マイラ温泉の宿の一室で、勇者が他殺体で発見された。あたしたちは、さっそく捜査を開始した。しかし、今回の捜査は極めて難航した。
なぜなら――。
「――と、言うわけで、勇者の死因は、鋭い刃物のような物で全身を斬り刻まれた末の出血死。かなり猟奇的な事件ね。犯人は、よほど勇者に強い恨みを抱いていたと思われるわ」
「はあ、そうですか……」
あたしの報告に、美咲は気の無い返事をする。
「あんた、聞いてる?」
「聞いてますよ。続けてください」
「……この温泉宿にチェックインしてから、勇者の姿を見た人はいない。彼がどこで何をしていたのか、全くの不明よ。同様に、僧侶、魔法使いの2人も、昨日お風呂から上がった後は、行動がはっきりしないわね。それぞれ別行動してて、ずっと部屋で1人だったらしいの。ちなみに戦士は行方不明。これは僧侶にバシルーラで飛ばされたのが原因だから、今回の事件とは関係なさそうね」
「そうなんですか」
「だから、聞いてる?」
「聞いてますってば。続けてください」
「……つまり、消去法でいけば、犯人は美咲、あなたということになるの」
「そうですか。良かったです」
「全然聞いてないわね……あんた、やる気あるの?」
「あるわけないじゃないですか。勇者が殺されるの、これで3回目ですよ? マンネリと言うか、ワンパターンと言うか……」
美咲は、いい加減うんざり、という顔で言った。
そう。
勇者が殺され、美咲とあたしの2人が捜査する――このお決まりの展開に、名探偵は、すっかり飽きてしまったのである。
「『飽きてしまったのである』じゃない! そもそもこの物語が推理ものになったのは、あんたのせいでしょうが! 最後までちゃんとやりなさい!」声を荒らげるあたし。
「大きな声出さないでくださいよ。言われなくても判ってます。でも、せっかく温泉に来たんですから、のんびりしたいじゃないですか」美咲は足湯につかりながら、おいしそうに温泉卵にがぶりついた。
ダメだこりゃ。完全にOFFってる。今回は役に立ちそうにないな。あたし1人で捜査するしかないのか? でもあたし、ドラクエについての知識は乏しい。1人で解決できるとは思えない。何とかやる気を出してもらわないと。
「お願いだから美咲、真面目にやってちょうだい。じゃないと、話が進まないでしょ? 勇者が死んだままだと、魔王を倒すことはできない。と、言うことはつまり、あたしたち、元の世界に帰れないかもしれないのよ?」
「そんなこと言われても、やる気が出ないものはしょうが無いじゃないですか」
美咲、2個目の温泉卵を頬張る。コイツが切り刻まれれば良かったのに……。
「っていうか、どうせ勇者は教会で生き返るんですから、先に生き返らせて、誰が犯人か、本人に直接訊けば早いんじゃないですか?」美咲、とんでもないことを言い出す。
「あんた……推理小説マニアが聞いたら、ひっくり返りそうなことを言うわね。そんなこと、許されるわけないでしょ」
「マニアがこんなアホな小説読むわけないじゃないですか。大丈夫ですよ」
…………。
ま、それもそうか。
と、言うわけで。
殺された被害者を生き返らせ、犯人が誰か、直接本人に訊く――そんな前代未聞の方法を試すことになったあたしたち。まあ、あたしとしては事件が早く解決するなら、それに越したことは無いわけで、なんで今までこの方法に気がつかなかったのか不思議なくらいだ。
でも、ことはそう簡単には運ばなかった。
「……そうです。部屋で横になっていたら、僧侶が訪ねて来て、突然バギクロスです。反撃するヒマもありませんでした」
生き返った勇者の証言で、犯人は僧侶だと判明した。まあ、ここまでの流れからいって、ある程度予想はしていたものの、あたしは動揺を隠せなかった。あの優しかった僧侶が、まさか、勇者を殺害するなんて……。
僧侶は逮捕され、犯行を認めた。これにて一件落着かと思ったけど、1つだけ問題が残った。
「……ええ。勇者を殺したのは私です。神の教えに反する行為をしたことは、深く反省しています。でも、殺した理由は、言いたくありません」
そう。殺害の動機について、僧侶は黙秘したのだ。
「まあ、犯行は認めてるわけですし、動機が不明でも、あまり問題は無いですよ」美咲は温泉まんじゅうを頬張りながら言った。
「そうかもしれないけど……でも、なんかスッキリしないじゃない」
「まあ、そうですね。でも、本人が言いたくないって言ってるんですから、それを探るってのも、ちょっと」
気が引ける――美咲はそう言いたいのだろう。確かにそれはある。あるけど。
「でも、動機次第では情状が酌量され、罪が大幅に軽減されることもあるでしょ?」
「逆に言えば、身勝手な動機だと、情状酌量されません。だから黙ってるのかもしれませんよ?」
「……それ、本気で言ってんの?」きっ、と、美咲を睨む。
「冗談ですよ……怖いですねぇ。あの僧侶に限って、そんなことあるわけないです。判りました。一緒に調べましょう」
「……ありがとう」
こうして、ようやくやる気を出してくれた名探偵と供に、僧侶の動機の調査が始まった。しかし、勇者も魔法使いも、全く心当たりが無いと言う。真実を暴き、僧侶を救いたい――その思いとは裏腹に、捜査はすぐに暗礁に乗り上げてしまった。それならば本人から聞き出そうと、徹底的に取り調べをしてみた。ときには脅し、ときにはなだめ、それでもダメなら親友や家族に説得してもらい、最後の手段としてカツ丼の差し入れまでしたけれど、僧侶は、頑なに黙秘を貫き通した。
「カツ丼でもダメとなると……これはもう、万策尽きましたね。お手上げです」美咲は温泉天丼を頬張りながら、ため息をついた。
「そんなこと言わないで。なにか、見落としてることは無いの? 名探偵でしょ? 得意の推理で、なんとかしてよ」
「うーん……」
美咲は唸り、頭をがしがしとかきながら考える。今回は、本当に難しいようだ。
あたしも考える。こうなったら、推理するしかない。
僧侶が勇者を殺した。その動機は……?
女が男を殺す。よくある動機としては、やはり恋愛感情のもつれだろうか? そう言えば、第1話でそんな話があったような気がする。
まさか、『僧侶は勇者を好きになったけど、振り向いてくれない。だから殺した』とか?
……いや。確かあの話は逆だ。勇者が僧侶のことを好きになったんだ。
じゃあ、勇者にしつこく言い寄られて、それで殺した?
……どうにも不自然だ。あり得ないことはないけど、殺すより、まず、ストーカーで訴えた方がいいだろう。
それに、あの僧侶だ。恋愛トラブルの末に殺人、なんて、似合わない。神だけが恋人って人だもん。恋愛に感情を揺さぶられるとは思えない。
じゃあ他に、どんな動機が考えられる? 金銭トラブル……ますますないだろう。衝動殺人……満月の夜になると無性に人を殺したくなる? それじゃあホラーだ。快楽殺人……それなら、これまでにも多くの人を殺しているはずだ。
……ダメだ。考えれば考えるほど、僧侶のイメージから遠のいている。まともな推理ができない。
「それに先輩、一番大切なこと忘れてますよ?」と、美咲。何も言ってないはずだけど、どうやら表情を読まれたらしい。
「……何?」
「ドラクエらしさ、です。謎解きの大前提ですよ」
そうだった。全ての謎は、ドラクエの世界観に基づいて解かなければならない。やっかいなことだ。
「それと、今回はもう1つ重要なことがあります」美咲は人差し指を立てる。「サブタイトルの『愛情と淫欲の果ての悲劇』です。これも関係してないと、完璧な解答とは言えません」
ただでさえ難しいのに、この上そんな縛りまであるのか。これは、ますますあたしなんかには解けそうにない。
「そう悲観したものでもないですよ。逆に縛りがあるからこそ、動機を特定しやすい、ってことです」
「そう?」
「はい。こういった2時間ドラマ的ミステリーの場合、一番犯人らしく無い人が犯人である場合が多いんです」
確かにそうだな。あたしも火サスや土ワイを見るときは、そんな感じで推理している。
「つまり、一番動機の無い人が犯人になるわけです。なので、動機の推理は困難を極めます。それこそ、実は勇者は僧侶の両親の仇だった、とか、2人は実は父娘で、娘である僧侶は、外に女を作って出て行った父親の勇者を恨んでいた、とか、いくらでも考えられます。可能性はまさに無限大です。当然ですよね。作者はまず、犯人らしくない人を犯人にしておいて、後から動機を作るんですから。それを推理しろって方がムリですよ。でも今回の場合は、『ドラクエらしさ』と『愛情と淫欲の果ての悲劇』という縛りがあります。それだけでも、推理の範囲はかなり狭くなります」
なるほど。さすがは美咲だ。そんな理論で推理する名探偵がどこにいる、と言いたいけど、もともと今回の捜査は、殺された被害者を生き返らせて犯人が誰かを訊く、という暴挙から始まっている。それに比べたら、些細なことだろう。
「で、結局動機は判ったの?」一応訊いてみる。
「それが、さっぱりです」当然のことのように応える美咲。
「そんなことだろうと思ったわ」
「しょうがないじゃないですか。推理の範囲が狭まったとは言っても、『この銀河系のどこかに犯人がいる』が、『地球か月のどこかに犯人がいる』ってなっただけですよ? 全人類にとっては大きな1歩だけど、あたしにとっては小さな1歩です」
美咲の例えはよく判らないけど、要するに、推理するにはまだまだ手がかりが少なすぎる、ってことか。うーむ。何か、他に手がかりになりそうなことはないかな。
と、そのとき。
「いやー。参った参った。やっと帰ってこれたぜ」
ロビーに響き渡る声。見ると、戦士だった。そう言えば、すっかり忘れてた。確か、僧侶のバシルーラで飛ばされたんだっけ。
これはもしや、新たな展開か? 期待感が膨らむ。
「おかえりなさい。やっと戻ってきたんですね」と、美咲。
「ああ、若葉さん、美咲さん。この前は、どうも失礼しました。いや、あれは決してわざとやったわけじゃなく、本当に男湯と間違えただけで――」
「そんなことより!」戦士の言葉を遮るあたし。「僧侶が大変なのよ! あなた、何か知らない!?」
「は? 僧侶が?」
驚く戦士に、あたしはこれまでのいきさつを話した。
「はあ。あの僧侶が勇者をねぇ。そりゃちょっと、考えられないな」
「でしょ? きっと、何か深い事情があると思うんだけど、僧侶、それは言いたくないって、話そうとしないの。このままだと、罪が重くなるだけだわ。なんとかしてあげないと。だから、何でもいいの。手掛かりになりそうなことがあったら、教えて」
「うーん。そう言われてもなぁ。見当もつかないな」
考え込む戦士。彼が帰って来て進展するかと思ったけど、そう、うまくは行かないのだろうか。
「それにしても、帰ってくるの、ずいぶん遅かったですね」美咲が言った。
「それが、大変だったよ。なんせ、素っ裸で飛ばされたからな。街へ行くこともできやしない。それで、フィールドをウロウロしてたら、たまたま、腐った死体がいたんだ。2匹。なんとか素手で倒したら、運がいいことに、布の服を持ってたんだよ。それを着て街に行って、手に入れたお金でキメラの翼を買って、やっと戻ってこれたんだ」
「腐った死体が、布の服を持っていた――」
そう呟いた美咲は、そのまま黙り込んでしまった。
お? ついに何かひらめいたか!? 期待を胸に、あたしは美咲をじっと見つめる。
やがて。
「昨日、ルビスの塔からの帰り、海でモンスターに襲われたんですよね?」美咲は戦士に訊いた。
「ああ。そうだったな」
「そのモンスターを倒した後、勇者が何か不審な行動をしてませんでした?」
「不審な行動? うーん……どうだったかな?」考え込む戦士。「確かにちょっと、こそこそしてたような気はするな。不審ってほどでもないと思うが」
「そのとき、最後に倒したモンスターは、何でした?」
「えっと……確か……そうだ。キングマーマンだったと思う」
「キングマーマン!!」
美咲は、ロビー中に響く大声を上げた。
すると――。
ちゃららら、ちゃら、ちゃーらー。
「…………」
「…………」
「……何? 今の? 火サスでCMに入るときの音楽みたいだったけど」
「火サスCMに入るときの音楽です」
「……プロローグの時も思ったんだけど、効果音を文字で表現するのって、ムリが無い? 読者には伝わんないよ?」
「じゃあ、どうしろって言うんですか? サイトに音楽を埋め込むことはできませんし、そもそも著作権の問題があります」
「そう開き直られても困るけど、まあいいわ。で、何なの?」
「つまり、僧侶が勇者を殺害した理由が判ったってことですよ」
「ホント?」
「ええ。続きはCMの後。解決編で」
「CM?」
「いちいちツッコまないでください」