポーズでスクリーンを注視していました。

 

「敵使徒の戦力解析。及び作戦考案に移れ。後は葛城一尉に一任する」

 

 そう言って席を立つ父。

 司令部の面々が「了解」と返す言葉さえ、聞いているようには見えませんでした。続いて副司令も、進展があったら報告するよう言い残し、退出。残された面々はふうと溜め息を吐きました。

 

 こう言っちゃ難ですが……子供のわたしから見ても、随分と無責任な上官ですね。しゃしゃり出てきて余計な指示を出されるよりかは、よっぽど良いのですが。

 

「しかし出鱈目ですね……」

 

 ぽつりと零すのは日向さん。

 その視線はスクリーンではなく、挙がってきた情報を纏めているらしい紙面に落とされていました。

 

「ミサトの『悪い予感』とやらが当たったわね。流石野生児。中々侮れない勘だわ」

 

 こんな状況でもブラックジョークを零すリツコさんたるや、相当肝の据わった人物です。何時もなら「誰が野生児よ!」と文句のひとつでも言いそうなミサトさんを、ちらりと振り向いていました。その顔付きばかりは、有事らしく、茶化したような様子はありません。

 対するミサトさんは真顔でこくりと頷きます。

 

「まあ、あんな姿されてちゃ、何かしら疑うもんでしょ。普通」

 

 そう言って改めて認めるスクリーン。

 そこには自走砲の砲撃なんて、まるで無かったかのように、無傷の使徒の姿。第三新東京市の一角で制止し、一番下の角からドリルのようなものを出していました。それはゆっくりですが、着実に穿孔しています。

 微動だにしない姿こそが、正しく不気味に見えるのでした。

 

「さ。ちゃちゃっと作戦会議するわよ。幸いお相手さんは、随分のんびり屋さんのようだしね」

 

 拍手一回。

 そう言って振り向いてきたミサトさんは、司令室に入ってすぐの場所で待機していたわたしを認めます。

 今気が付いたと言わんばかりにハッとすると、彼女は日向さんを振り返りました。

 

「ごめん。日向くん。使徒のデータ、レンちゃんに渡しといて」

「了解です」

 

 成る程。

 此処に呼びつけたのは、わたしに事情を説明するふりをする為のようです。その様子にリツコさんは「ちょっと……」と、何事かを危惧した様子でしたが、ミサトさんは首を横に振って返しました。

 わたしの場合、極限下におけるシンクロ率の低下は見られない。状況を知っていた方が、出撃時の対応も円滑だろう。

 リツコさんの懸念を察したらしいミサトさんはそう言って、こちらへ歩んできます。通りすがり様にわたしの肩にぽんと手を置くと、「あとは待機。余裕があったらレイの様子見てきて」と、追加の指示を寄越しました。

 

 どうやら作戦会議には出席しなくて良い様子。

 まあ、シンジくんの時も出席した覚えは無いですし、わたしがいくら事情通でも、当然ですね。

 

 日向さんから紙束を受け取ったわたしは、木崎さんに場所を聞いて、綾波ちゃんが居るらしいパイロット待機室へ。

 

 

 綾波ちゃんは本を手に、プラグスーツ姿で椅子に座っていました。

 自販機と椅子が幾つかあるだけの待機室。扉がある訳でもないのですが、足音でこちらに気付いたようで、わたしが彼女を認めるなり、視線が合いました。

 わたしの登場へ何の感想も持っていなさそうな彼女に、にっこりと微笑みかけ、わたしは自販機へ向かいます。

 

「綾波ちゃん、何か飲む?」

「……いいえ」

 

 短い返答に了解して、自分の分のお茶を購入。

 木崎さんの分も買おうとしたら、横からパッと手を出され、止められました。「自分で購入します」と、態々言われては仕方無い。自分で二本も飲む訳が無いので、苦笑の末に了解しました。

 

 読書を止め、本を閉じた綾波ちゃんの隣に、許可を得てから腰掛けます。

 お茶を一口飲めば、彼女はちらりとわたしを一瞥。その後、正面の何でもない壁へ視線を向けました。小さな唇がやけにゆっくりと動きます。

 

「怖いの?」

「へ?」

 

 思わぬ問いかけに、わたしは目を丸くします。

 そのまま目をぱちぱちと瞬かせて、小首を傾げました。どうしてそう思うのかと尋ねてみると、彼女は再度こちらを一瞥。その視線をわたしが膝の上に置いていた左手へと向け、「震えてるわ」と零しました。

 言われて、わたしは促されるように自らの左腕を改めます。その手は紙束を掴んでいましたが、自分で気付かぬ内に、微かに震えていました。いいえ、よくよく改めていけば、右手も、お茶を飲んだ唇も、両足も、僅かながら震えていました。

 

「あ……あれ?」

 

 思わず、わたしは疑問符を零します。

 自分でも全く気付かない程の僅かな震えでしたが、確かに震えていたのです。

 

 何故……。

 と、考えてみると、唐突に足元から首筋まで這い上がってくるような悪寒を感じました。言葉に直すと、正しくゾクッという形容が正しいそれは、確かな恐怖心。と同時に、脳裏にフラッシュバックする光景がありました。

 

 閃光に呑まれ、苦しむ中。

 目の前のLCLには、自分が吐き出した無数の気泡。

 

 それは――碇シンジが受けた苦痛。

 先程、わたしがスクリーンの向こう側に認めた粒子砲のもたらす結末のひとつ。

 

 不意に肋骨の下をかき回されるような不快感を覚えました。

 とっさにお茶を置き、口元を押さえて、蹲ります。紙がへしゃげるのも構わず、胸をきつく押さえました。喉がカッと熱くなったかと思えば、腹の下から突き上げてくるような衝動を覚えます。

 

「レンさん!?」

 

 木崎さんのハッとしたような声が聞こえました。その声が現実へ引き戻してくれたように、脳裏に宿っていた幻想が掻き消えていきます。ふとすれば、見知った待機所の光景を見ているわたしの視界は、涙で滲んでしまっていました。

 迫り上がってくる吐き気をぐっと堪えます。

 歯を食いしばり、喉に力を籠めて、息を止める。背筋を駆け上がる悪寒や、喉の奥からピストン運動をしてくるような衝動に、ひたすら落ち着けと言い聞かせます。

 

 次第に落ち着きをみせる身体。

 たった一瞬の間に掻いたとは思えない程の冷や汗が、プラグスーツをしっとりと湿らせます。空調の風に当たって、酷く冷えました。

 

「大丈夫ですか?」

「うん……ちょっと、嫌な事、思い出しただけです」

 

 両腕を抱え、わたしは俯きます。

 正面で膝を折り、わたしの顔を窺ってくる木崎さんは、とても心配そうな顔をしていました。彼からしてみると、わたしは替えの利かないパイロット。この両肩には人類の命運がかかっているのです。些細な体調不良とて、見逃せる筈もありません。

 すぐに医務室に行こうと提案されましたが、わたしは首を横に。もう吐き気も静まったと伝えます。それでも尚、木崎さんは食い下がろうとしましたが、一度主張したわたしが頑固だという事は察しているようです。呆れ混じりに無理をしないようにと言われました。

 

「何故? 怖いのなら、寝てたら良い」

 

 とすると、不意に聞こえてくるソプラノ。

 僅かながら平時より暗く感じるその声へ、ゆっくりと振り向いてみれば、彼女はわたしの左手を注視しているようでした。視線を追えば、何時の間にか紙束を手放してしまった手は、未だ震えていました。その手に力を籠め、右手で覆い隠し、わたしは首を横に振って返します。

 

「大丈夫だよ。戦える」

「どうして? 零号機も動ける。初号機で出撃する事も出来る。貴女が戦う必要はないわ」

 

 責め立てるようではなく、淡々と論を並べる綾波ちゃん。

 その表情は何時もと変わらず、攻撃性も感じない口調でした。とはいえ、わたしを庇うようでもありません。単純に疑問を持っていると言いたげな様子に見えました。

 

 我儘染みた主張で否定するのは簡単ですが、説得するのは難しいもの。

 体調に不安のある兵士が、貴重な兵器を扱うリスクを考えれば……成る程。彼女の言い分は尤もです。シンクロ率や操縦技能等、他にも考慮すべき点は多くありますが、第五使徒の戦力が正確に分かっていない現状、それを言い訳にする事も出来ません。

 しかし、何より重要なのはわたしの意思。

 乗るか乗らないか。

 

 怖くても乗る。

 回答はそれだけで良い筈です。

 

 きりきりと痛む胸を押さえつつ、わたしは強がって小さく微笑みます。

 回答をそのまま口にすれば、綾波ちゃんの表情が僅かに曇りました。

 

「どうして?」

 

 尚も問い掛けてくる彼女。しかしその疑問は先程と異なり、決意の理由を聞いているのでしょう。その回答もまた、わたしの中にあるものでした。

 しかしながら、思わず自嘲してしまいます。

 

――なんてありきたりな回答だろう。

 

 そんな事を考えながら、唇を開きました。

 

「守りたい人がいるから」

 

 誰を……とは言いません。

 だけどわたしの脳裏には、数多の人影が浮かんでいます。

 隣で訝しげな顔をしている彼女とそっくりな女の子。茶髪にスカイブルーの瞳をした気の強そうな女の子。無精髭さえも格好良く映る男の人。母のようにも、姉のようにも見える大切な家族。

 

 あの記憶では誰もが助かりませんでした。

 わたしはそんな未来を受け入れたくありません。

 

 加えて赤褐色の髪をしたあの子が、笑ってくれているのですから、この気持ちを大事にしたい。そう思うのです。

 

 しかし、そんなわたしの決意とは裏腹。

 

 

――『わたし』はそんな甘い考えを持ってなかった。

 

 




どうも、ちゃちゃです。
一時日間に載ってたみたいです。評価、感想、誤字報告等、ありがとうございます。評価に対して返礼はしていませんが、高評価は励みに、そうでない評価は文章を見詰めなおす機会にさせて頂いております。

さて、解説です。
不要な方は飛ばしてって下さい。

・『綾波レイ』
 レンの心情、日常に重きが寄ったので、原作タイトルは使いませんでした。

・英題
 彼女は嘘を吐いた。

・レンの運動能力
 水準以上ではある。

・洞木ヒカリとの関係
 既に碇シンジの記憶については打ち明けています。
 場面では出てこない他の二名も同様です。

・レンの下着
 水色と白色の縞々。
 因みに私服の時は、きちんと上下揃えて、少し冒険したものを着けているらしい。

・レイの挙動
 特務車の中でレンの鞄を見ていたのは、後から分かる通り、お弁当は無いのかと思っていた。

・レンの推理
 結局答えは出ないが、巷で言うところの『碇ユイ・真の黒幕説』。

・ネルフの食堂
 これは新劇を基にしました。
 新劇だと最低でも四階層はあったけど、ゲームではこじんまりとしていたような記憶もあって……仕方無いから適当に間をとった。

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