「誰が名探偵だ! 誰がおとぼけ助手だ!」思わず声を荒らげるあたし。
「……いきなり何怒ってるんですか、若葉先輩?」びっくりした口調の美咲。
「これが怒らずにいられるかっての! なんなのよ? おとぼけ助手って。それに! 何? この安っぽい2時間ドラマみたいなタイトルは?」
「それは、そういうことですよ。今回は、この温泉街で殺人事件が起こるんんじゃないんですか?」美咲は、足でお湯をばしゃばしゃさせながら、のんきな声で言った。
あたしたちは今、マイラという小さな村にいる。アレフガルドの北東に位置する、温泉で有名な村だ。この村の西に、この世界を創った精霊ルビスが閉じ込められていて、それを救い出すのが目的だ。まあ、もちろんそれは勇者たちの仕事で、あたしたちには関係ない。だからこうして、温泉につかり、勇者たちの帰りを待っているというわけだ。元の世界に帰る方法はいまだに見つからないと言うのに、のんきなものだ、と、自分でも思う。
あたしたちがこのドラクエ3の世界に来て、もう1カ月が経つけど、元の世界に帰る方法は一切判らないままだ。大魔王ゾーマを倒さないと帰れないというのが美咲の意見で、恐らくそうなのだろう。大魔王を倒すのにはそれなりの手順が必要なのは判っているけど、どうしても美咲のようにお気楽になることはできない。
「まあまあ、そうかっかしないでください。あたしたちが焦ったって、どうなるものでもないですよ? せっかく温泉に来たんですから、のんびりしましょう」相変わらず緊張感のない美咲。
まあ、確かに美咲の言うことはもっともだ。焦ったってしょうがない。せっかく温泉に来たんだから、今はそれを満喫しよう。ちゃぽん。お湯につかるあたし。ふう。日ごろの疲れが抜けてくねぇ。極楽極楽。さっきまで怒りはすっかり忘れて、のんびり浸っている。
がらがら。お風呂のドアが開いた。入って来たのは、僧侶と魔法使いだった。
「あ、ルビスの塔から戻ってきたんですね。おかえりなさい。どうでした?」美咲が訊いた。
「それが聞いてよ!」と、魔法使いが応えた。「乗ると回転する床があってさ! 何度も下の階に落ちて、もう大変だったわ!」
「でも、無事に精霊ルビス様を救い出すことができましたわ」にっこりと笑う僧侶。「聖なる護りと光の鎧も無事入手できました」
「それはいいんだけど、その後がまた大変よ」と、魔法使いが疲れを隠せない口調で続ける。「あたしも勇者もMP使い果たしちゃって、ルーラが使えないの! しょうがないから船で帰ってきたんだけど、途中でモンスターに襲われてね。クラーゴンとかキングマーマンとか。普通なら大した敵じゃないんだけど、呪文が使えないから、結構危なかったわ」
「でも、みんなで力を合わせて、なんとか乗り切ることができましたわ。これも神のお導きでしょう」僧侶は天に向かって祈った。
「じゃあ、次は雨雲の杖ですね」と、美咲が言う。「それが手に入れば虹のしずくが手に入って、魔の島に渡るんですね」
「ええ。雨と太陽が合わさるとき、虹の橋ができる。古い言い伝えです」
「いよいよ決戦ね。腕が鳴るわ。あたしのありったけの魔法をぶつけてやろうじゃないの」
楽しそうに話す、美咲と僧侶と魔法使い。
関係ないけれど、ここは温泉なので、当然みんな裸だ。いわゆる、お色気シーンというやつである。もっとも、あたしと美咲はヌードはNGの清純派アイドルなので、普通だったら絶対に怒られるであろう、厚手のバスタオルを身体に巻いての入浴が許されている(もちろんタオルの下は水着だ)。しかし、僧侶と魔法使いは腰に短いタオルを巻いているだけだ。そのスレンダーなボディを惜しげもなく見せているけど、18禁小説じゃないので詳しくは書けない。
と、そのとき。
がらがら。またドアが開いた。そして現れたのは、素っ裸の戦士。
一瞬にして凍りつく空気。
「あ……男湯と間違えちまった」
戦士の言葉を合図に、4人の黄色い悲鳴と、飛び交うお湯、風呂桶、火の玉、真空の刃、吹雪、死の言葉。そして、最後に戦士は僧侶のバシルーラで遠くへ飛ばされたのだった。
……てか、このシーン、必要か?
「ぷっはぁ! この一杯のために生きてるぅ!!」
風呂あがり、美咲は腰に手を当ててフルーツ牛乳を飲み干すと、定番のおやじくさい台詞を口にする。ま、確かに、風呂上りのフルーツ牛乳ほどおいしいものは無いけどね。あたしも一気に飲み干し、喉を潤した。
「さあ、ゲームコーナーへ行きましょう! こういう温泉宿には、結構古いゲームが、普通に置いてあったりするんですよね。バブル期の遺産ってやつですか? それを発掘するのが、温泉旅行の醍醐味です。さあ、どんなレアゲームがあたしを待ってるんですか!?」
「……そんなもの、あるわけないでしょ。ここ、ドラクエの世界だよ?」
「えー。そうなんですか? じゃあ、卓球やりましょう! 卓球! 温泉と言えば卓球です!」
だから、そんなもん無いっつーの。ムダにテンションの高い美咲に呆れる。
「あの……若葉さん」僧侶が話しかけてきた。
「ん? 何?」
「これ、良かったら、もらってください」そう言って僧侶は、小さな青い石を差し出した。「命の石です。今日、魔物を倒したときに、手に入れたものです」
命の石。前回の事件のとき、美咲が説明してたな。たしか、即死系の呪文から身を護る道具だ。
「え? いいの? あたしなんかが持ってて。あたし、戦いには参加しないのに」
「ええ、構いません。このレベルになると、もうザキ系の魔法は、あまり効かなくなるんです。もし効いたとしても、蘇生の呪文やアイテムもありますからね。それに、若葉さんと美咲さんには、今まで随分とお世話になりましたから」
「そんな大したことはしてないけど――じゃあ、遠慮なく貰うね。ありがとう」
「いえ。では……」
僧侶はぺこりと頭を下げ、そして、魔法使いと一緒に行ってしまった。
…………?
なぜだろう? 僧侶の背中が、妙に小さく見えた。
「何ですか? 今の。何かの伏線ですか?」美咲、命の石と僧侶の後姿を交互に見る。
「いや、伏線とかじゃなくてね……でも、なんか僧侶、変だったね」
「これは、何か起きるんですかね? あーあ。せっかくのんびりできると思ったんですけど」
「あんたはまたそういうことを言う……」
でも、ホントに、何だったのかな。
あたしは、じっと命の石を見つめる。
彼女の後ろ姿――妙に寂しそうだった。なんだか、これが別れになるような……そんな気がしてならない。
…………。
ううん。そんなはず、ない。
ただの気のせいだよ。うん。悪いことなんて、何も起こらないよね。
胸の内の不安を拭い去るように、あたしは、命の石をぎゅっと握りしめ、
「よっしゃ! じゃあ、美咲! 卓球で勝負よ!」
ちょっとムリして、大声で言った。
「どうしたんですか? 急に。卓球なんて無いって、今先輩が言ったばかりですよ?」
「無くても大丈夫! ボールとテーブルとスリッパがあれば、そこがあたしの卓球場よ!」
「お? 先輩にしてはいいこと言いますね。でもまだまだです。突然現れて得点係をやるおせっかいなおじさんがいないと、真の温泉卓球とは言えません!」
むう。さすが美咲。温泉卓球は奥が深い。
などとくだらないことを言いながら、あたしはなんとか胸の内の不安を追い払い、そして、夜は更けて行った。
しかし。
不安は、的中してしまう。
翌朝、事件は起こった。勇者が、他殺体で発見されたのである――。