妹尾佳織のお姉ちゃん!   作:kachiku

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第4話

 大部屋を出て一度部屋に戻り、浴衣やらお気に入りのシャンプーやらを持ってお風呂場へと向かう鶴賀麻雀部一行。ゆみと智美を先頭に、浴場へと進む。その道中、先程大部屋で行われていたことに話題は移る。

 

 「間近で魔物の麻雀を見た感想はどうだ?」

 「すごいね。宮永さんはカンすれば嶺上開花決めるし、衣ちゃんも同じように海底撈月。インターハイでも敵はあんまりいないかもね」

 

 ゆみの問いに美織はそう答える。もちろんそういった傾向があるのは牌譜を見ていたし、映像でもチェックしていた。しかし、あの場にはそれだけでは感じられない何か、圧迫感であったりツキの高まりで場が満ちていたのだ。

 

 「ワハハ、その中で宮永さんに三倍満振り込ませた佳織はすごいなー」

 「そっそんなこと……」

 「フフ、あれは最善の麻雀だったね」

 「最善ですか? それってどういう……」

 

 睦月が美織に尋ねる。美織は思い出すように一度目を閉じて、そして口を開く。

 

 「あの局は原村さんはいつも通り、衣ちゃんは様子見。宮永さんはどこかふわふわしてて、目の前の麻雀に集中してなかった。団体戦決勝の結果で言えば宮永さんが一番強いだろうからね。一番強い人から一度でも点棒を奪えるのなら、それは最善なんだよ」

 「なるほどなー」

 「まあそれでも最善止まり。最高は役満振り込ませて飛び終了」

 「……なるほどなー」

 

 美織の言葉に苦笑のゆみと睦月。しかし、仮にあの手に赤ドラが1つでもあれば13飜・数え役満で終了だったのだ。あの後咲に火が着いて、衣の支配も始まり、佳織はそれから和了れなかったのだから、佳織が勝つためにはその最高以外なかったのだろう。

 

 美織がそう考えているとそれで、とゆみがその話しを断ち切るように話し出す。

 

 「立ったのか? 勝算は」

 「フフ、さてね。でも」

 「でも?」

 「負ける気はないよ」

 「……そうか」

 

 美織の言葉にゆみは安心していた。ゆみは美織が今回の合宿に参加した目的を知っている。それは受験勉強の息抜きであったり、鶴賀麻雀部に強豪校との合宿を通じて強者との経験値を積んでもらうことであったり、美織の勝負という私用であったりする訳だが、実はもう1つある。

 

 そのために宮永咲や天江衣と戦うことが必要で、さらに勝たなければならないのだ。

 

 (本当、お前は優しいやつだよ。美織)

 

 ゆみは1年生からの友人を心のなかでそう評した。

 

 「着いたみたいだね、お風呂」

 「ワハハ、声が聞こえるってことはもう入ってる人もいるみたいだなー。突撃だっ! むっきー!」

 「わっ部長っ」

 「私はもう部長ではないっ! ただの蒲原だっ!」

 「ただの蒲原さんーーっ!」

 

 浴場の入口に今の時間は女性がこちらの浴場ですと立て札が掛けてある。智美は睦月の手を引っ張り、走って暖簾をくぐっていった。まるで智美が運転する車のように、睦月が若干浮いていたような気がする。

 

 慌ただしいやつだ、と嘆きながらゆみも暖簾をくぐっていく。

 

 「私たちも行こうか」

 「うんっ」

 「……はいっす」

 「……?」

 

 美織たちも暖簾をくぐる。入ると右側には鏡があって、ドライヤー等が置いてあり、左側は壁に沿ってL字型にロッカーがあってその中にかごが入っている。

 

 適当なかごに浴衣やらを入れて、服を脱ぎ始める。スカートのフックを外してスカートを下ろす。ネクタイを外して、ワイシャツのボタンを一つずつ外していき、3つ目のボタンを外した時、気付く。桃子の手が止まっている。

 

 「モモちゃん?」

 「あっ、みおりん先輩、なんでもないっすよ」

 

 そう言って慌てたように服を脱ぐ桃子。そんな彼女を見て、美織は桃子の両肩を掴んで顔を見合わせる。

 

 「ダメだよモモちゃん。気持ちを隠しちゃだめ。私と約束したでしょ?」

 「うぅ、そうっすけど」

 

 美織から目をそらし、少し恥ずかしそうに桃子は横を向く。

 

 東横桃子はこれまで遠慮して生きてきた。他者との関わりを諦め、誰にも迷惑を掛けずに過ごしていた。自分の都合を優先すること無く、また関わりがないために他者を優先することも出来ずに過ごしてきた。ゆえに誰かを頼る、誰かに(すが)ることが出来ない。誰かに何かをお願いすることが出来ない。そういう意味で、桃子は心に蓋をしてしまうのだ。

 

 また、高校生にもなると人に心をさらけ出すことに、ある種の羞恥心を感じてしまう。ゆみや智美、佳織に睦月と麻雀部での関わりができた後も、ましにはなったがその考えは桃子に染み付いていて、お願いしたり頼ることをあまり出来ないでいた。

 

 そんな桃子の心を察した美織は、まずは桃子を完璧に認識できる自分を頼って欲しいと桃子に言い、そしてこの約束をしたのだ。

 

 桃子は数秒間そのままで、その後深呼吸して口を開いた。

 

 「……清澄の嶺上さんにハンカチあげたっすか?」

 (……なるほど)

 

 「私、これまで友達からプレゼントとかもらったことなかったから。その、……ちょっと羨ましくなっただけっす」  

  

 ここではないどこか遠くを見るような目でそう言う桃子に、美織は少し自省する。桃子にこういう表情をさせないようにしてきて、最近ではなかったのにまたさせてしまった。しかもこの状況は()()()()()()()()()()()()

 

 ただただタイミングが悪かった、と美織は思う。そう、別にプレゼントをあげたくないわけではないのだ。ただプレゼントを贈る、その行為が最も輝く日がもう少しで来て、その日に合わせていたのだ。

 

 はぁ、と心のなかでため息を一つつく。

 

 「タイミングが悪いなぁ」

 「えっ、タイミングって……」

 「モモちゃん、7月26日って何の日か分かる?」

 「えっと、夏休みの始まりじゃないし、海に行く日でも無いっすよね」

 

 うーん、と唸りながら桃子は思考をめぐらし、やがてひとつの答えに行き着くと、あっ、と声を漏らした。その様子から美織は気付いたと察し、笑みを浮かべる。

 

 「もしかして」 

 「そう、モモちゃんの誕生日でしょ?」

 

 7月26日は東横桃子の誕生日。そのことを美織は知ったのだ。そしてそのことを桃子以外の麻雀部メンバーには伝えてあり、プレゼントをそれぞれ贈るから考えておいてねと焚き付けてあったのだ。

 

 「はは……私、バカみたいっす」

 

 少し呆けたような表情でそう声を漏らすと、桃子は美織に勢い良く抱きついた。美織はそれを優しく受け止めると、落ち着かせるように頭を撫でる。

 

 「ほんと、バカっす。勝手に羨ましがって、嫉妬して、自分の誕生日すら忘れちゃうなんて……」

 「…………」

 

 美織は何も言わず、時々嗚咽で体が揺れる桃子の背を子どもをあやすようにトントンと軽く叩く。

 

 そうして、一分ほどが過ぎると、落ち着いてきた桃子がそのまま見上げる。美織は少しだけ目に溜まっている涙を指で拭ってあげると、嬉しそうに少しだけ強く回した腕の力を強めた。

 

 「みおりん先輩、……ありがとうっす」

 「いいよ。……フフ、相変わらず可愛い笑顔だ」

 「……ふふっ、うれしいっす」

 

 そう言って桃子は美織から離れると、お風呂に入る準備をする。どうやら気を遣ってもらったようで、ゆみも智美も睦月も、佳織もいつの間にか先にお風呂へ行ってしまっている。

 

 「みおりん先輩いくっすよ!」

 「はいはい」

 

 タオルを体に巻いて、お気に入りのシャンプーとコンディショナーを持って、桃子に手を引かれながらガラガラと扉を開けてお風呂場へと入った。

 

 「結構広いね」

 「そうっすね」

 

 中に入り、佳織をひとまず探すと、奥の方でコンディショナーをつけているのが見えた。

 

 「また敵が増えました……っ!!」

 「ちょっ、ぶふぅ……っ!」

 「あ…、すみません」

 

 お風呂に浸かっていた少女が1人、そう叫んで勢い良く立ち上がる。その余波で隣に浸かっていた少女が被害を受けている。謝罪をしてゆっくりと少女は腰を下ろす。

 

 「あなたは鶴賀学園の」

 「あぁ先程龍門渕さんの側にいた方」

 「沢村智紀です」 

 

 綺麗で長い黒髪を上で束ねていた少女、沢村智紀が美織に名乗る。

 

 「団体戦決勝、次鋒の方たちですね。確か、清澄高校の染谷まこさんと、風越女子の吉留未春さんでしたか」

 「ええ、そうですけど」

 「そういうあんたは?」

 

 まこがそう訊いてきたので、美織が自己紹介をしようと口を開こうとすると――

 

 「あっ、お姉ちゃんっ。早くはいろー?」

 「先に浸かって待ってて」

 「うん、待ってる~」

 

 

 「……えっお姉ちゃん……っ!!」

 「ちょ、またぶふぅ……っ!!」

 「一災起これば二災起こる」

 

 ――佳織の声に返事をする美織。既に気持ちよさでふにゃふにゃになりつつある佳織に手を振ると、数秒後未春が再び勢い良く立ち上がる。その余波をまこが再び被弾、その様子を智紀が語る。

 

 「あの、まさか」

 「フフ、もう分かると思うけど、私は妹尾美織。あそこの妹尾佳織の姉です。よろしくね」

 

 そう言って美織は笑みを浮かべた。しかし、どこか3人の顔色が良くない。

 

 「嫌な予感がするのぉ」

 「……私もです」

 「悪夢は終わったはずなのに」

 

 その様子から、彼女たちは初心者である佳織に役満上がられたことが頭から離れないのだろうと、美織は推測し、珍しく苦笑い。そんな彼女たちの空気を変えるため、後ろの可愛い後輩を紹介しておく。

 

 「ほらっ、モモちゃんも自己紹介っ」

 「うぇっ、いいっすよぉ」

 「恥ずかしがらないで、こういうのも大事なことだよ?」

 「うぅ、分かったっす」

 

 

 「あの、先程から誰と会話を」

 「あんた、もしかして見える人なんか?」

 「何言ってるの、こんな可愛い子がここにいるじゃない」

 

 美織が後ろで隠れていた桃子を前に軽く押し出すと、覚悟を決めて話し出す。

 

 「鶴賀学園の1年、東横桃子っす。よろしくお願いします」

 「「「―――ッ」」」

 

 ふわふわ~っと現れた桃子の姿が見えた3人は息を飲んで、驚いた。驚きすぎて声が出なかったのだ。

 

 「フフ、よく出来ました」

 「もう行くっすよみおりん先輩っ」

 「はいはい」

 

 そう言って美織の手を取った桃子はシャワーの方へと歩いていった。少しの間固まって、その様子を見ていた3人であったが、いち早く回復した吉留未春が――

 

 「1年生にも敵が……っ!!」

 「ぶふぉぉ……っ!!」

 「二度あることは三度ある」

 

 ――歴史を繰り返したのであった。

 

 

 ◆ ◇

 

 

 「ふあ~~~~きもちい~~~~」

 「みおりん先輩っ、次私っすっ」

 「フフ、はいはい」

 

 お風呂から上がった鶴賀麻雀部一行。美織はテキパキと浴衣に着替えて支度を済ませると、いつもと同じように佳織の髪をドライヤーで乾かしながら櫛で梳いてあげている。その横で桃子が順番を待っていて、美織の肩を軽く揺さぶっていた。

 

 「昔から変わらないなーこの光景も」

 「昔から?」

 

 智美が妹尾姉妹を見ながらそう呟くと、睦月が浴衣の帯を結びながら問いかける。

 

 「私と美織たちが幼馴染なのは知ってるだろー? 昔から互いの家でお泊まり会、よくやってたんだよ。その時、お風呂上がりの佳織の髪を乾かしてたのはいつも美織でなー。それで思い出してた」

 「ああ、なるほどです」

 「フフ、それが好きで佳織は1日に何回もお風呂に入りたがって、お母さんに怒られてたっけ」

 「ほえ~~~~そうだったかなぁ~~」

 

 昔話で心がほっこりしている美織。智美とは生まれた時からの幼馴染で、幼稚園も同じ。よく佳織を連れて3人で遊んでいた。門限を守らずに3人で遊び呆けて、よく妹尾、蒲原両家の母に怒られたのはいい思い出だ。

 

 そんなことを思い出して、ドライヤーを一旦切ると美織は佳織の髪を櫛で最後に一回梳く。両肩にぽんっと手をのせて終わりにする。

 

 「ほい、佳織はおしまいね」

 「ありがとお姉ちゃん~~」

 「次の子おいでー」

 「はいっす!」

 

 椅子に座ってワクワクしながら待っている桃子に、美織は少し笑いドライヤーの電源を再び入れて桃子の髪を乾かす。佳織と違って黒い髪の毛を優しく弄りながら、まずはドライヤーだけで。だいたい乾いてきたら櫛を使って整えていく。

 

 「あぁ~~気持ちいいっす~~」

 「ならよかった」

 

 最後に冷風で髪を整えて、サラサラの黒髪が完成。櫛で簡単に梳いて終わりにする。 

 

 「よし、モモちゃんもおしまいっと」

 「ありがとうっすみおりん先輩っ!」

 「フフ、どういたしまして。じゃあ行こうか」

 「はいっす!」

 

 これにて鶴賀麻雀部一行、一回目のお風呂タイムが終了。芯から温まったポカポカの体で部屋へと向かった。

 

 

 ◇ ◆

 

 

 部屋について、美織は制服をハンガーにかけて荷物を鞄にしまう。

 

 「さてと、佳織はこれから次鋒戦の方々と打ってくるんだっけ?」

 「うんっ。でもいいのかなぁ」

 「フフ、遠慮しないで打ってきな。楽しいことになるかもね」

 「? 分かった。じゃあ行ってくるねっ」

 

 佳織が少し気合を入れて部屋から出ていくのを、美織は手を降って見送った。先程お風呂で会った染谷まこ、吉留未春、沢村智紀の3人が佳織を誘っていたのだ。まるで一度逃した獲物を今度こそ狩るかのような目で、しかしそれを佳織には決して見せずに。

 

 「次鋒のリベンジ戦だな」

 「フフ、そうだね、ゆみ」

 

 ゆみの言葉を聞きながら美織は映像を見始める。映像はこの部屋を出る前の状態で一時停止されていたので、再生ボタンを押すだけだ。その再生ボタンを押して美織は牌譜を見ながら、映像を見る。

 

 ゆみは美織の横に腰を下ろして、美織と一緒に映像を見ている。その映像は個人戦の1日目。佳織が龍門渕透華から国士無双をロン和了りしたという、珍しいことが起こった半荘だ。

 

 「ゆみ、この後なんだっけ?」

 「ん? もうしばらくは自由だが、佳織が帰ってくる頃には夕食の時間だ」

 「そっか、ありがと」

 

 そんな会話をしつつも牌譜と映像を行ったり来たりで見ている美織を見て、ゆみは少し笑う。

 

 「クスッ、忙しないな」

 「そう? あっ、ここ。やっぱり龍門渕さん油断してる」

 「佳織の国士無双に振り込んだところか。まぁ彼女のデジタル打ちの精度は原村和にも引けを取らないからな。油断以外はあり得ない振り込みだ」

 「佳織が1つずつ、1つずつなんて大ヒント出してるのにね。他家は国士だって分かって、顔青冷めてるよ」

 「この振り込みがなかったら、彼女が個人戦、全国出場してたかもしれないな」

 「……にしても国士上がって嬉しそうな佳織。……かわいいなぁ」

 「美織……」

 

 どこかキラキラした目で映像の佳織を見ている美織に、少し呆れてしまうゆみ。そんなゆみは先程の美織の言葉を思い出して、尋ねる。

 

 「そういえば、佳織を送り出す時に楽しいことになるって言ってたな。あれは?」

 

 ゆみの言葉を聞いた美織は映像を止めて、少し思案顔になるとゆみを連れて部屋の雀卓に座る。雀卓のボタンを押して山を出し、牌を表にしていく。

 

 「さっき佳織が宮永さんたちと麻雀打ったでしょ?」

 「ああ、三倍満を振り込ませたっていう」

 「そう。あの半荘、佳織はその一度しか和了れなかったんだけどね。実はその中ですごいことが起きていた」

 「すごいこと?」

 

 ゆみが尋ねながらも、美織は牌を幾つか取っていき、手牌を作っていく。そしてそれを3回繰り返した。出来上がった手牌がこれ。

 

 四四四七七七九九55⑤⑤⑤ 九

 一一一①①⑦⑨⑨99(111)鳴き

 東東東北北西西(白白白)發34

 

 「これ、何だと思う?」

 「……まさか」

 

 ゆみは美織の挑発するような、からかうような目を見て一つの考えに至る。1つ目の手牌。九がツモならば四暗刻。2つ目の手牌。明らかに役満・清老頭を目指している手牌。3つ目の手牌。役満・字一色(ツーイーソー)が濃厚の手牌。

 

 「そう、全て佳織の手牌。あの半荘1回の中の手牌で役満が狙えた手」

 「やはりそうか」

 

 落ち着いた声を出しながらも、ゆみは少し震えていた。たった半荘1回で役満手が3回も入ってくる。無論それを確率、一時的な牌の偏りだと言ってしまえばそれまでだが。しかし、それを妹尾佳織という運がいい彼女に当て嵌めてもいいものだろうか。

 

 「1つ目の手牌が、宮永さんからロン和了りした手牌。リーチ一発、対々、三暗刻、ドラ6の12飜で三倍満。しかし、あの流れなら佳織はツモで四暗刻を和了っていただろうね」

 「――ッ」

 「2つ目、3つ目も同様。少し何かがずれていれば佳織が役満和了っていた」

 「……佳織が何か、牌を偏らせるような、異能の類を持ち合わせてるのか?」

 

 ゆみの質問は当然の質問だ。天江衣や宮永咲、そして鶴賀の東横桃子を筆頭に、全国にはそういった能力のようなものをもち、そして使う人がいることを、ゆみは知っている。

  

 ゆみの問いに美織はどこか曖昧な表情を浮かべ、口を開く。

 

 「さて、どうだろうね。これが能力なのか、佳織のもともとの運なのか、今のところはっきりと判別はつかない」

 「そうか」

 「ただ、これを能力と仮定しようか」

 

 美織は、ここからは私の馬鹿馬鹿しい予想だけど、と指を立てて話し始める。

 

 「佳織にはストックのようなものがあり、それが貯まると役満を和がりやすくなる」

 「ストック?」

 「例えば点棒を取られる回数だとか、何かに失敗する回数だとかね。そしてそれが規定の数に達した時、役満を和了る。まあ私はその条件分からないし、佳織本人も分からないだろうけど」  

 「……」

 「さて、ここで冒頭に戻ろうか。なぜ私が楽しいことになるって言ったか、だったね」

 「あっああそうだな」

 「佳織はこの半荘、チャンスはあったものの結局役満は和了れなかった。仮にこの能力ストックに持ち越し機能があるとすれば、次やる麻雀ではどうなると思う?」

 「……なるほど。次にやる麻雀は最初からストックが溜まっている状態でスタート、というわけか」

 

 正解っ、と美織は微笑みながら言う。美織の言うもしこの能力が真実ならば恐ろしいことになる。公式戦で佳織が打つ前にストックを、スタートから溜まっている状態にして送り出せば、高い確率で毎半荘役満を和了れるということになる。

 

 ここまでくればもはや桃子のような能力者とは一線を画す能力者である。まるで――、

 

 「まるで『牌に愛された子』みたいだよね」

 

 確率の壁を大きく超えたオカルト的な麻雀を打つ高校生雀士。その中でも更に一線を画す『天』江衣、宮永『照』、『大』星淡、『神』代小蒔、この4人の名前を一字ずつとり、天照大神という。そんな彼女たちが牌に愛された子と雑誌でそう評されていた。

 

 「『天照大神』か。仮に佳織がそれ程の能力を持っているのなら、来年の鶴賀は……」

 「フフ、期待できるね。……この中に佳織を強引に入れるなら『天照大神(妹)』になるか」

 「フッ、なんだそれは。急に威厳がなくなったぞ」

 

 先程までのシリアストーンが消え去って、美織とゆみは2人でクスクスと笑う。ちなみに天照大神は下に弟二人がいて、上にはいないので、姉にあたる。よって『天照大神(妹)』は成立しない。

 

 「まあこんなところで馬鹿馬鹿しい予想は終わり。夕食までもう少し、一緒に見てようよ」

 「あぁ、そうだな」

 

 ゆみと美織は卓を片付けて、テレビの前に戻る。牌譜をいちいちチェックしていき、一時停止を繰り返し、思ったことを互いに思ったことを言い合う二人。その間に桃子と智美と睦月が戻ってくると、桃子は二人に加わり、智美は横になる。睦月は持ってきていたプロ麻雀士のカードを広げて見ている。

 

 そうしてゆったりと時間が再び過ぎていくと、鶴賀の部屋をノックする音が聞こえた。美織は一時停止をして、そこを見る。

 

 「おじゃまするし!」

 「しっ失礼します」

 

 入ってきたのは風越女子の池田華菜と文堂星夏だった。猫のような池田華菜におどろおどろしく頭を下げる文堂星夏を、美織は当然知っている。池田華菜は高火力の麻雀が印象に残っていて、文堂星華はデジタル打ちで清澄の竹井久の打ち筋に翻弄されていたと記憶している。

 

 二人とも浴衣を着ているということはお風呂にいたのか、それとも髪を乾かしている時にすれ違ったのか。

 

 「おー風越女子の」

 「2年池田華菜だし!」

 「1年の文堂星夏です」

 「ワハハ、ゆみちん来客だぞー?」

 「蒲原……ハァ」

 

 智美が寝っ転がりながらゆみにそう言う。だらしない、と一喝したくなったゆみだったが二人の手前それをせず、ため息をつくだけに止めておいた。 

 

 美織がそんな様子をニコニコと見ていると、華菜が美織の存在に気付いた。トコトコと美織の元へとやってくる。

 

 「見たこと無い人だし!」

 「鶴賀学園の3年、妹尾美織です。よろしくね、池田さん」

 「あっ、先輩だったし……」

 「フフ、いいよ、気にしないで」

 「……じゃあお言葉に甘えるし!」

 

 美織が手を伸ばして握手を求めると、華菜も手を伸ばして美織の手を握る。華菜は鶴賀にはいないタイプなので、関わり合うのが少し楽しみだ。

 

 美織の自己紹介も一段落し、ゆみが口を開く。

 

 「それで、何か目的があって来たんじゃないのか?」

 「あぁ、そうだったし! 実は風越の部屋がどこか分からなくて」

 「ワハハ、迷子だなー」

 「流石に他校の部屋の場所まではちょっと……」

 「そうですか」

 「いや、この下の階の突き当たり、非常口の手前だ」

 「わ、すごいなゆみちんー」

 「助かりました! 行こう文堂!」

 

 睦月の一言に少し残念そうに星夏が返事をするが、ゆみは探索から戻ってきてから館内を少し回っていた時に、風越女子の部屋を見ていたのを思い出し、そう言う。華菜はゆみにお礼を言って星夏を連れて行こうとする。しかし、そこで待ってください池田先輩と待ったが掛かる。

 

 ぶるぶると武者震いをする星夏に、部屋の場所を告げて用は済んだと思っていたゆみ。ちらっと目を向けると、星夏がテーブルの上にカードを広げていた睦月に駆け寄った。

 

 「こっこれ! 第2弾のスターカードが揃ってるじゃないですか…ッ!」

 「!? うむ……」

 「私も『プロ麻雀せんべい』集めてるんですけど…、今年の第2弾はまだ全然ですよ――!」

 「うっ、うむ」

 

 そう叫ぶ星夏に睦月が驚きながらも対応する。しかし、うむしか言えていないのはあまりの真剣さに面をくらったからか。

 

 その言葉を聞いた鶴賀学園麻雀部に、睦月が大量にせんべいを買い込み、部員全員で処理した思い出が蘇る。あまりいい思い出ではないが、欲しかったカードが当たって珍しく一日中頬が緩みっぱなしの睦月を見て、まあいいかと納得したのだ。

 

 「これ、これが今年の小鍛冶プロですか。これはほしい!」

 「あまってたらあげるんだけど」

 「文堂…?」

 

 グランドマスター・小鍛治健夜のカードがお気に召した星夏。その様子が普段からはなかなかないのが華菜の表情で分かる。

 

 そんな彼女たちを見て、美織はあることを思い出した。鞄からそれを取り出す。

 

 「あっ、そういえば私、睦月のためにそのせんべい1つ買ってたんだった。あげるよ、これ」

 「えっ、いいんですか? しかもカードまで」

 「いいのいいの。それに()が選んだからね。欲しいカードが当たると思うよ?」

 「はい、ありがとうございます。んッ、では開けます」

 

 咳払いをして、睦月がカードが入っている袋を、せんべいの袋から剥がす。なぜか緊張感のようなものがこの部屋に漂い始めた。この部屋全員の視線が睦月の手に集中する。そしてゆっくりとカードの袋が開けられた。

 

 「こっこれは」

 「小鍛冶プロじゃないですか――!」

 

 中から出たのは、なんと先程星夏が欲しがった小鍛治健夜のカード。睦月にとってはそのカードは2枚目であまりとなる。というわけで、睦月はカードを星夏の方に渡す。

 

 「あの、これどうぞ」

 「えっそんな」

 「これで2枚目だから、うむ」

 「あっありがとうございます――!!」

 

 睦月からカードを受け取ると歓喜する星夏。まさに狂喜乱舞といったところか。

 

 「ま、ある意味睦月が欲しいカードだな」

 「どういうことだー?」

 「この合宿の目的の1つに他校との交流がある。佳織に続いて睦月も、他校との交流がこれで深まったのさ」

 「ワハハ、なるほどなー」

 

 まさにハッピーエンドを迎えたのだった。睦月と星夏は麻雀せんべい仲間が出来て、まわりはこの結末を見て笑顔。美織も買ってきたカードがこのような形になるとは思いもよらなかった。

 

 「邪魔するぞ」

 「「「藤田プロ!?」」」

 

 そんな中、扉から現れたのは藤田靖子プロだった。勝負服なのか、好みなのか、黒い服にロザリオを首から下げている。人を探しているのか視線が左右に振れていて、美織と目が合う。

 

 「む、見慣れない顔だな」

 「妹尾美織と申します、藤田靖子プロ」

 「妹尾? 次鋒の妹尾佳織の」

 「えぇ、姉です。合宿中はよろしくお願いします」

 

 そう言って頭を下げる美織を、藤田靖子は見定めるようにじっと見た。しかし、天江衣のように彼女の食指には振れなかったようだ。何も言わずお目当ての選手に話しかける。

 

 「お前が加治木だな。夕食の後、時間あるか? 一緒に打ってみたい」

 「私と?」

 「イヤか?」

 「まさか」

 

 視線が交差し、思惑が交差する。再び緊張感がこの部屋に漂い始める。数秒後、ふっと気が抜けたようにその緊張感は消え失せた。

 

 「じゃあ、後でな」

 「……はい」

 

 

 ◆ ◇ 

 

 

 あれから、藤田プロと風越女子の二人が部屋から出ていき、再び美織、ゆみ、桃子の三人は映像を見始めた。3人であーだこーだと話して、その内に佳織が次鋒リベンジ戦から帰ってきた。やけに嬉しそうな顔をしていたので、美織が麻雀の内容を聞くとどうやら佳織の一人勝ちだったらしい。

 

 「新しい麻雀の役を覚えたよっ、お姉ちゃん」

 「へぇ、どんなやつ?」

 「えーっと、りゅーいーそーっていう役」

 

 「「「「…………」」」」

 

 「あははっ、佳織すごいな。皆さんとの麻雀は楽しかった?」

 「うんっ、染谷さんも沢村さんも吉留さんも、半荘2回打ったんだけどね、半荘終わったら2回とも笑って喜んでくれたんだぁ」

 「それは佳織と麻雀が打てて楽しかったんだよ、きっとね」

 「えへへ、なら嬉しいなっ」

 

 ((((……初心者相手に2回も負けて笑うしかなかったんじゃ))))

 

 なんて一幕も夕食中にあり、かおりん能力者説に若干の信憑性がゆみと美織の間で高まったのだった。

 

 「じゃあ行ってくる」

 「行ってらっしゃいっすっ、加治木先輩っ」

 「行ってらっしゃい」

 

 その夕食タイムが終わると、藤田プロに誘われたゆみは麻雀を打ちに出ていった。桃子と二人で手を振って見送ると、振り向かずに片手を上げて返事をするゆみ。そういうカッコイイ仕草が様になっているので、これじゃあ今年の文化祭もゆみに演劇部からのお誘いが来るなぁ、と美織は密かに思った。

 

 そして今、ゆみを除く鶴賀麻雀部メンバーは食後の散歩と称して外に出ている。涼みには丁度いい気温で食後には気持ちいい。

 

 昼間に探索に出ていた智美と桃子の先導で、少し歩いた先にある階段を下りると橋に着く。美織は橋に腕を付けて上半身を預ける。時々心地良い風が吹いて、美織の髪が遊ぶように揺れる。

 

 橋の下では智美、桃子、佳織の3人が楽しそうに話している。

 

 「睦月は下行かないの?」

 「はい、ここで大丈夫です」

 

 美織の横にはいつものポニーテールに結んでいるのを止めて、腰に届かない程の長さの綺麗な黒髪を遊ばせる睦月が立っている。その表情はいつもよりすこし硬い。

 

 「……美織先輩は、その、すごい人ですね」

 「どういうこと?」

 「いえ、学校でもいろんな人から信頼されていて、麻雀も始めたばかりなのに強くて」

 「…………」

 「周りを見て気遣ったりできて、どんな時でも自信に満ちていて、……私とはまるで正反対です」

 

 少しだけ悲しそうに、どこか諦めたように、睦月がポロポロと言葉を零す。緊張、不安、焦燥、そんな思いが声色に隠れているように美織は感じた。そして、睦月がなぜそんな思いを抱いているのか、美織には一つ心当たりがある。

 

 「……自分は部長にふさわしくないのではないか。……不安なんだね」

 「……はい」

 

 睦月は県予選終了後に、部長という役職を引き継いだ。ゆみからは色々と教わっている途中で、まだまだ本質的には部長とは呼べないかもしれないが、努力は続けたいと考えている。

 

 しかし、自分にゆみのような資質がないことを睦月は分かっていた。ゆみのように作戦を立て、アドバイスをし、急造のチームを団体戦の決勝にまで導くようなことが自分には出来ないと思っている。否が応でもゆみと自分を比べてしまい、資質の差を感じてしまう。

 

 「別に部長になりたくないんじゃないんです。任せてくれたことは嬉しかったですし」

 「でも自信が持てない、か」

 「……はい」

 

 うつむき加減で返事をする睦月。そんな彼女を見て美織は考える。ここで褒めて仮初の自信をもたせるのは簡単だ。しかし、それはこれからの鶴賀に何の益をもたらさない。

 

 目をつむって頭を回転させる美織。数秒の沈黙の後、口を開く。

 

 「私は人の上に立ったことがないからね、睦月が背負うその重さが想像でしか分からない。だから私の言葉は睦月にとって軽い、薄っぺらな言葉になってしまうよ」

 「そんなことは」

 「そんなことあるよ。きっと睦月には響かない。申し訳ないけど、睦月が『部長たるための自信』をつけるアドバイスは、私には出来ない」

 「……そうですか」

 

 美織の言葉に睦月は一瞬驚いたような表情を浮かべ、そして再び沈んだ。睦月はきっと言葉を求めていたのだろう。人を気遣い、欲しい言葉を察してくれる美織の言葉を。しかし、その言葉が睦月に与えられることはなかった。

 

 美織に期待していた睦月は、再び不安に襲われた。自分なりに精一杯と言いたいが、その精一杯がいい方向へ進む未来が見えない。

 

 ただ一つ誤解があるとすれば、美織は言葉を与えない訳ではない。美織は大事な後輩を見捨てたりはしない。

 

 「でもね、『強い雀士たるための自信』なら、そのためのアドバイスなら出来る」

 「えっ……」 

 「私が睦月にも、モモちゃんにも、佳織にも、智美にも、そしてゆみにも負けないのにはきちんとした理由がある」

 「…………」

 「なぜ私の麻雀が強いのか。それを教えてあげる。……あなたに道を示してあげる」

 

 美織は橋に預けていた体を起こし、睦月に向かい合う。その表情は真剣で、美織の勝負のときの表情そのものだった。睦月はその存在感に思わずゴクリと息を呑んでしまう。  

 

 数秒の後、ふっと空気が和らいだ。美織はいつものように優しく微笑んでいる。

 

 「まあ、いきなり強くしてあげるなんて、データでもなければ信じられないか」

 「いえ、その」

 「フフ、いいよ。普通は信じられないから。でも、なら私は睦月に一つだけ誓う」

 

 

 

 「――、―――――――――」

 

 

 

 「そんなこと出来るはずが……」

 「睦月、私は本気だよ」

 「…………」

 「フフ、そろそろ戻ろっか。部屋に着いたら説明してあげる」

 

 

 ◇ ◆

 

 

 「どう……、ですか?」

 「あぁ、面白いな」

 「…………」

 

 清澄の部屋に招待されたゆみは、藤田プロ、竹井久、染谷まこと麻雀を打っていた。全力のぶつかり合い、というわけではなく何かを測ることを第一としていると、ゆみは感じていた。もちろん手は抜いていないし、藤田プロがいるため抜けるはずもないのだが。

 

 終局、ゆみは45200点。反応を見る限り、期待はずれの落胆はさせなかったようだ。淹れてもらった紅茶で一息つく。

 

 「今日はもう終わりにするが、明日もいろいろ交ぜてくれ」

 「もちろん、こちらこそ大歓迎です」

 

 藤田プロと竹井久が視線を交わす。二人にしか分からないような考えが暗黙の内に交わされているような印象を、ゆみは懐いた。

 

 今日はどうやらお開きのようで、藤田プロが部屋を出る用意をしている。その前に、とゆみは藤田プロを引き止めた。

 

 「藤田プロ、少し訊いてみたいことがあるのですが」

 「ん? 言ってみろ」

 「妹尾美織。鶴賀の部屋に来た時、彼女にどのような印象を懐きましたか?」

 

 ゆみの質問に藤田プロは動きを止める。

 

 「あぁ、天敵の姉じゃ……」

 「まこ、妹尾美織さんと会ったの?」

 「夕飯前に風呂場での」

 

 まこの言葉に久が反応する。まこの目がどこか遠い場所を見ているのは気のせいではないだろう。

 

 「特に何も感じなかった。実際に麻雀している姿を見たことがないから何とも言えないが、少なくとも天江衣ような、魔物と呼ばれるものと相対した時に感じるものはなかったからな」

 「……そうですか」

 「それだけか? じゃあ明日」

 「「「ありがとうございました」」」

 

 藤田プロはそう言い残し、部屋から出ていった。ゆみも部屋に戻ろうと、カップに残っている紅茶を飲み干し立ち上がる。

 

 ゆみが後ろを向いてお礼を言おうとする、その前に久がゆみに問いかける。

 

 「さっきの質問、どういう意味なのかしら?」

 「……いや、特に意味はないよ。本当に訊いてみたかっただけさ。ただ、これだと明日、少し大変なことになるかも知れないな」

 「大変なこと?」

 「はじめに()()()()のは誰になることやら」

 「気付ける?」

 

 久とまこの疑問顔にゆみはふっと笑みをこぼした。

 




モモ可愛いモモかわいい
佳織かわいい
天照大神(妹)弱そうかわいい
文堂さんと星夏が一致しない
文堂さん、藤田プロによる惨殺ルート回避おめでとう
かなり駆け足で進めてます
展開強引ですすみません


評価を二人の方がしてくれたのですが一方は9で、一方は1。好き嫌いが別れる小説なんですかねー?




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