シャワールームで身体を洗った後、手早く着替えを済ませます。
何故か下着のサイズはぴったりでした。ノースリーブのワンピースも同じく。共に白いだけで意匠も洒落っ気もあったようなものでは無く、無意味にもサイズがぴったりなので身体のラインが浮き出てしまいますが、傍目には清楚に見えるんじゃないかと思えます。左腕の傷痕への配慮が無い事は仕方無いにしても、わたしの経歴を知っている人が用意したのだとすれば、色んな意味で凄い皮肉ですね。
その後わたしは髪も乾かさない内に、一度更衣室を出ます。すると先程の黒服が扉を開けてすぐの所に立っていて、葛城一尉が来るまでは此処で待機ですと教えてくれました。ならばと先程のお礼だけを告げて再度中へ引っ込み、ベンチに腰掛けて待つ事にします。
とすれば、然程待つことも無く、ノックの音が聞こえてきます。扉を開けて入ってきたのは、やはりミサトさんでした。
表情としては苦虫でも潰したようなもので、罰の悪そうな顔つき。手にはお父さんに出した条件についてのものらしき封筒を持っていて、扉を後ろ手に閉めた後は、その場で溜め息を吐いていました。
その溜め息に気圧されて、先の戦闘の事を暗に非難された気分になってしまい、巧く表情が作れません……が、失態をしたのは自分です。わたしはミサトさんが喋るより早く立ち上がり、両手を揃えてお辞儀しました。
「ごめんなさい。命令聞かなかったり、色々可笑しな事してすみません」
戦闘の際、自分が何をやったか、そして自分に向けて誰がどう言っていたか。正直に言うと、覚えてはいるものの、何処か朧気です。
激昂して喧嘩をすれば、その時は相手しか見ていない。周りの事を知覚していても、後になってみると良く思い出せない。先の戦闘を思い返してみれば、そんな心境でした。
だから言葉こそあやふやなものになってしまいますが、わたしは謝らずにはいられません。
結果良ければ全て良しとされる程、使徒との戦いは子供の振る舞いが許されたものではないのですから。
「いえ、貴女は別に謝る必要は無いわ」
とすれば、わたしの心境なんてまるで見透かしているかのように、諭すような声色で返されます。
思わず疑問符を返してしまいながら頭を上げれば、ミサトさんは呆れたような表情で微笑んでいました。
「あの笑い声にはちょっち引いたけどね。まあ、今の貴女はネルフの所属ではないし。むしろ誰も貴女に命令する権利は無いわ」
つらつらと並べられる言葉。
わたしは思わず首を横に振りました。
「で、でも――」
「責任を感じてる? 日本の法律には緊急避難って言う制度があるわ。あの戦闘で貴女の命の危機が差し迫っていた以上、貴女が器物損壊をしたとしても法律上の問題は無い。加えて言うなら、エヴァンゲリオンなんてものに触れる法律は無いし、これから先作られる事も無いでしょうね」
わたしの言葉を呑ませるかのような勢いで、ミサトさんは捲くし立ててきます。小難しい言葉を並べつつ、理屈で黙らせようとする……そんな姿は、わたしが覚えている印象にはありませんでした。
思わず目をぱちぱちと瞬かせてみれば、ミサトさんがしてやったりと言わんばかりににやりと笑いました。
「まあ、気が立ってないみたいで安心したわ」
「へ?」
「ほら」
そう言ってミサトさんは歩を進め、ネームプレートが挿さっていないロッカーを開けてわたしに指差して見せてきました。そこには鏡。
あぁ、ロッカーの中にあったのか。シンジくんの時は気にしなかったか……ら……。
「…………」
鏡に映るわたし。
目鼻立ちはくっきりとしていて、誰にも言われないけどお母さんとよく似ています。
普段はドライヤーで髪をふんわりとさせるようにしているのですが、濡れてぺったんこになっているので、今のわたしは髪型までそっくり。違うとすれば、お母さんが少し赤毛に近い黒髪だったのに対して、わたしは不本意ながらもお父さん譲りの真っ黒な髪をしている事ですね。
あと、顔立ちは兎も角、普段の顔つきはよく『悪人面』だなんて言われます。
そう、
今のわたしの表情。
口をぽかーんと開けて、目をまん丸に。
眉までへの字を描いているおまけつき。
端的に言うと間抜け面でした。
「いやぁ、あの時ばっかしは本当にびっくりしたわよ? 急に人が変わったかのようだったし、すんごい顔して笑ってたし」
「…………」
鏡に映る自分の顔が真っ赤に染まっていくのを、わたしはただただ唖然としたままの顔つきで見ていました。見られていました。
ハッとして膝を折って座り込み、そこに顔を伏せて悲鳴を上げます。
「や、やだやだ! 何見てんの変態!」
「変態って……あたしも女よ?」
思わず罵倒したわたしに、ミサトさんは呆れたような口振りで返してきました。
次いで、クスリと笑うような声。
視界を涙で滲ませながら見上げてみれば、含み笑いをするような表情で「ほんと、変な子ねえ」などと言われます。わたしはもう、ばつが悪いやら、恥ずかしいやらで、再び顔を伏せる事しか出来ませんでした。
「とりあえず、そのままで良いから聞いて」
そんなわたしへ強引に続けるミサトさん。
そのままで良いなら、暗に変な顔と揶揄されたような顔を見せる必要も無いでしょう。わたしは顔を伏せたまま、頷いて返します。
「先の戦闘についてはお咎めなし……本当のとこ言うと、ネルフは超法規的機関だから世間様の法律なんて通用しないんだけど、初陣だったし、使徒はしっかり殲滅したし、結果オーライってやつね。但し、精神的な異常状態であったのは間違いなさそうだから、明日からカウンセリングを受ける事。敢えて言うなればこれが懲罰かしらね」
ミサトさんの話を聞いて、わたしは伏せておこうと決めた顔を早くも上げます。
「あの、カウンセリングって?」
問わずにはいられませんでした。
おそらくミサトさんには既に知れた事だとは思いますが、わたしはそれを受けた事があります。そして、あまり嬉しくないレッテルを貼られました。
病名としては、解離性同一性障害。
簡単に言えば、多重人格者。
事実としては多少差異はあれど、間違い無いのでしょう。夢の中限定とは言え、わたしの主観が碇シンジと言う別の人間と同化していたという観点で言えば、ですが。
わたしはそこまで思い起こして、ふと気がつきます。
あれ?
さっきの戦闘の時の
と。
するとまるでわたしの思案を読んでいるかのように、ミサトさんは少し言い辛そうに視線を逸らしてから、唇を開きます。
「貴女の
「持病って……」
持病なんかじゃない。
わたしの夢は、確かに事実でした。
この世には存在しないけど、確かに在った出来事の筈なのです……。
まるで先の相談をけんもほろろに突っぱねられたように感じて、わたしは思わず下唇を噛んで俯きます。
するとわたしの視線が落ちた先で、ミサトさんのヒールが床を二度打ちました。まるで意図していると言わんばかりにコツコツと音が鳴って、ハッとして再度顔を上げます。
ミサトさんは目を細め、わたしを見ていました。
しかしその視線はすぐに逸れ、わたしの視線を促します。
向けられた先は――更衣室の入り口。
と、したところでわたしは再度ハッとします。
そうだ。外には黒服が居る。普通に話していれば彼に丸聞こえです。それに、ネルフ本部内は何処もかしこも監視されています。盗聴されていても可笑しくはないでしょう。
「ごめんなさい」
ミサトさんの振る舞いの理由を察して、わたしは思わず謝罪を述べました。
「今尚治療中の貴女を無理矢理乗せたのはあたし達よ。謝らなくて良いわ」
と、すれば、わたしの謝罪をてんで違う方向にとって返して来るミサトさん。いえ、これもおそらくカモフラージュなのでしょう。
わたしの頭が働いていませんね。
ネルフ本部内で件に関する話をしちゃいけないって思ったから、態々『ようこそネルフ江』を貰って初見を装ったのです。ミサトさんはその心を汲んでくれて、不要なリスクを払わずにいてくれているだけでしょう。
「まあ、今日は疲れてるみたいだから、宿舎で休むと良いわ。あたしも残務処理があるから、今日はあまり時間が取れないし。また明日ゆっくり話しましょ」
わたしの頭が軽く撫でられました。
小脇に持っていた封筒を手渡され、余裕があったら読んでおいてと告げられます。
それを両手で受け取ってみれば、彼女は踵を返しました。
「明日は朝一〇時に迎えに行くから、それまでに起きて支度をしておく事。食事はネルフの食堂を使いなさい。案内は保安部にお願いしてあるから」
「分かりました。ありがとうございます」
わたしの礼に後ろ手で応えつつ、ミサトさんは行ってしまいます。
更衣室にぽつんと残されるわたし。閉まった扉を茫然と見詰め続け、「そっか」なんて小さくごちます。
シンジくんの時は病院に直行だったので、当日の内にミサトさんと再会する事はありませんでしたが、こうなっていれば彼もまた「あたしの家に来ない?」と誘われるのは後回しだった事でしょう。
まあ、わたしが誘って貰えるかは別として……。
でも考えてみれば当然ですね。作戦部長と言う役職は基本的に戦闘指揮官に当たりますが、作戦結果要項などを纏めて報告していたりもするみたいですし、当日のうちに暇になる筈も無いでしょう。
わたしはふうと息を吐いて、ベンチに向かいます。
ゆっくりと腰掛けて、書類を膝の上に。
そのまま天井を見上げてみます。
知らない天井ですね。
知っているように見えて、シンジくんは見た事がない筈の天井です。
と、そんな事はどうでもいいでしょう。
わたしが考えるべき事は他にあります。
「カウンセリング……かぁ」
思わず愚痴っぽく唇を尖らせながら零します。
不意に目を瞑ってみれば、蘇る光景がありました。
『気持ち悪いねえあの子。カウンセリングを受けさせたら多重人格者だってさ』
『面倒な子を預けられたものだ』
『本当だよ。早く引き取りに来てくれないものかね?』
あれは確か、わたしが小学生にならない頃だったかな……。
襖越しに聞こえた言葉があまりにショックで、それからわたしは誰にも『御伽噺』の話をしなくなったんだっけ……。
お父さんの友人らしいけど、『先生』なんて呼びたくも無い。本当にクソババアとクソジジイとしか形容出来ない奴ら。
育ての親だなんて覚えもありません。小学校の高学年に上がる頃になれば、わたしは自分の生活の殆んどを自分で世話していましたし。それまでもそれからも、わたしに対する優しさは全て『お金の為』でしたから……。
それでも育てて貰ったんだから――なんて感性が持てないのは、きっと彼らの上辺だけの優しさが大嫌いだったからです。
表では『レンちゃん』。
裏では『気持ち悪い子』。
ああ、吐き気がする。
わたしは閉じたままの瞼を右腕で覆い、天井を仰いだ体勢のまま溜め息を零します。
気持ち悪い……かぁ。
そう考えてみれば、次に思い起こすのは第三使徒との戦闘。
いいや、あの時は『キモチイイ』って考えてたんだっけ……ダメだ。時間が経てば夢みたいに記憶が霞んでいく。
まるで他人に身体を乗っ取られたかのように自分の感性で戦えず、『復讐』と称して使徒を蹂躙したわたし――あれは誰だ。
そう考えてみれば、まるで自分が『多重人格者』と自覚しているようではないですか。
わたしの別人格は『碇シンジ』だった筈。
つまりわたしからすれば、わたしは多重人格でも精神異常者でもなかった筈なのに……。
何て言うか、ショックだ……。
「はぁ……」
二度目の溜め息と共に、わたしは自分の腕を退けて、項垂れます。
そのまま暫く途方に暮れてから、更衣室を後にしました。
ミサトさんの指示に従って黒服に案内して貰い、わたしにとあてがわれた宿舎へ。
ご飯は食べる気がしませんでした。
初の使徒戦でこれ……我ながら先が思いやられるなぁ。
なんて思いながら、わたしはベッドに入るのでした。
どうでも良いけど、ネルフはパジャマまでは用意してくれませんでした。
ワンピで寝たなんて『あの子』に知れたら何て言われるか……。
そんな事を考えて目を瞑れば、自分で考えている以上に疲れていたようです。あっさりと眠りに堕ちるのでした。
どうも、ちゃちゃです。
遅々として展開が進まない事に定評があります。
さて、それじゃ一ページ目のあとがきの通り、本編が一人称なので描写しきれない原作との相違点などを長々とぼやきます。もしも続きが気になる方は飛ばしてって下さい。
注意事項として、本作品、本解説には独自解釈が多々含まれます。あくまでもエヴァ連の解説なので、これがエヴァシリーズにおける絶対の解答などではありません。
箇条書きにて失礼。
・『使徒襲来』
エヴァの第一話のサブタイはこれ以外有り得ないと思う作者の拘り。
・英題
上に同じ。
・レンのイメージは?
一人称だし描写しないと思うので、声だけ捕捉。
平時はシンジくんより高く、彼より低い声も出す。
緒方様ボイスではない。しかし誰の声かと言われると悩む。強いて言えば、時代は違うけど、ヨハネ化してる時のインデックスや、ガルパンの冷泉麻子(共に井口裕香様)みたいな感じを妄想してる。あんな風に淡々と喋るイメージ。アララギさん家の月火ちゃん(も、井口裕香様)ではない。ただ、狂気化してるイメージが湧かないから、やっぱり謎。
他は描写するので割愛。
・レンの知識
あくまでも『記憶』であって、『知識』ではない。
中身のない辞書を持って歩いているようなもの。脳内で探せば大抵の事は分かるが、シンジが懇意にしていなかった人間しか持っていないような情報はわからない。『生命の実』や『黒き月』等の知識にしても、ミサトが調べ上げた情報がこのぐらいなのだと思って書いている。但し、その実が何なのか、『生命の実=S2機関』という図式が出来上がっていないのは、それを知っていたら面白くないのでご都合主義によって削除(
この弊害として、(当然ながら)シンジ、ユイ、ゲンドウの補完は完遂されていない。これのフラグはゲンドウとの補完シーンを覚えているのに、彼の心境が『ユイ>シンジ>越えられない壁>その他』だという事を理解していない場面。
・シンクロ率高くね?
初号機にユイがいる事を知ってる時点でお察し。
・発狂したな……ああ
末期シンジが更に悪化して一周回ってまともに見えるだけ。
・レンのメンタルは強いのか弱いのか
自称精神年齢アラサーですから。自称。
・女子更衣室、シャワールーム
間取り謎。其処までの資料を持ってない(っていうか一般に出回ってるの?)。已む無く適当に……。
・主人公最強なの?
タグに入れていない以上違います。
途中まではそこそこ強いんじゃないかしら。
以下、おまけ。
・書き方
似非口語調一人称。
基本レン視点。それは徹底する筈。
レンが再起不能にでもならない限りはレン視点(番外編などを除く)。
・統一されていない口語調について
描写は口語調ながらも『い抜き言葉』等に注意してます。但し、話す時や、思案の時ではその限りではありません(あとがきもですが)。つまり、正しい口語調の書き方ではない筈。
普段の描写が丁寧口調なのは読者に媚を売るレンが想像出来たから(敢えて丁寧に書いている描写は正に見栄っ張りなレンの心を表しています)。
故に、『です子』口調ではない場面は、心境が乱れていたり、純粋な思案として、態と口調を潰しています。なので『です子』が崩れている時は心情吐露or発狂or激昂していると思って頂ければ。