聞きこみの結果、昨夜から今朝にかけてのみんなの行動が判ってきた。あたしたちは一旦部屋に戻り、得られた情報を整理することにした。
まず、被害者・勇者の昨夜の行動。6時にみんなと一緒に宿屋にチェックイン。勇者の部屋は201号室。鍵を受け取ったとき、勇者は宿屋のおじさんに、「食事は部屋でするから、8時に持ってきてほしい」と告げたのだそうだ。おじさんは言われた通り、8時少し前に食事のトレーを運んだ。ドアをノックすると、「今手が放せないので、ドアのそばに置いておいてくれ」と言われたので、その通りにして1階に戻った。2時間後、おじさんがもう1度部屋に行くと、空になったトレーがドアのそばに置かれていたので、それを下げた。
勇者に関する情報はこれだけだ。その後、朝7時半の死体発見まで、彼の姿を見た者はいない。
「単純に考えると――」と、美咲は腕を組みながら言う。「勇者の死亡推定時刻は昨夜の8時過ぎから今朝の7時半の間。でも、おじさんは勇者の姿を見たわけじゃありません。その声が本当に勇者だったかどうかは判りません。と、なると、勇者はこの宿にチェックインして以降、誰にも姿を見られてないことになります。そうなると、犯行時刻には幅がありすぎますね。そこから犯人の特定は難しいでしょう。まあ、状況から考えて、容疑者は4人に絞られますけど」
「4人? そんな簡単に絞って大丈夫? 外部の人間の犯行とか、あるいは、魔王の差し向けた暗殺者とかの可能性もあるんじゃない?」
「無いです」断言する美咲。「犯人は物語の序盤に登場してなければいけないんです。最後にひょっこり現れた人物が犯人だった、なんて、誰も納得しないじゃないですか?」
いや……納得するとかしないとか、そんな問題じゃないような……。
ま、いいわ。今の美咲に何を言ってもムダだろう。とりあえず、その方向で行くか。
容疑者4人と、昨夜から今朝にかけてのそれぞれの行動は以下の通り。
戦士。チェックインの後、部屋に荷物を置き、すぐに外出した。特に用事があったわけではなく、ただその辺をぶらぶらしていただけらしい。宿屋に戻ったのが8時ごろ。そのまま1階の酒場でお酒を飲みながら食事をし、部屋に戻ったのが10時。その後は武器と防具の手入れをして、12時過ぎに眠ったのだそうだ。目を覚ましたのが7時。朝食はいつも勇者と2人でとるので、部屋に迎えに行ったが反応が無い。しばらく呼びかけているとみんなが起きてきて、で、7時30分、宿屋のおじさんが持ってきた合鍵で部屋に入り、死体発見。
僧侶。チェックインの後、7時までは1人で部屋にいた。7時に魔法使いが遊びに来たので、ルームサービスで夕食を注文。30分後、宿屋のおじさんが運んできた夕食を、2人で食べた。食後はおしゃべりをし、魔法使いが帰ったのが9時15分。その後は神に祈りをささげたり、日記を書いたりして過ごし、1時頃ベッドに入った。起きたのは6時。朝のお祈りをした後、6時半に散歩に出かけ、1時間ほど街の中を歩いて、戻ってきたら、この騒ぎだった、とのこと。
魔法使い。チェックインの後、7時まで1人で部屋にいた。7時に僧侶の部屋に遊びに行き、一緒に夕食を食べておしゃべりをし、9時15分に自分の部屋に戻った。その後は1人で本を読み、眠ったのは12時。7時に目を覚まし、朝の準備をしていたら、廊下で戦士が騒いでいたので様子を見に行った。そして、7時半に死体発見。
あたし。チェックインの後は8時まで部屋にいて、それからご飯を食べるために1階の食堂に行った。食べ終えたのは9時頃。で、部屋に戻って、眠ったのは11時。それから、廊下が騒がしいので目を覚ました。それが7時半ちょっと前。ちなみに美咲とはずっと一緒だった。
「……って、あたしも容疑者なの?」
「もちろんですよ。今のところ、先輩が犯人じゃないという根拠は無いですから」美咲は意地悪く笑った。「とは言え、あまり考えられないですね。あたしという名探偵がいるのが判ってて、殺人を犯すようなおバカさんではないでしょうから」
いつから名探偵になったんだ、いつから。
「ふむ。こうやって見ると、全員に殺害のチャンスがあったことになります。容疑者の行動から犯人を割り出すのは不可能ですね。これは、ハウダニット&フーダニットです」
「ハウダ……何?」
「How done it & Who done it.――どのような手段で、誰が犯行を成し遂げたのか。つまり、密室トリックを暴くことによって、自然と犯人が判るようになってるんです」
「そうなんだ。で、どういうトリックなの?」
「先輩はどう思いますか?」
「さあ? 全然わかんない」
「間違っててもいいですから、何か言ってくださいよ。じゃないと、話が進まないじゃないですか」
「は? 何で?」
「どこの推理小説にも、的外れな推理をして、話をややこしくする人がいるものです。だから、名探偵の推理が引き立つんです」
「何よそれ……あたしは引き立て役?」
「いいじゃないですか。少しは考えてください」
まったく。何であたしがこんなことを。
ま、しょうがない。えーっと。死体発見時、部屋には鍵がかかっていて、開かなかった。鍵はベッドの上に置かれていて、合鍵は宿屋のおじさんが肌身離さず持っていた。鍵はこの2本のみ。部屋に窓は無く、もちろん秘密の抜け道なんてものも無い。完全な密室状態だ。犯人は、いったいどうやってこの部屋から抜け出したのか。
…………。
犯人が鍵を持っていたとしたらどうだろう?
もちろん、誰も知らない3本目の鍵があった、ってことではない。犯人は、部屋の鍵を使ったけど、使ってないように見せかけたのだ。
つまりこういうこと。
犯人は勇者を殺害後、鍵を使ってドアを閉める。翌朝、勇者が部屋から出てこない、とみんなが騒いでいるところにこっそり紛れ込む。合鍵を使ってドアを開けると、部屋の中に死体が。みんながビックリしているスキに、こっそりベッドの上に鍵を置く。一見すると密室状態の出来上がり。人間の心理的油断を突いたトリックだ。
「うーん。残念ですけど、それはありません」あたしの推理を聞いた美咲、即座に否定する。「みんなが部屋の中に入ってから、あたしが鍵を確認するまでは、ほんのわずかな時間でした。その間、誰もベッドには近づいてないはずです」
「そうなんだ。じゃあ違うかな」
「そうですね。それに、その推理には、1つ、重大な欠点があります」
「何?」
「ドラクエらしさが無いんです」
「……は?」
「普通の推理ものならそういうトリックもあるかもしれませんけど、これはドラクエの世界で起こった事件なんです。トリックにもドラクエらしさが無いと、みんな納得しませんから」
みんなって誰だよ。
「同じ理由で、実は犯人は部屋の中に隠れていて、みんなが死体を発見してビックリしているスキにそっと部屋の外に出た、という心理的トリックも却下です。そもそも、そんな使い古されたトリック、普通の推理ものでも、反感を買うこと間違いなしです」
大丈夫か? そんな、自らハードルを上げるようなこと言って。
でもまあ、美咲の言ってることは判らなくはない。トリックにドラクエらしさねぇ。
…………。
そうだ。今の美咲の推理に、ドラクエらしさを加えてみよう。
死体発見時、犯人は部屋の中にいたけど、姿が見えなかったとしたらどうだろう?
記憶があいまいだけど、確か、姿を消すアイテムとか魔法とかがあったはずだ。
「消え去り草にレムオルですね。なるほど。それなら確かにドラクエらしです」
お? 合格がもらえたぞ。よしよし。この方向で推理をすると……そうだ。確か、死体発見時、その場にいなかった人がいる。僧侶だ。彼女は、あたしたちが勇者の死体を発見して、ビックリしているときに現れたんだ。この推理で行くと、彼女が犯人ということになる。
「先輩にしてはいいセンついてますけど、それも無いですね」
あらら。そうなんだ。
「何故なら、ドアを開けてから僧侶が現れるまでの間、あたしはずっと、入口のところに立ってたんです。どんなに姿を消していても、人そのものをすり抜けることはできません。出入口をふさがれて、外に出られなくなって、イライラしたこと、先輩もありませんか?」
ああ。確かにあったな。腹立つんだよね、あれ。
しかし、この推理でもダメか。うーん。難しいな。
少し発想を変えてみようかな。
犯人がどうやって脱出したのか、じゃなくて、どうやって鍵を閉めたのか、で、推理してみよう。
鍵は部屋の中と、おじさんが肌身離さず持っている合鍵の2本だけ。その状態で、どうやってドアに鍵を掛けるか。鍵自体は単純な作りだから、器用な人が針金とか使えば閉められるかもしれないけど、厄介なことに、トリックにはドラクエらしさが必要なのだ。その点も踏まえて推理する必要がある。えーっと……鍵……ドラクエらしさ……鍵……。
…………?
鍵?
そうか。そうだ。鍵があるじゃないか。
ドラクエ3には、3本の鍵があったと思う。名前は忘れちゃったけど、最後に手に入る鍵は、全ての扉を開けることができたはずだ。それを使えば、密室状態なんて簡単に作ることができる。
つまり、その最後の鍵を持っている人が犯人だ! これでどうだ!
「上出来です。先輩も、だんだんこの世界のシステムが判ってきたみたいですね」
お、褒められた。それが嬉しいことなのかどうなのかは判らないけど、これで事件解決か?
「でも残念でした。それも不可能です。何故なら、最後の鍵で扉を閉めることはできません」
へ? 何で?
「最後の鍵に限らず、勇者たちが使うカギは、全て、扉を開ける専用の物です。閉めることはできないんです」
「そんなわけないでしょ。開けることができるなら、閉めることだってできるはずよ?」
「だったら先輩、ドラクエ3で、扉を閉めたこと、ありますか?」
「……そりゃあ。無い、と思うけど」
「でしょ? だから、そのトリックも不正解。残念でした」
そういうものなのか? それでいいのか? おい。
「ま、先輩にはそのあたりが限界でしょうね。お疲れ様でした」
「なんで上から目線なのよ。だったら、あんたの推理を聞かせてよ。そんな風に言うんだから、もう謎解きはできてるんでしょうね?」
「いいえ。実を言うと、さっぱり判らないんです」
「……そんなことだろうと思ったわ。あのね。あんたが無理矢理この話を推理ものにしたんだからね? ちゃんと責任とって解決しなさいよ」
「判ってますよ。だから考えてるじゃないですか」
「頼むわよ、ホントに」
「それはそうと、お腹空きませんか?」
「……あんた、ヤル気あるの?」
「ありますよ。でも、腹が減っては何とやら、です。ご飯食べてから考えましょう。今何時ですか?」
全く、しょうがないな、この娘は。あたしは腕時計を見る。「11時15分よ」
「あれ? まだそんな時間ですか? とっくにお昼すぎてると思いましたけど」
そう言われ、あたしは思い出す。「あ、そうだ。この時計、壊れてるんだった。えっと、何時だろ?」
あたしは廊下に出て大時計を確認する。午後1時ちょうどだった。やっぱりお昼すぎてたか。実はあたしも、結構お腹空いてるのよね。美咲の言う通り、続きはご飯を食べてからにしようかな。あたしは部屋に戻ると、美咲に時間を告げた。
「午後1時……ですか?」
突然、美咲の目つきが変わった。
「どうしたの、急に?」
あたしの声に、美咲は答えなかった。目を閉じる。そして、顔の横に右手を持ってきて、親指と人差し指をこすり合わせはじめた。何か考えているようだ。
美咲は、しばらくその格好で考え事をしていたが、やがて。
がちゃり。
まるで鍵でも開けるような仕草で、擦り合わせていた右手の指を捻った。
そして。
「密室は、破れました」
目を開け、自信に満ちた声で宣言した。
「……それはいいけど、今の動作は何? 何の意味があるの?」
思わず突っ込むけど、美咲は思いっきり無視をして続けた。「あたしたちは、ちょっと難しく考えすぎたみたいですね。犯人が使ったトリックは、すごく簡単なものでした。ドラクエをプレイしたことのある人なら、誰でも1度は経験がある方法で、部屋から脱出したんです。みんなを集めてください。犯人が判りました――」