新世紀エヴァンゲリオン 連生   作:ちゃちゃ2580

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第六話 ウラとオモテ
1.Raise the emotion to doll.


 さて……。と、改まって瞼を開けば、正面には黒い髪をオールバックで纏めた男の姿があった。屈みこんだ体勢でわたしの様子を窺っている彼は、木崎ノボル。

 視界の端には、表のわたしが先程まで会話をしていた綾波レイの姿も認められた。

 今は作戦が決定するまで待機しているのだったか。

 その折で、碇レンの心が弱り、頃合いと見計らって出てきたのだが……少し早まっただろうか? いや、先日のシャムシエル戦で二重人格である事を公言した以上、赤木リツコあたりが何らかの対策をとってくるかもしれない。警戒しておくに越した事はない。とはいえ、あまり長々と入れ替わると、表のわたしの心情に何かしらの影響があるかもしれないので、早すぎるのも考え物だが……。

 

「レンさん? 本当に大丈夫ですか?」

 

 思案に耽っていると、木崎ノボルが再度確認をとってくる。

 眉の角度こそ表のわたしが記憶しているものと変わりなかったが、サングラス越しの双眸は僅かに細められていた。わたしの腕を握る力み具合、薄く開かれたままの唇など、幾つかの点を考慮すれば、どうも本当に心配を掛けているようだと思い至る。

 まあ、見た目と雰囲気が憎き碇ゲンドウと似ているだけで、彼は信を置ける人間の一人だろう。思い起こせる表のわたしに対する配慮の数々は、一言に仕事とは片付けられない慈悲深さが感じられた。

 わたしは一先ず返事を保留し、周囲を見渡す。

 パイロットの待機所はあまり人が通らない場所にある。警戒態勢中の今、誰も通りやしないか。

 すぐ隣に居る綾波レイも無視で良いだろう。まだ自我も薄く、自発的に第三者へ告げ口をするような性質でもない。

 改めて、わたしは木崎ノボルに向き直った。

 傍目には挙動不審な態度をとったわたしだが、彼は特に言及するでもなく、表情も先程とさして変わっていない。

 

「本当、不甲斐ないわねぇ。表のわたしは……。そうは思わない? 木崎ノボル」

 

 わたしの言葉に、木崎ノボルの表情が薄っすらと変化していく。

 はじめはわたしの口調に違和感を覚え、次に言葉を不審に思い、そしてその内容に驚いたようだ。

 その表現自体は鉄仮面の彼らしく、目と唇にしか現れない。しかし、表のわたしは彼の変化を逐一気に留めているようで、些細な筈の変化がより一層際立って映る。経験則からして、木崎ノボルの表情の変化はこれまでの中でも、一際大きなものだった。

 ふと、わたしの腕を握る手に力が籠もる。

 痛い程の圧迫感に視線を落とせば、木崎ノボルの手は僅かに震えていた。

 

「それは、どういう意図を持った発言でしょうか」

 

 声に視線を戻す。

 今までは全く変化しなかった彼の眉が、少しばかり眉間に寄っていた。目付きを改めてみれば、何処か敵意があるようにも感じる。

 いいや、それはそうか。

 彼が何処まで詳細に知っているかは分からないが、わたしが前回のシャムシエル戦でやった事ぐらいは知っている筈。それを基にすれば、わたしに対して良い印象が無いのは当然だ。

 此処は弁明しておくべきだろう。

 

「勘違いしないで欲しい。わたしは今のところ碇レンに仇なすつもりはない。前回も結局、そうだったでしょう?」

 

 淡々と、だけど僅かに挑発するような心地で、彼に問いかける。

 暫し沈黙が流れた。

 腕を握る圧迫感が少しばかり増した気がしたが、やがて木崎ノボルはふうと息をついて、手を離す。

 納得した……と言うよりは、この場で騒ぎ立てる必要性がないと感じたのだろう。エヴァに乗っていないわたしは、ただの非力な一四歳の少女。その気になれば力ずくで取り押さえる事も簡単だ。

 良い人材だ。

 口に出せば『お前が言うな』と言われてしまいそうだが、この場での最適解は、例え印象が相当に悪くとも、わたしという不確定要素に色を付けて行く事が大事だ。少なくとも今のわたしに敵意が無いと言うのなら、少しでもこの理由を探るべきだろう。

 溜め息ひとつで無表情へ戻る様子は、わたしが知るどの大人より、大人びて映った。

 大抵の人間は己の欲や理念に揺れ動くものだが、成る程……こうして見ると、黒服というのは馬鹿に出来た仕事ではない。感情を押し殺す術は、是非とも表のわたしに教えてやって欲しいものだ。

 

「まあ、何をするという訳ではないけどね」

 

 木崎ノボルが落ち着いた頃合いを見計らって、わたしは(うそぶ)く調子で溢す。

 その言葉を汲んでか、そうでないのか、彼は改まった様子で綾波レイとは逆側、わたしの隣に腰を下ろした。

 

「おや、黒服さんが腰を下ろすなんて珍しい」

 

 横目で見やり、にやりと笑って挑発。

 彼を虐めるつもりはないが、その鉄仮面が濁る姿をもっと見てみたい。純粋にそう思った。

 しかし、木崎ノボルはどこ吹く風。

 気にも留めない様子で、わたしへ睨むような視線を寄越した。

 

「ひとつ、聞くべき事があります」

 

 無視かよ。

 と、そう思うものの、敢えて『聞くべき』なんて言われてしまうと、わたしの好奇心はぐらりと傾いた。

 組んだ膝に肘をついて、頬杖をし、わたしは閉口。

 話してみろと視線をやる。

 木崎ノボルは膝の間で手を組み、誰も居ない正面へと視線を逸らした。

 

「貴方が、『碇シンジ』ですか?」

 

 改まって溢された名に、思わずわたしの見目が開く。

 何故、その名を知っている!?

 ぴくりと出してしまった反応を察知したのだろう。彼はやおらこちらへ振り向き、サングラスの向こうの双眸をすっと細めた。

 

「当たらず……しかし、知っているという風ですね」

 

 裏のわたしと接するのは初めてのくせに、一体何処から察したのか。

 知った風に溢す彼だが、しかしその目は確信めいていた。

 鎌をかけられたか。

 少なくとも彼は碇レンの生い立ちを知る人間ではないと思っていたが……いいや、碇レンが彼に心を許している様子を見て、赤木リツコあたりが情報を漏らしていたのかもしれない。

 そう考えれば納得がいく。

 赤木リツコの視点では、碇シンジという存在は碇レンのカルテに確かに存在したが、今の彼女の口からは一度も出ていない要素だ。今のわたしが『別人格である』という事を公言した以上、これとの因果関係に、何処かしらで探りを入れようとするのは至極当然な事だろう。

 ふふふ。

 と、思わず口元が緩む。

 今の場において不適切な反応だとは分かっていたが、笑わずにいられない。

 見透かされた風なのは釈然としないが、こうして手玉に取られる感覚は、中々どうして面白い。

 木崎ノボルは碇レンやわたしにとって、敵ではない。しかし、ふとすれば強敵と相対している気分にも浸れてしまうではないか。

 ほんの遊び心だ。

 少し付き合ってみよう。

 わたしはにやついた顔付きのまま、くすくすと音を立てて、改まった。

 

「知りたい? 碇シンジが誰か……碇レンにとって、何者なのか」

 

 わたしの可笑しな態度を見ても、木崎ノボルは平然としていた。

 冷静にサングラスの位置を正し、わたしを品定めするように見据える。その目付きばかりは、碇ゲンドウのそれより、よっぽど冷徹に映った。

 

「いいえ」

 

 彼は短く言った。

 そのつまらない反応に、思わずわたしは笑うのを止める。

 

「あら、どうして?」

「今の貴方は、平然と嘘をつける人だ。言葉に信頼性が無い。違いますか?」

 

 木崎ノボルは鋭い目付きでわたしを見据える。

 成る程。碇レンが相手でなければ、そんな顔も出来るのか。

 それは悪魔の問いかけ。

 わたしがはいと答えようが、いいえと答えようが、彼が得る解答は変わらない。

 わたしの表情ひとつで真偽を定める自信があるからこそ、わたしが口から溢すブラフは全く役に立たないんだぞと言う圧力でもあるだろう。

 本当に優秀な人材だ。

 こんな奴がどうして碇ゲンドウの下で働いているのか……。

 確か、彼は娘と妻を同時に亡くしたと言ったか。

 あとは、以前、碇ゲンドウの側近を務めていたぐらいの事しか、知らされていない。

 そこに繋がるものはないが……いいや、前者の件なら、何が原因かは当たりがつく。

 成る程。

 出来れば木崎ノボルはこちら側に欲しい。

 少々、揺さぶってやろう。

 暫し沈黙した後、わたしはそっぽを向いて、ぽつりと溢すように言ってやった。

 

「セカンドインパクト」

 

 ぴくり。

 と、木崎ノボルが反応を出した。

 やおら視線を戻せば、表情に変化はない。

 いいや、これだけの単語なら、何の揺さぶりにもならないだろう。

 もう少し深掘りしてみるか。

 

「貴方みたいな人材が、この組織に入った理由……気になるわねぇ?」

 

 気取って問いかけてみるものの、木崎ノボルは微動だにしない。

 

「わたしが何か?」

「いいえ、ちょっと気になっただけよ」

 

 惚けた調子でうやむやにする。

 目立った反応は無かったので、実のところは分からない。返ってきた言葉も、わたしが疑いを掛けた事に対するありきたりなものだった。

 まあ、木崎ノボルは動向だけで第三者の思惑を察知する職に就いていて、その道のプロだ。生半可な心理戦を仕掛けたところで、わたしが勝てる筈もないか。しかし、そんな彼を懐柔させつつある碇レンという存在は、果たして彼の目にどう映っているのか……聞いたところで答えちゃくれないだろうが。

 はあ。

 自分から深掘りしたものだが、こういうのは肩が凝る。

 表のわたしも含めて、碇レンという人間は、根回しだの暗躍だのという事が、本当に苦手だ。何でもかんでも壁にぶち当たってから、ぶち壊して進む方が性に合っている。

 わたしは表情を緩めて、肩を竦めて見せた。

 

「ありがと。木崎ノボル。あんたがついててくれる限り、碇レンは安泰だわ。それが理解出来ただけで収穫よ」

 

 肩透かしをさせるような物言い。

 しかし、それさえも分かっていたように、木崎ノボルは呆れた風な溜め息をついた。

 ふと改まれば、普段の碇レンへ向けられるものと、変わりない目付き。先程まで殺気立っていたのが嘘のように消えていた。

 

「全く。普段のレンさんもそうですが、何を考えているのかが分からなくて困ります」

 

 なんて、(うそぶ)くのも良いところ。

 彼なりの冗談のつもりだろうか。

 わたしはくすくすと笑って返した。

 

「女の子の心は、父親に分からないものでしょう?」

「全くです」

 

 冗談に冗談の応酬。

 しかしその後深々と溜め息をつく木崎ノボルの姿は、実に様になっていて可笑しかった。そういえば、彼の娘はわたしと同い年ぐらいの頃に死んだのだったか。反抗期も知っていると言っていた。様になる訳だ。

 何にせよ、彼が本当に優秀なら、わたしの言いたい事は伝わっただろう。

 どうかその想いを汲んで欲しいばかりだ。

 先程は要らないと言われたが、馬鹿みたいな問答に付き合ってくれたお礼がてら、少し溢しておこうか。

 彼は碇レンにとって不利益な人材ではないのだし。

 わたしは首を横に振ると、今一度改まって、彼へ向き直った。

 

「わたしは碇シンジじゃないよ」

 

 先程までの小馬鹿にした態度を封印して、極々真面目な顔付きで続ける。

 

「碇シンジってのは、碇レンが幼少の頃から繰り返し見てる残酷な夢の主観者。自分が助かる為なら、大事な事から平気で逃げるし、誰かを傷つける。悪者だって責められたら拗ねるくせに、逃げて良いって言われたら責めてくれよって駄々を捏ねる……そんなどうしようもなく子供な人格よ。表のわたしからすれば、その感性があまりに恥ずかしくって、それが自分の持つ潜在意識だと思われたくないから、誰にも話せないのよ。まあ、わたしからすれば表のレンも本質は全く変わらないけどね」

 

 わたしが話しても問題が無いラインはこの辺りまでだろう。

 話したがらない理由もサービスしておいたから、今後これについて碇レンが言及される事はない。逆に彼女が話そうとするのなら、真摯に耳を傾けてくれる筈だ。

 あら、わたし、大活躍。

 なんてね。

 まあ、これだけフォローを入れておけば、表のわたしもやりやすいでしょう。わたしの目論見が達成されるまでに、碇シンジみたく逃げ出されちゃ困るし。多少は味方をしてやらないとね。

 受け取った木崎ノボルは、先程の言葉とは一転して、嘘偽りのない事実と受け取ってくれたらしい。

 畏まった態度でお礼を言われた。

 まあ、嘘は言っていない。難なら最後のおまけの一言はわたしの本音だ。

 とりあえず、わたしに出来るのはこれぐらいか。

 出来れば葛城ミサトや加持リョウジとも話がしたいが……前者は多忙な身で、後者は連絡を取る為の端末を家に置いたままだ。仕方ない。

 

「ねえ」

 

 そこで不意の声。

 声のした方へと向き直れば、空色の髪をした少女が、わたしをじっと見つめていた。

 まだ居たのか。

 っていうか、途中から居るの忘れてたわ。

 綾波レイは、澄んだ赤色でわたしを見つめたまま、小さく首を傾げた。

 

「あなた、誰?」

 

 いや、聞いてなかったのかよ。

 確かに言ってないけど……。

 まあ、別に綾波レイはいいや。

 話す事なんもないし。

 

「さあね?」

 

 わたしはすまし顔で、そう答えた。




どうも、お久しぶりです。
気が向いたので続き書きます。
詳しくは活動報告をご覧ください。

続けて見られた方には、書式変わって見辛いかもしれませんが、ご容赦を。
章末の解説コーナーだけは修正しました。
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