新世紀エヴァンゲリオン 連生   作:ちゃちゃ2580

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7.Angel attack.

 第三使徒のコアを初号機の右足で踏み抜き、とどめをさせば、すぐにわたしと初号機の神経接続は解除されました。僅かな静寂の後、ミサトさんの静かな声でそのままプラグ内で待機するようにと命令されます。

 

 わたしは初号機のエントリープラグの中で、暗転したスクリーンを見詰め続けていました。

 ミサトさんに返事をする事さえも出来ず、ただただ茫然と目を瞬かせるばかり。やがて自分の右手を顔の前で振ってみて、気がつくのです。

 

 動ける……。

 

 そのままその手で自分の顔を触ってみて、頬っぺたをつねってみます。

 少し痛い。

 

――()()()はもっと痛かった。

 

 そう思ってハッとします。

 

 口内にあるLCLを生唾の代わりに飲み干し、右手で右目を押さえます。

 すると思い出したかのような鈍い痛み。

 それを自覚して、思わず身体が震えました。

 

 視線を降ろして、操縦桿を握ったままの左手を視界の中央に収めます。その後その手を開いて、操縦桿を握り締め直しました……ひりひりとした痛みを感じます。

 右手でLCLを扇ぐように動かしました。すると針でも刺したかのような鋭い痛みを感じます。

 額を両手で覆えば、やはり鈍い痛み。

 

「…………」

 

 わたしは言葉を出す事も出来ず、目の前で開いたままの両手の平を見詰めます。

 その手が、紫色の特殊装甲に覆われた手に見え、赤に近い紫色の液体で汚れているように見えました。

 

「――っ!」

 

 思わず身体が震え上がって、わたしは自分の身体を両腕で抱き締めます。手で掴んだ肩が痛む程に力を籠めて、きつく、きつく……。けれど身体の震えが治まる事はありませんでした。

 

 

 その後わたしは機体回収班によってエントリープラグから出され、保安部らしき人に引き渡されました。第三使徒の残骸がそこら中に散らばった場所を連れられ、何となくこれからを察します。

 

 命令不従順。それは間違いありません。

 きっとお父さんの下へ連れて行かれ、叱責でも受けるのだろうと思いました。

 そう思い至れば、今一度出撃前の威勢を作り上げて、叱責を何とかやり返さなくちゃいけないという思案は浮かびましたが、実践出来る精神状況ではない事も同時に自覚します。

 

 びしょ濡れの制服のまま、ネルフ御用達である黒塗りの特務車両に乗せられます。車内にはわたしを連れて来たその人と、運転手が一人。助手席には誰も座っていませんでした。

 わたしの隣に座った彼に、タオルを手渡されます。

 

「状況お疲れ様でした。着替えを用意してありますので、シャワールームへ向かいましょう」

 

 黒い髪をオールバックにして、サングラスを掛けている黒スーツのその人。

 何も返事をする気にはなれず、こくりと頷いて返します。

 

 車が発進すると、わたしの隣に座る黒服が、聞いてもいないのにこれからの事を説明してくれました。

 

「シャワーと着替えが済み次第、葛城一尉が待遇についてお話する為にお迎えにあがるとの事です。ですが、お疲れのようでしたら休むようにと、司令から指示が出ております」

「え?」

 

 その予定が予想外も予想外。

 わたしは思わず短く問い返してしまい、二度目の説明を要求してしまいます。

 黒服は嫌な顔ひとつせずに、先程と全く同じ事を話してくれました。

 

 本当に予想外でした。

 叱責されると思ったら、まさかお父さんの指示で労われるなんて。

 

 いや、もしかしたら精神状況が落ち着いてないと見て、明日に回しただけなのかもしれない。

 

 わたしは目を丸くさせつつも、再度溜め息混じりに俯きます。

 

 何でも良いや。

 とりあえず、疲れた……。

 

 そんな心地です。

 するとその気持ちを汲んでくれたのか、隣の黒服は何も喋らずにいてくれました。

 

 

 特務車両がネルフ本部に着けば、わたしは隣に座っていた黒服に先導されて、ゆっくりと歩き出しました。

 何も言葉を交わす事が無ければ、話題に挙げるものもありません。状況終了直後な所為もあってか、本部内は人気がありませんでした。きっと地上に残された使徒の残骸の回収や、エヴァの回収に出払っているのでしょう。

 

 そのまま黒服の後ろをとぼとぼと着いて行けば、やがて更衣室に辿り着きます。着替えは中にあるらしく、中の設備などを簡単に説明してくれれば、黒服は「表で待っているので何かあれば声を掛けて下さい」と言って、見送ってくれました。

 

 中へ入れば、シンジくんの時には見た事が無い景色でした。

 女性用の更衣室なので、当然です。

 とはいえ作り自体は男性用の更衣室の間取りを対照的にしただけのようなものです。ロッカーが並んでいて、中央にベンチがあるだけの簡単な作り。シャワールームへ向かう扉も、やはり男性用とは真逆の位置にありました。

 女性(こちら)特有のものと言えば……と、探してはみるものの、ありません。今まで『綾波レイ』しか使ってこなかったのかもしれませんが、鏡くらいは用意しておいて欲しいものです。

 

 思わず溜め息を吐いてしまいます。

 まあ、今の自分の顔はとても酷い表情だろうし、見なくて正解なのかもしれませんね。

 

 それよりさっさとシャワーを浴びましょう。

 ()()が鼻につくし……。

 と、その前に着替えとタオル探さなきゃ。

 

 わたしは並ぶロッカーのネームプレートを見渡します。が、そこにはまだ自分の名前が用意されていません。となると……と、今一度室内を見回して、部屋の中央にあるベンチに洋服が置いてあるのを見つけました。

 

 新品だと主張するナイロン包み。中には白いワンピースが入っています。

 そして持ち上げてみて気付きますが、洋服の下にはやはり新品の下着。胸のサイズをどうやって確認したのか、ちゃんとブラジャーまであります。

 誰でしょう、用意したのは……。

 そしてその更に下に、バスタオルもありました。

 

 誰のものとは書いてませんが、ほぼほぼ間違いなくわたしに用意されたものでしょう。此処がパイロット専用の更衣室かは定かではありませんが、職員達は今尚働いている筈。ネルフ本部に所属するもう一人のパイロットである『綾波レイ』に関しては、現在入院中の筈です。まあ、違ったら弁償しよう。

 

 わたしは手早く服と下着を脱ぐと、ローションでもぶちまけられたかのような状態のそれを畳む事は諦め、バスタオルを持ってシャワールームへ向かいました。

 

 

 降り注ぐ湯を浴び、わたしはジッと目を閉じて佇みます。

 

 シャワールームは文字通りシャワーしか用意されておらず、当然ながら湯船はありません。先程別れ際に受けた説明で、もしも湯船に浸かりたければ宿舎に用意されていると言われました。

 思い起こせばあの黒服は随分と親切な方です。

 だけどそんな親切心にお礼すら言えない程、わたしは呆けていました。

 それを今になって「ああ、お礼忘れてた」なんてごちるのですから、我ながら腑抜けですね。

 

 降り注ぐ雫によって、身体にまとわりつくLCLの匂い……端的に言えば血液に似た匂いが流れていくような気がします。

 べたついたセミロングの黒髪を湯で一通り洗い流せば、髪を一房掴んで鼻の前へ。

 匂ってみれば、微かに香る血の匂い。

 洗い流せるのなんて気の所為も良いところ。シンジくんの記憶にある通り、微かに匂います。

 シャンプーしたら少しは落ちるかな。

 

――でも。

 

 わたしは髪を掴んだ右手を返し、手の甲を鼻に押し付けます。

 先程よりも強く、血の匂いがした気がしました。

 改めて確認して、わたしは何となしに嫌悪感を覚えます。

 

 これは本能的な血の匂いに対する感想なのか、はたまた別の何かなのか……。

 

 そう思って、今度は手を開いて目の前にかざしてみます。

 よく色白と言われるわたしの肌は、露呈させている手の部分でさえあまり日に焼けてません。

 

 肌色だ。

 

 正しくそんな感想を持ちます。

 

 使徒を蹂躙した紫色の右手ではありません。

 わたしの……人間の手です。

 エヴァの手ではありません。

 

 だけどわたしは、この手で――。

 

 そう思いながら、わたしはジッとその手を見詰めます。

 

 彷彿する先の戦闘の光景が何処となく蘇ってきて、わたしの胸がドクンドクンと静かな音を徐々に速めていきます。右手を下ろし、左手で顕になっている自分の胸を押さえました。

 見下ろしてみれば、まだ成長過程だと言うのに年齢不相応には成長した胸。それを押さえる手もまた、肌色。

 

 だけど、と思って左手を胸から離します。

 その腕には、無数の白い傷痕。

 

 横に裂いた痕があれば、縦に裂いた痕もあります。一番多いのは斜めに裂いた痕。数は……数えられませんし、数えてもいません。ただ、覚えてる限りでも一〇や二〇で済まない事は確かです。

 

「また、やっちゃいそうだなぁ」

 

 その傷痕を右手で撫で、わたしはぼやきます。

 頭上から降り注ぐ湯によって声そのものはかき消されますが、自分で吐いた言葉は骨と肉を伝って直接鼓膜を揺らし、脳の中でこだましました。

 

 馬鹿。

 

 自らの言葉に対する自らの感想を、言葉に出さずごちます。

 目を瞑り、心の中で零した言葉を反芻。

 

 何を考えてるんだろう……わたしは。

 シンジくんの記憶は夢でも御伽でもなくて、事実だったじゃない。

 

 それに、()()()と約束したじゃない。

 二度と自分から死のうとしないって。

 いや、既に何回も破ってるけど。

 

 むしろシンジくんの記憶が事実なら、わたしは来る最悪の結末を回避し、最善の未来を掴み取る事だって出来るかもしれない。ううん。人類補完計画を阻むという事は、それそのまま、そういう事でしょ?

 

 やがてそう思い至り、ゆっくりと目を開きました。

 

 見下ろす胸。そして同年代では胸以外は小柄だと言われる女の子らしい身体。

 これは決して碇シンジのものではありません。

 わたし……碇レンのものです。

 

 そう。間違えちゃいけません。

 わたしはわたしの未来を進むのです。

 シンジくんの記憶を活用こそするけれど、彼の為の復讐なんて考えている訳ではありません。

 

 第三使徒を蹂躙する必要なんて、何処にも無かったのです。

 それと同時に、わたしが自傷する理由も、もう無いのです。

 

 夢が御伽噺じゃない事を確認する為に此処に来た。

 自分が御伽噺になりたくないから戦う事にした。

 

 わたしは自分の言葉にこくりと頷くと、シャワーの横に備えられたシャンプーを手に取りました。

 無くなっていた活力を何処かから取り戻す心地で、髪を洗いました。

 

 ほら、言ってたじゃない。ミサトさんが。

 『風呂は命の洗濯よ』って……。

 

 あの言葉は御伽噺じゃないんだから。

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