信頼関係に致命的な亀裂が入りながらも、勇者たちの旅は続く。
マイラ温泉を後にした一行は、その後も様々な困難を乗り越え、最重要アイテムの虹のしずくを手に入れた。そして、魔の島へと渡り、ついに、大魔王ゾーマを倒したのである!
闇の世界だったこのアレフガルドにも光が戻り、人々は勇者の成し遂げた偉業をたたえ、この地に代々伝わる真の勇者の名前、ロトの称号を授けた。しかし、人々の期待をよそに、旅立つ勇者。その後、彼の姿を見た者はいない。そして、スタッフロールの後、画面に表示される「TO BE CONTINUED TO DRAGON QUEST I」の文字。こうして、勇者ロトの伝説は始まり、物語はドラクエ1の世界へと続いて行くのだ。感動的なエンディングである。
が、喜んでばかりもいられない。
なぜなら、魔王を倒してエンディングを迎えれば、あたしたちも元の世界に帰れる。そう信じてここまで来たのに、実際は何も起こらなかったからである――。
「――しかし、今考えてもあのオルテガは無いですよ。感動的な親子の再会のはずなのに、なんで覆面パンツ男なんですか。モンスターのグラフィックを流用するにしても、キラーアーマーとか、他にもっとマシなのがあったと思うんですけど。あれは、今でも衝撃です」
美咲は相変わらずのんきなことを言っている。大魔王を倒しても元の世界に帰れなかったというのに、少しも不安を感じていない。
「あたしは、この状況になってもそんな風にお気楽でいられるあんたの方に衝撃を受けたわ」
「そうですか? ま、焦ったって帰れるわけじゃありませんし。なるようになるしかないなら、気楽に行くしかないです」
この娘には、元の世界に帰りたくない理由でもあるのだろうか? 現実で殺人事件を起こして逃亡中だとか? そう疑わずにはいられない。
「それにしても、まだ着かないんですかね? 遠いですねぇ。いい加減この景色にも飽きたんですけど」
美咲は周囲を見回し、げんなりした口調で言った。正面は海。右も、左も、後ろも、全て海だ。360度水平線。島1つ見当たらず、たまに見えるものと言えば、クジラか海鳥。この状態が、丸1日続いている。
あたしたちは今、船でルザミを目指している。サマンオサの国の南の海にある、小さな島だ。あたしはもちろん、美咲ですらその存在をすっかり忘れていたという、まさしく絶海の孤島。そこで、魔王を倒した勇者を称えるための祝賀会を開くらしい。それに、あたしたちにも参加してほしい、と、招待状が届いたのだ。しかし、その招待状に、差出人の名前は書かれていなかった。
「誰だかわかんないけど、なんだって、こんな所に呼び出したのかな?」あたしは招待状をいじりながら、美咲に言う。「祝賀会するなら、アリアハンやラダトームで十分じゃない? それに、なんで名前を伏せる必要があるのよ」
「それは、やっぱり、アレでしょ」美咲、なんとなく嬉しそうな顔。
「アレって、何?」
「決まってるじゃないですか。謎の招待状。場所は孤立した島。連続殺人事件にはもってこいのシチュエーションです」
「……やっぱ、そうなるの?」実はあたしも、なんとなくそんな予感がしてたのだ。はあ。ため息が出る。元の世界に帰れないうえに、こう何度もわけのわからない事件に巻き込まれていては、気分も滅入ってくる。放っておこうとも思うけど、もしかしたら元の世界に戻る手掛かりが得られるかもしれないと思うと、行かずにはいられないのだ。
それからさらに1日船に揺られ、あたしたちはようやく、絶海の孤島・ルザミに到着した。
「ようこそルザミへ。私がこの島を案内させていただきます」
港であたしたちを出迎えたのは、タキシード姿にちょび髭のお兄さんだった。どこかで会ったことがある顔だな……なんて考え込む必要もなく、一目で誰か判った。つけ髭にかつらをかぶって服を着替えただけの勇者だ。
「何やってんの? 勇者?」あたしが言うと。
「勇者? 何のことでございましょう? 私はただの案内人です」シラを切る。
「いや……だってあなた、勇者でしょ?」
「とんでもない。勇者様でしたら、先に到着して、今は屋敷にいらっしゃるはずです」
誰がどう見ても勇者なんだけどな、この人。かつらを取ってやろうか。そう思ったとき、美咲が肘で突っついてきた。そして、「空気を読んでください」という視線。
何だか判らないけど、勇者だと気づいてはいけないらしい。しょうがないな。
「そう。人違いだったみたい。ゴメンなさい」ペコリと頭を下げた。
「いえ、とんでもないです。では、屋敷へご案内いたします」案内人と名乗る勇者は歩き始めた。あたしたちも続く。
「……勇者、いったい何企んでるんだろうね?」勇者に聞こえないよう、あたしはそっと美咲に耳打ちする。
「それはもちろん、連続殺人ですよ。今回の犯人は、勇者ってことです」やっぱり嬉しそうな美咲。
「どんな手を使うつもりかな?」
「判りませんけど、あたしの予想だと、この後、島に伝わる伝説だとか、唄だとかを聞かされるんじゃないですか?」
そりゃまた典型的なパターンだな。と思ってると、美咲の予想通り、
「ところでお2人は、この島に代々伝わる唄のことをご存知ですか?」案内人と名乗る勇者、何の前触れもなく言い出した。
いきなり来たか。別に聞きたくないけど、聞かないと多分話が進まないのだろう。
「いえ、知らないです。ぜひ聞かせてください」
そう言うと、案内人と名乗る勇者は上機嫌で歌い始めた。
4人の英雄が島にやって来た。
魔法使いが吹雪で凍え、3人になった。
3人の英雄が島にやって来た。
戦士が雷にうたれ、2人になった。
2人の英雄が島にやって来た。
僧侶が風に斬り刻まれ、1人になった。
1人の英雄が島にやって来た。
勇者が故郷に帰り、そして、伝説が始まった。
あたしは思わずズッコケそうになった。こういうのって普通、これから起こる出来事を遠まわしに示唆するものじゃないの? これじゃ、そのまんまだよ。
と、思ったけど、もちろんそれは言わず、不思議な唄ですね、と、話を合わせておく。
「ええ。古くから伝わる唄なのですが、これが何を意味しているのか、誰も知らないのです」
確かに、あまりにストレートすぎて、かえって意味を見失いそうな唄ではあるかな。
「……まあ、勇者が犯人なのは間違いなさそうですね」美咲、あたしに耳打ちする。
「そう見せかけて、実は他の人が犯人ってことはない? 途中で死んだ人が、実は生きている、とか」
「それは本家でやってますし、無いと思います」
本家というのは、あの、ミステリーの女王の代表作のことだろうか? このゲームオタクがあのクローズド・サークルの傑作を知っているとは驚きだ。
「当然、知ってますよ」美咲、相変わらずあたしの表情を読む。「アレを読まずに、ミステリーは語れません」
「へぇ。ちょっと見直したよ」
「でも、あの作品、続編が何本も作られましたけど、結局、1作目を超えることはできませんでしたね。1作目は、今やるとグラフィックも荒いし、フローチャートの表示や既読の読み飛ばし、好きな所からやり直せる、といった、今のサウンドノベルでは当たり前のシステムが無くて不便極まりないですけど、だからこそ、自分自身の推理で解いていく楽しみが味わえた。それこそが、名作と言われる理由です。親切設定で誰でも楽にクリアできるゲームが、必ずしも名作とは限らないんです」
……突然何を言ってるのか判らなくなった。どうもあたしが思っているのとは違う本家だったようだな。まあ、詳しく訊くとまた長々と説明が始まりそうなので、訊かないでおこう。
しばらく歩くと大きな屋敷に着いた。石造りの2階建て。かなり年季の入った屋敷だ。木製の大きなドアを開けると、広いロビーにソファーとテーブルがあり、そこに、戦士、僧侶、魔法使いの3人の姿があった。
「お久しぶり」
みんなで久々の再会を喜ぶ。一応、勇者はどこ? と聞いてみると、トイレに行ったきり姿が見えない、という答えが返って来た。どうやら彼らは、案内人の正体に気付いていないみたいだ。何とも間抜けな話だけど、こういう作品の登場人物は、えてしてこんなものだろう。
「では、こちらへ」
案内人の勇者は、あたしたちを食堂へ案内した。
「申し訳ございません。主人は今、体調を崩しており、部屋で眠っております。いえ、大したことはありません。明日には良くなるでしょう。皆さんのおもてなしは、主人に代わって私が行います。今日は、ごゆっくりとお楽しみください」
屋敷に着いたけど主人は姿を見せず……まあ、ありがちな展開だな。とりあえず今は、食事を堪能し、みんなで楽しんでる雰囲気を出しておこう。
と、言うわけで、運ばれてくる海の幸に舌鼓を打ち、食後はお酒やジュースを飲みながら、今回の冒険の思い出話に花を咲かせる。夜も更けてきて、さて、そろそろかな、と思ったとき。
フッ、と、明かりが消えた。
「何? 何が起こったの?」と、魔法使い。
「停電か? だれか、明かりを」と、戦士。
「こう真っ暗では、何も見えませんわ」と、僧侶。
「レミーラです、誰か、レミーラを使ってください」これは美咲。
……レミーラって何だっけ?
などと言ってるうちに、再び明かりが灯った。良かった、と、思ったのもつかの間。
「――――!」
みんなが一斉に息を飲む。
テーブルの上に、1枚の紙が置かれていた。黒い文字で、謎の文章が書かれている。
『どうだ、ぼうず。わしのぱふぱふはいいだろう』
「誰? こんなくだらないイタズラをしたのは?」魔法使いが全員の顔を見る。みんな、心当たりが無い、と首をひねるだけだった。
「では、さっきの案内人か、この館の主人がやったんでしょうか?」と、僧侶。
「そうだな。そうに決まってる。おい! 出て来い! なんでこんなことするんだ!」戦士が叫ぶ。
でも、何の反応もなかった。そう言えば、さっきまで料理やお酒をせっせと運んでた勇者は、いつの間にかいなくなっている。
「いったい、どういうつもり?」魔法使いがいらいらしたように髪を掻きあげた。
「とにかく、さっきの野郎を探そう。何のつもりなのか、問い詰めてやる!」
そう言って戦士が部屋を出て行った。魔法使いと僧侶も続くので、あたしたちも後を追った。
それからみんなで屋敷中を探したけど、案内人も、部屋で横になっているという屋敷の主人も、見つけることはできなかった。
「一体どういうこと? この屋敷には、あたしたちしかいないの?」
「全くだぜ。こんな海の果てまで呼んで置いて、ほったらかしとは、なんて無礼なやつだ」
「そうですわね。こんなこと、神がお許しになるわけがありません」
ロビーに戻って来たとたん、みんな口々に文句を言う。
「やあ、みんな。どうしたですか?」
そう言って、勇者がロビーに姿を現した。つけ髭とかつらは取り、服も着替えていつもの恰好だ。
「おう、勇者か。今までどこにいたんだ?」戦士が訊いた。
「ちょっとお腹の調子が悪くて。少し部屋で横になってたんです。でも、もう大丈夫」
あまりにも見え見えのウソだけど、誰も突っ込むことは無かった。
「それより、いったい何の騒ぎですか?」
戦士は、勇者に食堂での出来事を説明した。
「そんなことがあったのですか。まあ、ただのイタズラでしょう。気にすることはありませんよ」みんなをなだめる勇者。
戦士たちは、とても腹の虫がおさまらない、という感じで憤慨してたけど、屋敷に誰の姿も無いのでは、これ以上何もできないので、今夜は部屋で休むことにした。
寝室は2階。201号室が勇者の部屋。以降、202号室から204号室までが、戦士、僧侶、魔法使いの部屋で、205号室があたしと美咲の2人部屋。ま、いつもと同じだ。
「何が起こるか判りませんから、とりあえず、みんな用心だけは怠らないように。鍵だけはちゃんとかけておいてください」勇者がみんなに言う。
ぱふぱふに何を用心しろと言うのか、と、突っ込みたくなったけど、とりあえず頷くだけにしておき、部屋に入った。
「さて。一応、ここまではセオリー通りですね」美咲は部屋のベットに勢いよく腰を下ろす。
「やっぱり事件は起こると思う?」
「それはそうしょう。あれだけ演出したんですから」
「なんか、事件が起こると判ってて何もしないのも、気がひけるよね。みんなで帰ったらダメかな?」
「無理じゃないですか? 多分、外は嵐だと思いますよ?」
言われ、窓を開けてみる。美咲の言う通り、激しい雷雨だった。しばらく島からは出られそうにない。まあ、お決まりと言えばお決まりの展開だけど、天候まで操るとは、さすが勇者と言うべきか。
「どういうトリックで来るのか、楽しみですね」
相変わらず不謹慎なことを言う美咲に、軽蔑のまなざしを向ける。
とは言え、どうせ事件は起こるのだから、あらかじめトリックを予想し、対策を立てておくのは悪くないかな。
「さっき、『勇者が鍵をかけておけ』って言ったから、密室殺人になるのかな?」と、あたしは言ってみる。
「んー。どうでしょう?」美咲は首をかしげた。「1話目でもうやってますからね。同じネタでやるにしても、もう少し間を置くような気がしますけど?」
考え方に少々疑問が残るけど、それは言えてるような気はする。
だとすると、これまでの話で扱ってない、定番の推理ネタで来るということかな。ダイイングメッセージとか、アリバイトリックとか、かな。
「時刻表トリックってのもあります」
いや、それは無いだろう。
「まあ、犯人は勇者で確定してるわけですから、いわゆるハウダニットになるんじゃないですかね」美咲はそう結論付けた。
ハウダニット――どうやって殺したか。つまり、殺しの手口の謎を暴かないといけないわけだ。そうなると、事件現場の徹底検証が事件解決のカギになりそうだ。
よし。方針は決まった。明日は頑張ろう。そう心に誓い、そして、夜は更けて行った。
翌朝。
案の定、事件は起こった。