「よー!昨日ぶりじゃん!」
ケタケタと無垢な笑みを浮かべ、杏子はまどかの肩に手を回す。
「う、うん!そうだね」
そんな杏子とは相対的にまどかはバツが悪そうに苦笑した。
再会できたこと自体はまどかにとってもこの上ない喜びであるはずなのに、それを素直に喜ぶことができない。
だって、なぜなら今はまどかと下校を共にしているもう一人の存在がいるからで……
「……はぁ!?」
そのもう一人は親友とのスキンシップに横入りされ邪魔されたどころか、馴れ馴れしく肩を組む杏子の存在に驚くと、
次の瞬間には鋭い眼光を杏子へと向けていた。
「ちょっとちょっとぉ!!あんた一体誰よ!!」
目の前で、まるで存在を無視されているかのようにじゃれ合う二人にさやかが噛みつく。
その声で、初めて杏子はさやかの存在に気が付いたのか、声のした方を一瞥すると
「ああ?オメーこそ誰だよ」
と、これまたさやかに負けず劣らずの声色でさやかを威嚇仕返した。
「あ、あたしは美樹さやか!!そこにいる鹿目まどかの親友だっ!!」
「へー、あっそう」
「!?」
面食らい。
さやかの言葉を華麗に受け流すと、杏子は再びまどかに視線を戻した。
「なぁまどか!今から時間あるか?近くにいいゲーセンがあんだよっ!!」
「あ、えっと……あはは」
「暇ならいこ―ぜ―!!」
「ってわわわっ!?」
言うなり杏子はまどかの手をとると、半ば無理やり引きずる形で進み始める。
「杏子ちゃん、引っ張らないでよぉ~!!」
「あはははははっっ!!」
本来、見滝原中学の生徒は学校帰りに寄り道をせずに帰るのが校則であった。
もちろんそれはまどかも十二分に心得ているし、破るつもりなど毛頭ない。
が、今こうしてその道を踏み出そうとしているのに、こんなにも喜々とした気持ちになっている自分に驚く。
恐らくそれは、こうして手を引いてくれている存在がいるからなのだろうと、まどかは握られた手を見つめながら思った。
「ちょっ……ちょっとまちなさいよぉぉぉぉぉ!!!!」
そんな気持ちに浸っていることが出来たのもつかの間、まどかは親友の大声で現実へと引き戻される。
「あ、あんたなに人の親友持っていこうとしてるわけ?」
ルンルンと陽気な鼻歌を刻みながらまどかを引きずる杏子の腕を、置き去りにされていた親友の腕が掴む。
その瞬間、杏子の顔からは一切の笑みが消え、あからさまに機嫌の悪い顔が姿を現した。
「チッ、別にオメーには関係ねえじゃん」
「大ありだし!まどかはあたしと一緒に帰ってたんだから!」
「いちいちめんどくせぇ奴だな、お前。そんなに一人で帰るのが寂しいのかよ」
「はぁ!?あんただってゲーセンに一人で行くのが寂しいからまどかを連れていこうとしてるんでしょ!?」
「いや、ちげーし」
「見え張らなくてもいいんだよ~?」
「バカにしてんのか?」
「あれ、もしかして図星?」
「ふ、二人ともいったん落ち着いて!!ねっ?」
これはマズい。
どこからどう見ても一触即発の光景を目の当たりにし、まどかは慌てて仲裁に入る。
「そ、そうだっ!さやかちゃんも杏子ちゃんと一緒にゲーセンに行こうよ!ねっ、それでいいでしょ!?」
「は、はぁ!?あたしがコイツと?」
仲介からすかさずの提案にさやかはまたもや面食らい素っ頓狂な声を漏らした。
しかし、そんなさやかをまどかは気にも留めず、杏子にも説得を促す。
「ね?杏子ちゃんもいいでしょ?」
「……・・・・・・」
まどかが杏子に懇願すると、杏子はその視線をさやかに向ける。
そして、はぁ、と小さくため息をつくと、
「しゃーねえなぁ……」
ボソリ、と呟いてくるりと踵を返し歩き始める。
「あ、ありがとうっ!杏子ちゃん!」
ツカツカと先を歩いていく背中にお礼を言うと、まるでさっきまでされていたように、さやかの手をとると、
「よかったね、さやかちゃん!」
親友ににっこりと微笑んで、前を行く杏子めがけて足早に歩き始めた。
「……あ、うん」
笑顔で手を引くまどかとは対照的に、さやかはどことなくバツが悪そうに、まどかに引かれる手を、
そして、その先を行く紅く燃えるような髪色の少女を眺めていた・・・・・・。
●
「ほっ!うわわっ!あれれっ!?うわぁ!」
「ははっ!どうしたまどか!そんなんじゃいつまでたってもアタシには勝てねーぞ?」
御一行がゲームセンターに到着して数十分。
まどかと杏子は杏子一押しのゲーム、ダンスダンスレボルブをプレーしていた。
身体全体でリズムをとり、タイミングよく指示されたタイルを踏むこのゲーム。
元から運動神経抜群な上、ゲーム自体に慣れている杏子にとっては単なる前座。
しかし、運動があまり得意でなく、ゲームセンターには滅多に近づかないまどかにとって初めて対峙するこのゲームは
今まで経験したどんなゲームよりも難しく、慣れないものだった。
『ゲームしゅうりょーう!』
筐体から聞こえてくる機械音がゲームの終了を告げ、流れていた音楽が止まる。
「はぁ、や、やっと終わったぁ……」
「おいおい、これっぽっちで弱音上げてんじゃねーよ!」
「で、でもぉ!!」
ダンスゲームのおかげで疲労困憊のまどかを見ながら、杏子は屈託のない笑みを浮かべ、
その笑顔を見ながら、まどかも杏子ににこりと微笑んだ。
「さてと。お次は……ってあれ、アイツいねーじゃん」
「えっ……あれ?さやかちゃん?」
まどかと杏子がゲームをしている間、近くのベンチにいた筈のさやかの姿が消えていることに気が付き、
まどかは困惑する。
「しゃーねーなー。アタシが探してくるから、まどかはそこのベンチで休んでな」
「そんな、悪いよ。私も行く」
「いいって、疲れてんだろ?アタシが行くから座ってな」
「……じゃあ、お願いしちゃおうかな?」
「へへっ、ちょっとは学習したじゃねーか」
本当はさやかと杏子を二人きりにするのは抵抗があったが、
杏子の好意を二日連続で無下にすることも抵抗があったので、ここは杏子に甘え、信じることにした。
「それじゃ、おとなしくしてろよ?」
「うん。さやかちゃんをお願いね」
まどかの言葉に軽く手をあげて応対すると、ユーフォ―キャッチャーやメダルゲームが散在するコーナーへと杏子は歩き出し、やがてまどかの視界から姿を消した。
●
(少し、言いすぎちゃったかもな……)
キラキラと眩しい筐体を眺めながら、さやかは独りでにため息をついた。
最初に彼女を見た瞬間に抱いたイメージは『不良少女』
下校時に制服も着ず、目つきの悪い女が親友の肩を組み、ゲーセンといういかにもな場所へ連れ出そうとしている。
だからこそさやかは、ただでさえ気の弱い心優しい親友がすごすごと連れ去られていく事を許そうとはしなかった。
すれば案の定、口は悪く態度も悪いイメージ通りの姿を現した不良少女にいい気になり、挑発まがいの事をした。
が、それは全てさやかの勘違い。
初対面であんな態度をとってしまったさやかを許し、一緒にゲーセンに連れていってくれた事。
まどかと接している彼女を見て、本当は全然不良なんかじゃなかった事。
それら外見では判断できない優しさを垣間見て、さやかの心は悶々としていた。
「……はぁ」
もう一度、静かにため息を漏らし、何と無しに目の前の筐体内へと目を向ける。
(あ……これ)
そこには小さなクマのぬいぐるみが陳列しており、つぶらな瞳をさやかの方へと向けていた。
(……かわいい、かも?)
そのぬいぐるみはさやかの好みを射抜いており、沸々と物欲センサーが上昇する。
(そ、そうだっ!これを取ってアイツへの謝罪ついでにすれば……!)
取ってつけた様な理由でおもむろに財布を取り出すと、一枚硬貨を取り出し、ゲームスタート。
「……ここっ!」
お目当てのぬいぐるみへとアームを動かし、位置を調整する。
横へ、そして縦へ慎重に感覚を研ぎ澄まし、自身が思い描いた場所へと導く。
(お願いっ!)
位置が決まったアームが徐々に下降していき、やがてぬいぐるみへと到着する。
思い描いた場所へとアームは導かれ、ぬいぐるみへとそのツメを伸ばす、がまるで期待外れにツメはぬいぐるみをなぞっただけで、上昇を開始し、やがて元の位置へと舞い戻った。
「……ああぁ」
思い通りにいった分、結果が伴わったことに落胆しつつ財布をしまおうとする。
「なんだ?このぬいぐるみが欲しいのか?」
突如ぬっと脇下から覗いた顔にさやかは心臓が止まった気がした。
「きゃあああああ!!???」
「うおっ、なんでいきなり奇声上げてんだよ」
「あ、あんたがいきなり出てくるからでしょ!?」
「そんなに驚くことかよ……」
驚きのあまり、その場から二、三歩後ずさると、さっきまで自身がいた場所には、件の少女、佐倉杏子が呆れた目でこちらを見ていた。
「まぁいい。で、お前このぬいぐるみ欲しいのかよ?」
「あー、いや別に~?」
杏子に筐体内にいるぬいぐるみを指さされると、さやかは慌てて取り繕う。
実際、そのぬいぐるみはあまり可愛いものではなく、女の子が欲しいというには少しばかり気恥ずかしいものであった。
だからさやかはそれを悟られまいと、自分の心に蓋をする。
「……はぁ、まどかといいお前といい、何でそう遠慮をするかねぇ」
独り言の様に呟くと、杏子はさやかの腕をつかみ、筐体の方へと引き寄せた。
「うえぇっ!?」
「欲しいなら欲しいでいいじゃねーか!ほらっ!あたしがレクチャーしてやるから」
さやかの後ろに密着して、杏子は自分の手をさやかの手へと重ねる。
「ちょっ!あんた近いって!」
「お前が下手だからじゃねーかっ!ほら、やるぞ」
コインを取り出し、有無を言わさずそれを投入すると、重ねる手には力が入る。
「先ずは横に動かしてっと」
レクチャーするというよりはさやかが杏子の傀儡となっているような構図。
しかし、それを気に留める様子もなく杏子は横の移動を終えると、縦の移動を終え、気が付けばアームは降下し始めていた。
「え、こんなとこでいいの?」
「まあ見てろって」
さやかにしてみるとどこを狙っているのか理解しがたい場所にアームが下りる。
すると……
「わぁっ!!」
「へへん、こんなもんよっ!」
ポトリ。
アームの上昇と共に、人形が取り出し口に落ちる。
それを杏子は拾い上げると、得意げにさやかへと自慢し始めた。
「すごーい!そんな簡単に取れるなんて」
「楽勝だっての」
目の前で揺れるクマのぬいぐるみを眺めつつ、さやかは素直に感心していた。
「さてと、そろそろまどかのとこに戻るぞ」
「……あ、うん」
数秒の自慢タイムを終え、杏子はくるりと方向転換すると、すたすたと歩きはじめる。
その後をついていこうとさやかが歩き始めた瞬間、唐突に杏子は歩みを止めると、もう一度さやかの方へと向き直り
そして、先ほどのクマのぬいぐるみを差し出した。
「ほらよ」
「……えっ?」
「欲しかったんだろ?」
「い、いやでも、あんたが取ったもんだし……」
「・・・・・・ならこれでどうだ?」
杏子はさやかの手をとると、そっと手のひらにクマのぬいぐるみを置き、
「お近づきの印ってことで、なっ?」
いつもまどかに向ける笑みでさやかへとその印を手渡す。
「なっ……!?」
杏子が不意に見せた笑顔にさやかの心は大きく脈打つ。
「あ、ありが、とう」
気恥ずかしい感情に包まれ、そっぽを向きながらのお礼。
それでも杏子はもう一度にこりと微笑むと、そのまままどかのいる方向へと歩き出した。
「……な、なんなのよぉ」
手に置かれたぬいぐるみを見つめながらそう吐き捨てると、さやかの顔からは自然と笑みがこぼれた。
「佐倉……杏子、か」
「……へんなやつ」
突然であった不良女。
それはわずか数時間後にはどうしようもなく優しくてどうしようもなくおかしなやつへと変わっていた。
「あたしも、戻ろう」
ギュッとぬいぐるみを握りしめると、まどかの待つ場所へとさやかも歩きはじめる。
この時には既に、杏子に対して感じていた罪悪感や不信感は消え去り、それこそ友情にも似た新たな感情が花開き始めていた。