ドラクエ探偵倶楽部   作:ドラ麦茶

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プロローグ #02

 ……ふあぁ。大きなあくびを1つ。なんだか、よく眠ってた気がする。

 

 眠気まなこをこすりながら、辺りを見回す。陽射しの眩しさに、思わず手で目を覆う。やがて目が慣れてくると、そこには、広大な草原が広がっていた。風が吹きわたり、頬を撫で、草を波立たせる。うーん。気持ちいい。さわやかな朝だな。

 

 …………。

 

 ……は? なんだこれ?

 

 あたし、目をぱちぱちさせ、改めて辺りを見回す。

 

 目の前に広がる広大な草原。見間違いかと思ったけど、そうではないらしい。

 

 ここ、どこだ?

 

 どう見てもあたしの部屋ではない。美咲や他のヴァルキリーズメンバー部屋でもなく、実家の部屋でもなく、もちろんホテルや旅館とかでもない。まったくの外、屋外、室外、英語で言うところのアウトドア。人が目覚めるのに適した場所ではない。

 

 まさか、やってしまったか。背筋が凍る。

 

 これはいわゆる、お酒を飲んでべろんべろんに酔ってしまい、家に帰る途中でそこら辺に倒れ込み、そのまま眠ってしまい、朝を迎える、というやつではないだろうか? うわー。またやってしまったか。少し前に同じようなことをやらかしてしまい、大問題になったことがあるのだ。あの時、お酒を飲みすぎないように注意しなければ、と思ったのにな。

 

 あ、でも、その割には頭がスッキリしてるな。こんなときは、二日酔いで頭がガンガンする、ってイメージがあるけど。

 

 それに、そもそもあたし、お酒なんて飲んでないと思う。

 

 えーっと。何でこんなことになってるんだっけ? 考える。

 

 …………。

 

 ……確かあたし、美咲の部屋を掃除してたような。そしたら、美咲がゲーム始めちゃって。ファミコンのドラクエ3。しばらくそれを見てたら、何だかよくわかんないけど、ゲームがおかしくなったんだよね。

 

 で……どうなったんだっけ。そこから記憶が無いな。

 

 と、言うことは、あのまま眠っちゃったのだろうか?

 

 そして、目が覚めたら草原のど真ん中にいた。

 

 ……意味わかんない。何が起こったってのよ。

 

 うーむ。これは、考えても答えは出そうにないぞ。とりあえず、ここがどこか確認するのが先決かな。

 

 どっこいしょっと。おやじくさい台詞を吐きながら立ち上がり、改めてあたりを見回す。本当に広い草原だ。向かって右側は、はるか向こうに森が見え、左と後ろは、空に薄い稜線がわずかに見えるけど、前は本当に何も無い。生まれて初めて見る地平線だ。

 

 ……この街に、こんな所あったっけ?

 

 美咲の住んでいるアパートがある所は、都心から少し離れているけれど、そこそこ賑わっている街だ。はずれの方に行けば、大きな川が流れていて、それなりに自然にあふれているけれど、それでも地平線が見えるなんてことは無いはずだ。

 

 そもそも、日本は狭い。地平線が見えるところなんて、ものすごく少ないんじゃないだろうか? それこそ、北海道とか千葉とかじゃないと。

 

 じゃあ何? あたし、眠ってる間に北海道か千葉に運ばれたってこと?

 

 ……そんなバカな。

 

 あり得ないでしょ? あたし、どちらかと言うと眠りは浅い方だ。ちょっとのことでも目を覚ましてしまう。眠っている間に北海道や千葉まで運べるとは思えない。

 

 と言うことは、あたしが知らないだけで、ここはやっぱり、都内なのだろうか? そうは思えないな。

 

 ま、いいや。とりあえず人を探して、ここがどこか聞いてみよう。そうすれば、なんとかなるでしょ。

 

 でもこれ、どっちに行けばいいんだろ?

 

 あたしの目に映るのは、地平線、森、山、山。どの方角に進めば人と出会えるのか、見当もつかない。うーん、困ったぞ。何だか急に不安になってきた。

 

 と、そのとき。

 

「……う……ん……先輩。この肉まん、干からびてて、食べられないです……」

 

 人の声がした。近くに誰かいたんだ。これぞまさしく天の助け。ありがとう神様。あたしは軽く祈りをささげ、声のした方を見た。ぱっと見、草しかないけど、よく見ると、草の陰に誰か倒れてる。誰か……何だか見覚えのある姿だ。それに今の声は。

 

 あたしは近づき、草をかき分けた。倒れていたのは、よだれをたらし、ニヤニヤしながら幸せそうに眠っている、あたしの後輩だった。

 

「……あ。じゃあ、こっちの大根にします……」

 

 寝言だ。どうやら夢の中で何かを食べてるらしい。あーん、と口を開け、そのまま勢いよく右手にかぶりついた。

 

 …………。

 

「いったーい!」

 

 飛び起きる美咲。何やってんだ、この娘。

 

「あれ? 若葉先輩?」あたしと目が合い、美咲はぱちぱちと瞬きする。

 

「おはよ。目、覚めた?」

 

「あ、はい」曖昧な返事をしながら、右手とあたしを交互に見る。「……先輩、今、あたしの手、かじりました?」

 

「かじるわけないでしょ、そんな汚いモノ」

 

「失礼ですね。汚くないですよ。あたしは家に帰ったら、必ず手を洗うんですから」

 

「それより! これ、どういうこと?」

 

 そう言って、あたしは手を広げて周囲を示す。美咲は、また何度も瞬きをして、「何ですか? これ?」

 

「あたしが訊いてるの。あんたがあたしを運んだんじゃないの?」

 

「えぇ? なんであたしがそんなことするんですか? 大体、ここ、どこですか?」

 

「あたしが知るわけないでしょ。あんたじゃないの?」

 

「あたりまえじゃないですか。何でそんなことする必要があるんです?」

 

「あんただったら、これくらいのことやりかねないでしょ」

 

「そんなぁ。いくらあたしでも、そんなイタズラはしませんよ。……どっこいしょっと」

 

 美咲もおやじくさい台詞を吐きながら立ち上がる。そして、辺りを見回した。

 

「……東京じゃないみたいですね」

 

「やっぱ、そう見える?」

 

「はい。東京で地平線が見えるところなんて、聞いたこと無いです」

 

「やっぱりそうだよね。じゃあ、どこなんだろ?」

 

「うーん」考え込む美咲。あたしも考える。目が覚めると、広大な草原にいた。どう見てもここは東京じゃない。でも、美咲はともかく、あたしを眠った状態で運べるとは思えない。ま、何らかの事情で、かつてないくらい深い眠りについていたとしても、それでも都外に運び出す、なんてのは、ちょっと考えにくい。だとすると、ここはどこなんだ?

 

 と、美咲がぱっと顔を明るくさせる。「そっか。これ、CGですよ」

 

 ……は? 何言ってんだ、この娘。

 

「CGですよ。CG。コンピュータ・グラフィックス。一見外にいるように思えますけど、実は部屋の中なんです。壁と天井に映像を映し出してるんですよ」美咲、大真面目な顔。

 

 あたしは改めて辺りを見回す。青い空、眩しい太陽、吹きわたるさわやかな風。この全てが作りものだって言うのだろうか? とてもそうは思えない。あたしは疑惑のまなざしを向ける。

 

「絶対そうですって。ちょっと歩けば、すぐ壁か出口がありますよ」そう言って、美咲は歩き始めた。

 

 うーん。疑わしい限りだ。でもまあ、眠ってる間に北海道や千葉まで運ばれたと考えるよりは、現実味があるような気がする。とりあえずここは、美咲を信じてみるか。あたしは後を追った。

 

 でも。

 

 ちょっと歩いてみたけど、壁やドアは現れなかった。

 

「おかしいですね……そんなに広い部屋なんでしょうか? まさか、体育館とか?」そう言いながら、美咲はさらに歩く。あたしも続く。でも、歩けども歩けども、風景は変わらない。一面に広がる草と、遠くに見える地平線と森と山。

 

「体育館でもなさそうだね」あたしは言った。もう、2~300メートルは歩いたと思う。

 

「と言うことは……空港?」

 

 おっと。そう来たか。確かに空港のターミナルは広いけど、数百メートルもあるかな? それ以前に、なんで空港がこんなことをしなきゃいけないの。

 

「……よく判りませんけど、ドッキリとか?」と、美咲。

 

 ドッキリか。ありえない話ではないな。一応あたしたちは人気アイドルグループの中心メンバーだ。テレビの企画でドッキリをしかけられることは少なくない。でも、お仕事がお休みの日にドッキリをしかけたりもしないだろう。それに、いくらなんでもこれは手が込みすぎている。

 

 あたしたちはさらに歩く。1キロほど歩いたけど、やっぱり景色は変わらない。空港でもなさそうだ。

 

「まさか……ここはマクロスの中!?」

 

 ……何、マクロスって?

 

「マクロスですよ! 超時空要塞マクロス! 全長1200メートルの巨大宇宙戦艦です!」

 

 ……もはやツッコむ気にもなれない。

 

 大して歩いてないのにやたらと重い足を引きずりながら、さらに歩くこと1キロ。それでも景色に変化は無い。

 

「次は何? デス・スター?」あたしは皮肉っぽく言った。

 

「なるほど。デス・スターの直径は、確か120キロ。それならつじつまが合いますね」

 

 どこが合ってるんだ、どこが。

 

「……冗談ですよ。どうやら、建物の中じゃないのは確かですね」

 

 ようやくCGという推理を捨てたらしい。

 

 とは言え、それで問題が解決したわけではない。結局、ここがどこかは判らないままだ。

 

 改めて辺りを見回す。2キロほど歩いたけど、相変わらずの草と、はるか先の地平線と森と山。まあ、地平線が見えてるくらいだから、たかだか2キロで何かが変わるはずは無いんだけどね。

 

「一体どうなってるんでしょうね……。あのー! 誰かいませんか!? 誰かぁ!?」美咲、突然叫ぶ。声は辺りに響き渡った。

 

 すると、うおおぉーん、と、まるで美咲の呼びかけに応えるかのように、動物の遠吠えのような声が聞こえた。

 

「何? 今の?」あたしはきょろきょろとあたりを見回す。イヤな予感がした。

 

「さあ……これだけ広い草原ですからね。トラとかライオンとかいるのかもしれません……」

 

「ま……まさかぁ」と、言いつつも、ここがどこだか判らない以上、それもあり得ない話ではないような気がしてくる。

 

 しばらく静寂。聞こえてくるのは、風が揺らす草の音だけ。空耳だったのかな?

 

 そう思った瞬間!

 

 がばっ! と、どこから現れたのか、突然目の前に巨大な影が立ち塞がった!

 

 クマ!? それが第一印象。身長は2メートルをはるかに超えていて、全身灰色の毛皮、両手には鋭い爪があり、大きく開けた口からは、これまた鋭い牙が見えている。

 

 …………。

 

 第一印象じゃない! これはどう見ても、本物のクマだ!

 

 逃げなきゃ! と思った。でも、クマが、がうっ! と、大きな声で吼え、それであたし、金縛りにでもあったかのように動けなくなる。

 

「灰色のクマって、グリズリーでしたっけ?」事態を把握していないのか、のんきな声で言う美咲。

 

「クマの種類なんてどうでもいいでしょ! 逃げないと!」

 

「ダメですよ。クマは本能的に、逃げるものを追いかけるんです。だから、ヘタに逃げると、逆に襲われます。ちなみに、クマは100メートルを7秒台で走るそうです。先輩、逃げ切れる自信ありますか?」

 

 7秒……もちろんムリだ。「じゃあ、どうするの? 死んだふり?」

 

「逃げるよりはマシだと思いますけど、クマは好奇心旺盛ですからね。死んだふりをしたら、いじくりまわされると思いますよ?」

 

 いじくりまわされる……それもイヤだな。

 

 じゃあ、戦うか?

 

 一応あたしたちは、歌って踊れる戦乙女・アイドル・ヴァルキリーズのメンバーである。戦乙女の名が示す通り、ヴァルキリーズのメンバーは、ほとんど全員、なんらかの武術の心得がある。美咲は空手の達人だし、あたしは剣道二段だ。とは言え、今は竹刀も木刀も持っていない。美咲は空手家だから武器は必要ないけれど、それでも本物のクマ相手に戦うなんてムリだろう。

 

「クマに遭ったときは、とにかく刺激をしないようにして、ゆっくりと後じさりする……だったと思います」

 

 だったと思います、ってところが何とも頼りないけど、ここは美咲を信じるしかなさそうだ。あたしは、動かない身体に懸命に脳から指令を送り、ゆっくりと後退する。

 

 でも。

 

 がぁ! クマがよだれを垂らしながら大きく吼え、そして、右手を振り上げた。ヤバイ! あんな大きな手で殴られたら、頭がい骨陥没、もしくはその鋭い爪で八つ裂きだ!

 

「ダメです! 逃げてください!」

 

 と、美咲が叫んだので、瞬間、あたしたちは駆け出した。まさに間一髪。ブン! と、クマの腕が空を切り裂いた。

 

 なんとか強烈な一撃をかわすことはできたけど、相手はあのウサイン・ボトルよりも2秒も早く100メートルを走ることができるらしい。あたしなんかに逃げられるか? なんて、今さら考えても仕方が無い。とにかく逃げろ!

 

 しかし、あたしの目の前に、別の巨大な影が立ち塞がった。またクマ!? と思ったけど、今度のはもっと大きかった。クマの倍以上はある。つまり、5メートル近い? ありえないでしょ!?

 

 あたしと美咲、呆然とその巨体を見上げた。緑色の毛皮に覆われたその動物は、大きさを無視すればサルのようだった。

 

「大昔の映画で、こんなのいましたよね。少し前にリメイクされたヤツです」と、美咲。

 

 そんなわけないでしょ、と、ツッコむことはできない。だって、目の前のその大ザルは、色こそ違うけど、まさに映画のキングコングそのものだ。

 

 緑キングコングは雄叫びをあげながら両手で胸を叩くと、あたしたちに向かって、その巨岩のような拳を振り下ろしてくる! これまた間一髪で、あたしたちは避けた。ズン! と、地響きを立て、拳が地面に食い込んだ。

 

 これは、いったい何なの!? 前門のトラ、後門のオオカミ、ならぬ、前門のクマ、後門のキングコング!? ワケわかんないけど、とりあえず逃げ道は横しかない! あたしたちは同時にかけ出した。

 

 イヤな予感はしていた。そして、それが的中。

 

 がばっ! っと、またまた目の前に現れる影!

 

 ……でも、今度の影は小さい。あたしたちとあんまり変わらない。だけど、その姿はクマやキングコング以上にわけが判らなかった。現れたのは老婆だった。しわだらけの顔に、長い鉤鼻、円錐型でつばの広い帽子とブカブカの赤い服。それだけならただの派手なバアさんだけど、おかしいのは顔色。なんと、濃い紫色をしている。冬の海で泳いだってあんな色にはならない。さらにおかしなことに、何とこのバアさん、ほうきにまたがって空を飛んでいるのだ。

 

 それは、童話なんかに登場する魔女の姿そのままだ!

 

 もはや完全にパニックに陥ってしまったあたし。ムラサキバアさんはあたしに人差し指を向け。何やらぶつぶつと呟いた。次の瞬間、指先から炎が噴き出した! ちょっと! ウソでしょ!?

 

「危ない!」

 

 美咲が叫び、あたしを押し倒した。またまた間一髪で、なんとかあたしは丸こげにならずに済んだ。

 

 でも、これはいったい何なのよ!? クマにキングコングに魔女!? 誰でもいいから説明して!

 

「グリズリーにコングにまほうおばば……? これはまさか!?」

 

 いや、前言撤回! 美咲以外の誰か、説明して! 今、この娘のボケにツッコミ入れる余裕なんて無いの!

 

 そんなあたしの心の叫びは、もちろん届かない。

 

「これはまさか……ドラクエ3のモンスターでは!?」

 

 どうだ! と言わんばかりの美咲を無視し、「で!? これからどうするの!?」

 

 後ろからはクマと緑キングコングが迫る。目の前には炎を操るムラサキバアさん。まるで状況が理解できないけど、まさしく絶体絶命!

 

「大丈夫です! 相手がドラクエ3のモンスターなら、きっと、勇者たちが助けてくれます!」

 

「んなこと言ってる場合じゃなあーい!」

 

 あたしが叫ぶと同時に、クマと緑キングコングとムラサキバアさんが一斉に襲いかかる! もうダメだ! あたしは目を閉じた。

 

 でもそのとき、奇跡が起こった。

 

 ガン! 鈍い音。

 

 でも、どこも痛くない。何も感じなかった。クマや緑キングコングに殴られたわけじゃなさそうだ。恐る恐る目を開けると。

 

 そこには、2人の男の人がいた。

 

 クマと緑キングコングの一撃を受け止めてくれている。

 

 助かった! と、思ったけど。

 

 その2人の恰好を見て、あたしの混乱は、さらに大きくなる。

 

 1人は、がっしりした体格の人。なんと、金属製の鎧に身を包み、頭には兜、右手には巨大な斧、左手には、緑キングコングの一撃を受け止めた盾。中世ヨーロッパの騎士のような格好だ。

 

 もう1人はスラっとした長身の少年。鎧こそ着てないけど、青と黄色の服は、どこか中世の時代を思わせる。右手には幅の広い剣、左手にはやっぱり盾を持って、クマの攻撃を受け止めていた。髪の毛は逆立ち、額には青い宝石のはめ込まれたバンドをしている。

 

 この格好は、まさか!?

 

「戦士と勇者ですね!?」美咲が叫んだ。

 

 そうなのだ。彼らは、美咲が遊んでたドラゴンクエスト3の戦士と勇者の恰好そのままだ!

 

 これは一体、何が起こったの?

 

 頭をよぎる、1つの仮説。

 

 まさかここは、ドラクエ3の世界では!?

 

 ――――。

 

 いやいやいや。あり得ないでしょ。この2人は、ただのコスプレマニア。そうに決まってる。そういうことにしよう。うん。

 

 ドラクエ3の戦士と勇者のコスプレをした男の人は、うりゃぁ! と気合を入れ、クマと緑キングコングを押し返す。ずしん、と、地響きを立てて地面に転がる2匹。ドラクエ3の戦士と勇者のコスプレをした2人(めんどくさいから、「戦士」と「勇者」と呼ぶね。でも、信じてるわけじゃないよ)は、それぞれの獲物に向けて武器を振り下ろした。 ザシュ! 飛び散る血しぶき……と思ったけど、実際は何も飛び散らなかった。2匹は断末魔の悲鳴とともに、まるで煙のように消えてしまった。何が起こったのか、さっぱり判らない。

 

 ――そうだ。ムラサキバアさんは?

 

 振り返ると、そこには2人の女の人が、ムラサキバアさんの前に立ちふさがっていた。その姿を見て、頭が痛くなった。1人はドラクエ3の僧侶のコスプレ、もう1人は、同じく魔法使いのコスプレだった(これも面倒なので、「僧侶」と「魔法使い」と呼ぶ)。

 

 魔法使いが何か呟いている。それを見たムラサキバアさんも、負けじと何か呟く。さっきの炎を出すのか? でも、魔法使いの方が早かった。杖から、巨大な火の玉が吹き出した。それがムラサキバアさんを包み込む。悲鳴を上げるムラサキバアさん。トドメは僧侶だ。同じく何か呟いた。それは鋭い風だった。刃となり、ムラサキバアさんの身体を切り裂いた。丸コゲの上にバラバラ。グロいな……と思ったけど、こっちもさっきの2匹と同じで、煙のように消えてしまった(もちろん燃え尽きたってことじゃないよ)。

 

 全ては、あっという間の出来事だった。どうやら、助かったようだ。

 

「2人とも、大丈夫ですか?」勇者が言ったけど、混乱状態のあたしは、反応することができない。

 

 代わりに美咲が応える。「はい! 大丈夫です! ありがとうございました!!」

 

「ここは凶暴なモンスターが出没して危険です。近くにサマンオサの城下街がありますので、ご案内しましょう」

 

 ……サマンオサ? 聞きなれない地名だ。少なくとも、都内には無いと思う。って言うか、サマンオサって変な地名だな。まるで、外国みたい。

 

 でも。

 

 なんとなく聞き覚えがあるような。うーん。何だっけ?

 

「はい! お願いします!」

 

 あたしと違って、美咲は、まるで全てを理解しているかのような口調だ。

 

「では、こちらへ」

 

 勇者一行は歩き始めた。その後に美咲が続く。1人取り残されるあたし。

 

「若葉先輩? 何やってるんですか? 行きますよ?」

 

 美咲に呼ばれ、我に返る。慌てて追いかけた。

 

 あたしは勇者たちには聞こえないように、美咲に訊く。「ねえ。これ、何なの? いったい何が起こってるの?」

 

「何って、ですから、ドラクエ3ですよ。あたしが遊んでたじゃないですか」

 

「ドラクエ3は知ってるわよ。あたしが訊いてるのは、今、あたしたちの周りで何が起こってるのか、ってこと」

 

「ですから――」美咲、まるで小さな子供に諭すかのような口調で言う。「ここは、ドラクエ3の世界なんです」

 

「――――」

 

 言葉が出ないあたし。

 

 実はあたしも、さっき、それを考えた。勇者と戦士の姿を見たとき、一瞬頭をよぎった。

 

 でも、そんなことってあり得ないでしょ?

 

 美咲は続ける。「さっきのモンスターは、グリズリーにコングにまほうおばば。ドラクエ3の敵です。あの4人は、勇者、戦士、僧侶、魔法使い。ドラクエ3では一番オーソドックスなパーティですね。で、サマンオサは国の名前。マップで言うと、右下の方にある街です。覚えてないですか?」

 

 そう言われて、おぼろげながら思い出す。確かにそんな名前のモンスターがいたし、あたしもその4人でパーティーを組んで冒険したし、サマンオサって国があったような気がする。

 

 じゃあ、何? これってつまり、あたしたちは、ドラクエ3の世界にいるってこと!?

 

「そうですよ。それ以外に考えられないじゃないですか」当然、という顔の美咲。

 

 そ……そ……。

 

「ん? 何ですか?」

 

「そんな……バカなああぁぁ!!」

 

 地平線の彼方まで届くほどの声で、あたしは叫んだ――。

 

 

 

 

 

 

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