「さやかちゃん、昨日はごめんっ!!」
いつもの待ち合わせ場所。
いつものメンバーである志筑仁美と共にさやかの姿を見つけると、まどかは開口一番に謝罪を口にした。
「……まどか。ううん、あたしの方こそ昨日はつまんない意地張っちゃって、ごめん」
「私だってそうだよ。ほんとにごめんね、さやかちゃん」
「さやかさんとまどかさんは、喧嘩でもしていたんですの?」
朝一番から謝罪の応酬という異様な雰囲気を垣間見て、仁美は二人に問う。
「うん、昨日ちょっとね……」
親友の手前、猫の仕草でケンカになったとはさすがに言い出しにくく、お茶を濁すように苦笑する。
「あら珍しい……」
けれど、長い付き合いでもある仁美も何となくの予想はつくようで、ニコリと微笑みそれ以上の詮索はしなかった。
「しかし、ここで立ち止まっていても遅刻するだけですわ。ですから二人とも、そろそろ動きましょう」
「あ、うん……」
仁美に促されるように二人は一緒に歩き出す。
まだ若干の気まずさは残るものの、恐らく今日中にはそれも解消され、いつもの日常に戻るだろう。
そんな確信を持ちながら、まどか達一行は学校へ向かった。
「焼きそばに青のりをかけるのは当然ですか?不自然ですか?はいっ!中沢君っ!」
「ええぇ~!?ど、どっちでもいいんじゃないかと……」
「その通りっ!!どっちでもいいっ!!男子の皆さんは決してそんなこだわり派にならない様にっ!女子の皆さんはそんなめんどくさい男とは交際しないようにっ!」
最早恒例となった朝礼での先生のお小言が終わると、教室内は途端に笑い声に包まれる。
いつもならまどかの隣席であるさやかが何か一言声をかけてくるはずなのだが、今日に限ってはそれもお休みのようだ。
まどかもまどかでそれを分かっていた様に、意識を教室の外に向け、ぼんやりと物思いに耽る。
(そういえば、杏子ちゃんはどこの学校に通っているんだろう……??)
思い出すのは昨日の少女、佐倉杏子の事。
具体的な年齢は聞いてないものの、明らかに自身と変わらない見た目の少女が学生であることに疑いの余地はない。
さらに開発都市とはいえ、そこまで広くない見滝原市。
その範囲内でまどかが知る限りの中学校など、この見滝原中学しか知らなかった。
(でも、うちで見かけたことないしなぁ……)
中性的で長いポニーテールをなびかせている男の子顔負けの美少女が、一年と少しの在学期間で一回も目にしないというのはおかしい。
(週末にでも聞いてみようかな!)
また週末に杏子に会える。
そう思うと自然と笑みがこぼれ、これ以上ないくらいまでに週末が待ち遠しくなる。
どこに行こうか、何を食べようか、何をしようか。
まるで恋人との初デートを待ち遠しにしている女の子の様に、まどかは様々なプランを脳内で立てていた。
「~~♪~~♪」
「おーい、まどか!もどってこーいっ!!」
「~~……ふぇっ?」
「やっと気づいた。珍しくトリップしてると思ったら……」
突如呼ばれた声に意識を引き戻されると、奇怪なものでも見るかのように、さやかが
そして、その様子を微笑ましく見ている仁美の姿があった。
「わわっ!さ、さやかちゃん!?仁美ちゃん!?」
「次、移動教室だよ。早くいかないと」
「ええっ!?ま、まだホームルームの時間じゃないのっ!?」
「何言ってんのさあんたは。周りを見て見なよ……」
さやかに促されるように教室内を見渡すと、数人の男子グループを除いて、ほぼ全員が教室内から消えていた。
そしてその際、時計を一瞥すると、次の授業開始まで残り五分を切ろうとしていた。
「う、うそっ……!?」
一瞬のうちに現実に帰ると、まどかは大慌てで移動教室の準備をし始める。
体感ではそんなに長い時間を経験していないはずだったが、実際には数十分の間、まどかは物思いに耽っていた。
「ご、ごめんね!二人とも」
「いいって。ほら、行くよ」
準備を終えると少し足早に三人で教室移動を開始する。
自分より背の高い仁美とさやかの歩速に少しだけおいていかれる形で、まどかは二人の背中を追った。
(あぁ……やっぱり私は鈍くさいなぁ)
昨日の事といい、今日といい他人に迷惑ばかりかけてしまう自分を情けないと思いつつも、
こうしてちゃんと自分を支え、大切にしてくれている友達の存在に感謝しつつ、それをとても嬉しく思った。
「今日はお稽古がありますので私はこれで……」
「今日は何の稽古?日本舞踊とか?」
「お茶のお稽古ですの。受験も近いというのにいつまで続ける事になるやら……」
「お嬢様ってのも楽じゃないねぇ~、小市民に生まれてよかったわ~!」
「仁美ちゃん、お稽古頑張ってね!」
「はい、それではごきげんよう」
放課後、よく三人で談笑するハンバーガーショップで時間を潰すと、仁美はいつもの如く習い事へ、
そしてまどかとさやかは二人で帰路に就くことになる。
「あっ、さやかちゃん。今日は上条君の所に行かなくていいの?」
「んー、今日はいいかな。この前行ったばかりだし」
「そっか。じゃあ、私達も帰ろっか」
「そうだね」
放課後にもなると、午前中に感じていたしこりは消え去り、もういつもの関係に戻っていた。
登校時は三人で、しかし下校時は仁美が習い事の為、まどかとさやかの二人で帰ることが多い。
そんな時は大体さやかが、くだらないけど奥ゆかしいへんてこな話を延々と話すのが様式美となっている。
実際、それは今日も例外ではなく、今朝の先生の話、仁美がラブレターを貰った話、休みの日に料理を作ろうとして大失敗した話など、様々なエピソードを聞かせてくれていた。
しかし、それらある程度の話をし終えると、さやかはいったん黙り込み、二人の間にはしばしの沈黙が訪れる。
昨日の今日で夕日は眩しく、その沈黙がまるで昨日の夕べの事を思い起こさせる。
(ああ、昨日もこんな事あったなぁ……)
あの時は完全に陽が沈み、今とは違うシチュエーションだったが、それでもその時を思い浮かべるだけでまどかの心は軽く弾んだ。
(ふふっ……早く週末にならないかなっ!)
「……やっぱり」
楽しんでいた沈黙を破る様にさやかが言葉を発する。
けれどその声色は、先ほどまでとは少し違い、少し真剣なものだった。
「どうしたの、さやかちゃん?」
「ねぇ、まどか。あんた、なんかいいことあった?」
「……へっ?」
突然ぶつけられた謎の質問に、まどかは思わず素っ頓狂な声を上げた。
けれど、そんなまどかに構わずさやかは言葉を続ける。
「ああいや、あたしの勘違いならいいんだけど。あんた今日いっつもニコニコしてるというか、よく分かんないけどすっごい楽しそうに見えるんだわ」
「そ、そうかな……?」
「いやさ、あたしが言うのもなんだけど昨日の今日じゃない?だからそのギャップが気になるというか、引っかかるというか……」
「……ううぅん」
まどか自身、別段いつもと変わらない生活を送っているつもりだった。
しかし、それを親友であるさやかから見た場合、まどかはいつも以上に楽しそうにしており、昨日のまどかとはとても同じとは思えなかったと言うのだ。
「た、例えばさやかちゃんから見て、どんなところがいつもの私と違ってたかな?」
まどか本人がいつもと変わらないと思っている以上、自分だけで答えを見つけることは不可能に近い。
だからこそ、さやかに問うことでその相違点を探ろうとする。
「そうねぇ……」
そこでさやかは言葉を区切ると、顎に手を当てよくある考えるポーズをった。
「う~ん……言うなれば、恋人が出来た、とかぁ?」
「………………」
「ああ、なんだそんな事かぁ……」
「恋人かぁ……」
「…………」
「……」
「……えええっ!?!!?!?」
さやかの言葉の意味を理解するまでに要した時間はおよそ五秒。
それほどまでにその答えは以外で、まどかの想像を超越しているものだった。
「こ、こここ、恋人なんて、そんなっ」
恋人という言葉を皮切りに、まどかの身体は途端に熱を持ち始める。
身体の中心から末端まで全身が熱くなっていくのが分かり、動揺を隠せない。
「えええっ!?まさか図星なのっ!?」
「ち、違うっ!全然違うよぉっ!!」
その動揺をさやかに悟られ追い打ちをかけるように追及が始まる。
「いつよっ!?相手はっ!?」
「ちょっ!さやかちゃん!落ち着いてよおっ!」
じりじりと獲物を見つけた肉食獣の様に詰め寄るさやかに戸惑いながらも、まどかの心は未だに落ち着かないでいた。
(こ、恋人じゃなくて、と、友達だもんっ……!!)
頭の中ではそう言い聞かせているのに、どうしても熱や動悸は収まらずまどかの心を揺らしていく。
そんなまどかに救いの手を差し伸べる者は、果たして天使の施しか、それもと悪魔の囁きか。
極限状態の中でまどかは自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。
「あれっ?まどかじゃねーか」
「「……!!!!」」
その声に反応するように二人は動きをぴたりと止め、声のした方向へと向きなおった。
「ああ、やっぱりまどかじゃん」
「……き、きょうこ、ちゃん?」
中性的な顔たち、明るく綺麗なロングのポニテ、そして特徴的な八重歯と健康的な白い肌。
手にはお菓子の入った紙袋をひっさげ、声の主はにっかりと笑う。
―佐倉杏子
まどかは幸運にも、そして不運にも彼女と僅か一日足らずで再会を果たした……