妹尾佳織のお姉ちゃん!   作:kachiku

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第1話

  

 その日、一人の少女が1年間の留学を終え帰国した。それからの1週間を私用や手続きで駆け回り、ようやく長野県の実家へと帰宅する。

 

 鍵を開け、中に入る。深夜0時を回っているため、もう家族は全員寝ているようだ。なら、もう荷物の整理とかは明日の朝でいいや、と玄関に荷物をすべて置き、そして向かう。最愛の妹が寝ている部屋に。

 

 ドアを開けると、かわいらしい寝息が聞こえてくる。ベッドを見ればそこに妹がいた。そこでようやく帰ってきたのだと再確認。また穏やかな日常が、妹とともに過ごす日常がかえってきたのだと。

 

 「んぅ、んー」

 「ふふ、相変わらずかわいい寝顔だ」

 

 寝相で乱れた髪を少し整えてやると、またすやすやと寝入った。さてと、流石に疲れが溜まってきているので、ここで寝る準備をしようか、と思った瞬間。目に入ったものがある。

 

 「これは……」 

 

麻雀の役が書かれた紙。それが妹の机に置かれていた。しかもところどころに小さくメモが書かれている。この汚い字には見覚えが……。

 

 「智美のやつか。まさかこの子を麻雀部に入れるとは……明日お仕置きするとして、寝よう」

 

 今にも瞼が落ちそうなので、佳織のベッドに潜り込み、抱きまくらにしながら目を閉じた。相変わらずのいい匂いに安心し、彼女は意識を手放した。

 

 

 ◇ ◆

 

 

 その日、東横桃子は燃えていた。全国高等学校麻雀選手権大会・長野県予選の団体戦で、鶴賀学園は全国への切符を取ることが出来なかった。優勝校は清澄高校。試合終了後、尊敬する加治木ゆみが悔いはないと言っていたが、全国出場の夢を阻んだ清澄高校の大将・宮永咲を桃子は許せそうになかったのだ。

 

 (絶対加治木先輩と一緒に全国に行くっす!) 

 

 来週の個人戦では絶対全国行きの切符を取って、加治木ゆみと夏を過ごすために、打倒宮永咲の目標を桃子は掲げた。

 

 (にしても今日は随分三年生の教室が騒がしいっすね)

 

 ゆみと一緒に部室に行こうと、桃子はゆみの教室を目指した。その道中、やたらと騒がしい。まるで桃子が麻雀部に入るきっかけとなった、ゆみの1年A組乱入事件が起きたときのようだ。

 

 「また攫っていったらしいわよ」

 「しかも相手は留学から帰ってきた子らしいよ」

 「キャーッ! 私もされてみたい~!」

 

 (何なんすかこれ)

 

 すれ違う女子グループが話すのはまるで少女漫画のような内容だ。攫っていっただの、王子様みたいだの。また何か乱入事件のようなことが起きたのだろうか、と桃子は思った。

 

 (フフン、どこのどなたかは知らないっすけど、私と加治木先輩の方が素敵っす! 負ける気しないっす!)

 

 ただ、桃子にとってそれは二番煎じもいいところ。聞けば留学に行っていた生徒が帰ってきて、その人の手を握りながら走っていったという。そんなのは加治木ゆみと自分の絆に比べれば大したことないと鼻で笑っていた。

 

 目当ての教室に着く。ここが一番騒がしいところから、この教室がこの騒ぎの発信源のようだ。奇しくもそこは桃子の尊敬してやまない加治木ゆみのクラスと同じだった。

 

 「さてと、加治木先輩は……」

 

 教室の扉に付いているガラス部分から覗いてゆみがいるかを確認する。ゆみの席は窓側の前から4番目で、ここから見ればすぐ分かる。

 

 (……あれ、いないっす。トイレっすかね?)

 

 しかし、どうやらいないようだ。麻雀部に入ってからは部室に行くときはいつもこの教室に行ってから、ゆみと一緒に来ていた。もうそうすることの方が自然なくらいに毎回だ。ゆみが居ない時も何回かはあったが、その時は委員会だったりで連絡が来ていた。今連絡は来ていないので、連絡するほどのことでないということだ。

 

 教室の壁に寄りかかりながら待つとしよう。桃子が携帯を取り出して時間を潰す。

 

 「ワハハ、モモの匂いがするぞー」

 「あっ部長。こっちっすー」

 

 ゆみの教室の扉が開いた。思わずそっちを見ると部長の蒲原智美が腰に手をあてて立っていた。

 

 「ここだったか。よし、部室一緒に行くぞー」 

 「それはいいっすけど部長、加治木先輩はどこにいるっすか? 見当たらなくて」

 「あーそれはだなー」

 「……?」

 

 何やら言葉を濁している。指で頬を掻きながら桃子の視線から目をそらす智美を見て、桃子の頭にハテナマークが浮かんだ。

 

 「何かあったんすか? もしかして怪我とか!?」

 「いやそうじゃないぞ。ゆみちんは今も健康優良児だー」

 「じゃあなんなんすか?」

 

 詰め寄るように桃子は智美を問い詰めた。委員会とかの仕事ならそう言えばいいし、濁す理由がない。何かがあるのだと桃子は察した。その勢いに負けたのか智美はポツポツと話し出す。

 

 「今日うちのクラスに留学に行ってた生徒が帰ってきてなー」

 「あー何となく聞いてるっす」

 「それが明日からの登校なのに気が早って、帰りのホームルームの時に顔を出したんだ」

 「大胆な人っすね」

 

 これだけ聞いただけで少し人物像が見えてくる。かなり誤用の意味の方の破天荒なのだろう。そんなことなかなか出来ることではない。

 

 「その人すごい噂になってるっすよ。ここに来る途中も何回も聞いたっすから」

 「んーまあそうだろうなー」

 

 ワハハと笑う智美。

 

 「ちなみにどんなこと聞いたんだー?」

 「そうっすねー、攫っていったとか、昔好きだった幼馴染と今の彼女との三角関係勃発とか、今年の文化祭は絶対これで演劇に出てもらうーとかっすかね。とにかく少女漫画っぽい内容が多かったっす」

 

 桃子がそう言うと、智美はあちゃーと頭を抱え項垂れた。こういうことに対してからかうぐらいの立場にいつもいる蒲原にしては珍しい反応だ。

 

 「三角関係云々は置いといて、攫っていったのは事実だなー。その帰ってきた生徒、美織っていうんだけどホームルームの最中なのにすぐ連れ去られていったんだ」

 「へぇー、って部長! 話が飛んでるっす。加治木先輩がどこにいるかの話っすよ!」

 

 というか聞いてる限り、ゆみとの関連性が見当たらない。桃子がそう言うと智美は桃子の肩に両手をのせて目を合わせる。普段からは一切感じさせない雰囲気で桃子は思わず息を呑んだ。

 

 「モモ、落ち着いて話をきくんだ」

 「はっ、はいっす」

 「実はその美織を連れ去ったのは……」

 「――ッ」

 

 そこまできてようやく頭にひらめきが舞い降りる。

 

 (……連れ去ったなんて大胆なこと、()()()以外、この学園に出来る人なんているっすか? それに乱入事件の時にも演劇の話があったような……)

 

 そう、桃子はこの騒ぎを乱入事件に似ていると感じていた。周りの反応にあった()()攫ったという言葉、前の演劇が純愛モノで今回の演劇が三角関係モノというあたかもシリーズ物を匂わせるようなジャンル、大胆で少女漫画的行動、そしてこの話が加治木ゆみの不在に関係があるのだとすれば……。

 

 「まっ、ましゃか」

 「連れ去ったのはゆみちんなんだ」

 「いやぁぁぁあああああああああ」

 

 桃子は部室まで叫びながら走り出した。この時の叫びで大勢が桃子のことを認識できたのは何たる皮肉か。しかしその事実に気付かずに、桃子はひたすらに部室を目指した。なぜ部室なのか。脳に刺さるかのような直感。天啓ともとれる直感だった。

 

 (先輩嘘っすよね? ただの見間違いっすよね?)

 

 息を切らしながら登る階段。文化系部活の麻雀部には少しきつい階段ダッシュ。そして桃子は部室前にたどり着くと、そのままの勢いで扉を開けた。

 

 「加治木先輩っ!!!」

 「モっ、モモ……」

 「せ…んぱい……?」

 「ちっ違うこれは!」

 

 桃子の目に飛び込んできたのは、美織という件の女子生徒を長机に押し倒す加治木ゆみの姿だった。

 

 「まてモモ勘違いするな!これは――」

 「しっ……しっ」

 「しっ、てなんだモモ! 落ち着いてくれ」

 「信じて送り出した先輩がっ、留学から帰ってきた友人にドハマリして押し倒してるなんてっす――!!!!」

 「話を聞いてくれモモ!!」

 

 ゆみの言葉を無視して桃子は部室から出ていった。部室に残る沈黙の空気。目が合うゆみと美織。

 

 「……あらら。これってまずい状況?」

 「……ああ」

 

 お互いの状況を再確認した二人の間に変な空気が流れる。

 

 「加治木先輩がああああああ!! あんまりっすうううう!!」

 「ワハハ、とりあえず捕まえてきたぞー」 

 

 その数十秒後、蒲原に襟を掴まれて引きずられながら、桃子は再び部室に来たのであった。

 

 

 ◆ ◇

 

 

 「いま佳織からメールが来て2年生組は少し遅れるそうだぞー」

 「ああ分かった。……モモ、いい加減機嫌直してくれ。あれは事故なんだ」

 「ガルルルルルルルルル」

 

 ゆみの言葉も耳に入らない桃子は件の生徒・美織を絶賛威嚇中だ。ゆみの腕に抱きつきながら睨みを利かせている。ゆみもそんな桃子を宥めようとするが、先程の光景によっぽどインパクトが有ったのか、聞く耳を持たないようだ。

 

 「……ク、フフッ」 

 

 そんな状況を見て、件の女子生徒・美織は笑っていた。

 

 「むっ、何がおかしいっすか!?」

 「ん? いや、ゆみも随分変わったなってね」

 「呼び捨てっ!?」

 「まあ……そうだな。変わったよ、私は」

 「普通に受け入れてる!?」

 

 普通に会話をしてるゆみを見て桃子は衝撃を受けていた。鶴賀学園において、ゆみの立場はクールな王子様なのだ。ゆみに向けられる視線にはそういった好奇の視線が多く、ゆみ自身うんざりしている。ゆえにゆみの友達は少ないのだ。

 

 それなのにも拘らず、今なお続くこの自然な会話。まるで旧友と話しているかのような雰囲気に桃子は面をくらっていた。

 

 「それで、今日は何しに来たんだ? まさか顔見せに来ただけな訳じゃないだろ?」

 「そそ、そうっす! ここは麻雀部っすから部外者は立入禁止っすよっ!」

 

 取り急ぎゆみから離れてもらいたかった桃子はゆみの発言に光明を見出す。しかし、その発言を聞いても美織は動かず、変わらずに笑うだけだった。

 

 「残念。実は私、麻雀部の幽霊部員なんだ」

 「う、嘘っす!」

 「それが嘘じゃないんだ。そうでしょ、智美?」

 「モモ、美織は麻雀部をつくったときに名前を貸してくれたんだ。だから書類上は一応麻雀部所属になっていると思うぞー?」

 「そういうこと」

 「そんなぁ」

 

 がっくりと肩を落とす桃子。そんな彼女に脇目も振らず、美織は制服のポケットから折りたたまれた紙を取り出した。

 

 「……。まあでも、その子の言うことも分からない訳じゃない。事実私は麻雀殆ど知らないし、留学とはいえ1年以上もここを離れたわけだしね」

 

 美織はそう言うと、紙を開く。書かれている名前、その横には印鑑が押されている。

 

 「入部届?」

 「そう、入部届。もう一回入部することにするよ。今度は正式に麻雀部員としてね」

 

 やけに似合っているウインクをして、美織はその紙をいいでしょー?、と智美に渡す。しかし、少し渋い顔をする智美とゆみ。その反応に美織は怪訝そうな表情を浮かべた。

 

 「いやー受け取ってもいいんだけど、もう県予選の団体戦は終わってるし、今から個人戦のエントリーなんて出来ないぞ?」

 「っ!」

 

 今更入部したところで、公式戦にはもう絶対に出られない。しかも3年生ということは、受験も近づいてくるイコール引退ということだ。つまり部員として入部する意味はほとんど無いのだ。

 

 「それでもいいのかー?」

 「フフン、そんなことは承知の上。私の目的は公式戦に出ることじゃないからね」

 

 腰に手を当てて言う美織。その様子に桃子の勘が働いた。

 

 「まさか、加治木先輩っすか!? 加治木先輩との時間が目的っすか!?」

 「おいモモっ、何言ってる! そんなわけ無いだろ!」

 「んーそれも悪くないね」

 「やっぱりそれが目的っすか!? 先輩は絶対渡さないっすよ!」

 「美織もモモも何言ってる! 蒲原も止めてくれ!」

 「ワハハ、モテモテだなーゆみちん」

 「おいっ!」

 

 普段のゆみとは大違いなオタオタとした態度をよそに、美織とモモの間の対立は激化していた。蒲原もそれを楽しそうに眺めている。 

 

 まっ冗談はさておき、と美織が話し始めた。

 

 「私は単純に麻雀を覚えたいだけだよ。それでもだめ?」

 

 美織の言葉に智美とゆみは桃子に目を向けた。美織の入部に反対派なのは桃子だけだからだ。その桃子はどこかうつむき加減で、立っていた。そして口を開く。

 

 「やっぱりだめっす!今週には個人戦があるっすから、初心者を教えてる時間なんて無いっす!」

 「モモ……」

 「……絶対全国に行くっす。みんなと、加治木先輩と」

 

 桃子の気持ちのこもった言葉に智美とゆみはお互いを見合わせた。個人戦までに残った日にちは僅か5日。確かに桃子の言うことは正しかった。全国へ行けるのは、上位3人であるが個人戦に魔物の一角である天江衣は出場していないので、可能性はゼロじゃない。無論、ハードルは高いがこの一週間を大事に使えば希望はあると考えているのは桃子だけじゃなかった。

 

 そんな桃子を見て、美織はポケットに手を突っ込みニヤリと口元を歪めた。

 

 「ならさ、入部をかけてゲームをしてみない?」

 「……ゲームっすか?」

 「そう、勝敗で入部出来るか出来ないか決める簡単なゲーム。どちらの意見が通るのか」

 

 美織はポケットのサイコロを二つ取り出して上に放り投げた。瞬間、風が再び部室に吹き通った。 

 

 「一勝負(ひとしょうぶ)、運試しと行こうか」

 

 

 ◇ ◆

 

 

 「使うのはこのサイコロ2つ」

 

 麻雀卓の前に集まる4人。指と指で挟むように2つのサイコロを持つ美織の話しが始まる。

 

 「ルールは簡単。出た目を足してより高いほうの勝ち」

 「単純っすね」

 「その方が運任せでいいでしょ?」

 

 ただし、と美織が付け加える。

 

 「このゲームにはどんな出目でもその瞬間に勝つ事ができる例外的なルールがある」

 「どんな出目でも?」

 「そう、たとえ相手が最高の12を出しても勝てるルール」

 

 美織はそう言うと、麻雀卓上に2つのサイコロを振った。2つのサイコロは麻雀卓上に落ちると同時にぶつかり合い、弾かれるように転がった。出た目は6と2。

 

 「それはサイコロをふる前に最終的な数字を宣言すること。この場合なら、サイコロをふる前に8と宣言していればその瞬間私の勝ちが決まるってこと」

 「……もし宣言通りの数字にならなかったらどうなるっすか?」 

 「その時は、出た目がたとえ12でも扱いはゼロになる。つまり負け確定ってわけだね」

 「……なるほどっす」

 

 サイコロを手元で投げては取ってを繰り返して、美織は言う。その例外的ルールの条件の厳しさに桃子は疑問を懐いていた。桃子は美織がこの勝負を自信満々にふっかけてきた時から直感的に感じていた。この人は何か絶対に勝てる手段があるからそれだけ自信があるのだと。そして例外的なルールを話し始めた時から、その直感が正しかったと判断していた。しかしだ。

 

 (……そんなに厳しい条件なのに何で自信満々っすか)

 

 桃子はもっと簡単な条件だと思っていた。だからこその自信だと思っていたし、桃子はその条件を逆に利用してやろうとも思っていた。しかし、宣言した数字を外したら負け確定の条件はあまりに厳しい。そんな時に、美織はさらに話し出す。

 

 「今回はこっちがチャレンジャーだからね。引き分けは私の負け。あと私は1回だけだけど、あなたは3回振っていいよ。その3回で一番いいやつがあなたの数字」

 「なっ」  

 

 美織の提案は桃子が有利になるだけのルールだった。思わず面を喰らってしまう桃子。

 

 (本当に勝つ気あるっすかこの人!?)

 

 じぃーっと美織を見てしまう桃子の視線に気付いても、なお美織は涼しい表情でゆみと話している。桃子には美織という人間を理解できなかった。

 

 「……そんな条件で勝てると思ってるっすか?」

 「フフ、どうだろうね」

 「絶対あなたには負けないっす!」

 

 桃子は美織の投げていたサイコロ2つを掴むと、そのまま卓上に放り投げた。空気が急激に静まり、サイコロが転がる音だけがその場を支配する。そしてサイコロの動きが止まった。

 

 「出目は3と4だから7。まずまずだね」

 

 出目の合計が7になるのは、確率上では36分の6、つまり6分の1で実は1番高い確率で出る出目の和の1つだ。デジタル打ちの桃子には、既にその計算が分かっているので、その結果には安心できなかった。

 

 (頼むっすよ)

 

 続いて2投目。桃子は息を呑んで卓上を転がるサイコロに意識を向けた。しかし、祈り届かず出目は2と1、つまり3。

 

 「フフ、出目の和は3。残り一投」

 「クッ」

 

 美織の言葉に思わず言葉が漏れてしまう。ラスト一投。7より高い数字を出せなければ、と追い込まれてしまっている。サイコロを掴むと目を瞑って神に祈る。

 

 (神様頼むっす!! 今だけステルスモモにお力をくださいっす!!)

 

 運命の一投。桃子の手からサイコロが放たれた。再びサイコロの転がる音だけがその場を支配する。まる一瞬一瞬が遅れるかのような錯覚が桃子を襲う。

 

 (来いっす、来いっす!!)

 

 サイコロが止まる。出目は――

 

 「6と5で11っす!!」

 

 ――祈り届く! 桃子の必死のお願いが神に聞き入れられたかのように出目の和11が出る。確率的には36分の2、つまり18分の1の確率で出る出目。これだけ聞けば出せる気がしてくるが、今この時に出すとなればそれは確率以上のモノがある。桃子はそれを掴んだのだ。

 

 「やったっすよ先輩!」

 「あっああそうだなモモ」

 

 飛びついてゆみの腕に抱きつく桃子だった。しかし、桃子は気づかないがゆみの表情は微妙。なんとも言えない表情だった。蒲原も同様に、桃子の勝利を確信していないように見える。

 

 「どうっすか! 先輩は渡さないっすよ!」

 

 桃子は上機嫌。この勝負は引き分けなら桃子の勝利になるルール。桃子は11という数字を出した時点で美織の勝利の手は1つ、6と6の12だけになる。つまり確率36分の1を今この瞬間に掴み取らなければならない。桃子は勝ちを確信した。

 

 「これは厳しいね。……フフ、でもまだ安心するのは早いよ」 

 「っ!?」

 

 しかし、美織は微笑むだけ。この状況を楽しんでいた。まるで12を当然のように出せるかのように。桃子の表情が一気に固まる。

 

 (……モモの負けだな)

 (モモーそれじゃあ勝てないなー)

 

 このゲームを見ていた智美とゆみも、この時点で桃子の負けを予感していた。

 

 「このゲームにはどんな出目でも勝てるルールがあることを忘れちゃいけない。まだ終わってない」

 

 美織はサイコロを拾い、握りしめる。その瞬間、得も知れぬ圧迫感が桃子を襲った。それはまるで天江衣のような、圧倒的な支配のように。

 

 「2だ」

 「っ!?」

 

 そして宣言。この時点で、美織の出目の和は2以外許されず、それ以外なら敗北になる。確率的に12を出すのと同じ確率・36分の1の出目の和2、つまり1のゾロ目。美織はそう宣言したのだ。

 

 (ありえないっす! 1のゾロ目なんて今この瞬間出るわけが――)

 

 桃子の思考をよそに、(さい)は放たれた。後ろで見ていたゆみと智美も思わず息を呑む。そして、サイコロの動きが止まった。卓上のサイコロ、その出目は。

 

 

 「フフ、2だね」

 「そっそんにゃ~~~」

 

 賽の目は美織の宣言通りの2! 1のゾロ目を出す! 通常最弱の目、2での勝利! 卓上のサイコロを信じられない桃子は、現実を受け入れられないのか、床に崩れ落ちたのであった。

 

 

 ◆ ◇

 

 

 「じゃあ、これで私も麻雀部の一員ね」

 「ワハハ、残り少ないがよろしくたのむぞー」

 

 美織の入部届に部長蒲原のサインをする。あとはこれを職員室に持っていけば、正式に入部となる。持っていく意味は殆どないのだが。

 

 「うー、ありえないっすー、うー」

 「モモ……」

 

 未だ敗北から抜け出せない桃子はゆみに膝枕されながら唸っていた。そんな桃子を頬を染めながら頭を撫でているゆみ。

 

 「美織、よくサイコロなんか持ってたなー」

 「ん? 制服のポケットに去年から入れっぱなしだったんだよ」

 「ふーん」

 

 その言葉を聞いてゆみの頭に懐かしい思い出がよぎった。美織との初めての会話もそういえばサイコロから始まったなと。あれから1年経とうがやはり変わっていないのだなとゆみは思い出に浸った。

 

 「じゃあ今のうちに、麻雀のご指導頼むよ」

 「おっ美織、やる気まんまんさんだなー。いいぞー」

 

 智美が全自動卓のセットをして、牌の山を出す。そこであっ、と思い出したように美織が話す。

 

 「そういえばさ智美、私に何か言ってないことあるよね?」

 「えっ、そんなのあったかなー」

 「そう? 例えばさぁ、私の家族関係で」

 「えっ、……あ」

 「気付いたようだね、智美。そうだよ、私の大事な大事な妹のことだよ」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴという効果音が聞こえるかのような美織の迫力に、智美は冷や汗を垂らしまくっている。

 

 「ちゃんと連絡をくれって言ったはずだよね?」

 「ワハハハハ、……忘れてた」

 「智美、お仕置きです」

 「ガガガガガガガガガ」

 

 智美にアイアンクローを決める美織、顔を潰されて機械が壊れたような声を漏らす智美。たっぷり数十秒間、その後美織は力を緩めた。

 

 「智美、個人戦までの5日間私んちに泊まりで、麻雀教えなさい、いいね?」

 「潰れるかと思った……。ワハハ、お泊り麻雀か、いいぞー?」

 「よし、じゃあ始めようか」

 

 そう言って美織は目の前に積まれた麻雀牌を使って智美に麻雀を教えてもらう。

 

 「――はっ」

 「モモ、気がついたか」

 「せっ先輩の膝枕、最高っすぅぅぅぅ!!」

 「おい、モモ!」

 

 ようやく正気を取り戻した桃子は、あこがれの先輩である加治木ゆみに膝枕をされているという現状に気付く。スカートに自分の匂いを擦り付けるかのように桃子は頭を動かした。

 

 「まずは四面子と頭をだなー」

 「四面子と頭が何かわからない」

 

 ひとまず満足した桃子の耳に、智美と先ほど勝負に負けた美織という少女の声が入ってくる。その様子を膝枕されながら眺める。

 

 「あー負けちゃったっす先輩」

 「ん? まあ美織なら仕方ないさ。そもそも勝てる人がそうそういないからな」

 「どういうことっすか?」

 

 桃子がそう訊くと、ゆみは少し笑い、話し出す。

 

 「美織がさっきみたいな運の要素しかないゲームで負けたところを見たことがない。早い話が、美織は運がとんでもなくいいんだ」

 「運がいいっすか。まるでかおりん先輩みたいっすね」

 「ん? ……ああそうか、まだ言ってなかったな」

 

 ゆみがそう言うと、美織に自己紹介をしろと促した。美織はそれを聞いて椅子から立ち上がり、口を開いた。しかし、それと同時に麻雀部の扉が開く。

 

 「すみません、遅れました」

 「あっ、むっちゃん先輩っす」

 

 開いた扉から出てきたのは麻雀部新部長予定の津山睦月だった。

 

 「ワハハ、むっきー佳織はまだ来ないのか?」

 「いえ、もうすぐ来ると思いますが。むっ、部長そちらの方は?」 

 

 睦月の目に入ったのは見慣れない生徒。もちろん美織のことである。

 

 「交換留学生のMIORIちゃんだっ!」

 「えっこの時期にですか?」

 

 睦月がそう訊くと、智美の視線に気付いた美織は睦月に外国人のように近寄る。

 

 「Hi, I`m Miori. Nice to meet you. May I have your name please?」

 「いや、えっと、マイネームイズムツキ? ナイステューミーチューテュー?」

 「美織、お前は純日本人だろ」

 「ワハハ、ゆみちんネタバラシがはやいぞー?」

 「ネタバラシって、部長、騙しましたね……!?」

 

 睦月のかわいらしい日本語英語と慌て方に美織は思わずくすっと笑ってしまう。そんな時、再びドアが開く音。

 

 「すみませんっ、掃除当番で遅れましたっ」

 

 走ってきたのか、息を切らしている妹尾佳織だ。手を膝の上において息を整えている。その愛らしい様子に吸い寄せられるかのごとく、美織が近づいていく。

 

 「これで全員揃ったな」

 「はいぃぃ、麻雀頑張りますぅって、お姉ちゃん!」

 「やっ、佳織。遊びに来たよ」

 「はぁ~頭撫でられるの久々でいいかも、ってお姉ちゃん明日登校じゃなかったの?」

 「佳織と少しでも一緒にいたかったんだよ」

 「もうっ、お姉ちゃんは仕方ないなぁ」

 

 「「…………」」

 

 姉妹愛を目の前で見せつけられている睦月と桃子は目の前の状況が把握できずにいた。その間もイチャイチャする二人を慣れたように見るゆみと智美。数分後、一足先に正気を取り戻した桃子がゆみに話しかける。

 

 「先輩、あの人、ましゃか」

 「ああ、モモも分かったようだな。美織、改めて自己紹介を頼む」

 「ん? ああまだだったね」

 

 そう言い、美織は佳織の肩を抱きしめる。

 

 「鶴賀学園3年、妹尾佳織の姉、妹尾美織です。これから麻雀部員として、一緒に頑張りましょうね?」

 「「えぇぇぇぇぇぇ!?」」

 

 鶴賀麻雀部部室に声が響き渡った。

 

 

 ◇ ◆

 

 

 「ロン、タンヤオドラ2、3900」

 「はっはいぃ」

 「ワハハ、むっきー調子いいなー」

 

 美織の自己紹介も終わり、鶴賀麻雀部の活動が開始した。半荘数回後、今回のじゃんけんの結果、今打っているのはゆみ、智美、佳織に睦月だ。美織はもちろんルールすらほとんど把握してないので後ろで椅子に座って見ている。

 

 「……」

 「んー? どしたの東横さん?」

 

 当然余りの桃子は美織と一緒に後ろで見ていることになる。先程負けたのがショックなのか、美織のことを恨めしくじぃーと見ていた。

 

 「ずるいっす。かおりん先輩のお姉さんって知ってたら勝負しなかっすよ」

 「フフ、まあまあ」

 

 桃子の視線を笑って躱す美織。少しあと、俯きながら桃子は口を開く。

 

 「何で打たないっすか? せっかく入部したのに」

 「そりゃみんなの邪魔したくないからね」

 「えっ」

 

 桃子にとって予想外の答えだった。部活が始まってから未だに美織は打とうとしていない。誰か後ろについてもらって簡単にアドバイスでももらいながら打てるのにも拘らずだ。それが全国を目指す鶴賀麻雀部にとって、時間の無駄になりかねないから桃子は入部を反対したのに。……加治木先輩を取られないようにするのも少しあるが。

 

 「じゃあ何のために、って何すか近いっすよ!」

 

 そう思わず呟いた桃子が顔をあげると、目の前に美織の顔があった。

 

 「それより東横さんさ、どこかで見覚えがある顔なんだけど、知り合いってわけじゃないよね? 佳織の姉だって知らなかったし……」

 「……違うと思うっすよ。私1年っすから」

 

 うーんと唸り、顎を手で触りながら首を傾ける美織に、桃子は少しだけ違和感を感じていた。しかし、それが何かを掴めない。

 

 「ツモ、リーチツモチートイドラ2、2000・4000」

 「またゆみちんがトップで終わりかー」

 「お疲れ様です」

 「うぅ、また最下位でした……」

 

 「あらら、佳織がまた最下位だ」

 

 オーラスが終わったみたいで、智美は椅子に思いっきり寄りかかっている。ゆみはテーブルに置いていた水を飲んで休憩していて、睦月は両腕上げてストレッチをしていた。美織の愛すべき妹佳織は嘆きながら手牌をじっと見ていた。よほどいい手だったのだろう。

 

 「交代っすね」

 「うーん、絶対見たことあるんだけどなぁ」

 

 桃子は席を立って席に近づいていく。その後ろ姿を未だ見つめる美織。

 

 「あっモモ、私と交代だー」

 「了解っす部長」

 「それにしても、()()()()()()()()()()()()、モモ」

 「っ!」

 「ああ、()()()()()()()()()()()()()()

 

 何気なくでた智美とゆみの言葉に、ようやく感じていた違和感が分かった。バッと桃子は振り返った。

 

 「私のこと、見えるっすか?」

 「……どういうこと?」

 「…………」

 

 出会いの衝撃で桃子は忘れていた。自分の特性。存在感が薄くて、薄すぎて誰も気付けない。見つけてくれない。人とのコミュニケーションすら諦めさせられていたほどの桃子の特性。

 

 「モモは存在感がなさすぎて、最初はいることすら普通気付けないんだぞー?」

 「佳織はモモが入部してから気付くまでかなりかかっていたしな」

 「うむ」

 

 口を開けっ放しで桃子は美織を見て呆けていた。

 

 「ふーん」

  

 その姿を見て美織はそう言うと、おもむろに立ち上がって桃子に近づく。そして迷うこと無く桃子の前に辿り着き、桃子をギュッと抱きしめた。

 

 「はっ放してくださいっすっ」

 

 慣れない感覚と、柔らかい感触に戸惑いながらも身じろいで暴れる桃子。そんな桃子に美織がクスクス笑いながら言う。

 

 

 「フフ、私の前でかくれんぼは出来ないみたいだね」

 

 

 ◆ ◇

 

 

 「鶴賀麻雀部、楽しそうでいいね」

 「モモも最初とは大違いで随分なついてたみたいだしなー」

 「もう智美ちゃん、犬みたいに言っちゃダメでしょ?」

 「フフ、でも確かに犬っぽいかもねモモちゃん」

 「お姉ちゃんもっ!」

 

 帰り道、智美は美織と佳織と歩きながら話していた。妹尾家と蒲原家は近所なので登下校をともにしている。

 

 あの後。

 

 「うぅ」 

 「東横さん?」

 「……モモでいいっす。部員だからしっ仕方なくっすよ!」

 「フフ、モモちゃん」

 

 なんてことや、

 

 「……私もみおりん先輩に麻雀教えるっす!」

 「えっ? でもモモちゃん個人戦が……」

 「おっ教えることで基本を再確認するだけっす! 部員だから仕方なくっすよ!」

 

 なんてことに加えて、

 

 「仕方ないっすから、わっ私もお泊り麻雀参加してもいいっすよ?」

 「えっ、でもなんか悪いなぁ」

 「みおりん先輩の覚えが悪いからっす! 部員だから仕方なくっすよ!」

 

 なんて桃子のかわいいエピソードがあったのだがその話は置いておく。

 

 

 

 「なぁ美織、もしかして今日最初から誰かと勝負するつもりで学校来たのかー?」

 「あっ、ばれた?」

 「どういうことお姉ちゃん?」

 

 ニシシとイタズラがバレた子どものように笑う美織に佳織が尋ねる。

 

 「佳織とむっきーが来る前に美織がモモと入部を懸けてサイコロでゲームしたんだよ」

 「あー、それでお姉ちゃんが勝ったんだ」

 「まあね」

 

 胸を張る美織に苦笑いの佳織。

 

 「智美ちゃん、それで?」

 「美織は今日の部活で後ろで見てただけだろー?」

 「うん」

 「去年からパソコンの貸し出しがあって今でこそネット麻雀が出来るけどなー、まだ麻雀部の創部の時、パソコンの貸し出しは無かったんだ。だから部員じゃなくても打てる人呼んで打ってもらってたんだよ。美織は留学に行ってたからその時の麻雀部しか知らない。だから後ろで見るくらいなら入部にこだわらなくていいはずだろー? なのに入部にこだわったってことは入部以外に本命の目的があるって考えられる」

 「智美ちゃん、何か賢いこと言ってる」

 「ワハハ、それにサイコロが新品っぽかったしなー。絶対今日開けて持ってきたと思ったんだ」

 

 そうだろ! と美織に指をさす智美。それを見て美織が笑った。

 

 「フフ、流石わが幼馴染だね。まあモモちゃんがいたから入部を懸けての勝負ができたけど、いなかったらジュースでも懸けてゆみと智美にふっかけてただろうね」

 「でもお姉ちゃん、入部届はいつもらったの?」

 「それは教室行く前にね。お母さんに団体戦に出たって聞いてたから。それってつまりは5人、ちゃんとした麻雀部員が集まったってことでしょ? 個人戦に向けて集中したいのに、って入部に反対する人が出てくると思って念のために用意してたら、モモちゃんがいてこれは勝負ができるって感じだね」

 

 ただし、と美織が付け加える。

 

 「勝負をするのは2番目の目的だった。一番の目的はもちろん、佳織と一緒のことをしたいからだっ!」

 「わっお姉ちゃんいきなりっ」 

 「ワハハ、このシスコンさんめー」

 

 ギュッと肩を抱きしめる美織に驚く佳織、それを楽しそうに見る智美。

 

 (やっぱり『ここ』はいいね)

 

 穏やかな日常に笑みが溢れた美織は、これからのお泊り麻雀、そして新しく加わる後輩たちに期待を寄せたのであった。

 

 

 




強引もいいところだけど、こんな感じでお姉ちゃんが、勝負をふっかけるお話です。ちょっとずつ書いてきます。点数とか間違ってたらすみません勉強中です。
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