がやがやざわざわ。
目が覚める。部屋の外が騒がしい。何時だ? 腕時計を見る。5時38分。朝と言えば朝だけど、起きるにはちょっと早い時間だ。こんな時間に何? あくびをしながら廊下に出る。
「おい! 大丈夫か!? 返事をしろ! おい!」
聞こえてきたのは戦士の声。廊下の向こう側の201号室の前、勇者の部屋だ。ドンドンと、ドアを叩いている。そばには魔法使いと、その他大勢の宿泊客たち。
「何の騒ぎですか?」と、美咲も起きてきた。
「わかんない。なんだか、戦士が慌ててるよ」
「何かあったんですかね? こんな朝早くから。えーっと――」そう言って、美咲はドアの隣の大時計を見た。「あれ? もう7時過ぎてるんですね。何だか、あんまり眠った気がしないですけど」
へ? 7時? 5時半過ぎだったけど?
あたしも大時計を見る。7時25分を指していた。改めて腕時計を見るけど、こちらは5時40分。おかしいな。電池切れかな。
ま、いいや。そんなことより、あの戦士の慌てようは、ただ事じゃないぞ。何があったんだろ?
あたしたちは戦士のそばに駆け寄る。「あの、何かあったんですか?」
「ああ、若葉さん、美咲さん。勇者が返事をしないのです」心配そうな表情。
「寝てるんじゃないんですか?」
「あいつはこんなに寝起きの悪いやつじゃないです。毎朝6時には起きるはずですし……だから、何かあったんじゃないかと思って」
何かって、街の宿屋で何が起こるって言うんだろう。判らないけど、戦士の鬼気迫る様子に、不安だけは広がっていく。
「お待たせしました。合鍵です」
そう言って、宿屋のおじさんが現れた。戦士は合鍵を受け取り、ドアを開けると同時に部屋に踏み込んだ。その後に、魔法使いとあたしが続く。
「――――!」
全員が、同時に息を飲んだ。
部屋の中央に、うつぶせの格好で勇者が倒れていた。
床には赤黒い液体が広がっている。
あれは……血……?
まさか、勇者は!?
戦士が駆け寄る。脈を取り、そして、首を振った。そんな……と、魔法使いが、ガックリと膝をつく。
勇者が……死んだ……?
彼はこの物語の主人公だ。死ぬなんてあり得ない。
なのに、死んだ。
これはいったいどういうこと!?
「騒がしいですね。何かあったのですか?」
僧侶だった。部屋の中を見る。そして、変わり果てた勇者の姿を見て、言葉を失った。職業柄死体を見るのには慣れているだろうけど、仲間の死に、さすがにショックを隠しきれないようだ。
「これから俺たちは、どうすればいいんだ……」動揺する戦士。
「これは悪夢よ……悪夢だわ……」呆然とする魔法使い。
「ああ神よ。何故このような試練を与えるのです」祈る僧侶。
勇者はこのパーティーのリーダーだ。これまで、仲間たちを導いてきたに違いない。誰もが、勇者の死という予想だにしなかった出来事に戸惑っている。どうしていいか判らないのだろう。
と――。
3人の視線が、あたしに向けられた。
やばい。直感的にそう思った。
「ああ、神よ。そういうことなのですね」
「そうね。こんなことは初めてだもの」
「この先俺たちを導いてくれるのは、彼女しかいないな」
3人が、希望に満ちあふれた視線を向けた。目が、「世界を救うのはあなたしかいない」と言っている。
待て待て待て待て。あたしはこの世界とは関係ない。勇者の代わりなんてムチャだ。絶対できない。ムリ。不可能。英語で言うところのインポッシブル。絶対断ろう。断固として拒否しよう。だってあたし、この世界がどうなろうと知ったこっちゃないもん。別に魔王に滅ぼされたって構うもんか。あたしは無関係。ただの一般人。元の世界に帰りたいだけ。それ以外は興味ナシ。
「待ってください!」
さっきからずっと入口の前に立っていた美咲が、突然叫んだ。
――しまった。この娘がいた。
美咲は、こういうわけの判らない事件が大好きだ。勇者になれと言われたら――いや、例え言われなくても、自分から進んで勇者になるに違いない。ああ、神様! この娘が勇者をやろうがどうしようが構いません。でも、あたしは勘弁してください。こんなお約束な展開、絶対イヤです。お願いですから許してください!
美咲は部屋の中に入り、勇者の死体をじっくりと見た。
「後頭部を殴られてます。検死してみないと確かなことは言えませんが、これが死因でしょうね。うつぶせに倒れてますから、事故や自殺じゃあないです」
続いて美咲は、ぐるりと部屋を見回した。4畳半ほどの広さに、ベッドが1つだけの狭い部屋だ。あたしたちの部屋と同じく、窓は無い。美咲はベッドのそばに立つ。枕元に、鍵が置かれていた。
「この部屋の鍵は何本あるんですか?」美咲が宿屋のおじさんに訊く。
「2本です。お客様にお渡ししたものと、合鍵が1本」
「その合鍵は、誰でも使うことができますか?」
「とんでもない。いつも私が肌身離さず持っています」
「そうですか……。と、なると、犯人はどこから逃げたんでしょう?」
美咲の言葉に、みんながざわめいた。もっともな疑問だった。この部屋には窓が無い。出入口はドアだけ。でも、そのドアには鍵がかかっていた。鍵はベッドの上にある。合鍵はおじさんが肌身離さず持っている。では、犯人は勇者を殺害後、どうやってこの部屋から逃げ出したのか?
……って言うか、なんだ、この流れ? ドラクエって、そんなゲームだったっけ?
ばっ! 美咲は、いきなりベッドの上に立った。
「これは――密室殺人です!」
…………。
何言ってんだ、コイツ。
あきれ果てるあたしをよそに、美咲は戦士たちを一瞥し、そして――。
「犯人はこの中にいる!!」
高らかに宣言した。
侮っていた、この娘のことを。
美咲には、お約束なんて通用しない。
そう。
コイツは、世紀のKY娘なのだ――。