「若葉さん! 美咲さん! 大変です!」
朝、僧侶が扉を叩く音で目が覚める。美咲が鍵を開けた。血相を変えている僧侶。いつもなら勇者が殺された、となるんだけど、今回は違う。
「魔法使いが……魔法使いが部屋で殺されてるんです!」
なんですって!? と、一応驚いて、魔法使いの部屋に駆けつける。部屋の中は、えらいことになっていた。すべてが凍りついていたのだ。まるで、数か月霜取りをしなかったひと昔前の冷凍庫のように、壁にも床にも天上にも、びっしりと氷が張りついている。そして、ベッドの上に転がる、同じく凍りついた魔法使いの姿。ああ。こうなることが判っていたのに、何もしなかった自分に、少しだけ罪悪感を感じる。
「バナナで釘が打てそうですね」
美咲は罪悪感なんて感じていないようだ。タフな精神力がうらやましい。
まあ、今さら後悔しても仕方が無い。今は調査だ。
と言っても、詳しく調べるまでもないかな。これはどう見たって、吹雪の呪文で殺されている。
「こ……これは……まさか……」戦士が何かに気付いたようだ。
「何? どうしたのですか?」僧侶が心配そうに訊く。
「この屋敷に来る途中、案内人から、この島に代々伝わるという唄を聞いただろ?」
「ええ、聞いたわ。それが、どうしたの?」
「1番の歌詞を思い出せよ。『4人の英雄が島にやって来た。魔法使いが吹雪で凍え、3人になった』。歌詞の通りじゃないか!」
ええっ!? と、声を上げる僧侶と勇者。今頃気付く方がどうかしてると思うけどな。でも、あたしたちも、確かにそうだわ、みたいな顔で驚いておく。
「じゃあ、誰かが唄になぞって、魔法使いを殺したと言うのですか?」恐怖におびえる僧侶。
「誰かって、誰だ?」不安げな戦士。
「判りませんけど、姿を見せないこの屋敷の主人が、怪しいと思いますわ」
「そうですね……僕もそう思います」わざとらしい演技の勇者。
「冗談じゃないぞ! こんな島、早く出て行こうぜ!」戦士が叫ぶ。
「それが、そうもいかないんです」勇者、沈痛な顔。「さっき船を見に行ったら、バラバラになってました。多分、昨夜の嵐の影響だと思うのですが」
「なんだって? ホントか!?」
戦士の言葉に、勇者は黙って頷く。
「じゃあ、ルーラはどうでしょうか? 勇者のルーラを使えば、簡単に脱出できますわ」
「そうか! その手があったか。さすがは僧侶だ」喜ぶ戦士。
でも、勇者は首を振る。「ダメなんです。不思議な力が働いているようで、この島では、ルーラが使えないのです」
「そんなバカな?」戦士は声を上げた。
船は無い。ルーラも使えない。つまり、この島から脱出することはできないということだ。
「そうなの? ホントにここ、ルーラが使えないの?」あたしはみんなに聞こえないように、そっと美咲に訊いた。
「そんなわけありません。ここ、何の変哲もないただの島ですよ?」美咲は即座に応えた。「でも、魔法使いが死んだ以上、ルーラを使えるのは勇者しかいません。彼が『使えない』と言えば、それを確かめる手段は無いですね。当然キメラの翼なんか誰も持ってないでしょうし、うまいこと考えたものです」
なるほど。最初の変装を見たときはどうなることかと思ったけど、意外としっかり計画を立てているようだ。感心していいところではないけれど。
「じゃあ、いったいどうやってこの島から出るんだよ?」と、戦士。
「判りません」
「ふざけるなよ! こんな、殺人鬼が潜んでいるかもしれない島から出られないだなんて!」
勇者に八つ当たりをする戦士。そんなことを言われても困る、と、勇者は首を振った。
どうでもいいけど、この人たちは大魔王ゾーマを倒し、世界を救った英雄じゃなかっただろうか? 人殺し一人になんでこんなに怯えてんだろ? 判らん。
「とにかく、島からは出られません。助けが来るまで、耐えるしかありません」勇者がリーダーらしいことを言う。「どこに犯人が潜んでいるか判らない以上、勝手な行動はしない方がいいでしょう。みんなで1つの部屋に集まっているのがいいと思います。そうすれば、犯人も簡単には手を出せないはずですから」
「本当にそうか?」
勇者の言葉に、戦士が疑問を投げかけた。
「どういうことですか?」
「考えてみたら、昨日、俺たちは屋敷中を探した。でも、俺たち以外は誰もいなかった。犯人なんて、本当はいないんじゃないのか?」
「バカな? じゃあ、誰が魔法使いを殺したと言うのですか?」
「それは判らない。ただひとつ言えることは、俺は犯人じゃないってことだ」
「どういう意味です? 僕たちの中に犯人がいるとでも?」
「そうじゃないという根拠は、今のところ無いってことだ」戦士は、吐き捨てるように言った。「俺はゴメンだね。犯人かもしれないやつらと一緒にいるなんて。1人でいた方がましだ」
「待ってください! 私たちの中に、犯人がいるなんて、神に誓ってあり得ません!」僧侶が言った。「魔法使いは凍死したのですよ? これは、ヒャド系の呪文以外には考えられません」
ヒャド系。吹雪の呪文だ。ヒャド、ヒャダルコ、ヒャダイン、マヒャドの4種類ある。これまでの旅で、あたしもそれくらいは覚えた。
「私も勇者も、そしてもちろんあなたも、ヒャド系の魔法は使えないでしょう? そうではなくて?」
僧侶の言葉に、戦士は顔をそむける。
「そうなの?」あたしはそっと、美咲に訊いた。美咲は、そうですね、と頷いた。
「この中に犯人がいるはずが無いのですよ。ですから、みんなと一緒にいるのが安全です」
しかし、僧侶の必死の訴えも、戦士には届かなかった。
「いや、やっぱり誰も信じられない。俺は1人でいる。部屋に鍵をかけていれば、絶対に誰も入ってこれないからな」
戦士はそう言って、自分の部屋に入る。ガチャリ、と、鍵をかける音が聞こえてきた。勇者も僧侶も、その姿を黙って見ているしかできなかった。
「あーあ。死亡フラグ立っちゃいましたね」美咲がそっとささやく。あたしは、苦笑いとともに頷いた。
死亡フラグとは、死ぬことの伏線である。例えば、ホラー映画で金髪ギャルがシャワーを浴びたり、戦争映画で『必ず生きて帰ってくるから、俺と結婚してくれ』なんてシーンがあると、その人はほぼ間違いなく死んでしまう。そういう、死の確率が高い行動のことだ。こういうミステリーもので、今の戦士のような行動をする人は、たいてい殺される。例の唄の2番の歌詞もあることだし、次に戦士が死ぬのは間違いなさそうだ。
「困りましたわね……どうします?」僧侶が勇者に訊いた。
「どうしょうもないでしょうね。まあ、彼の言う通り、部屋にいて鍵をかけていれば安全だと思います。魔法使いは、きっと鍵をかけ忘れたのでしょう。僧侶も、部屋に戻った方がいい」
勇者に言われ、僧侶はあたしたちに頭を下げると、自分の部屋に戻って行った。ガチャリ。鍵をかける音が聞こえる。
「じゃあ、僕も戻ります。若葉さんと美咲さんも、お気をつけて」
「ん、了解」
そして、勇者も部屋に戻った。ガチャリ、と、鍵の音が聞こえた。
「さて、推理タイムと行きますか」美咲が魔法使いの部屋を振り返った。「さっき僧侶が言った通り、これはヒャド系の呪文でやられたと見て、間違いなさそうですね」
「でも、ヒャド系の呪文は魔法使いしか使えないんでしょ? だったら、勇者は犯人じゃないってこと?」
「いえ、そうじゃありません。確かにヒャド系の呪文を使えるのは魔法使いだけですけど、その効果を発揮するアイテムがあるんです。吹雪の剣です」
「じゃあ、勇者がそれを持っていれば、それを証拠に逮捕できるのね?」
「うーん。まあ、持っていれば、ですね。残念ながら、吹雪の剣は捨てることができるんです。高価だからもったいないですが、もうゲームはクリアしてますし、お金を持っててもあんまり意味はありません。多分、もう捨ててると思います」
「捨てても、それを見つけ出せば、証拠としては十分なんじゃない?」
「無理です。ドラクエは、1度捨てたアイテムは2度と拾えません」
そっか……確かにそうだ。「じゃあ、次の事件はどうなるの? 唄によると、戦士が雷にうたれるみたいだけど?」
「雷の魔法はライデイン系ですね。勇者だけが使える魔法です。これを使って殺されたなら、話は早いんですけど……」
「ですけど?」
「うーん。わざわざ自分しか使えない魔法で殺すとは思えません。勇者もそこまでバカじゃないでしょう。流れから行くと、次もアイテムを使うんだと思います。雷の武器と言えば、稲妻の剣か、雷神の剣か……。勇者と戦士しか使えない武器ですから、もし、殺害後も持ってたなら証拠になりますけど、残念ながら、この2つも捨てることができます」
「そんな……じゃあ、どうするの?」
「決め手は、3番目に起こる事件でしょうね。僧侶の『切り刻まれ』。これはきっと、バギ系の呪文だと思います。この呪文の効果を発揮するアイテムは2つあります。その1つ、裁きの杖は、勇者に使うことはできません。そもそも威力が弱すぎますから、これで殺害するのはムリですね」
「もう1つは?」
「王者の剣です。勇者の専用武器。バギ系最強呪文、バギクロスの効果があります。そして、決して捨てることができない武器です。これを使ったときが、年貢の納め時ってことですね」
「そっか……でも、それだとみんな殺されちゃうよ。何とか阻止できないの?」
「そりゃムリですよ。全ての事件が終わるまで、名探偵は何もできない。推理ものの鉄則です」
「そんな冷たいこと言わないでさ。なんか、殺されるのが判ってて何もしないのって、気が引けると言うか、死体発見時に罪悪感を感じると言うか。美咲、そういうの、感じない?」
「うーん。感じなくはないですけど……」
「だったら、なんかしようよ。例えば、戦士の部屋を、2人で寝ずに見張ってるとかさ。そしたら犯人も、うかつに行動できないでしょ?」
「そんな甘いものじゃないと思いますよ? 戦士は、もう完全に死亡フラグが立っちゃいましたから。助けるのはムリじゃないですかね?」
「でも、本編の『アイドル・ヴァルキリーズ・オブ・ザ・デッド』でも、睦美が同じように、『みんな信用できない!』って言って、一人で部屋に閉じこもったけど、結局死ななかったじゃん。今回も助けられるんじゃない?」
「まあ、あれは特殊な例ですよ。本編では、他にもいろんな人にいろんな死亡フラグが立ちましたけど、全部無視されましたから。言ってみれば、『死亡フラグ完全無視』がテーマだったわけです。でも、今回の話は違います。言わば、真・死亡フラグですね。あたしたちが何をしたって、覆すことはできませんよ。まあ、先輩がどうしてもって言うなら止めませんけど、ムダだと思いますよ?」
美咲はそういうけど、やっぱり何かしないと気が済まない。そう思い、美咲が止めるのも聞かず、あたしはその日、ずっと戦士の部屋を見張ることにした。
あっという間に夜になった。時計を見る。深夜3時。普通なら眠くなってくる頃だけど、コーヒーをたくさん飲んでおいたから、目は冴えている。そもそもあたしは、今やいろんなテレビやラジオやイベントに引っ張りダコの超人気アイドルグループの一員だ。普段の睡眠時間は数時間だし、仕事柄徹夜には慣れている。コンサート前など、数日の徹夜は当たり前だ。問題なくこのまま朝まで起きていられるだろう。これはもしかしたら、美咲の言う鉄則を覆せるかも? そんな期待を抱いたとき、突如、あたしは強烈な眠気に襲われた。なんで? さっきまで全然眠くなかったのに。こんなのあり得ないよ。ダメ。眠ったらダメよ、若葉! 眠ったら戦士が死んじゃう。ばしばし。自分を叩く。でも、眠りの世界は甘美な香りであたしを誘惑する。だめだ。そっちの世界へ行ってはいけない。行くともう戻ってくることはできない。ああ、でも、行ってしまいたい。気持ちのいい、夢の世界へ。そうよ、戦士なんて、別にどうなろうと知ったこっちゃないじゃん。所詮他人。睡眠時間の方が大事だ。……何言ってるの、若葉! あなた、いつからそんな薄情者になったの!? あたしはあなたを、そんな子に育てた覚えはありません! さあ、しっかりと目を開けて! そして、その目で真実を確かめるのよ! ダメ。ダメなの!あたしは、真実を知るのが怖い。だからお願い! このまま眠らせて! ぐう。
どんなに抵抗してもムダだった。あたしの精神力は途切れ、そして、意識は無くなった。
「おはようございます、先輩。よく眠れましたか?」
目を覚ますと、美咲が見下ろしていた。窓から差し込む朝日が眩しい。一瞬考えた後で、状況を思い出す。そうだ。あたし、戦士が殺されないよう、廊下で寝ずの番をしようとしたけど、途中でなぜか、強烈な眠気に襲われたんだ。しまった。すっかり朝だ。戦士はどうなったの? 美咲の顔を見る。美咲は、黙って部屋の中を指差した。
戦士は、部屋の中で黒こげになって死んでいた。やっぱり助けられなかった。がっくりと肩を落とす。
「まあ、そう気を落とさないことですね。眠っちゃったのは、先輩のせいじゃありません。抗うことのできない大いなる力が働いたんです」
気休めとは言え、美咲の慰めの言葉がありがたかった。それにしても、恐るべし、真・死亡フラグ。
「こ……これは、もしかして……」そばに立っていた僧侶。戦士の死体を見て、首を振りながら後じさりする。「『3人の英雄が島にやって来た。戦士が雷にうたれ、2人になった』あの歌の通りだわ!」
「そんなバカなこと、あるわけないじゃないか!」勇者、相変わらずのワザとらしい演技で、僧侶を落ち着かせようとする。
「いいえ! あの唄は、私たちの死を予言していたのですわ! 決して逃れることはできないのです! ああ、神様! なぜあなたは、このような試練を与えるのですか!」
「いい加減にしろ! そんなこと、あるわけないじゃないか! 大丈夫、君だけは、僕が護って見せる!」
「勇者……勇者!」
抱き合う2人。やっててバカらしくないのかな。
まあいや。とりあえず、2人の三文芝居は放っておいて、捜査捜査、と。
美咲と一緒に戦士の死体を改める。黒こげのアフロという、典型的な爆発姿だ。
「…………」
と、美咲が急に真剣な顔になった。何か考え込んでいる様子。
「……どうかした?」訊いてみる。
「ん? いえ、ちょっと、気になることがありまして」
「何?」
「犯人は、どうやって部屋に入ったんでしょうか?」
「どうって……」
あたしは部屋を見回した。この部屋に窓は無い。入るとすれば、入口の扉しかない。
「でも、戦士は扉に鍵をかけたはずです」
そうだ。鍵をかける音は、あたしも聞いた。
…………。
あれ?
じゃあ、犯人は、鍵を開けて部屋に入った、ってことになる。
「この部屋の入口は、最後の鍵でしか開けることができない扉です。内側からカギをかけた場合、外から開けるなら、最後の鍵が必要になります」
「つまり、最後の鍵を持ってる人が犯人ってこと? じゃあ、勇者の持ち物を調べようよ。彼が犯人なんだから、絶対、持ってるよ」
「はい。あたしもそう思ったんですけど……」
そう言うと、美咲は戦士の道具袋から、何か取り出した。目玉をイメージした宝石と翼の装飾が施された鍵だ。
「それ……まさか……?」
「そうです。最後の鍵です」
「――――」
あたしは、言葉を失った。勇者が持っていないといけないはずの鍵を、なぜ戦士が持っているのだろう。
美咲は続ける。「鍵は普通、パーティーの先頭を歩く人が持ちます。扉を開けるのには、それが一番効率的ですからね。なので、戦士が持ってるのは当然のことなんですけど……そうなると、勇者は鍵を使わずに部屋に入ったことになります」
「一応訊くけど、鍵を開ける呪文とか、なかったっけ?」
「アバカムですね。魔法使いしか使えません。もう死んでます」美咲は答えた。
どういうことだろう? 戦士は昨日、部屋に入った後、しっかりと扉に鍵をかけた。その扉を、外から開けることができるのは最後の鍵だけ。鍵を持っているのは、他ならぬ戦士自身だった。勇者はどうやって部屋に入ったのだろうか? 戦士が扉を開けて、中に招き入れた? あんなに警戒していたのに、それはあり得ないだろう。もちろん、鍵をかけ忘れたとも考えにくい。
「勇者は最後の鍵を持っていた。扉を開けて部屋に入り、戦士を殺害。その後、鍵を戦士に持たせた――これなら一応、つじつまは合いますね」
美咲が言ったけど、その顔は暗い。あまり自信のある推理ではないようだ。当然だろう。セオリー通りに行けば、勇者は次に僧侶を殺さないといけない。彼女の部屋も同じ扉だ。鍵を戦士に渡しては、次の殺人を行うことができない。
「……とりあえず、この鍵はあたしが持っておきます」美咲は、最後の鍵をポケットにしまった。「それから、僧侶には、今夜、扉にしっかりと鍵をかけさせて、誰が来ても絶対に開けないよう、きつく言っておきましょう。これで、勇者は僧侶に手出しすることはできないはずです」
「もし、それでも僧侶が死んだら?」
「……判りません」
いつに無く真剣な美咲に、あたしの胸に大きな不安が渦巻いていった。
その後、言われた通り僧侶にはしっかりと注意をし、そして、その日も夜が更けて行った。
だけど、事件を止めることはできなかった――。