ざざーん。
押し寄せる波が、その身を岩肌に叩きつけ、砕け散り、風に乗り、空を舞う。波は、時折切り立った崖の上まで駆け上り、あたしたちの頬を濡らした。
ここはマイラ村の北西、ルビスの塔を臨む崖の上だ。ついに事件の真相を暴いた美咲は、僧侶と勇者、ついでに戦士と魔法使いを、この場に呼んだのだ。
「さて皆さん。わざわざお集まりいただいて恐縮です」
ホントにそうだ。謎解きなら、いつも通り宿の部屋でやればいいものを、「絵にならない」という理由で、こんな崖の上までやって来たのだ。当事者の勇者と僧侶はともかく、戦士と魔法使いは、ホントにいい迷惑だろう。
で、定番のみんなからの文句をひと通り聞き終えた美咲は、みんなを制した。
「今回の事件は、あたしの機転により早々に犯人を逮捕することができましたが、1つだけ、大きな謎が残りました。到底殺人など犯すとは思えない僧侶が、なぜ、勇者を殺したのか? その理由が、ようやく判りました」
「そんなこと、どうでもいいじゃないですか」言ったのは、被害者である勇者だ。「僧侶は罪を認めたんでしょう? なら、その理由なんて、大した問題じゃないはずです。僕が殺されたという事実に変わりは無いんですから」
「いいえ。殺人はもちろん許されることではないですが、その理由によっては罪が軽くなることもあります。今回の事件の場合は、特に」
どういうことだろう。戦士と魔法使いは顔を見合わせる。あたしも、美咲が何を言いたいのかは判らない。
美咲はゆっくりと言葉を継ぐ。「勇者。あなたは先日のルビスの塔からの帰り、船の上でキングマーマンと戦いましたよね?」
「ええ。戦いましたけど、それが何か?」
「そのとき、何か手に入れたんじゃないですか?」
その瞬間、ぎくっ、という擬音が聞こえて来そうなほどに、勇者がうろたえるのが判った。
「そ……そんなことはありません! 何も手に入れてませんよ! 何も!」ムキになって否定する。なんだか怪しい。
「そうですか。若葉先輩、勇者の持ち物を調べてください」
「ん? いいの?」
「もちろんです。それが事件解決のカギになるはずです」
じゃあ、と、あたしは勇者の持ち物を調べようとしたけど、勇者は大きく後ずさり、
「これは何のマネですか!? こんなのは、人権の侵害だ! 個人情報漏洩だ! 僕は被害者なんですよ? これじゃあまるで、僕が犯人みたいじゃないですか!?」
激しく拒否した。うろたえる姿がますます怪しい。これは、何かとてつもない秘密があるんじゃないだろうか。
あたしは戦士と魔法使いに目配せをする。よし、と2人は頷く。3対1だ。捕まえるのは簡単、と思ったけど、勇者は素早い動きで逃げ回る。そう言えば、星降る腕輪を装備してたっけな。素早さ2倍だ。これは手ごわいぞ。そう思ったとき、魔法使いがボミオスの呪文を唱えた。素早さが0になる呪文だ。ナイス。こうなると袋のネズミ。すかさず戦士が捕まえた。
「や……やめろ! やめて!」
じたばた暴れる勇者だけど、力で戦士にかなうはずもない。羽交い絞め状態の勇者を、あたしは調べる。えっと……王者の剣に光の鎧、勇者の盾に鉄仮面にはやぶさの剣に星降る腕輪。ここまでは前回とさほど変わらないな。あとは、聖なる護り? ああ。昨日ルビスの塔で手に入れたってやつだ。他には……と。
…………。
げ! なんだこれ!?
最後に出てきたのは、女性ものの水着だった。派手な柄のトップスとパンツがひと組。いわゆるビキニだ。それも、布面積はかなり少ない。身につけても、ほとんど裸同然だろう。ヴァルキリーズの水着グラビアなら確実に事務所NGになる代物だ。
「あ……それは、魔法のビキニ!」戦士が叫んだ。
魔法のビキニ? こんなのがあるの? 子供向けのゲームなのに?
美咲がビキニを手に取る。じっくり確認し、間違いないというふうに頷いた。
そして、勇者を睨みつけ、「あなたはこれを、キングマーマンを倒したときに手に入れた。そして、僧侶に装備するよう迫ったんです!」
ざざーん! いまにも○映という文字が出てきそうな勢いで、大きな波が断崖にうちよせた。
「ち……違う! 違うんだ! そんなもの、僕は知らない!」焦って否定する勇者だけど、現物が目の前にある以上、言い逃れはできない。
がくっ。僧侶が膝をついた。「その通りです。神に仕える身としては、そのような破廉恥なものを装備するわけにはいきません。しかし勇者は、装備できないのならパーティーから外すと、私を脅したのです。だから……だから! 神の教えに反してでも、殺すしかなかったのです!」
涙を流す僧侶に、あたしは駆け寄る。「何故今まで黙ってたの? 言ってくれればよかったじゃない」
「それは……私は神に仕える身。どんな理由があろうと、人を殺めるなど、許されることではありません。そのような大罪を犯しておきながら、みっともなく言い訳など、できるはずがありません」
「バカなこと言わないで! こんな事情があったのなら、神様だって、きっと許してくれるわ!」
「そ……そうでしょうか……」僧侶の顔に、希望の光が戻る。
あたしは、力強く頷き、「大丈夫よ。あなたは悪くないわ。あなたの罪はかなり軽くなるはず。いえ、無罪、ひょっとしたら、逆に勇者をセクハラで訴えることもできるかも知れないわ。任せて。裁判になったら、いかにあなたが苦しんだか、いかに勇者が卑劣だったか、あたし、ちゃんと証言するから。一緒に戦いましょう!」
「そうよ! あたしも協力するわ」魔法使いが言った。
「俺もだ!」と、戦士。
「もちろん、あたしもです!」最後に美咲。
がしっ! みんなで手を合わせ、輪になり、巨悪に立ち向かうことを誓う。そう。あたしたちが倒すべきは大魔王ゾーマではなく、あのセクハラ勇者だったのだ。
「ち……違う! 僕は決して、いやらしい気持ちで装備させようとしたわけじゃない! 魔法のビキニは、見た目に反して、ものすごい守備力なんだ。だから、僧侶のためを思って――」
もちろん、そんな言い訳が通用するはずもなく。
「最低……」
「最低だわ……」
「最低だな……」
「最低ですね……」
みんなで、一斉に白い目を向けた。
「違うんだ……違うんだ……」
ガックリと膝をつく勇者。
その後、彼がリーダーとしての信用を失ったのは言うまでもない。
押し寄せる波は、いつ果てるともなく、繰り返し、その身を崖にぶつけては、砕け散っていった。空は蒼く、そして、どこまでも遠い。
こうして、マイラ温泉を舞台にした、愛情と淫欲の果ての悲劇事件は、幕を閉じたのである――。
ちゃー、ちゃらららららー、ちゃらららららー。
「マドンナたちのララバイはやめんかい」
「あたしじゃないですよ。あのモンスターです」
そう言って美咲が指差した先には、灰色の身体に6本足、コウモリの羽にライオンの頭というモンスターが3匹いた。確か、ラゴンヌとかいうモンスター。それが、マドンナたちのララバイを口ずさんでいる。
「つまりこれは、『ラゴンヌたちのララバイ』ですね」
「――――」
ぱりん。
美咲の死の言葉に、あたしの持っていた命の石が砕け散った――。
(第3話・湯けむり殺人紀行 ~マイラ温泉が血に染まる? 愛情と淫欲の果ての悲劇! 名探偵とおとぼけ助手が見た真実とは!?~ 終)