と、言うわけで。
あたしは今、とある街の森の中に隠れている。ここに、もうすぐ勇者が現れると、美咲が言うのだ。いつものこととは言え、どういうことか全く判らないあたし。まあ、今まで美咲が間違っていることは無かったし、信じて待つしかない。
すると。
美咲の言う通り、勇者が現れた。
ばっ! 美咲と一緒に、勇者の前に立ちはだかる!
「若葉さん……美咲さん……」突然現れたあたしたちに、驚きを隠せない勇者。
「ここに現れると思いました。勇者、観念してください。あなたがどうやって最後の鍵の扉を開けたのか、ようやく判りました」
美咲が言うと、勇者は、フフッ、と笑った。でも、それは絶海の孤島ルザミで見せた、あの挑発的な笑いではなかった。全てを諦めたような、寂しい笑い。
「……若葉先輩、勇者の持ち物を調べてください」
「あ、うん」
美咲の言われ、勇者の持ち物を調べる。勇者は抵抗しなかった。王者の剣に光の鎧、勇者の盾など、おなじみのアイテムが出てくる。
「――――」
と、最後に出てきたアイテムを見て、あたしは言葉を失った。目玉をイメージした宝石と翼の装飾が施された鍵――最後の鍵だ。何故勇者が? この鍵は、美咲が持ってるはず。振り返った。美咲も鍵を見せた。それは間違いなく、最後の鍵。
――まさか、最後の鍵が2つ? 1つしかないはずなのに?
「やはり……あなたはもう1つ、最後の鍵を持っていたんですね。このランシール神殿の、禁断の技を使って!」
美咲が背後を示した。森の中には大きな神殿がそびえ建っている。
ここは、アリアハンのすぐ西にある島・ランシール。巨大な神殿があり、そこでは、己の力を試す試練を受けることができる。そして、その試練を乗り越えると、重要アイテム・ブルーオーブが手に入るのだ。
「ランシール神殿の試練を受けるのは1人だけです。たった1人でダンジョンに行き、オーブを手に入れなければいけません」
美咲は、ゆっくりと語る。
ドラクエ3は、仲間と共に冒険するのが普通だ。このランシール神殿の試練を受ける場合、自動的にパーティーの先頭の人が選ばれる。以降は1人で行動するわけだけど、このとき、2番目の仲間が邪魔になって、後戻りすることができない。
でも、1人で神殿を訪れた場合、通常はできない後戻りが、できてしまうというのだ。
「プログラマーも、そこまでは想定していなかったんでしょうね」美咲、遠くを見る目で語る。「些細なミスですけど、これが原因で、ドラクエ3は、ファミコン史上最多と言われるほど、裏ワザの宝庫になってしまったんです。いきなりゴールドを99999にしたり、歩くたびにレベルアップさせたり……このランシール神殿は、ホントに様々な裏ワザに派生します。あたしも、当時はいろいろやりました。そして、これらの裏ワザの中で恐らく最も有名なのが――アイテム増殖」
アイテム増殖? そんなことまでできるの?
勇者を睨む美咲。勇者はただ立ちつくし、美咲の言葉を聞いているだけだ。
美咲は言葉を継いだ。
ランシール神殿を1人で訪れ、試練を受けることに同意する。通常仲間といる場合は引き返すことはできないけど、1人の場合は引き返すことができるので、ダンジョンには行かず、街を出る。そのままアリアハンに戻り、ルイーダの酒場で仲間を加えたら、その仲間が持っているアイテムを受け取り、再びランシール神殿に行く。
すると、仲間が消えてしまうのだ。
そこからまたアリアハンに戻ると、消えた仲間が酒場にいるので、再び仲間に加える。なんとその仲間は、受け取ったはずのアイテムを持っているというのである!
「あなたは、この技を利用して、最後の鍵を増殖したんです!」
美咲は、これが最後、と言わんばかりに、森中に響き渡るほどの大声で、そう宣言した。
それまでじっと黙って美咲の説明を聞いていた勇者は、顔を上げると、再び寂しそうな笑顔を浮かべた。
そして。
「……さすがは美咲さんですね。あなた騙すことはできないと思いましたよ。その通りです。僕は、このランシール神殿を利用した裏ワザで最後の鍵を増殖し、みんなを殺したのです」
罪を認めたのだった。
「動機は、これまでの恨みですね」美咲の口調は、どこか優しげだった。
「そうですね。僕ばかりが3度も殺されたのです。これじゃあ、リーダーとしての……いえ、勇者ロトとしての威厳がありません。だから、みんなに復讐したのです」
「それで、気は晴れましたか?」
勇者は答えず、ただ黙って、首を振った。
復讐なんて空しいだけ。
その寂しげな笑顔が、そう語っていた。
風が吹き、森の樹々が揺れた。それ以外は何も聞こえない。静寂が、妙に心地よかった。
やがて、勇者が口を開いた。「今からルザミに戻って、みんなを生き返らせます。そして、今回のこと、謝ります。許してくれるかどうか判りませんけど」
そう言って笑った顔には、さっきまでの寂しさは無かった。なんだか吹っ切れたような、いい笑顔だった。
「大丈夫だよ」あたしは勇者の肩に手を置く。「みんな、長い旅を共にしてきた仲間でしょ? 心配無いって」
「そうですね」
最後にもう1度笑い、勇者はルザミへと旅立って行った。その背中を、あたしたちはじっと見つめていた。
「……あそこはルーラで行くことができませんから、不便なんですよねぇ」
美咲、いい雰囲気をぶち壊すようなことを言う。
「あんたには感動とか余韻とか無いの?」
「感動ですか? こんな茶番に、何を感動しろって言うんですか」
「茶番って……そもそもあんたが始めたんでしょうが」
呆れるあたし。この世界に来て、何度目だろう?
――と。
ダダッタダダッタダダッタダダッタダーンダダダン!
突然、辺りに聞き覚えのある音楽が響き渡った。
この音楽はもしや!? 辺りを見回す。森と神殿。他は何も無い。でも。
ダダッタダダッタダダッタダダッタダーンダダダン!
まただ。この音楽。忘れるはずもない。あたしと美咲がこのドラクエ3の世界に取り込まれたときの音楽だ。
音楽は何度も繰り返される。同時に、地面が揺れ始めた。地震? いや、違う。揺れているのは地面だけじゃない。樹々も、神殿も揺れている。それだけなら当たり前だけど、空も揺れているのだ。この空間――世界そのものが揺れている。
「何? 何が起こったの!?」激しい揺れに、とても立っていられないあたし。尻餅をついて倒れた。
「世界の崩壊が始まったんです!」美咲も膝をつく。
「世界の崩壊!?」
「そうです。勇者のやったアイテム増殖技は、バグを使った禁断の技。使うと、何が起こるか判りません。最悪の場合、ゲームの進行が止まってしまい、そして――」
突然、あたしたちの周りにノイズが走った。その中に飲み込まれる美咲。姿が消えて行く。手を伸ばしたけど、あたしの手もノイズに包まれていた。
美咲とあたし、そして、世界の全てがノイズに包まれたとき――。
あたしは、意識を失った――。