「ここ露天風呂もあるんだね。星が綺麗に見えるし、原村さんあとで行ってみようよ」
「宮永さん、ええ行きましょう」
「咲、和、今日はもう遅いから明日の朝にしなさい」
夜、清澄高校麻雀部の部屋、竹井久が露天風呂へと行こうとしていた咲と和を止めてから数十分。1年生トリオの寝息が聞こえてくる。
久は鶴賀学園3年の加治木ゆみから受け取った牌譜を眺めていた。
全国大会に出場する高校の牌譜に、所々ゆみなりの考察や打ち筋が書かれている。初出場となる清澄高校にとって、かなり有益な情報で、久はゆみに感謝しつつ対策に頭を張り巡らせていた。
(どこもほんと強豪ね。それに……)
そのページにあるのは白糸台高校、宮永照の麻雀。正直牌譜を見るだけでも恐ろしくなってくる程の麻雀に、どうすればよいのか。
咲や衣を筆頭に、魔物と呼ばれるレベルの麻雀にはどこか特徴がある。その癖ともいえる特徴は咲なら嶺上開花、衣ならイーシャンテン地獄に海底撈月を絡めた高火力麻雀。もちろんそれだけではないが、それが彼女らの麻雀の軸をつくっている。
逆に言えばそれに対しての対策の方向性は分かりやすいということだ。
しかし……、
(宮永照の麻雀、彼女にどのように対応すればいいの?)
彼女の麻雀は連荘にあり、そして徐々に打点が上がっていく。理不尽に、暴力的に、そして極めてその麻雀には癖が見当たらなかった。
思い浮かぶのは超スピードでの早上がり。しかし、それは直接の対策にはなっていない。運の要素が強い麻雀に加えて半荘2回という短期勝負では、スピードだけでは必ず上がれない局がくる。
はぁ、と思わず久はため息をついた。時計を見るともう寝るにはいい時間だ。久は立ち上がり伸びをするとトイレに向かって寝ることにした。すでにぐっすりと眠っている後輩達を起こさないよう、静かに扉を閉める。
廊下はすでにしんと静まっており、時折聞こえてくる虫の声が心地よい。
そんな中、大部屋の前を通り過ぎようとしていた久の耳に、トン、トンと僅かだが音が聞こえてきた。すでにどの高校も就寝時間のはず。
(まさか……、幽霊?)
途端に背中に寒気を覚えた久。トイレに行きたいというのに、このタイミングの心霊現象は、久の口元を歪めた。
足を止めてしまった久。しかし尚も続く音。久の心は恐怖心と、僅かに生じてしまった、大部屋の扉を開けたいという好奇心。その比率は9対1から8対2へ。恐怖心が好奇心を後押しし、遂には恐怖心より勝るほど膨らんでしまった。
(……よし、行くわよ)
息を飲み込み久はその扉に手をかけた。そして一思いに開いた。
(……きれい)
中はカーテンがすべて開かれており、電気もついていない部屋に月明かりが零れていた。窓も空いているようで、歓迎するかのような心地よい風が久の髪を揺らした。
そして、窓際の雀卓には月明かりに反射する綺麗な金色。美術品とまでは言わないが、その一瞬を写真で切り取りたくなるような、そんな光景に久は目を奪われていた。
トン、と麻雀牌を卓に捨てる。その音に久はハッとすると、その音源である彼女を見つめた。
久の視線とぶつかると、彼女は笑みを浮かべた。
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放置して申し訳ないですが、社会人生活2年が過ぎ、心が一向に休まらない。そんな時に感想がきたことに驚いております。ありがとうございました。