「では、お2人は異世界から来られた、と言うことですか?」
「はい。何だか、そうみたいです」
「それは素晴らしい。その世界とは、どのような世界なのですか? ぜひとも話を聞かせてください」
「えーっと。この世界と比べると、そんなに面白いことは無いと思いますけど、例えばですねぇ――」
ドラクエ3の勇者一行に助けられたあたしと美咲は、その足でサマンオサの城下街を目指すことになった。ここから南の位置にあるらしい。
あたしたちが異世界から来たことを話すと、勇者たちは疑ったりせず、あっさり信用してくれた。まあ、ここがドラクエの世界なら、天界とか魔界とか妖精界とかあるはず。あたしの記憶が確かなら、上の世界や下の世界とかもあったはずだ。別世界っていうのは、特に珍しくないんだろうな、きっと。
「……なんと、美咲殿の世界ではそのような不思議な現象が起こるのですか? なんとも奇妙な」
美咲の話を聞いた戦士が、驚きと感動の混じった声を上げた。
「ふーん。おもしろいわねぇ」と、魔法使いも興味深々という感じでつぶやく。
「それはとても興味深いですね。詳しく聞かせてください」勇者が先を促した。
「いいですよ。えーっと……」
どうやら美咲は、勇者一行とすっかり意気投合してしまったようで、会話がはずんでいる。あたしは、ここがドラクエの世界だということが、まだ信じられないし、美咲ほどドラクエのことに詳しくもないので、イマイチ会話に入っていけない。みんなから少し遅れて歩く。なんだか孤独だ。
それからひたすら地平線に向かって歩き続けたあたしたち。途中、何度かモンスターに襲われる。さっきの3匹の他に、鎧のお化けやゾンビもどき、巨大な亀とかもいたけど、みんな、勇者たちがあっさりと撃退してくれた。で、夕暮れ前に、あたしたちは無事、サマンオサの城下街にたどり着いた。
「……う……わ……」
街に入って、あたしは思わず言葉を失う。レンガの石畳に、石造りの家、宿屋、武器屋、道具屋、そしてお城。子供のころに1度遊んだだけだから記憶が曖昧だけど、それは、確かにドラクエの世界だった。うーん。信じられない。
と、ボーっと立ってるあたしのそばに、男の人がやって来た。
「ここはサマンオサの街です」
おお。お約束のやつだ。なんとなく感動するあたし。
「お葬式のイベントじゃないってことは、勇者たちがサマンオサに来るのは、初めてじゃないみたいですね」美咲が言った。
「お葬式イベント?」
「はい。初めてサマンオサの街を訪れると、ブレナンさんっていう人のお葬式のイベントが始まるんです。覚えてないですか?」
うーん。そんなのもあったような無かったような……よく覚えてない。
「美咲さん、よく御存じですね」と、勇者が沈痛な面持ちで語り始めた。「おっしゃる通り、私たちが最初にこの街を訪れた時は、ブレナンさんのお葬式が行われていました。王様の悪口を言って、死刑になったそうです」
悪口を言っただけ? そんなんで死刑になるの?
勇者は続ける。「――この国の王は、かつては温厚な性格で知られていたのですが、ある日、突然人が変わってしまったのです。食事の支度が遅れたり、少しでも王の機嫌を損ねてしまうと、牢に入れられ、運が悪いと死刑にされるのです。実は我々も、先日、王に謁見を求めただけで、怪しいやつだと言われ、牢に入れられてしまいました」
あ、なんとなく思い出してきたぞ。その後、秘密の抜け道から脱出するんだ。
「王は、恐らくモンスターが化けているのだと思います。それで、その正体を暴くために、南の洞窟で、これを手に入れたのです」そう言って、勇者は1枚の古びた鏡を取り出した。
それ、覚えてる。何とかの鏡だ。それを使ってモンスターの正体を暴き、見事倒すと……どうなるんだっけ?
「変化の杖が手に入るんですよ」と、美咲が言う。「それを、北のグリンラッドに持って行って、船乗りの骨と交換します。船乗りの骨を使うと、幽霊船の場所が判るようになりますから、そこで愛の思い出を手に入れ、それからオリビア岬でガイアの剣を入手して、ネクロゴンドに向かうんです」
美咲、スラスラと答えた。よくそんな細かいことまで覚えてるな。感心していいのかはわかんないけど。
「で、これからどうするんですか?」美咲は目を輝かせ、勇者たちに訊く。「もうすぐ夜になりますから、すぐに王様を倒しに行くんですか?」
「いえ、今夜は1度宿屋に泊まり、魔物討伐は明日の夜にしようと思います」
「そっか。洞窟から戻ったばかりだから、消耗してますもんね。ちゃんとHPとMP回復させないといけません」
「若葉さんと美咲さんはどうします? 宿屋に泊まるなら、ご案内しますが」
うーん。そうしたいのはやまやまだけど、宿屋に泊るにはお金がいるはず。当然だけど、あたしたちはこの世界のお金(確かゴールドだったかな?)を持っていない。
……ってことは、今夜は野宿? 最悪だ。
「心配ないですよ。さっき、これ拾いましたから」
そう言って美咲が取り出したのは、金属製の鎧だった。
「……何、それ」
「鋼鉄の鎧です。さっき勇者たちが倒したモンスターが持ってました。これを売れば、1800ゴールドになりますから、しばらくお金には困りません」
うわ。値段まで覚えてる。もはや感心を通り越して呆れてしまう。てかその前に、そんな大きな鎧、今までどこに隠してたんだ? わからん。
まあいい。ここは所詮ゲームの世界だ。何が起こっても不思議じゃない。そういうことにしておこう。
で、あたしたちは道具屋で鎧を売り(ホントに1800ゴールドだったよ……)、勇者たちと一緒に宿屋に向かった。
「こんにちは。旅人の宿屋へようこそ。一晩40ゴールドですが、お泊りになりますか?」
宿屋のおじさんのお決まりのセリフ。あたしたちは40ゴールド支払った。
「では、ごゆっくりお休みください」
「ちゃーらーらーらーらっちゃっちゃー」
「……美咲、何言ってんの?」
「宿屋に泊ったときの曲です。雰囲気を出そうと思って」
何の雰囲気だ、何の。
「おかしいですね。普通なら暗転して朝になるはずなんですけど」
わけわかんないことを言ってる美咲は無視して、おじさんから部屋の鍵を受け取る。
宿屋は石造りの2階建ての建物で、1階は酒場兼食堂、2階が客室となっている。あたしたちは階段を上がった。
「では、朝9時にロビーに集合ということで」勇者が言って、一時解散となった。
「今何時ですか?」と、美咲。
あたしは腕時計を見た。「えっと……6時過ぎだね。あ、でもこの世界の時間と同じだとは限らないか」
「そういえばそうですね」美咲はきょろきょろとあたりを見回し、廊下の奥を指さした。「あそこに時計があります」
見ると、大きな柱時計があった。6時04分となっている。どうやら時間はリンクしているらしい。
「PLGシステムを採用してるとは、知りませんでした」
相変わらず常人には理解できないことを言う美咲。いちいち相手をしているとキリが無いので、あたしは無視して部屋に向かった。時計のすぐそばの208号室があたしたちの部屋だ。
「40ゴールドにしては、狭いですね」部屋に入るなり、美咲は文句を言う。
あたしたちが借りたのはツイン部屋。確かに部屋は狭く、6畳ほどしかないところにベッドが2つと、奥にタンスと壺が置かれてある。窓も無いので、余計窮屈に感じてしまう。
ま、この世界ではこれが普通なのかもしれないし、そもそも40ゴールドがどのくらいの価値なのかも判らない。こんなものだと納得するしかないだろう。
ちなみに勇者たちはシングルを4部屋借りたようだ。201号室から204号室。
と、美咲がおもむろに壺を覗きこんだ。
「……何やってるの?」
「え? そりゃあ、何かアイテムが無いか調べてるんですよ。タンスや壺に入ってる物は、貰っておかないといけません」
「それ、泥棒じゃん」
「何言ってるんですか。RPGじゃ基本中の基本ですよ」
「確かにそうだけど、ホントにやったらダメでしょ」
「まあ、固いことは言いっこ無しです」そう言って、美咲はタンスに手を掛けた。ぐい。引っ張ったけど、タンスは開かなかった。
「あれ? おかしいですね」美咲は何度か引っ張ってみて、さらに押したり横にスライドさせてみようとしたけど、それでもタンスはビクともしなかった。「変ですね。どうやっても開きません」
「泥棒対策でしょ。諦めるのね」
「そんなわけないじゃないですか。何で調べられないんでしょう?」美咲、考える。やがて、「あ、そっか。タンスや壺を調べられるようになったのは、ドラクエ4からでした。3じゃ調べられないんでした」と、納得したように言った。ホント、そういうこと、よく覚えてるな。
美咲はベッドに腰を下ろすと、疲れたー、と言いながら、ふくらはぎを揉む。言葉に反して、顔は全然疲れていない。
「……あんた、なんか楽しそうだよね」呆れた声で言うあたし。
「そりゃ、楽しいですよ。だって、これからボス戦なんですよ? ボストロール。『みーたーなあ?』ってやつです。あれを、最前列で観戦できるんですよ? 楽しいに決まってるじゃないですか?」
まるでプロレスのタイトルマッチでも見に行くみたいな口調だな。
「若葉先輩は、楽しくないんですか?」
「楽しいわけないでしょうが。まったく。あんたにはついて行けないわ」あたしもベッドに腰を下ろす。「これから、どうなるのかな……?」
「どうって、ですから、ボストロールを倒して、変化の杖を手に入れるんです」
「そうじゃなくて、あたしたちがどうなるかってこと。ちゃんと元の世界に帰れるのか、心配じゃないの?」
「うーん。ま、なんとかなるんじゃないですか?」
美咲はゴロンと横になった。ダメだ。この状況を、全く不安に思ってない。今何が起こっているのか、これから何が起こるのか、美咲は判っているのだろうか?
あたしと美咲は、ゲームで遊んでたら、眩しい光に包まれ、気がついたらこの世界にいた。
これはいわゆる、異世界トリップというやつだ。
異世界トリップ――最近オンライン小説で大人気のやつだ。トリップした人は、その世界を救う勇者や英雄に祭り上げられ、こっちの事情なんてお構いなしに、無理矢理戦わされるのだ。
あたしたちも、そうなるかもしれないのよ?
あたしなんて、剣も魔法も使えない。そりゃ剣道は習ってるけど、あくまで人間同士で行う武道である。さっきのクマやキングコングみたいなのと戦うなんてムリすぎる。さらに、ゲームなんてほとんどやらないド素人。そんなあたしが、この世界を救えって言うの? できるわけないじゃん。
でも多分、いや、絶対、世界を救わないと元の世界に帰れないのだ。なんてお約束な展開だろう。気が滅入る。
「まあ、考えたってしょうがないです。なるようになるしかないですよ」
あたしの心配をよそに、あくまでお気楽な美咲。ますます不安は膨らむ。
はぁ。きっと明日、何か大きな事件が起こるだろう。そして美咲は、喜んでその事件に首を突っ込むに違いない。それをきっかけに、あたしたちは戦いに巻き込まれていくのだ。ああ、勘弁してほしい。
不安を抱えたまま、夜は更けて行った。
そして翌朝。
あたしの予想した通り、事件は起こった――。